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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第八章
76/122

8-1

 ◆


 五大都市の一つ、NPC天使達が住むセレスティアの城は居住機能の面で言うと最悪と行っていい。未だPLが入ったことの無い場所故に誰にも知られてはいないが、もしPLが入る事があればまるで鳥籠のようだと言っただろう。

 まず、飛行能力を標準で持った天使しかいないので階段は無い。通路もない。ドアがある箱型の部屋が宙に浮いているだけだ。

 天使は何時までも空を飛んでいられる為、羽を休める場所など必要なく、睡眠も取らない。内部の空間が操作されて外観以上に広い部屋の中も武器庫や資料室などで、生活に関わる物は一切ない。

 そんな人から見れば味気ないどころか生き物の気配が感じられない城の外壁に、一人の天使が腰掛けて街並みを見下ろしていた。

 毛先に癖のある長い金髪の天使は槍を抱くようにして持ち、片膝を立て、もう片方の足を外に放り出している。

 天使というのは仕事に従順で、一分一秒のズレもなく仕事を始め、上からの命令がない限りいくら仕事が残っていようと時間になったら城に帰り、仕事がない時は待機所にて体を収納させて時間まで待つ。

 そんな中で青い瞳を持つその天使は所定の部屋に行かず、待機中に町を眺める習慣を持っている変わり者だった。

 街のNPCやPLを監視しているのか? それは今活動中の天使の仕事であって彼女の仕事ではない。人手不足から来る増援でもない。上からの命令もないのにそんな事をすれば彼らの仕事を奪ってしまう。

 なら、何故彼女はそこにいるのか。

 理由などない。強いていうなら彼女は探しているのだ。人々の営みの中にある何かを。

 具体的に何を探しているのかは本人さえも知らない。ただ、漠然とした予感があるのだ。あの中に自分が求めているものがあるのだ、と。

「何を馬鹿な…………」

 NPC天使プリメラはわざわざ口に出して否定する。

 自分は歪みを修正し、世界の構成を維持する役目を持つ天使である。それ以外の思想も行動も行わない。時計のように黙々と、自然のように有るべくして有るのだ。

 プリメラは沈殿する思考を振り払うように頭を振り、立ち上がる。

 同時、城の大鐘が鳴り始めた。他の鐘もまた城の頂上にある鐘に共鳴するかのように鳴りだし、音を奏でる。

 鐘の音は命令コードだ。音を聞いた途端、全ての天使が自分のやるべきことを理解する。


 ――向かうは水の魔王の城。狙うはレヴィヤタンの首。現場最高管理者は天使カマエル――


 城の窓から多くの天使が飛び立ち、抜け落ちた羽根が地上へと落ちていく。頭上から白い羽根が舞う光景を見上げたプリムラもまた鐘の音を聞いて鷹の翼を広げる。

 自覚していない感情、飢餓感を抱きながらプリムラは飛び立つ。

 彼女から抜け落ちた羽根は黒みをおび、中空で消えた。




 ◆


 今日、三体目の魔王攻略が開始された。

 準備はずっと前から行われ、嫌がらせのように魔王城の中だけ何度も彷徨った結果、今回で勝てると見込みを立てたからだ。それに、レヴィヤタンのデータも多く入手できた。

 一人称が吾で三人称が汝なレヴィヤタンはその言葉遣いに反して型破りな奴のようで、俺がボコられ逃げたあの日以降も城の中のモンスターを釣っていたパーティーの前に姿を度々現したそうだ。魔王がホイホイと城の外に出るなよ。

 犠牲者は出なかった分、奴の能力が知れた。主に徒手空拳で殴ったり蹴ったり(よくPLが蹴り飛ばされたという報告もあるので足癖が悪いようだ)し、凍結効果のある氷弾や氷柱、冷気で遠距離や範囲攻撃をしてくる。

 しかしそれでも、ボスの攻撃パターンが分かったと喜べない。見て覚えたのか、それとも俺にした時のように経験を吸収したのかレヴィヤタンはPLに近い動きをする。熟練度だけ上げて満足しているようなPLではとても相手は出来ないだろう。それに、第二形態の事もある。

 アスモデウスといい、アモンといい、第二形態になると戦場が一気に拡大する。こればっかりは逃走という手段が通じなくなる。万が一逃げれても、魔王が人型に戻る保証もなく、下手をしたらアモンのようにそのまま人領域に進行してくる可能性だってある。だから、第二形態に移行すればもう後には引けない。

 だからか、皆の気合いの入れようは大きい。ゴールドは実験と称して城のモンスター達にぶつけていたNPC兵士を千も連れている。レヴィヤタンと直接戦うのも熟練度の高さ以上にエイムが高いメンバーが選定された。

