8-2
魔王レヴィヤタン討伐の為にNPC兵士による城門への突撃が始まった。こういうのは現実でもまず一番前が危険だ。敵の迎撃をいの一番に受ける訳で、張り巡らされた罠だって最初に受けるのだ。そういう点で言えばPLの盾や罠避けになってくれるNPC兵士は便利だ。現に、先頭にいたNPC兵士の一部が先制攻撃を受けて吹っ飛んだ。
「アレェェェン! ジイィィィク! ホブログゥゥ!」
ただ、PLの中にはついNPC兵士と交流を深めてしまった奴が涙を流している訳だが。
NPCのAIはやたらと高性能だ。どこからか降って沸いたように魔族から解放した街に現れる癖に、その後の行動はあらかじめ職業が決まっているというだけで人と比べても自由意志を持っているように思える。なにより会話していてもNPCとは思えない反応が返ってくる。コンピュータか人間かを判断するテストがこの世にあるらしいが、なんちゃらの部屋も無しに楽々クリアできそうだ。
そのせいか感情移入してしまう。それぞれ違った名前と容姿、エピソードまで持っている。消滅しても同一人物が再ポップしたという情報までない。
物言わぬ物体にまで愛着を持ってしまう人間がつい彼らに感情移入してしまうのは当然と言える。
「アレンの仇ィーーッ!」
PLの一人が怒りに燃えて門へと突入して行った。アレンって誰だよ。
同情は出来るが、一人でも過度に熱い奴がいれば周囲は冷めてしまう。
俺は悠々とNPC兵士とPL達を盾に歩く。
やはり天使の対応に追われているのかモンスターの数は少なく、簡単に突破出来た。そのまま半数近いNPC兵士が城内部へと入り、残りが城門の前後に展開する。
門から入るのは初めてだった。自分で言ってておかしい事に気付くが、俺って盗賊系だから仕方が無い。
門の向こうは噴水のある広場のような形となっていて、NPCを含め皆がここで足を止めていた。一部のNPC兵士はそのまま城に入って広場に通じる通路の監視を行っている。誰がそんな動き方を教えたのか。……そういや、プロの人がゴールドに協力してたな。
「楽でいいな。ゲームジャンルとしてはどうかと思うが」
「ノンジャンルって事でしょう」
俺の独り言にタカネが反応する。彼女は一度マップウィンドウを開いて確認するとすぐに閉じた。
どうでもいいが、無とごった煮はイコールで結ばれるのだろうか?
「どのみち肝心なところは私達の手でやらないと」
NPC兵士が戦えると言っても、それほど強くはない。むしろ雑魚と言ってよく、数を揃えなければ有象無象。範囲攻撃を持つボス相手だと無双される。
「それじゃあ、行ってくるわ」
タカネ達をはじめ、ミノルさんやキリタニさんらがパーティー登録した面子と共に玉座への最短ルートを進み始めた。事実上死闘しに行くわけだが、エノクオンラインでモンスターと戦い続けていたから緊張はしていても身は竦んでいない。既に魔王を倒した事のある<ユンクティオ>や本物の軍人や警察関係者であるキリタニさんらだからだろう。タカネ達はアレだ。元々精神面で一般人と同じ構造をしているとは言えないような連中の集まりだし。
だからか、彼らは後ろ髪引かれるなんて事は無く、気軽とも言うべき足取りで進んで行った。
「この目で城内を直接見るのは初めてだが、良い城だ」
俺の右隣に並んだゴールドが感嘆したように言う。確かに柵が無くて高所からの落下の危機を抜きにすればレヴィヤタンの城は美しい。それに、中堅以上のPLなら多少高い所から落ちても生きているので問題ない。だが、城の景観以外の事がゴールドの言葉には含まれていた。
「レヴィヤタンを倒せば次は風の魔王ベルフェゴールだけ。その後は通れなかった地方に行ける。転送装置があると言っても、やっぱりダンジョン探索とか考えると活動拠点をここに移した方がいいかもね」
独自のプログラムでNPC兵士の部隊展開を監視しながら、アールが俺の左に立つ。
…………なんだ、この意図的な配置は。
「城が壊れなかったらな」
アスモデウスの城は魔王本人によって派手に崩れ落ち、いくつものテントがいつの間にか設置されて酒保みたいな有様になっていて、廃墟と変わらない。
それでも城を手に入れれば利便性は高い。
四人の魔王が住むそれぞれの城は通行不可のエリアにほど近い。ここを通常の街同様の拠点と出来れば探索に出るPLの負担は物資的にも精神的にも減るだろう。現にレーヴェがまんまと無傷で手に入れたアモンの城をギルドホームにしているらしい。
「ところで、思いの外簡単に城の中に入れてしまった訳で、モンスターを引きつけてくれている天使勢には感謝したいところだが、やっぱりこのまま、順調には、行かないだろう」
ゴールドが何やらワザトらしく言葉の端々を区切って呟く。
「そうだねー。モンスターも再出現すれば目標をこっちに向けるだろうしー、どうやらイベントでもないのに天使がいきなりこんな事してるのも気になるねー」
アールが何とも白々しく語尾を伸ばして馬鹿に続く。
「じゃあな――っ! 離せ!」
嫌な前フリから逃げようとしたが両肩をがっしりと捕まれてしまった。
「まあまあ、そういう訳なので頼んだ」
「ちょっと天使の様子観察してくれるだけでいいから」
ゴールドとアールが俺の正面に回り込んで来た。…………二人が正面にいるということは、今もまだ俺の肩を掴んでいるのは誰だ?
