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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第七章
71/122

7-5


 港についてあれから、俺とアマリアは道端にあった樽に腰掛けて歌を聞き続けている。アマリアはこうなる事を予想でもしていたのか、持っていた木箱を開けて中からワインボトルとガラスのグラスを取り出した。

 アマリアは鋭い爪で封を開け、コルクの栓を器用に抜いていく。その間俺もアイテムボックスからキャンプキットに付属しているスチール性のコップとメイドから貰った菓子の余りを取り出す。

 ツマミ代わりに高級な菓子を食べながら、赤ワインを飲む。月夜、船首に座る美女の歌に浸りながら酒を飲むというのは何とも乙なものだが、この歌声が何とも不吉だ。

 まず、歌がなんとも言えないほど重々しい。町中では気にならなかったが港までくるとはっきりと分かる。

 女の歌は間延びしながらも重い音を発し聞く者をなんだか落ち着かせなくする。そして喉から発せられる声が歌に関係なく、鼓膜に粘りつくような感じだ。

 不快ではない。むしろぬるま湯の心地良さを感じる。まるで耳を通して脳を犯されているようだ。

 不意にどさり、と音がしたので目だけ動かして見れば、NPCが一人倒れていた。歌スキルの一つなんだろうが、俺の精神抵抗値が高いせいなのかステータスには何の変化もないので効果は不明。もしかしたらスキルでもない本当にただの歌なのかもしれない。

 周囲を改めて見回してみるとポツポツ人影が見える。それだけじゃなく、建物の屋根や停泊している船の帆先には人族以外の影、魔族っぽいのも見えた。

「………………」

 今更だが、何なんだこの状況は。全員で飯を食ってた時よりも居たたまれない感がある。俺は社交的な人間でもなければロマンチストでもないのだ。

 そもそも歌っている女は何者なのか。<情報解析>で魔族だと判明しているがそれだけで名前は分からない。何故ここで歌っているのか、何故俺達なのか、目的が分からない。

 そんな今更な疑問を思い浮かべていると、終わりが近づいたのか歌声が余韻に浸らせるように細く長いものに変わり、そして女の瑞々しい唇が閉じられる。

 直後に船首が壊れ、一つ隣の船から轟音がして揺れた。

「おいおい」

「あらら…………」

 アマリアが急いでワインや(俺の)菓子を片づけ、身を隠すように俺の背後に回る。そのあくまで自然な動きには呆れてしまう。

 姐っ気というか、女にして豪気な感じのするアマリアだってやはりリムと同じ男を魅惑する淫魔だ。寄り添うように背中に軽く手を置いて――貴方の後ろに怖がっている女がいますよ、というアピールを欠かさない。良く言えば女を背にして守る男を演出してくれて、悪く言えば人を盾にしている。そういえば、最初に既存ではないクエストを俺に寄越して敵幹部を殺させたのはこいつだったな。

 とりあえず何か文句を言いたかったが、今は目の前のことだ。

 先程の一瞬、歌が終わるのを待っていたようなタイミングで空から翼の生えた女が槍を持って直上から突進したのが見えた。それを船首にいた女は片手をついてそれを軸に回転して避けると、そのまま勢いを乗せて相手の腹を膝蹴りで吹っ飛ばした結果が船首の先端部分の破壊と隣の船からの轟音だ。

 翼の女、おそらく天使(それも知らない奴じゃない)が来た方角、つまり天を見ると同じく天使が四人ほど猛禽類の翼を広げて飛んでいた。月光で影となった彼らの姿は一般人が想像する天使と言うよりも死神のように見える。

 天使達が槍を構え、未だに船首に座る女に向けて穂先を向ける。

 対して、天使の一人を既に蹴り飛ばした女はと言うと、涼しい顔をしてそれを見つめていた。とてもさっきまで絵画にでもされるような幻想的な光景の中で歌っていた人物とは思えない態度だ。

 天使達の羽が震え、来ると思った瞬間――天使達がズタズタに切り裂かれた。消滅エフェクトの青い粒子が風に流れ、四人の天使の代わりに一人の男が空に浮いていた。

 痩身痩躯ではあるが、細いというだけで浮き上がった筋肉はまるで針金を編んで作ったように強靱そうだ。それに港を見下ろす鋭い目は射抜くような迫力がある。何より注目してしまうのが、背中に半透明な羽虫の羽だ。

 NPC天使は階級によるが、やられたのはステータスで言えば魔王の城に出現するモンスターと同等。スキルか魔法か、一撃か連続攻撃かは分からなかったが、四人を一瞬で倒したことからも魔族クラスなのは間違いない。というか、<情報解析>でもほとんどのステータスが分からない。ぶっちゃけ、今の状況はヤバい。デンジャーだ。下手に英語を使ってしまうぐらい危険だ。

 だが、俺の杞憂に過ぎなかったようで、羽の男は船の上の女に一瞥をくれるとあっという間飛び去っていく。そして女の方はつまらなそうな顔をして後ろに倒れたかと思うと、音も立てずに海に飛び込んだ。