 と言っても、<鈴蘭の草原>ギルドのフルメンバーと<ユンクティオ>一軍メンバーの合計三パーティー。少ないと思えるかもしれないが、レヴィヤタンが高確率でいる玉座の間の床は大半が水場だ。地に足のつく床は縦長であまり大人数では動きの邪魔になる。

 残りのギルドメンバーや他のPL達はNPC兵士の援護と城の中を徘徊してモンスターが玉座の間に行かないようその数を削る二つの役割を分担する。城には中ボスクラスのしぶとい魔族がまだ生き残っており、表で魔物を率いたりもするのでNPC兵士だけに戦わせる訳にもいかない。その為、アヤネもまたNPC兵士の補助の為に城の中には入らない。

 そして、肝心の俺はと言うと――

「好きにすればいいよ」

 とのことだった。

 ゴールドの私物である馬車の中、二頭の馬と繋がった綱を握る俺の隣でアールがウィンドウをいくつも開き、投影されたキーボードを機械的に指で打っている。車の免許持ってないのに騎乗スキルのおかげで馬車を操れるとか。

 レヴィヤタンの城に行く道中、回復アイテムをはじめとした消費アイテムを財力に物を言わせて山のように積んだ馬車に座るのは俺とアールだけ。他の連中は普通の馬車に乗っていたり、暇つぶしに馬でパカラったりしている。

 誰もこっちを見ていない。盗み聞きされないようアールが細工もしている。

「一応、遊撃ってことで。そっちの方が気が楽だろ。君の性格的にも、事情的にも」

 アールには既に俺のステータスウィンドウが文字化けしたような状態になっている事は説明してある。

「何がどうなってるのか、予想はつくけど正確な事は僕にも分からない。けれど少しずつ修復されているところから問題は無い」

 文字化けは本当に僅かずつではあるが直ってきている。スキルや魔法の使用も問題なかったし、シズネとのリンクも異常は無い。

「でも、やっぱり大丈夫なんて保障もできないわけで。出来ることなら、ヘキサや他のプログラマー。ミエさんとかの意見も聞きたいんだけど」

「こーとーわーるっ」

 俺はアールの意見の馬車の振動に合わせて跳ね除ける。

「説教はもうこりごりだ」

「よくもまあ、そんな事をスラスラと言えるね。<鈴蘭の草原>は苦労が多そうだ」

 うるさい。

「僕に相談したのは少なくとも信用されていると受け取っておくよ。それで、どうするつもり?」

「大まかに言って、俺はどうすればいいんだ?」

 質問を純粋に質問で返すと、アールは肩を竦めて表示させていたウィンドウを全て閉じ、馬車の壁に寄りかかった。

「憶測だけど、何かウィルスの類を入れられたんじゃなくて、情報を中途半端に抜き取られたせいで整合が取れてないんだと思う」

「その取られた物を取り返せばいいんだな?」

「そうだけど、何が取られたか分かるのかい? それに、どうやって取り返すつもり?」

「なんとかなるだろ。それに、最悪取られたままでも大丈夫だろ。何の影響も無いし」

「そうだといいんだけど。ちなみに、何を盗まれたと思う?」

「想い出、とか?」

「――――」

 絶句したかと思ったらアールが腹を抱えてうずくまった。その肩は小刻みに震え、時々奴の口から細かい空気が漏れる。明らかに笑いを堪えていた。

 馬車からアールを蹴り落とした後、進行方向にぼんやりとレヴィヤタンの城が見えてきた。


「どういう事なんだ、これ?」

 鏡を見ずとも自分が間抜け面を晒していると自覚しながら、俺はおそらく皆が思ってる事を代弁した。

 補給物資(消費アイテム)を積んだ馬車を少数のNPC兵士と共に城から少し離れたフィールドに置いて、いざ魔王討伐へと(俺以外が)意気込んで前進していると、いきなり戦争状態だった。

 魔王軍とPL軍が、ではない。魔王軍と天使達が戦争を既に始めていたのだ。

「アルマゲドンでも始まったか?」

 欧州の出身と思われる中堅ギルドのPLがそんな事を呟いた。怪物達と天使がそんな事をしていればそう思うのも無理ないかもしれない。

 魔物と天使は設定上敵対している。ならば争うのは別段おかしくないが、PLを置いてきぼりにして戦うか普通? これが規定のイベントなら問題ないのだが、この間のレヴィヤタンとカマエルとかいうNPC天使のやり取りを思い返せばイレギュラーなイベントなのだろう。

「これはチャンスだ。天命とも言える」

 最近調子乗りまくってるゴールドが楽しそうに呟いた。後半なんて世迷い言である。

「天命かはともかく、何にしてもチャンスなのは違いない」

 キリタニさんがゴールドに同調した。

「僕達も今攻めるという事ですか? 何もしなくても、天使達がレヴィヤタンを倒してくれるかもしれませんよ? それに、天使がこっちに攻撃して来ないとも限らない」

 常識人兼一般人(?)代表のミノルさんが疑問を口にする。

 確かに、城のモンスター達は天使の相手をしているので今攻めればこちらに負担は減る。だが、天使がPLに危害を加えないとは限らない。実際、天使が治める街セレスティアでは酔ったPLが天使に絡んで殺されかけた事件もあった。

