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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第七章
73/122

7-7


 レヴィヤタンの城の調査と言っても、特別何かする必要はない。歩いているだけでマッピングデータは自動で更新されるからだ。

 勿論、隠し通路の有無やトラップ、どこどこにこんなモンスターがよく徘徊しているとか、そんな細かい所まで調べるのがベストなんだろうが、特に指示されていなかったので俺は別段そういった物に注視する事なくただ歩いていた。見つけた宝箱に入っていたアイテムは当然俺の物だけどな。

 そんな訳で、俺は俺なりに探索していた筈なのだが、

「どうしてこんな事になっているのでしょうか。アホ――いえ、変な主人を持つと苦労します」

「言い直す必要あんのかそれ? ってか、重い。お前重い。クソ重い」

「肌は見目麗しい乙女でも鋼鉄の女ですから」

「ああ、そうだったな。自虐か自尊か分かり難いんだよ。もういっそお前手離して一人で落ちろ」

 俺とペットなのか従者なのかオマケオプションなのか分からない摩訶不思議モブは絶体絶命の一歩手前にあった。

 俺達二人は今、城に張り巡らされた水路の中にいた。幸い水路全てが水に満たされている訳ではないので酸素ゲージは減らない。ただ、俺の<水泳>の熟練度では途中から流れが激しくなる水路を逆走することは叶わなかった。結果、水路の道が途切れて下へと流れ落ちそうになったのを何とか途切れ口で手足を踏ん張りなんとか持ちこたえていた。

 俺の体に腕をまわして水の流れに耐えているシズネは正に鉄の女の如く重いが、普段から度々アイテムをボックスに詰め込み過ぎて重量オーバーに陥りそのおかげで上がった筋力ステの恩恵で何とか支えてやる事はできた。

 別に落ちたとしても、幾度も崖や滝から落ちて落下耐性が半端無く伸びているので即死は免れるし、空中から落下した際の復帰方法も心得ている。

 問題は、一番の問題は、水路から流れ落ちる先がボス部屋だということだ。どうしてこうなった。

「イイ歳して水遊びしているからです。通れそうだからって普通、狭い水路の中に飛び込む馬鹿がどこにいるのですか。ああ、ここにいましたね。申し訳ありませんご主人様」

 うるさい。というか、もしかしなくとも怒ってる?

「何を当たり前の事を。さすが私の主人であるクゥ様です。人とは一線を期した思考をお持ちのようで」

「………………」

 シズネを現実逃避の相手に選ぶのは今度からやめよう。

 仕方ないので、もう少し真面目に現実に向き合ってみる。

 ボス部屋、つまり玉座の間の上部には俺達が踏ん張っている水路の他に合計八つの水路があり、その口から下へと水が流れ落ちている。玉座の間は床の大部分がプールのようになっていて、流れ落ちた水はそこへ落下し、細かい水飛沫で小さな虹が出来ている。

 足場となる床は扉から伸びる一本の道と王が座る玉座の周りのみ。そして、水によって作られた霧と虹に囲まれた玉座に座るのは然るべき王が――ラシエムの港町で歌を歌っていた女、魔王レヴィヤタンが座っていた。


 あー、マズい。非常にマズい。ずっと水が流れ落ちているのに玉座の間が水で一杯にならないことからどこか外に通じる道がプールの底にでもあるのだろう。そこに行ければ逃げることも可能かもしれないが、果たして水路から落ちていきなり逃げようとする奴をまんまと見逃してくれるだろうか。

 いや、遠目ながらも顔を合わせた仲だから見逃してくれたりは…………ないな。逆に突っかかってくるかもしれない。友達に飢えているのか知能の高い魔族ほど顔見知りのPLにはしつこいのだ。アスモデウス然り、アヤネのストーカー然り。そもそもボスが気軽に人間の町来てんじゃねえって。

「文句を言うのは結構ですが、そろそろこの状況をどうにかした方がいいのでは?」

 シズネの言う事はもっともで、まだ筋力に余裕はあるが何時までも水路に掴まっていられない。チャットで応援を呼ぶか? またアホを見るような視線を向けられるだろうが、仕方ない。

