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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第八章
78/122

8-3


「貴方は…………」

 青い瞳が俺を射抜く。明らかに敵意の色を持っていた。

「何だよ。額に落書きしたの根に持ってるのか?」

 自ら回復魔法で体力バーを幾分か回復させた天使は俺を睨み続ける。

「今は貴方に構っている暇は――…………貴方、破損していますね」

 PLの俺に向かって”破損”と云う言葉をわざわざ使うとは。これはアールが言った通りか?

「コレ、直せるか?」

「無理です」

 即答されてしまった。

「天使はバグとか直すのがお仕事じゃなかったのか?」

「貴方はバグなのですか?」

 あくまで修復するのは意図しない歪みであって、攻撃によって損傷した俺の修復は仕事に入ってないという事か。

「このまま放置してたら、俺はどうなる?」

「……………………さあ?」

「オイコラ」

 天使だろ。バグとか直してんだろ。システム側に近いNPCなんだろ? さあって、何だよ。さあって。

「直してくれないか?」

「お断りします」

「あっそ。じゃあ無理矢理奪うわ」

 腰の収納スロットから片手で槍を引き抜くと同時に投擲スキルで投げる。同時に脇に控えていたシズネが槍を手に駆け出した。

 唸りを上げて矢のように飛んでいく槍だったが、天使は俺の攻撃を予想していたのか白い槍であっさりと弾く。そして横から突進してくるシズネに対し構えを取った。

 二人の槍が激突し、刃から火花が咲いた。だがそれも一瞬で、天使が一対二の白い翼を羽ばたかせると浮遊する。そのまま体重を感じさせない動きで体を縦に回転、シズネの頭上を飛び越えながら槍による突きを繰り出し始める。

「軽々と飛びやがって」

 倉庫らしきこの部屋の天井は高いが、高すぎる訳でもない。俺は弓矢を取り出し、同時に三矢放つ。シュウみたいに正確に狙えはしない(まともに見えてシュウもまたタカネと同じゲームサークルに所属する人間という事だ)が、三本とも天使の羽に命中する。刺さるとまでいかなかったが、天使の顔が一瞬歪み動きが鈍った。

 他のモンスターや魔族なら無視する程度のダメージに表情を変えるとは…………。

 多少不思議に思いながら、俺は軽く横に歩きながら矢を放ち続ける。だが、俺の存在を痛みで思い出したらしい天使は空中でシズネの突き上げを槍で叩きながら木の葉のように矢を避けていく。あんなデカい翼でよくもまあ小回りが利く。

 矢での援護を諦め、代わりに魔法を唱える。非消費型魔法媒体である指輪が煌めいた。

「ストーンファング」

 天井と床から獣が口を閉じるように鋭角な石の柱が生えた。

 上下から襲い掛かる石の牙に天使は慌てて後退し回避する。シズネと天使の間に噛み合ったことで石の壁が出来あがる。

 その直後、壁の向こうでシズネが両手で持った槍を左手で握り直し、空いた右手を壁に向かって真っ直ぐ伸ばした。

 彼女の腕が変形し、中から筒を覗かせる。

 そして轟音と共に筒先から爆発が起きた。爆発は石の壁を砕き、向こう側にいた天使を包み込む。

 俺は槍を取り出して爆煙が広がる所へ駆け寄る。さすがにあの程度で倒せるほど弱くは無いだろう。

 今まで吹っ飛ばされる光景を二度も目撃したが、だからと云って天使が弱い理由にならない。単に相手が悪かったのだ。

 爆煙が中から風に煽られ一瞬にして晴れる。霧散していく煙の一部がまるで切り裂かれたように線の空白を描いていた。

 俺はとっさにそれが風の刃だと判断し、横に跳ねて避ける。ザリクの短剣も風の刃を発生させるマジックアイテムだから見慣れていた故の判断だ。

 俺を直接狙ったものではなく、周囲に向けてばら撒かれたので運良く全ての刃を避けることに成功したが、近くにいたシズネは全身に浴びることになった。それでも頑丈なシズネは刃が止むと同時に槍を構え直す。

