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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第一章
8/122

1-3


 あのゴリラモドキとの戦いの後、結局俺はミノリさん達と行動することにした。

 軽い自己紹介を終えると、みんなして森の中を歩く。まるで遠足みたいだが、たまにモンスターという名の猛獣が出るので油断ならない。

 今俺たちが向かっているのは別行動しているパーティーとの集合予定場所だ。未知の強いモンスターが出現するようになった為に、安全を期すために二分していた北方開拓隊を合流させるつもりらしい。

 その別のパーティーのリーダーとはミノルさんがチャットで打ち合わせを行っていた。フレンドや現在パーティーに登録した相手とはチャット機能によってどこまで離れていても通信ができる。集合場所もそのチャットで決めたのだろう。

「クゥ……でよかったよね。これ上げるよ。まだ途中だけど」

 俺を助けた魔法を放った、アールという名の魔術師が俺の横に並んで一枚の洋皮紙を渡してきた。

「なんだこれ?」

「地図作成で作ったマップだよ。使い方は店売りのものと一緒だから」

 そういえば、地図作成なんてものがあったな。

 俺は自分のマップウィンドウを開いて、その上に貰った地図を重ねる。

「アクションでやるんだ」

「こっちの方が気分的にな」

 アイテムなどの使用や生産には、アイテムボックスに表示された使用ボタンや生産メニューからの操作でわざわざ手を動かさずとも一瞬で出来る。

 なのでわざわざ今みたいな動作を取る必要はない。一応アクションキーという事で同様に使用したことになるが、実際こっちの方が手間だ。しかし、ボタン探して指で押すなり思考による入力を行うよりは何も考えずにぱっとやれる分俺は主にアクションによる操作を行う方が好きだ。

 もちろん善し悪しはあるので使い分けてはいる。

「気が合うね。僕もアクションキー使う派。VRなんだから、やっぱりボタン一つで、はい完成っていうのはつまらないしね」

 どうでもいいがこいつ慣れ慣れしいな。どうでもいいけど。

 洋紙皮が光の粒子となって消え、代わりに俺のマップへと新たに地図が書き加えられた。

 追加された情報を見て、俺は眉をしかめた。

「……なんだこれ?」

 大幅に地図情報が増えたのはいいんだが、なんか白い線が黒く表現された未開拓部分にはしっている。

 ちょっと地図から距離を離すと、白い線は大陸のようなを描いていることがわかった。他にも島や海を挟んだ向こうにある小さな大陸も描いている。

「まさかこれって」

「この世界全ての大陸をなぞった線だよ」

「何でわかるんだよ」

 エノクオンラインはクローズテストを除けばログアウトが不可能になったあの日から始まったゲームだ。世界の全体図は公式ホームページになかったし、βテスターも全体を把握していなかったと掲示板で見たことあった。

 全体の地理が解らないからこそ、今こうやってわざわざ開拓なんて言って調査しているはずだ。

「システムに侵入した時に手に入れたんだよ。こう見えて、僕はハッカーだから」

「………………」

「ここのセキュリティはどうなってるんだか。準備が足りなかったとは言っても、数人がかりでこの程度しか解らなかったよ。まあ、ないよりマシだけど」

「ちょっと待て。まさか、このゲームの中からハッキングしたのか?」

 電脳世界でハッカーなんて珍しくないが、ゲーム内からハッキングなんて出来るのか?

「そうだよ。ログインした瞬間、生体データ以外は全部弾かれてPCデータしか持って無かったけど、後で作ったんだ」

 その手の話題を話すのが好きなのか、別に聞いてもいないのにペラペラと話し始めた。

 大半は理解できなかったが、後半には興味深いことを話し始めた。ほとんどこれが本題だ。

「このゲーム、簡単なプログラミング技術があればオリジナル魔法が作れるんだ。他にも色々できるよ」

「マジで?」

「マジ」

 そういうゲームが過去になかったわけじゃない。人からの聞きかじりだが、そういうオンラインゲームの開発企画はあったらしい。

 けれど、クラッカー達が入り込む危険性を上げる可能性があり、そのあたりの対策が問題になっていた。結局、解決策は見つかったのか見つからずじまいだったのか、企画自体が頓挫してしまったらしい。

「制限は当然あるけど、色々出来て面白い。例えば……君、地図作成できる?」

「いや、持ってねえ」

 <地図作成>は生産系スキルの一つである書類作成スキルの一つだ。他にも魔術書とか秘伝書とか作れるらしいが、その効果はよく知らない。

「じゃあ、これを自分のマップウィンドウの上に置いてみてよ」

 そう言われ、今度は材料アイテムの、何も書かれていない洋紙皮を渡される。言われるまま置くが、何も起こらない。

 だが、アールが上に手をかざすと洋紙皮表面が焦げ始め、俺のマップと同じ地図を焼き印した。

「まだ名前を付けていないけど、他人のウィンドウに表示される情報をコピーする魔法だよ。使う本人、魔法を使った側の書類作成スキルに依存されるけど、これなら情報の共有がしやすい」

