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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第一章
7/122

1-2


「おーい、どこだここー」

 途中ハプニングはあったが、必要な買い物を済ませて準備を整えた俺は進むべき道を間違えたようだった。

 三日ほど歩いたが、南に向かっていた筈なのにいつの間にか北に向かっていた。

 俺は地図の読める男子だし、マップには初めからコンパスがついている。だから本当に迷ったわけでなく、その気になれば戻ることもできる。

 ただ、南の行こうとしたら山やら川やらが邪魔で、障害物を避けて歩いていたらいつの間にか進行方向が北に変わっていただけだ。

 だから迷子じゃない。

 そう言い聞かせつつ、山中をひた歩く。いっそこの険しい山を登ってしまおうか。登山スキルもあるし。

 リアルと違って一切疲れずに歩き続けることは可能だが、ちょっと段差があったりするとスタミナが減る。逆に座って休憩するだけで回復していく。んで、ベッドで寝ると瞬く間に全回復。どういう体質だよと突っ込みたくなるが、ゲームだからしょうがない。

 棍を装備した状態で山の中腹を歩いていると、登り始めた場所の反対側一帯の景色が見下ろせた。

 どうやら俺が登っている山から向こうはさほど高くない山々が連続し、その全てが深緑に覆われている。

「…………行ってみるか」

 もういっそ北に進路を変えて、まるでジャングルのようなその場所に向かうことを決めた俺は山を降り始める。


 ジャングルという程は無いにしてもやはり深い森のようで、地面は土よりも地表に飛び出した木の根のほうが面積が広い。

 そんな急成長しまくりな根の持ち主はやはり大木であり、幹の太さは数人の人間が手を繋いでやっと一回りといったところ。背も現実世界で見たことも無いほど高く、緑生やす枝も傘にように大きく広がっている。

「アマゾンとか、リアルじゃまず行く機会なんてないよな」

 機会があっても行く気にならない。

 この風景がゲームの為に作られたものだと分かっていながら、本当にそんな樹海に来たと思ってしまう。

 だって、この大量に生える大木らは同じ物が一つとしてないのだから。

「異常だ」

 何度目か分からない呟きを漏らす。電脳世界が生活の一部となったこのご時世とはいえ、この再現度は頭おかしいというしかない。

 まあ、おかげで世界遺跡見学ツアーみたいなノリで楽しめるのだが。

「お…………」

 しばらく歩いていると、二組のパーティーがモンスターと戦っているのを見つけた。

 ゴリラのようなモンスターを二匹、二つのパーティーがボコボコにしている。モンスターの体力が多いのか、まだ倒せていないが、苦戦しているわけでもないようだった。

 狩りの最中なんだろう。周りをウロウロしてもウザがられるだけなので、迂回して進もう。

 と、足の向きを僅かに変えた時、獣の獰猛な雄叫び声が聞こえた。

 驚いて声のする方に慌てて振り向くと、先ほどのゴリラが口を大きく開けて鳴いていた。

「おいおい……」

 後ずさる。

 別にライオンなんて目じゃない声で鳴くゴリラにビビったわけじゃない。ただ、こういった動物の外見を持つモンスターが叫ぶ意味はだいたい決まっている。

「くそっ!」

 向こうのパーティーの両手剣を持った剣士が鳴き叫ぶゴリラに最後の一撃をくれて倒すが、遅い。

 周囲の森の中から、同じ鳴き声がいくつも返ってきた。

「チッ」

 舌打ちして、俺はそこから離れる為に走る。仲間を呼ぶタイプはこれがあるから嫌いだ。

 一度仲間を呼ぶとそれ以降呼びはしないが、一度に大量の仲間が集まってくるのだ。しかもターゲットはそこにいる全プレイヤー。

 つまり俺は今とばっちりを受けようとしている。

「げっ!?」

 駆け出したのも束の間、森の奥から一匹のゴリラが姿を現した。完全に俺を狙っている。

 迂回して逃げても追いつかれると判断して棍を構え、先制攻撃を仕掛ける。

 棍の端を持って突きを放つ。狙うはクリティカル率の高い顔面。

 突きは馬鹿正直に突っ込んできたゴリラの額に命中した。が――

「うおっ!?」

 意図的ではないだろうが、ゴリラは額で棍を弾いてそのまま俺に突進してした。

「――ぶっ!?」

 タックルを受けて吹っ飛ばされ、木の幹に背をぶつける。

「いッつ……ああ!? 一気に三分の一持ってかれた!?」

 肋骨が折れたような痛みに耐えると、体力ゲージが三分の一も削られていた。後二発食らえば、死ぬ。

「クソッ」

 ダメージ再現が解除されて胸の痛みが引いていき、俺はその場から反射的に横へ跳び避ける。直後、すぐに目の前にジャンプしてきたゴリラの剛腕が落ちた。

 木の幹を抉り、木片が散らばる。

 視覚の投影情報に、大きめの木片がアイテムとして認識されたことが表示された。

 本当に細かいな、このゲーム!

