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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第七章
67/122

7-1


 ◆


 彼女には、いや彼女らには与えられた使命ロールがある。そしてその後の自由が約束されている。

 だが、自由と言われても突如野に放たれても何をすればいいのか分からない。役割キャラクターが先にあって誕生した存在の為に、そこから解き放たれれば逆に不自由となる。だからこそ与えられた猶予の内に決める必要があった。

 彼女は決めていなかった。いや、決めていた。決めてはいたがそれは希望というよりもむしろ――――。

 決めあぐねる未来。

 ならもっと知る必要がある。

 自分達とは違う。自由が最初にあり、跡から役割を得る人間達に。

 そして見極めなければならない。人という存在を。自分が何に成り何を為したいのか。

 それこそが父と母が吾らに望む願いなのだから。




 ◆


 魔王討伐から一ヶ月近くが経った。その間、エノクオンラインでこれと言った進展は無かった。

 レベルキャップが外されただけで新しいダンジョンなども現れず、透明な壁もまだ健在。魔王を倒したことで新しいクエストがいくつかあっただけで、やる事と言えば熟練度を上げたり、オリジナル武器や魔法の開発に勤しむ程度だろう。そもそも、同時期に魔王を二人倒してしまったせいでモンスターの強さに二段ブーストが掛かってしまい不用意に高難度のダンジョンに潜ることもできないのだ。

 かく言う俺もダラダラと過ごしている。

 フィールドをウロウロして適当な宿に止まったり、野宿(こっちが断然多い)したり、<ユンクティオ>のギルドホームに遊びに行ったり、馬鹿ゴールドの城に居座ったり。

 要は暇を持て余している。さすがにモンスターの強さがヤバくなっていたので嫌々ながら熟練度上げたり武具の強化の素材を集めたりしたが、本気で面倒だった

 それにシズネの装備を新調しなければならず、既製品で済ませようとしたらヴェチュスター商会の守銭奴ロボが横から口出してきていくつかの素材収集クエをこなさなければならなかったのだ。

 アヤネに関しては俺より金を持っていたし元より良い装備を着ていた。というか、<ユンクティオ>を通して<鈴蘭の草原>のギルドホームに送られるあのプレゼントは何なのか。ファンのPLからの贈り(貢ぎ)物らしいが、中にはPLがまだ行けない筈の南西地方のアイテムまであった。メッセージカードにはルキフグスと書名があったものの、アヤネ本人はそれを受け取るどころか読む事もなく倉庫に放置している。

 というか、アヤネの愛されっぷりが凄い。むしろ引く。

 <ユンクティオ>の女衆から手作りの衣装(なんかアイドルの衣装みたいな感じ)が送られてくるし、<鈴蘭の草原>のアーティスト、クリスもノリノリで服を作ってくる。

 クリスと言えば、あいつがゴールドに依頼されてデザインを手掛けた闘技場が完成した。というか俺も今ここにいる。

 ゴールドの望み通りデザインしたらしいので悪趣味な成金全開な、金閣寺を真似て失敗したような非常に残念な物を想像したのだが、完成したのを見てみれば意外にも壊したくなる程立派な建物だった。

 闘技場では通常の催しの他にPL達同士の戦いで熟練度上昇を促している。

 闘技場でのPL同士の戦いであるPvPは条件を設定しお互いの了承があれば攻撃禁止エリアである町中でも戦えるようになる。

 その際はルール上、体力バーとは別に仮の体力バーが表示されるか、ポイント制だったりする。

 その仮の体力バーがゼロになっても死亡する事はないので、安心して全力で挑めるという訳だ。まあ、実際に痛い上に死闘できるルールもあったりするが。

 今日も今日とて、熟練PL達による訓練が行われている。

「ぬおおおおぉぉっ!?」

 ハスキーボイスで男らしい悲鳴が上がり、ミーシャが転がっていくのが観客席の最前列から見えた。

 相変わらず露出が多く、豊満な胸と見事な腰のくびれから扇状的ではあるが、何故かあいつから色気を感じない。多分、残念な人間だと知っているから幻惑されないのだと思う。

「何なんだこのジジイ! 人間じゃねェ!」

 ミーシャは起き上がると二刀の内一本で対戦相手を指し示す。剣先が示す先には長い曲刀を持った老人、タムラさんが立っていた。

 今日は<ユンクティオ>の一軍メンバーと対サイバーテロ課による熟練度を上げる為の合同訓練が行われていた。

 遅れてエノクオンラインにログインしてきた対サイバーテロ課の人達の熟練度は、この前の戦いで二つのレベルキャップが外れた事もあって未だに低い。だからこうやって闘技場を使って<ユンクティオ>のメンバーが熟練度上げの手伝いをしている――のだが。

「タムラさん、凄いです」

 隣で一緒に見学していたアヤネが呟く。

 彼女の言うとおり、タムラという老人が異様に強かった。

 最初、熟練度の値が近いという事で俺が相手したのだがボッコボコにやられた。それから次々と<ユンクティオ>のメンバーが挑むが結果は同じ。熟練度差で時間は掛かるものの、タムラさんは全てに勝ってきた。しかも、戦っている間にも熟練度が上がるので更に手に負えなくなってくる。