振り返って後ろを見ると、シズネがしっかりと俺の肩に指を食い込ませていた。
「割と本気で聞くが、お前誰の味方?」
「それは勿論クゥ様の味方です。召使いです。奴隷です。靴の裏舐めましょうか? それとも――」
「お前黙れよ」
シズネが問題発言かます前に遮って、今のやり取りを完璧に無視した二人に向き直る。
俺の睨みにゴールドはヘラヘラした顔のまま口を開く。
「君には領主退治の頃から色々お世話になってるからね。免罪符というか言い訳を用意させてもらったよ」
言っている事の意味が分からない。
「良いこと教えてあげる」
続いてアールが口を開いたかと思うと、言葉でなくメールを送ってきた。一度アールに視線を向けてからメールを開く。
『差出人:アール
件名:
バグ修正する天使には自己修復機能がある可能性が高い。体力とかそういうゲーム的な意味じゃなくて、データとしての修復機能だ』
「………………」
もう一度アールに視線をやる。
「何の手を持っているかしらないけど、魔王相手となると厳しい。それならまだ天使の方が望みがあるよ。彼女も気になってるようだし」
アールの言う彼女が絶賛裏切り中の魔導人形のことだと分かり、もう一度後ろを見る。
目と髪の色を除いて開拓隊時代から変わらぬ無表情な顔は俺ではなく空を見上げていた。
「おや、内緒話か? 水臭いじゃないか。私も混ぜてくれ」
「うるさい。プライバシーの侵害でモモにチクるぞ」
「モモが君の言葉を信じるとは思えないな」
「アヤネを騙して告げ口させたりエルザを脅して言わせたりも出来る訳だが?」
「あ、悪辣な。というか君は何時からそんなうら若き乙女を利用するような輩になってしまったんだ? 私は悲しいぞ!」
芝居臭い上に半笑いになってるゴールドは改めて頭おかしいと思う。
「仕方ない。行くぞシズネ。だから手離せ」
俺の命令にシズネはあっさりと手を離して佇まいを直す。俺は心底嫌そうな顔をしつつ、広場からタカネ達とは別ルートで城内部へと進む。その途中で、広場中央にNPC兵士に守られるようにして立っているアヤネと目が合う。
小さく手を振ってきた。手首だけの動きのそれは小柄な彼女によく似合う。そしてそんなアヤネの死角からヘキサが何に使うのか彼女を盗撮していた。とりあえず競売に掛けられたらタカネとシズネにチクろう。
三角帽子の魔女は放っておき、アヤネに目で軽く返事して俺は城に登った。
魔物が天使と<ユンクティオ>の中堅PLを筆頭にしたラシエム軍(仮)の対応に追われているせいか、遭遇する事もなく俺とシズネは城の上層に向かって進む。
アスモデウスの時の事を思い出す。土の魔王の城は閉鎖的だったのに対して水の魔王の城は開放的だ。だからこそ敵に見つかり易く、俺にとっては逃げやすい。シズネもハイジャンプ出来るので尚更だ。
手摺りも無い不親切設計の階段(壁は無く、踏み外したらそのまま落下)を歩いている間にも、別の通路や階段で自由自在に空を飛びながら天使が魔物相手に優位に戦っていた。
予想通りと言うか、やはり天使達は俺達PLのことなど眼中に無いらしい。巻き添えも厭わぬが直接攻撃する訳でもなく、黙々と魔物狩りを横行している。
時たまこっちに視線を投げかけてくるが、すぐに興味を無くしたようにそっぽ向いて別の魔物を襲い始める。
楽でいいのだが、その光景からは何とも言えぬ疎外感を抱く。別に魔王討伐が目的でない俺でさえ微妙な気持ちになるのだから、真面目にやってる奴らは複雑だろう。
「クゥ様、メールが届きましたよ」
「ふぅん…………え? お前じゃなくて俺か?」