 ウィンドウに表示される内容は基本的に本人しか見えず、表示非表示はできてもその情報を相手にコピーして渡すには書類作成スキルが必要だ。

 アールの魔法なら、本人がそのスキルを伸ばしていなくても、誰かが書類作成スキルを持っていればマップなどの情報を共有できるということか。

「本当は相互情報交換が出来るプログラムを組んでいたんだけど、システム側が認めてくれなくて弾かれた。オリジナルと言っても好き放題作れるわけじゃなくて、一定の法則というか基準があるんだよ」

 アールは焼き印の済んだ洋紙皮を回収し――情報交換って事で、とか言って俺のマップ情報を自分のマップウィンドウに付け加えた。

 ……別にいいが。

「――うわっ!? この糸屑みたいな地図なに?」

「糸屑っておい」

 まあ、街とかで買った拡張地図を除けばそんなふうに見えなくもないが。

「えっと、これは行きは山道で帰りが……川? もしかして、崖から落ちた? この山って結構高かった筈だけど」

「ああ、落ちた。下が川じゃなかったら死んでたな」

 地上に落ちてたなら落下ダメージで間違いなく死んでいた。思わずヒュン、ってなった。どこがとは言わない。

「そのまま川を泳いでたら街に到着した。まさか直便だったとはな」

「すんごい冒険の仕方してるね」

 その後も色々と雑談していたが、ふと気になった事があったので聞いてみることにした。

「なあ、さっきハッキングとか言ってたけどよ、それでログアウト出来るようにならないのか?」

 今すぐにでも帰りたいと思っている奴は多いはずだ。

 そいつらの為に脱出する手段は見つけてやらないのか。

「ああ、それね。実は言うとね、最初はそれが目的だったんだよ。でも……」

 アールはその時の事を淡々と話し始めた。

 エノクオンラインは開発者メンバーの中に、電脳世界の基礎とダイヴ装置を作った研究者達がおり、ゲームとしてじゃなくて技術的な面でアールのようなハッカーから企業、果ては国家の注目の的だったらしい。

 そして、多くの組織や個人が仕事や思惑があってハッカー達を送り込む形でゲームに参加した。

「そうしたらこのザマさ。まったく、やってくれるよ。どうやったらそんな事ができるのか、理解の外だ」

 言って、アールが自分のこめかみに触れる。

 そういえば、インプラントしてる奴は頭のどっかに接続端子があり、それがこめかみによくあると聞いた事があった。

 ちなみに、電脳と呼ばれるインプラントは法律上(表向きは)禁止されている。

「持ち込んだ自慢のツールが全て弾かれた挙げ句に閉じこめられた。馬鹿にされたって感じ」

 アール達ハッカーはその後、互いに連絡を取り合い、侵入用のプログラムなどを一から組み直し、エノクオンラインのシステムに侵入を開始した。

 だが――

「協力者の一人がさ、主システムに無理矢理侵入しようとして、こう……パァンってなってね」

 アールは握った拳を開くことで、破裂を表現する。

「脳が破裂したのか分からないけど、彼死んじゃってね。さすがに危険過ぎるってことで、撤退。手に入れた物と言えば、地形の分からない世界地図の線図ぐらいさ」

「ふぅん」

 自嘲気味に笑うアールに、適当に相槌を打つ。

「ああ、そういえば、街で風船が破裂したみたいな音立てて死んだ奴を見たんだが、そいつもハッキングしてやられたクチかな」

 その時の状況を覚えている限りを説明する。

「多分、そうだと思う」

 俺の説明を聞いたアールは何やらウィンドウを開いて操作し始める。

「なにしてんだ?」

「フレンドリストの確認。リスト見れば安否ぐらいは分かるから」

 ああ、そういや、そんな機能あった……な――

「あっ」

「あ? どうしたのいきなり」

「いや、なんでもない……」

 ――あいつらの事忘れてたァーーッ!

 貴音や翔太、電脳世界内ではタカネ、シュウという名で呼んでいるあいつらの事を今の今まですっかり忘れていた。

 怒ってるかも。いや、怒ってないはずがない。

 どうすっかなあ。フレンド登録してなかったから、あいつらどこにいるか分かんないしなあ。また悪い癖が出たとかネチネチ言われるんだろうなあ。いや、待てよ。短い付き合いじゃないから、さすがに慣れたんじゃないか?

 おお? そう考えると、まあいいか、なんて思えてきたぞ。

 うん、そうだよな。あいつらなら俺の事なんて慣れたもんだし、タカネ率いるあのサークルの連中ならこの世界に閉じこめられても元気にやってるだろ。

 うんうん、そうに決まっている。

 というわけで、問題無し!