 横に転がってすぐに起き上がり、ゴリラから距離を取る。

 その時にゴリラの体力バーを見る。

「大して減ってねえ!?」

 爪の先程度しか減少していなかった。

 一応、棍で攻撃での攻撃はクリティカルが出たのだが、素の攻撃力が足りてないのだ。

「せめて弱点が解れば」

 呟きつつ、<能力解析>を発動させる。だが、名前と体力ゲージしか表示されず、あとはクエスチョンマークが出るだけだった。

 視ただけで名称と体力バーはそのキャラクターの頭上または傍に表示されるのだが、詳細な能力は<能力解析>という能力が必要だ。

 <能力解析>自体は店売りされて俺も持っているが、鑑定スキルなどの熟練度依存なので俺にはあまり意味が無かった。

 買って損したよ、クソ。

「まあ、色々試すか」

 木から俺に振り向いたゴリラ――正式名称:森林猿人。まんまだ――に向けて棍を投げる。

 命中するが、やはり髪の毛ほどしか減らない。期待していなかったから落胆はしない。

 ゴリラが再び接近してくる前にアイテムボックスから片手剣と盾を取り出して装備する。

 ゴリラが突進し、腕を振り下ろしてきた。

 俺は盾を構えながら体を逸らす。ギリギリ回避することができ、盾にゴリラの手が掠める。

 その衝撃で倒れそうになるが、なんとか持ちこたえながら剣で奴の腹を切る。

「硬った……」

 手には堅い感触。

 やはり、体力バーは爪先ほどしか減っていないが、クリティカルでないのに棍のクリティカルとほぼ同等ということは、斬撃が弱点なのかもしれない。

 物理攻撃には打撃属性、斬撃属性、刺突属性の三つがあり、素の防御力にそれぞれの属性に対応した耐性の補正を持って防ぐことができる。

 他にも魔法などで八属性あるが、全属性使えるわけでもなく、魔法を使おうとすれば隙だらけになるので今はいい。

 それよりもこのゴリラだ。今までのバーの減り方から、このゴリラは少なくとも斬撃よりは打撃に強い可能性が高い。

 回避行動に関しては自動回避を除けば、プレイヤーの腕にかかっている。地道に避け続けて攻撃していけば倒せるか?

「――っ、がッ!?」

 思った矢先、振り向きざまにゴリラが腕を横に回した事で裏拳が当たった。

「い、てェッ」

 衝撃で後ろに転がる。

 くそ、言ったそばからこれか。

 幸い盾で受け止めたが、ダメージ再現として全身に痺れのような痛みがある。痛み自体はすぐに引いていくのだが、幻痛のようなものがどうしても残る。

 まるで勝ちを確信したように耳障りな雄叫びを上げ、ゴリラが飛びかかってきた。

「来んなボケ!」

 起き上がりざまにアンダースローで片手剣を投げる。だが、クリティカル判定の無い肩に当たったところで怯みもしない。

 急いでアイテムボックスである腰のポーチに手を突っ込む。だが、間に合うか?

 そう思った瞬間、横から赤い光が来、火の玉がゴリラを横から吹っ飛ばした。

 エフェクトから火属性の魔法だろう。ゴリラは黒い煙を尾にして緑の上を転がっていく。俺はそれを一度目で追ってから、火の玉が飛んできた方向に振り向く。

 そこには、先端に青い宝石をつけた杖を持つ男が立っていた。

「倒しきれてない!」

 男が叫ぶ。同時に、背後から何かが来る感覚があった。

 俺は振り返りながら盾を落とし、すでにアイテムボックスから選択していた槍を取り出してその行程を突きに変更しながら槍と共に腕を伸ばす。

 振り向きながらの攻撃は火傷を残しながらも攻撃に転じてきたゴリラの胴に当たった。

 ゴリラのモンスターは断末魔を上げ、換金アイテムを残して消滅していく。

「あっぶね」

 魔法によってギリギリまで削られていたようで、俺の一撃がトドメになったようだ。

 槍を持ち直し、周囲を、特に二つのパーティーが戦っていた所を見ると、呼ばれ集まったゴリラ達の姿は消えて、代わりにアイテムがそこらに落ちていた。

 もう倒してたのか、早ぇー。いや、俺が弱いだけか?