 風の刃によって黒煙の晴れた空間には翼を大きく広げた天使が浮いている。

 俺はナイフを投げて牽制するが、羽の動きだけで弾かれる。

 一瞬、天使の目が俺に向けられるがすぐにシズネへと向き直る。なんとも素っ気ないことだが、なんだかんだで俺を警戒してかシズネと俺を同時に警戒できる位置取りを行っている。

 そう警戒されても逆に困るんだが。俺の実力的にも戦術的にも。

 俺は天使の背後に回り込み、羽によって生じる死角から攻撃を仕掛ける。だが、宙に浮く天使は天井に背を向けて飛ぶことで俺達二人を正面に捉え、同時に槍を捌く。

 弱っているので二人がかりなら余裕だなとタカを括っていたが、さすがに手強い。むしろ、真上に向かって攻撃しなければいけない分、逆にこっちが戦い難い。

「ツッ」

 肩に天使の槍が刺さり、体力バーが減る。対する天使は自動回復オートヒーリングがあるようで少しずつ体力を取り戻しつつあった。

 このまま行くとせっかくのカモが逃げてしまう。場合によっては返り討ちに合う。まだ体力バーが回復しきっていない今しかチャンスは無いって言うのに。

 一応、手はある。だが、予想以上に小回りの利く動きを見せる天使の動きをまず封じるところから始めないと。

 最初の一撃さえ当てれば広い倉庫内とは空間の制限された室内の地の利があるのでなんとでもなるのだが。

「クゥ様」

 肩を斬られた俺を庇うようにシズネが立ち回りながら、言葉を投げかけてくる。

「出し惜しみする余裕はありませんよ」

 シズネの言うとおり、出し惜しみして取り逃がしてしまえば次の機会があるか分からない。レヴィヤタンから直接、という道もあるが格上にもほどがある。成功率はお察しだ。

「――チッ」

 仕方ない。このまま俺のステータスが訳の分からない文字化けに晒され続けるよりもマシだ。虎の子、という訳ではないが心情的に躊躇いを覚えるもののアレを使用するしかない。

 槍を天使に向かって投げる。槍は天使にあっさりと避けられて天井に突き刺さる。その動きで起きた僅かな間をついて俺は壁に向かって走り、中型武器:刀剣の片刃剣と小型武器:刀剣の短剣を取り出す。

 勢いを弱めずそのまま壁に向かって跳躍し、三角蹴りで更に跳び、天井近くを飛ぶ天使の眼前に迫る――その寸前で短剣を天井に突き刺しブレーキをかけた。

 迎撃しようと突きつけられた天使の槍が間合いを見誤り、俺は首を僅かに横に傾けるだけで避ける事に成功する。

 俺の行動に僅かに天使の目が見開き、槍を引き戻そうと腕を動かす。その刹那、互いの目が合う。

 その一瞬が肝だった。

 俺の目を見た天使の動きが明らかに硬直する。

 アマリアとの一件で手に入れた隠しスキル。その熟練度の上昇に伴い修得した<邪視>。

 これは攻撃力もなければバッドステータスを与える能力もない。防御系でも補助でもない。ただ、相手に命令するスキルだ。

 精神系とも言うべきスキルなのか、精神抵抗値の判定に成功すれば視界に入った対象の動きを止めることぐらいはできる。天使に利くかは分からなかったが、眼を通す能力の為か互いに眼を合わせれば成功率が上昇するので、それが功を成した。

 ピッケル代わりにした短剣から手を離し、俺は空中で石のように動かない天使に向かって飛びかかる。

「ハーケンスラッシュ」

 ジグザクな軌道を描く刀剣のスキルを使用して上から下へと天使に片手剣を振り下ろす。

 叩き落とすまでには至らなかったが、別にこの一撃にかけていた訳じゃない。俺は床に着地すると動作モーション後の硬直に完全に捕らわれる前に片手剣から手を離し、背中から大剣を取り出してすぐさま振り上げる。

「ブラスト!」

 魔法剣で最初に覚える<ブラスト>。その風属性の魔法剣で切り上げながら飛ぶ。スキル効果によって天使を切りながらも天井近くまで飛び上がった俺は大剣を素早く手離し、天井に突き刺さったままの槍を掴む。