メール機能のウィンドウを中空に表示させると、確かに届いていた。
シズネがチャットやメール機能が使えることに今更突っ込みはしないが、俺のメールまで管理するとか。
「無視し過ぎる主の為に私が受信通知させてもらいます」
「いや、お前何なの?」
そんな言葉しか思い浮かばなかった。
とにかく、メールの宛名を見るとアールからだった。開封して見ると、ボス担当の攻略班が玉座の間にてレヴィヤタンと交戦を開始したという簡素な内容だった。
レヴィヤタンの戦闘技術は確かにPLと遜色無いが、今回の魔王討伐には<鈴蘭の草原>と<ユンクティオ>、それに本職のPLが参加している。前回で学習していたとしても、その程度で負けるような連中ではないのだから特に問題無くレヴィヤタンは倒せるだろう。
問題はその後、第一形態の人型から第二形態へと移行した時だ。アスモデウスも、アモンも第二形態の暴れっぷりが半端無かった。どんな姿形をしているのかも不明だから、正にぶっつけ本番。
「城が崩れる前に見つけないとな」
そう呟いて、俺は<気配察知>でカモとなる天使を探しながら階段を昇る。シズネがいると言っても、天使と戦うのは骨が折れるどころか分が悪い。どこかに負傷した天使でも転がっていないだろうか。
なんてあり得ない事を考えていたら、目の前に天使が墜落して来た。
「………………」
いきなり俺の視界の上から下へと勢い良く落ちた天使は階段の段のいくつかを羽の生えた背中で破壊すると、そのまま青い粒子となって消滅した。
内心ちょっと驚きながら、天使の落ちてきた方向を見上げる。吹き抜けのようになった城の上層で、天使の幾人かと人型の魔族が戦っていた。他にも虫型の魔物が集団で天使を襲っている。
「…………誰だ、アレ?」
<情報解析>で見たところ人型の魔族も虫型の魔物も風属性。水の魔王であるレヴィヤタンの城にいるのは不自然だ。しかも天使を複数相手できる時点でダンジョンの最奥に引きこもるタイプやフィールドを徘徊するタイプのボスとは違うことが分かる。だとすると考えられるのは、まだ存命している風の魔王の配下。
不意に、初めてレヴィヤタンを目撃したラシエムの港で見たもう一人の魔族、虫の羽を生やした男を思い出した。
今絶賛無双中の魔族は虫の怪人と言った様相で、背から生える羽も飛蝗の類だから別人だろう。長い柄の長大な斧という獲物も使っている。だが、そんな外見などよりも――。
「クゥ様。あそこにいるのは…………」
シズネが俺の後ろから虫の怪人と戦っている天使の一人を指さす。槍で戦う天使達の中にアイツの姿があった。
直後、怪人の強烈な横払いで天使の数人が吹っ飛んで、壁や階段、あるいはそのまま落下。中には部屋に扉をぶち破って派手に入室した天使もいた。
「あーあー」
壊れた扉の方を一度見てから、再び顔を上げると虫の怪人は俺達に目もくれる事も無く、虫の魔物を引き連れてどこかへ飛び去っていく。どいつもこいつもありがたい事に人を空気扱いしやがって。
「彼らは?」
「知らーん。それよりも行くぞ」
振り向くこともしないで、俺は階段から足をわざと踏み外し、中空に身を踊らせる。鎖を操り、他の階段や通路に巻き付けて飛ぶように移動を繰り返し、天使が突入した部屋の前に立つ。少し間を置いて、ジェット噴射による直線的な軌道でシズネも俺の隣に並ぶ。
「よう、また会ったな。というかお前、よく吹っ飛ぶよな」
倉庫らしき暗い部屋の中、槍を支えにして一人の天使が、ユイと同じ顔を持つNPCが起き上がろうとしていた。