 彼らが装備している武具は、俺の初期装備に毛が生えた程度の装備とは1ランクも2ランクも違っていた。

「大丈夫か?」

 リーダー格と思われる、赤胴色の鎧を装備した男が声をかけてきた。

「え……ああ、大丈夫だ」

 告白すると俺はシャイな人間なので、知らない人と会話するのが苦手だ。友好で善良そうな人間とは特にだ。

 受け答えは接客業のバイトが出来る程度には可能なのだが、あまり長く続けると鬱る。

 だが、さすがに礼を言わないわけにもいかない。

「助かった。ありがとう」

 正面の鎧男に礼を言い、魔法を放った男の方に顔を向ける。

 鎧男から少し離れた後ろにいた優男風の男は、飲んでいた魔力回復薬から口を離して、笑みを返してきた。

「いや、私達の戦いに巻き込まれたようなものだからな。礼はいい。それより、一人で探索なんて危険だ。協力は嬉しいが、無謀だ。もしかしてパーティーメンバーが見つからなかったのか?」

「協力? えーっと、何の話?」

「え? なにって、未開拓地域の調査を……」

「ミノルさん。彼、もしかすると何も知らないのかもよ。ねえ、君、未開拓領域探索の掲示板とか見た?」

「いや、見てない」

 未開拓領域ってなんぞや。いや、名前でだいたい予想できるが。


「ああ、そういう事か。私の早とちりだった。すまない」

「いや、別に」

 一人称が『私』の男なんて初めて生で見た。ソッチ系の人では無さそうだが、キャラ作りか素なのか。この真面目そうな鎧男を見ると後者っぽいが。

 俺達は戦闘を行った場所からもっと奥、僅かに窪地となった場所まで移動して、そこで小休止を取っている。そのついでに、軽く話をした。

 鎧男の名前はミノルというらしく、数日前に知り合ったばかりの人間で構成されたパーティーのまとめ役らしい。

「自然とそうなっていた。多分、一番歳喰ってるからだろう」

 とは本人の談。こう言うとオッサンっぽいが、見た目的にはせいぜい二十代後半で、見た目より歳を喰ってるように見えるのは落ち着きがあるからだろうか。

 彼らは、まだ誰も行っていないフィールドを探索し、マップを制作している最中なんだとか。その作業はここにいるパーティーだけでなく、いくつものギルドやそれ以外のPL達がそれぞれ東西南北の未開拓フィールドを探索している途中らしい。

「最終的にはみんなで作った地図を合成させて完成させる予定だ」

「ふーん。でも、なんで俺がそれの参加者だと?」

「普通、こんなところ一人で来ないだろ」

「そうか?」

「そうだって。だって、死んだら終わりだぞ」

「まあ、たしかに」

 現実世界よりタフな肉体があるとはいえ、野生動物より凶悪なのがうろついてる世界だし。

「ソロでこんなところを歩くのは危険だ。なんなら、一緒に来ないか?」

 一緒に、か。

 集団行動は苦手だし基本的に一人が好きなんだが、せっかくここまで来たのにモンスターにやられるのも面白くない。その程度の知恵は回る。

 助けられておいてここで断るのもおかしな話だからな。だけど――

「いいのか? 俺、弱いぞ」

 ミノル他パーティーの連中が苦笑する。

 俺は明らかに他のPLと比べて弱い。<能力解析>を使わなくても装備の貧弱さからわかるほどに。

 装備は基本的にそれぞれに対応した熟練度が一定以上必要だから、装備で強さが解ったりする。

「それなら、前衛じゃなくて後衛に回ってもらって、僕達魔術師組の盾役はどう? 少なくても僕らより体力あるでしょ」

 俺を助けた魔術師が口を挟んだ。

 さすがに魔法系スキルを集中して伸ばしている連中よりも体力ゲージはある。と、思う。多分。

「そうだな。それなら前衛も目の前に集中しやすい。そういうことで、どうかな?」

「んー…………なら、入れてもらおうか。でも、本当にいいのか? ぶっちゃけ足手まといにしかならんかもしれないぞ」

「普通のゲームだったら遠慮してもらってるところだけど、ここ、普通じゃないだろ。助け合わないと」

「ああ…………」

 久しぶりにすっげーまともな人間に出会った気がする。


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