 念の為、しばらくその場で警戒していたが、新たに天使が現れる事もなければ男が空から戻ってくる事も、波紋を残す水面から女が出てくる事も無かった。

「なんだったんだ?」

 歌に誘われノコノコ来てみれば魔族の女がいて、暇つぶしがてら鑑賞していると今度は天使が来て一悶着。全く意味のない、巻き添えを喰らわないか緊張した分骨折り損だ。まあ、こういう日もあっていいのかもしれないが。

 改めて周囲を見ると、歌に釣られてきたNPC達が正気に戻ったらしく、慌てて港から出ていこうとしていた。

 ついでに後ろを振り向くと、アマリアが何事も無かったかのように酒を片づけていた。俺の睨みも意に返さない堂々っぷりだ。

「さて、歌会も演舞も終わったことだし帰ろうかね」

 ふてぶてしい奴だ。

「ちょっと待ってろ」

 喉から出かかった文句を押し込めてアマリアをその場に待たせる。彼女は何も言わず、ただ樽の上に座り直した。サキュバスのこういう所が男受けするのかもしれない。

 俺は軽く助走を付けて海に向かって跳ぶ。<水面走り>で海面を走り、次に船を<壁走り>で登る。まるでフィクションの忍者だ。

「生きてるか?」

 船の上に着地すると魔族の女に蹴り飛ばされた天使が、天使の街で会ったユイと瓜二つのNPCが甲板の隅で倒れたままだった。

 <気配察知>でまだ生きているのは分かっていたが、思った以上に瀕死のようだ。

 蹴りの威力が強かったせいか、気絶状態で起きる様子は無い。仕方ないので、全回復しない程度に魔法を唱えて体力を回復させてやる。それ以上は何もしない。してやらない。

「まったく、シズネも大概だけどお前も真面目というか真っ直ぐというか、固っ苦しい。もうちょっと気楽に出来ないのかね」

 最後に、額に「キズモノ」と書いてやって俺は立ち上がる。

 甲板を蹴り、一気にアマリアの前に着地する。アマリアはいきなり上から降ってきた俺に大して驚いた様子もない。ただ、何か上から下へと格好をジロジロ見られた。

「なんだい、早いと思ったら何もしなかったのか」

「お前ら淫魔と一緒にするな」

 馬鹿な会話をして、俺達は港を後にする。

 あっ、そういえばまた名前を聞き忘れた。




 翌朝、アマリアの娼館で一泊した俺はバーにもなっている一階に降りると<ユンクティオ>の男衆と遭遇した。

 一部やつれた感のある奴らもいるが大体はスッキリした顔で出された朝飯を食っている。本来、一泊して朝帰る客はいても店として飯は出さない筈だが、サービスだそうだ。

 肉の切れ端やら野菜やらを煮込んだスープを俺も受け取り、カウンター席に座って食べる。カウンターの所には本当にサキュバスか疑いたくなるほど無愛想な女が立っていた。アマリアと会う時によく道案内をする奴だ。

「お前、もしかして寝てない?」

「私達は本来睡眠を必要としません」

「タフだな。ところで、最速何秒か聞いてる?」

「リムのところで五秒だったとか」

 テーブル席にいた男達の内、一人がスープを口から噴き出した。――飯時に汚え、と方々から二重の意味で文句は来たが無視する。

 噴き出した男の近くにいたPL達が、そっと男の肩を叩いていくが、当の本人にしたらたまったもんじゃないだろう。羞恥で顔を赤くしながら猿のように叫ぶが、誰もが生暖かい眼差しを向けると、とうとうテーブルの上に突っ伏した。

 クウガをはじめ男衆が憐れみの視線を向けているが、お前等全員これから女衆に見つからず朝帰りしないといけないのは分かっているのだろうか?


 案の定速攻でバレた。お約束だ。

「あの、そこの的取ってくれないかな~、なんて…………いや、すんません自分で取ってきますですハイ」

「スキルの練習したいから、ちょっとスペース空け…………フィールド行ってきます」

「素材集めに行くけど一緒に行く人ー…………あっ、うん、わかってたけどね。聞いてみただけだから。野郎だけで行ってきます」

「お前らサキュバスとイチャコラしてたんだってなァ!? オレも誘えよ非モテ共がァ!」

「変態は黙ってろ!」

 一人の両刀バイを除いて<ユンクティオ>の女衆は冷たい。というか完全に無視している。ギルドという組織としてそれはいいのかと疑問に思うとこだが、両リーダーによると毎回の事で明日になれば元に戻るらしい。平和だ。

 俺はというと、あいつらを囮にして壁を上り屋根を足場に城へと戻ったので誰にも目撃されていない。フレンドリストの検索機能で夜中に街を歩いていたことはバレるが、それもリアルタイムでないと意味がないし、そんなタイミングよく探す奴もいない。そもそも俺にその事で文句を言う奴はいな――