 最悪、三つ巴になって戦いが複雑化する。そうなるとレヴィヤタンを倒せる可能性が減る。PLの被害だって大きくなる。

「天使は無視すればいい。天使の目的が魔王なら、第三勢力に構ってる暇はないだろう。むしろ天使達を前に突っ込ませて我々は後ろから援護する。そうすればこちら被害も最小限で済む」

 漁夫の利狙いということだろう。カマエルはレヴィヤタンを狙ってる訳だから、その方法が一番有用だろう。

「それには賛成だ。問題は、天使がレヴィヤタンにトドメを指した場合だ。どうなると思うかね?」

 ゴールドがキリタニさんの作戦に同意すると、アールやヘキサの方に振り返る。魔王を倒した時のスキルやアイテムの事を言っているのではないだろう。

 全PLに配布されたクエストの件だ。エノクオンラインを出る為には魔王を全て倒さなければならない。もし、クエストを配布されていないNPCがトドメを刺した場合それはカウントに含まれるのかが問題だ。シズネやモモのペットの場合は所有者マスターであるPLの手柄なので問題ない。

 だが、聞かれたハッカー二人はどういう訳かミエさんへと視線を向けた。

 ミエさんはやる気満々な男連中から離れて馬車を牽いていた馬の顎を撫でていた。あの人にかかれば馬も猫も一緒らしい。

「ん? ああ、多分大丈夫じゃないかしら。魔王という役割ロールの中に電脳世界から出るキーがあると思うから、誰が倒そうと一緒よ。でも、確証があるわけじゃないから一応私達の手でトドメを刺した方がいいわね。スキルの件もあるし」

「どのみち、我々の手で倒す方が良いということだ。救済措置があるか分からない賭けは分が悪い」

 要はやることに変わりない、か。

「許容範囲内だ。予定を一つ繰り上げるかもしれないが、それは正門前まで着いた時の状況次第かな?」

「それでいいだろう。万が一天使と戦う事になっても遮蔽物のない門前よりマシだ」

「では――全軍進め!」

 ゴールドの号令により、NPC兵士の軍列がレヴィヤタンの城に向かっていく。その後ろを俺達PLの面々が続く。

「天使には攻撃されない限り手出ししないようみんなに通達しないと」

 アールが今回の魔王討伐に参加したPL達にメールを飛ばしていく。

 それぞれ役割を持つPL達も動き出す。ボスと直接対峙するメンバーは川から潜入する別ルートへ進むため軍隊から離れ、城の中で暴れ回る役割を持った<ユンクティオ>を主としたPL達はそのままNPC達の後ろへ。

「クゥさん、今回はこちらなんですね」

 アヤネが隣に並んで微笑んできた。彼女は歌スキルの効果を高める装備としてクリスが制作した緑色のドレスを着ており、これまたクリスの手によって別に何かしらの補正もない化粧まで薄くされていた。あの性別不明なアーティストはコンサートか何かと勘違いしているんじゃないか?

 普段よりも華やかなその姿に野次馬がウロチョロしているが、誰も彼もシズネに睨まれ近づけない。

 皆知っているのだ。あのメイドロボは容赦しないと。それは攻撃禁止エリアではないフィールドではシャレにならない。

「こちらも何も――」

 ――特定の役割を持たない。そう言おうとした時、上空に視線が止まる。

 城の周辺、といっても地上ではなく空だが、城を取り囲むように天使達が展開し城から放たれるモンスターの遠距離攻撃を避け、受け止め、攻撃している。

 赤い鎧を着たカマエルとかいう天使の姿はない。既にレヴィヤタンの所に突入したのだろう。けど、あいつの事はどうでもいい。

 それよりも外でモンスター達に魔法を放っている天使の一人に知った顔があった。

「どうしたんですか?」

「派手にやってるなって。それより、今回シズネは連れていくから」

 俺の視線を追って顔を上げようとしたアヤネの注意をこっちに引きつける。

「シズネさんは元々クゥさんのメイドさんじゃないですか」

「そうなんだが…………」

 掲示板や新聞では、いつもアヤネの傍にいるせいかアヤネ付きの使い魔だと思われているシズネだった。実際のマスターは俺なのだが、からかいの意も無く他人から俺のメイドだとか言われると、イケナイ事をしているようで何だか気まずい。

「変なとこで小心者ですね」

「おいコラ聞こえてんぞそこのメイド」

 訂正。シズネ相手だと背徳感も何も無かった。


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