「僕の知り合いじゃない――って、百面相なんてしてどうしたのさ?」

「いや、何でもない。個人的な事だ」

「さっきから挙動不審だなあ。まあいいや。さっきの話だけど、多分僕の知らないハッカーだろうね。一応、掲示板で警告したんだけど、挑戦した人がいたんだろう」

「そんな掲示板あったっけ?」

「あったよ。ちゃんと目立つように工夫したやつ」

 ヘルプ代わりに使うか、ネタタイトル中心に見てたので気づかなかった。

「君、もしかして説明書とか読まない派? 公式ホームページとか見てない?」

「分からないことがあったら取説読む派。公式は斜め読みのうろ覚え」

 呆れたような感じでアールが肩を竦めた。

 その時、アールの肩越しから向こう、ある物を見つけた。

「うわっ、なに!?」

 邪魔なアールの肩を掴んで下に押すのと同時に少し背伸びして森の中を凝視する。

 木が邪魔で一部しか見えないが、多分アレだ。

「なあ、アレって……」

「えぇ、一体なに? ――あっ!?」

 振り向いたアールが声を上げ、直後に先頭を歩いていたミノルさんを大声で呼んだ。

「ミノルさん! 見つけた! 転送装置だ!」


「途中で見逃したかと心配したんだが、見つかってよかったよ」

「これで最悪、街が見つからなくても遠くを探索できますね」

 俺達は移動を中断して、みんなで転送装置の前に集まっていた。

 ログインした時、最初に立っていた始まりの街のゲートをもう少し小さくしたようなソレは転送装置と呼ばれる物で、フィールドの各所に存在している。

 これを使うことで、広大なフィールドをショートカットして移動することが出来る。

 街に直接繋がってはいないが、街の周辺に必ず一つはあるのでPL達からとても重宝されているのだ。

「クゥのおかげだ。よく見つけてくれた」

「いや、ただの偶然だし……」

 人に褒められたりするのは苦手だ。怒られるのは苦手どころか嫌だが。

「登録終わりましたー」

「よし。みんな登録したな? 誰かまだ登録してない人はいるか?」

 転送装置はパーティー単位なら誰かが一人登録していれば今まで登録した転送装置へとまとめて移動できるが、そうでない場合はPL個人が自分で直接登録しなければ使用できない仕様になっている。

 ミノルさんが登録漏れがいないことを確認し、森の方に視線をやる。

 合流予定だったパーティーには既にミノルさんの方からチャットで転送装置発見の報を知らせており、彼ら彼女らにも登録させるために集合場所をこの転送装置前に変更したのだった。

 フレンド登録していれば、相手の居場所はマップで確認できるので迷う心配もない。

「もう近くまで来てる筈なんだが……」

 ミノルさんが呟いた時、木々の間から二パーティーほどの集団が現れた。

 先頭を歩いている剣士風の女がリーダーだろうか。ミノルさんに近づくと、親しげに話し始めた。

「あの二人、恋人同士らしいよ」

「リアルで?」

「リアルで」

「ふうん」

 今時珍しくはない。昨今、電脳世界でのデートどころか挙式まで上げる始末なのだ。中には葬式まで行う馬鹿もいる。

 合流したパーティーのメンツが順次に転送装置へ登録を行っていく。

 その間、とっくに登録を済ませた俺達はキャンプの準備をすることになった。

 日が暮れ始めているからだ。

 電灯なんて物がないこの世界は夜になると本当に真っ暗で身動きが取れない。

「これだけ人数がいるとボーイスカウトのキャンプみたいで面白い」

「これもキャンプだろうに」

 そういや、ボーイスカウトって何する人だっけ?

 アールや他の連中とキャンプの設営を(と言ってもボタン一つで)終えると、ミノルさんから声をかけられた。

「なんすかー?」

「途中参加だから、紹介しておこうと思って」

 そう言うミノルさんの後ろにはあの恋人と他に向こうのパーティーにいたPLが数人いた。

 マメな人だ。

「ソロで歩いていたところ、協力してもらうことになったクゥだ」

「どうも」

「クゥ、こっちはミサト」

「よろしくね。にしても君、本当に一人でこんな所歩いてたの?」

「逃げ足には自信あるから」

 逃げ遅れてやられそうになったところを助けられたんだが、それは置いておこう。

「あははっ、そうなんだ。じゃあ、今度はうちのメンバーも紹介するね」

 言って、ミサトさんが体を横にして後ろに下がり、背後にいたメンバー達を俺からよく見えるようにした。

「あっ!」

 その時、隅の方にいたと思われる小柄な少女が俺の顔を見て声を上げた。

「あれ、知り合い?」

「いや? 見覚えは……」

 無防備な感じの大人しそうな、長い黒髪の人形みたいなお子様に覚えなんて――

「……あったよ」

 そうだ。そういえば、だ。

 黒髪の彼女はゲーム初日、始まりの街付近の森で襲われていた少女に間違いなかった。


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