「なんだか安っぽい石鹸の臭いがする」

 いないが、まあ、そう簡単にはいかないのは世の常だろう。

 レヴィアタンの城の探索の為に僅かながら判明しているモンスターデータをアールから受け取っていた時にタカネが不意に、そんな言葉を漏らした。

 熟練度上げや消費アイテムの補充で<鈴蘭の草原>全メンバーとアールが城から街に出ようとした時の事だった。

 アヤネ、エイト、シオは額面通りに受け取ったがそれ以外は沈黙して俺に視線を向けてくる。

 無視してそのまま歩き、ヴェチュスター商会に用があった俺は逃げるようにして皆と別れる。その間際、ミエさんが耳元に口を近づけてきた。

「アマリア、彼女ってわざと匂いが移って残るような香水つけてるから気をつけないとダメよ?」

 ………………女ってコエー。


「それで、昨日の歌はなんだったのでしょうか?」

「知らん」

 匂い消しに環境破壊クラスの油がギトギトなフランクフルトを頬張りつつ、新聞の四コマを見ながらシズネの疑問を切って捨てる。

 店員に凄い嫌そうな顔されたが気にしない。

 四コマを読み終えた新聞とフランクフルトの棒をシズネに渡す。彼女はそれを受け取るとエプロンドレスのポケットに突っ込んだ。

「おい、まだかよ」

 俺は鍛冶フロアの受付にいる従業員にガンくれる。

 守銭奴ロボではない普通のNPC(人族)は俺の態度に泣きそうになっていた。

「も、申し訳ありません。お客様がご依頼した品が多く、時間が…………」

 ゴールドにまた面倒な仕事を受けてしまったので、武器とアイテムを補充し防具の強化を鍛冶屋に頼んだのだが、一度に大量に依頼したせいで普段ならものの数分で終わる強化がなかなか終わらない。

 五分しか待っていないので別に怒っている訳じゃないが、NPCの反応が楽しかったのでつい横柄な言動をしてしまう。

「ゲスですね」

 従者の声は聞こえなかった事にする。

 シズネは俺の買い物に付き合っているが、普段一緒にいるアヤネはタカネ達と一緒に闘技場には行かず、子供達の面倒を見ているバーバラさんの所に行った。どうやら昨日のうちにモモと遊びに行く約束をしていたようだ。

 待ち時間の間、ネチネチとNPCをイジっていると背中に何やら冷たい物が押しつけられた。振り向くと、銭ゲバロボが営業スマイルで背後に立っていた。

「うちの店員に何をしていらっしゃるんですか?」

「暇つぶし。別に危害加えてないからいいだろ。あっ、もう強化終わったんじゃないか?」

「そういう問題じゃあ無いんですけどね。いい加減にしないと訴えて尻の毛まで毟り取りますよ?」

「いいから頼んでた物持ってこいよ」

 仕方ないと言いたげな目をしてから、ロボ店長はカウンターにいる店員に頷く。するとカウンター上に俺が強化を頼んだ防具が出現する。どうやら全て強化成功のようだ。

 俺は柄頭に「クレーム用」というタグのついたナイフが背中から離れたのを確認すると防具を受け取る。というかシズネ、守れよ。見てないフリするなよ。

 俺を無視して世間話を始めたロボ二人を視界の隅に追いやって、俺はステータス画面とアイテムボックスのウィンドウを開いて中を改めて確認する。

 レヴィヤタンの城は複数のPLが少数でパーティを組んで中を探索する。ただ、ソロプレイヤーと言うか俺みたいに集団行動がどうしても無理という社会不適合者はいるもので、そういう奴に限って敏捷値が高くなりがちだ。

 アールから探索する連中(ゴールドはほにゃらら調査団とか言っていたが皆無視した)のリストを貰っている。有名なPLとか全然知らないし、新聞で調べる気もないのでこんな物貰ってもしょうがないが、リストはパーティごとに仕切られて記載されているので誰がボッチかすぐに判明する。

 問題なのはボッチ仲間を探して後ろ指さすような同情を抱くことじゃない。

 リストの中に数人、知った名があった。

 モモ――ソロだがペットにネームドクラスの虎がいるので大丈夫だろ。放任主義に見せかけてゴールドがモモの装備に金かけてるし。

 エリザ――自発的なポッチ生活をしていたエリザは一人旅に慣れているし、勝手な印象だが悪運強くて何があっても台所の黒い生物よりもシブトそうだ。

 そして、三人一組のパーティとして載っているのがエルバ、ネピル、あと女っぽい名の某。

 お前等いつもコソコソしてるくせに堂々と名前出していいのかよ。いや、セティスがマステマとして表に出なければいいのか。

 ゴールドが一枚噛んでる可能性もあるが、前にアスモデウスの城でセティスが何か気付いたらしくてそれでまたラインがどうのこうの調べる為なのかもしれない。

 何にしても、あいつらがいると油断も出来ないし、下手したら監視される可能性もある。

 ああ、嫌な予感しかしない。


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