「あぐ、ぅ…………このっ!」

 だが、さすがに天使もこのままやられ放題ではない。<邪視>の効果も切れ、ノックダウン系のスキルは使用していなかったし、元より高ランクのNPCは硬直時間が元より短い。

 天使は俺に敵愾心の満ちた眼を向けながら槍で切りつけようとして、背中からシズネの攻撃を受けた。

 槍を大きく振り回し、命中した相手をノックバックさせる攻撃で天使の体がやや海老ぞりになる。その隙だらけの天使に向けて俺は天井に突き刺さったままの槍を、石突を先端として突進系スキルを発動。槍を抜くと同時に天使の腹に石突をぶち当てる。

 とっさに横に避けたらしく、腹の中央ではなく脇腹に命中したことで天使が宙に回転する。そんな天使に向け、床にまた着地した俺は槍を捨て、斧を取り、スキルを発動させる。

 天井、床、時には壁を移動。シズネのフォローを受けながら次々と俺は武器をばら撒くのと同時にスキルで攻撃していく。さすがにスキルの連続使用を出来る程度の熟練度は上がっているが、PTを組んでないと後の硬直が怖い。だから俺は武器を手放すことで硬直をキャンセルし、スキルを断続的に使用する。

 スタミナが尽きるまで攻撃は出来るが、この方法だと武器掴むの失敗すると変な格好で動きが止まるし、どこに何置いたか把握してないといけないのですっごく疲れる。

 しかも、PLや雑魚なら疑似麻痺でも使って多少余裕を持たせられるが疑似麻痺とかの成功率が低いわ宙に浮いてるわの天使が相手なので凄まじい集中力がいる。

 それに――

「あああああッ!」

 悲鳴のような叫びと共に無動作ノーモーションで天使の体から竜巻が発生する。発生は一瞬だったが、俺とシズネはそれだけで吹き飛ばされてしまう。

 ネームドなどの魔族はこういうのがあるから面倒だ。

 俺は鎖を取り出し、天井に刺さった斧の柄に巻き付けて完全に吹っ飛びきるのを阻止する。それでも天使との距離は離れてしまった。

 そして、体勢を整えた天使が羽を広げて俺に接近する。<邪視>を警戒してか、わざわざ背後に回り込む軌道をしてまで。

 背後に回り込まれたのは<気配察知>で分かっていたが、武器の殆どは攻撃に使って収納スロットは殆ど空だ。体勢も悪い。迎撃する術はない。

「クソッ」

 背中から冷や汗が流れるのと槍が起こすであろう風を感じたのはほぼ同時だった。

 攻撃を受ける――そう覚悟した瞬間、壁際まで吹っ飛ばされたシズネが自分の槍を投げた。俺に向かって。

「気が利くメイドからの施しです」

「フザけんな!」

 矢のように飛んでくる槍の穂の根本をなんとか片手で掴み、脇の間に滑り込ませるようにして背中から来る一撃を槍で受け止める。

 投げ渡す、という軽めの投げだと間に合わないのは分かるが、マジ投げするとか何を考えているのだろうかこのメイドロボ。下手したら自分の使い魔に殺されるところだった。PKとかより質が悪い。

 ギリギリのタイミングでなんとか受け止めたことで、多少のダメージだけで瀕死や吹っ飛ばされるのを防いだ俺は振り向きながら鎖を操り、短剣から鎖を解くと天使の体に巻き付け<拘束>を使用する。

 雑魚モンスターのようにそう長く拘束してはいられないだろうが、十分だ。

 俺が床に着地しても、天使は鎖に身動きが取れなくなりつつも宙に浮いている。

 俺の背後、天使からしてみれば正面の壁際に立つシズネがまた新たな動きを見せる。半身になって左腕を伸ばした彼女の腕が左右に割れ、中から二本の僅かな曲線を描く棒が二本起きあがる。

 ――弓だ。弓に見えないしコードやら何やらがスパゲティ症候群みたいな状態なので若干グロいが設定的に弓だ。だってスキル解説にそうあったから。

 弓に弦が張り、シズネの右手に光の矢が生まれる。矢を番え、弦を引いてそのまま離さず溜める。すると矢の光が徐々に強烈になっていき、あからさまにチュージしていると宣伝している音がギュンギュン鳴っている。