 嫌々ながらボイスチャットを使用する為にメニューウィンドウを開こうとして、外が騒がしくなり始めた。

 なんだ、と思っている内に玉座の間の扉が外から開いた。同時に外からモンスター達の唸り声が重なって聞こえてくる。

 もしかすると隠れている俺に気づいた魔族がモンスターでも引き連れてきたのかとも思ったが、どうやら違うようだ。

 モンスター達が唸っているのは威嚇の為。そしてその威嚇を受けているのが、たった今玉座の間に入ってきた一人の男だ。

 金髪碧眼。赤を基調とした鎧を着ており、腰には大きな剣を下げている。武具はともに無駄な装飾は無いが、無骨とは無縁に壮厳ささえも感じさせる。何より、魔族とは思えない神聖さを持っており、その証拠として男の背中には白い鷹の翼が生えていた。

「天使、ですか」

 そう。男は天使だった。エノクオンラインの世界観上、天使は魔王と対立している。昨日だって、ラシエムでは不意打ちをかましていた。

 それがたった一人で魔王の前に現れた。モンスター達の様子から友好な関係ではないのは確かだが、異常だ。

 天使の男から距離を保ちつつも、威嚇する声を止めない水系のモンスター達にレヴィヤタンが手を軽く挙げることで諫め、追い払うように手を振るとあれだけ騒がしかったモンスター達は玉座の間から出ていった。

 閉められる扉。玉座の間に残ったのは魔王レヴィヤタンと天使の男だけ。俺達もいるが、隠れているのでカウントしない。

「一人でよくぞ来た」

 レヴィヤタンが組んでいた足を解いて立ち上がった。玉座の床は高いので、自然と天使の男を見下ろすかたちとなる。

 さすがにここからだと距離があるので声は断片的にしか聞こえないが、幸い<鷹目>で口元の動きは見えるので<読心術>によって会話の内容は分かる。

『ようこそカマエル。人間達よりも早く来たのは意外ではあるが、吾は貴様を歓迎しよ――』

『芝居はいい』

 レヴィヤタンの言葉はカマエルという天使によって遮られた。台詞を邪魔された魔王は不愉快そうに片眉を僅かに上げて天使を見下ろす。

『ここに来たのはカマエルという役割ロールでは無く、修復プログラムの機能として来た』

 カマエルの言葉を聞いて、俺は首に腕を回しているシズネへと目だけ動かして見る。

 NPCが自ら自分がシステムの一部だと認めた瞬間なのに、彼女は無反応だった。

 視線を戻し、俺は二人の会話に神経を集中することにする。

『なんだ。つまらぬ』

 レヴィヤタンは本当につまらなさそうに呟くと、玉座に浅く座り、肘を手摺についてもたれかかるように体を横に倒した。

『それで、職務に真面目なお前が何の用だ?』

 いきなりダラケきった態度になったレヴィヤタンを気にする様子は無く、カマエルは口を開く。

『先日、貴様は人の、それもPLが管理する街にベルフェゴールと共に行ったな。その理由を聞きたい』

『理由?』

『そうだ。お前達は役割を越えた動きを行った。この世界で歪みを修復する機能を持つ私達はそれを改めさせなければならない。釈明があるなら聞くが』

『役割を越えた? 釈明があるなら聞く?』

 カマエルの言葉を繰り返した上でレヴィヤタンが鼻で笑った。

『おかしな事を聞く。吾の役割ロールはPLの壁となる魔王だ。それ以外については吾の自由だろう。役割を放棄したのではないのだから』

『壁として立ちはだかるのならPLとの接触は控えるべきだ。不確定な要素が増える。ただでさえ魔王であるお前達はデータ量が大きく、移動しただけで歪みが生じやすい。アモンが出しゃばったおかげで、火のエリアは歪みだらけだ』

『それのどこに問題がある? 災害をまき散らすというのなら奴の名にふさわしいじゃないか。その点で言えば愚兄は見事に役割を全うした。それに、その為の汝ら天使だろう』

『歪みが増えれば世界の構成が崩れる』

『結構じゃないか。元より、穴を広げる為のこの世界エノクオンラインだ。人間だ。我々だ!』

『その前に土台が崩れては元の子もない!』

『父らが作ったこの世界がその程度で崩れる訳もなかろうが!』

 …………魔王と天使が口論を繰り広げてる。会話の内容はさっぱり理解できないが、絵面的にはシュールだ。

 二人は激しく言い合って周りが見えていない。もしかしたら、このまま滝に沿って落下し、水中から排水口を探せばここから逃げられるかもしれない。ただ、見つかった場合は最悪天使の方まで敵に回る可能性もあった。

 どうしようか悩んでいる間にも、二人の口論は続く。

『主に与えられた私の任は歪みを監視し正すこと。歪みの起因となる存在があるのならば対処するのは当然の事だ!』

『ハッ、監視、監視か。なら天使を監視するのは誰の仕事かな?』

 カマエルが突然黙る。苦々しい思いを堪えているようで、僅かに眉間に皺が寄る。

『汝らのところで一人、解脱したそうじゃないか。天使に合わせて言うなら、堕天か?』

『…………あの者は廻りし者だった』

『一度死んでようと元人間だろうと、そちらの枠に収められたのならその役割を全うさせるべきだろう。未だ捕らえてないというのは厳格な汝らしくないな。それとも、出し抜かれた?』

 言って、馬鹿にするようにレヴィヤタンが笑い声を上げる。港町で聞いた歌声同様の粘りつく声はこういう時において非常に神経を逆撫でする。俺なら殴りかかってるだろう。

『羨ましいなあ、そやつは。自由の身から殻に押し込められたかと思うと再びその身に翼を生やしおった。なんとも羨ましい』

『…………話が逸れている。私は、お前の行動について問いつめる為に来たのであってこんな口論をする為じゃない』

 なんとも大人なカマエルが冷静に話を元に戻す。話が逸れていないように思えて、微妙にズレていたのは確かだ。現に、レヴィヤタンは小さく舌打ちしてそっぽを向く。

『あくまでそのような態度を取ると言うなら、こちらも考えがある』

『ほう』

『お前、そしてベルフェゴール次第だが、駆除することになるだろう』

『貴様にその権限は無い』

「機能としてはな。だが、お前が魔王レヴィヤタンとして役割に忠実であると主張するなら、私もまた天使カマエルとしての役割を持ってお前を消去する』

『――っ、はっ、あははははははははッ!』

 カマエルの静かな宣言を聞いて、レヴィヤタンは吹き出し笑い始める。その声は水の音が邪魔だというのにこっちにまで聞こえた。

『なんだなんだ。頭でっかちな奴かと思えばなかなか面白い事を言うじゃないか。いやいや、設定上吾達は相入れぬ敵同士なのだから、それが自然か。いいぞ、是非かかって来るがいい。鍵がPLではなくNPCに開けられるのも一興だろう。ははははははッ!』

 盛大に笑い出すレヴィヤタンをカマエルは無機質な眼で見上げると、踵を返して扉の方へと歩いていく。

『んん? なんだ、帰るのか? 先程の啖呵はどうした?』

『ベルフェゴールとはまだ会っていない。お前の処遇はその後だ』

『萎えさせる奴よ。まあ、その日を楽しみにしていよう。ただ、早くせんとPLに先を越されるぞ?』

 不敵な笑みを見せるレヴィヤタンにそれ以上返すことなく、赤い天使は振り向きもせずに玉座の間を出ていった。

 内心で息をつく。ただでさえ厄介な状況にシステムのバグ取りをする天使が世界エノクオンラインについて重大な秘密を漏らしたのだ。それをPLに聞かれたと知ればあの規律正しそうな言動上、俺を消しに来かねない。

 そんなもの、俺には価値の無い情報だが使える奴が持てば非常に有益なものだろう。王様を地でいくレーヴェとか、思いつきだけで生きてる死の商人のゴールド、テロ屋でアイドルもどきなセティス。しかも、今は途中参加で各国の救助隊がいる。彼らの中には心の底からエノクオンラインに閉じ込められた俺達を救い出す為に働いている者もいるだろうが、中にはエージェントが紛れている可能性だってある。

 まったく、とんでもないもの聞いてしまった。こういう場合は早々に誰かに打ち明けて責任を押しつけるに限る。

「その為にも早く脱出しないとな」

 とりあえず、チャットだと説明が面倒なのでメール機能を開いて文をしたため、選別することなく一斉送信のボタンを押――

「ところで、貴様らはいつまでそうしてるつもりだ?」

 魔王レヴィヤタンの青い瞳が俺を真っ直ぐに射抜いてきた。



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