「まだかよ!」

 鎖を引っ張りながら後ろを向いて怒鳴る。<拘束>スキルで天使の動きを止めてはいるが、限界間近だ。

「じゃあ、射ます」

「じゃあ、って何だよ!?」

 突っ込んだ直後、シズネの右手から矢が離れる。

 既に眩しいほどの渦巻くエネルギーを纏わせていた矢はその瞬間俺の視界から消えた。残ったのは一筋の光の尾だけ。

 気がつけば後ろで爆砕の音が聞こえた。

 振り返ると、天使の片翼が丸々無くなっていた。翼を片方無くした天使はそのまま落下――だけでは面白くないので俺は鎖で引っ張って彼女を床に叩きつける。これで普通に落ちるよりはダメージを与えられるはずだ。

 鎖から手を離し、叩きつけた天使に素早く接近する。その途中で床に刺さった大剣を回収。次に床に転がった槌を蹴る。

 既に体を起き上がらせようとした天使の体に槌が命中して彼女をまた床に這い蹲らせる。そして、俺は背中に飛び乗って天使を床に押しつけ、もう片翼に向けて大剣と槍を上から突き刺し床に縫い止めた。

「あ、が、ぐ…………」

 NPCはダメージを受けた再現として痛がる様子を見せることがある。それとも、データが本当に損傷してそれが人間同様に信号として痛みになっているのか。

 どちらにしてもこの天使は少し過敏過ぎる。

「クゥ様」

 シズネが片刃剣を床から引き抜き、投げ渡してくる。今度は軽く投げてくる程度で、俺は余裕を持って受け取ると逆手に持って天使の肩へ深々と突き刺す。更に駆け寄ってきたシズネが天使の槍を取り上げ、素早く羽の端に刺す。

 虫の標本のようにされた天使は苦痛に顔を歪め、呻いている。<情報解析>で見れる彼女の体力バーはほんの僅かで、何かしら抵抗されても十分対処可能な範囲だ。

「そのまま押さえつけてろ」

 天使の肩に剣を突き刺したまま、俺はしゃがみ込んで頭を掴む。顔まで床に押しつけられた天使の片目が俺を見上げる。

「はぁ…………やるか」

 正直気乗りがしないし、掴んでいる天使が俺の指の間からこっちを見上げてきていて、こんな標本みたいに張り付けにしておいてどの口が言うのか非常にやりにくい。そもそも、女を押し倒しているシチュエーションだと云うのにソソらない。趣味じゃない。

 憂鬱な気分ながら、俺はアイテムボックスのポーチの中から石の形をした赤い魔法媒体を取り出す。それを握り潰し、魔法を発動させる。

「ソウルドレイン」

 天使の頭を掴む掌から光が漏れた。

「なっ!? や、止め――あ」

 掌と接触する部分から天使の体力、魔力、スタミナ、そして――

「止め、やめ、て…………わ、わた、私――」

 ひどく暴れ始めたが、羽と肩を串刺しにした上で俺とシズネが乗っているのだ。それに<ソウルドレイン>は魔力やスタミナも吸収する。時間をかければかけるほど相手は動けなくなる。

 掌を通じて俺の身体へと天使の情報が次々と入ってくる。目当ての物が手に入ったかどうかは後でステータスウィンドウやアールで確認するしかない。手に入らなくとも別にいいんだが。

「あっ、ぃ――私が、私が消え、る。ぃた、痛い、イタイ、痛みが――」

 体力バーがレッドゾーンに突入した天使は俺の下で呻き続けている。叫ばれないだけマシだが、さすがに気が滅入る。

「はぁ……痛いってのは生きてる証拠だろ。我慢しろよ」

 リストカットしていたユイと瓜二つなせいか、俺は思わずあの時言わなかった答えを言ってしまった。

「――――――」

 天使の悲鳴が止まる。映像ムービーを一時停止させたように唐突に、不自然に、時が止まった。

「痛みは、生きてる証拠?」

 そして、口が動いていないのに足下の天使から懐かしい声が聞こえた。

「――っ」

 シズネがその声に僅かに反応する中、俺は自分の失敗を悟った。

「あー、やっべ…………ガワ剥いじまった」

 天使の殻が破れ、黒い光が溢れ流れ出た。


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