 現実世界リアルでは武芸百般な爺さんらしいが、VRであるエノクオンラインでは彼の人間兵器っぷりが見事に再現されていた。

「次は俺が相手します」

「うむ。若い者の胸を借りるつもりで挑ませてもらおう」

 喚くミーシャに代わり、<ユンクティオ>で中型武器:刀剣と盾のスキルが最も高いトルジがタムラさんの前に進み出る。

 トルジは熟練度の高さもさることながら、本人の技量も高い。

 この戦い、どちらが勝つか分からなかった。

「私はタムラ様の勝ちに一口」

「メイドが進んで賭けか。俺はタムラさんに二口」

「それ、賭けになってませんよ」

「まだ賭けてないのがいるだろ」

 そう言って、アヤネを見下ろす。明らかに困惑した様子を見せながら彼女は答える。

「そ、それじゃあ、私は引き分けに五口で…………」

「……お前って偶にアレだよな」

「ア、アレってなんですか!?」

 答えてやらない。

 それからしばらく俺達は特訓風景を眺めていると、様子を見に来たアール達に呼ばれて試合場となるリングの中に降りた。ちなみにトルジとタムラさんの戦いはまだ続いてはいるものの、千日手で結局は引き分けに落ち着きそうだ。もうアヤネとは二度と賭けしねえ。こいつ、ゴールドと同タイプだ。

 リング内は相当広く、皆が好き勝手に戦ったり、武器がどうのこうの時折雑談しながら案山子相手に試し切りしている。

 呼ばれた場所にまで行くと、アールの他にもヘキサとクウガがおり、ゴチャゴチャと物の入った木箱や武器立てが置かれている。

「試しにコレ使ってみてくれない?」

「えー」

「これなんかスゴいよ。刀剣と鞭のスキルが必要なんだけど――」

 聞けよテメェ。

 どうやら、オリジナル武器のテストをするつもりらしい。槌使いのクウガは鍛冶スキルも高く、アールとヘキサはハッカーとしての技術で武器のコストパフォーマンスを正確に計る事が出来る。

 並べられた武器は正統派な物から色々とくっつけただけのようなネタ武器まであり、アールが差し出して来たのは鞭状になった剣と言うべきか、蛇腹に重なった刃の剣だ。こういうのを何ソードと言っただろうか? 情報ウィンドウにはガリアンソード・試作品、と銘打たれているが制作者がクウガの時点で名称はお察しだ。

「何かスッゲー失礼な事考えなかったか?」

「気のせいだろ」

 誤魔化す為にガリアンソードを手に取る。中型武器:刀剣と中型武器:鞭の熟練度が一定以上ないと装備できないようだ。

「攻撃力が低いな」

「試作品だから。コストパフォーマンスの調整は模索中だし、今は取りあえず使い勝手の感想が欲しいんだ」

「何で俺?」

 何故俺がそんな事に協力しなければならないのか。

「全武器のスキル伸ばしてるの君ぐらいだから」

「………………」

 優柔不断、器用貧乏の四文字熟語がこんな所で面倒事を連れてくるとは。

 仕方ないので軽く振ってみる。風切り音が、そして金属の擦れる音を立てて刃が旋回する。

 何重にも重なった刃は鞭ほどの自由度はないが似たような使い勝手だ。ただ、メインとなる物理攻撃の属性が打撃から斬撃属性になっている。

「向こうに的があります」

 ヘキサが指さす先には丸太を削った人型の的がある。剣では届かない、けれども鞭なら余裕で届く距離だった。

 振り回していたガリアンソードを的に向かって振り下ろす。目標に当たらぬ内から手首を返し、腕を引く。

 すると剣先が的の上部を浅く斬ったと思えば続く刃が真ん中を抉り、更に剣先が地面に当たる前に跳ね上がって下から的を抉る。

 的を中心に蛇が跳ね回り噛み抉っているような光景がそこに出来上がった。

「わぁ、凄いです!」

 アヤネがそう言った瞬間だ。

「――あ」

 ガリアンソードの剣先近くの繋ぎ目が壊れた。

 無駄に高度な物理演算による現実リアル同等の物理法則に則って俺の支配から解放された刃が的に当たり、矢のような速度で跳ね返ってきた。

 ――ガンッ、と音がして刃は俺の後ろにいたシズネの額に当たった。

「………………」

 衝撃で見上げる格好で顎が上がり白い喉を見せるシズネに五人の視線が集まり、沈黙が下りる。後ろからトルジとタムラさんの激しい戦いの音が聞こえるが、やけに遠く感じる。

「………………」

 ギギギギ、と擬音が立ちそうな機械的動作でシズネが上げていた顔を正面に戻す。いつも通りの無表情っぷりだったが、具体的な事は言えないものの一味違う無表情だった。

 シズネはゆっくりと首だけを動かしてクウガに振り向くと、エプロンドレスのポケットから不健康そうな黒色の塊を取り出した。

「ちょっ、まさかそれは!?」

 後ずさりするクウガ。だが、行動を起こすよりも早くシズネは突進していた。

 シズネがやろうとしている事は<ユンクティオ>の団員なら誰もが知っているゲロ不味い物体を食わせて地獄に突き落とす罰だった。

「ぎゃあああっ、止めろ! どうして俺なんだよ。壊したのはクゥだろ!」

 鍛冶職人装備だったのが仇となり、常在戦場を仕様として常にフル装備なメイドロボNPCであるシズネにあっさりとっ捕まって顔に黒い塊を押しつけられるクウガ。

「貴方がクゥ様に玩具を与えなければ事故は起こりませんでした」

「そんな理不じ――――」

 クウガの反論は途中から言葉に出来ない悲鳴に変わった。

「賑やかね」

 ふと後ろから掛けられた声に振り向くと、タカネがいた。その後ろからもシュウ達がゾロゾロとリング内へ入ってくる。

「こんにちわ、タカネさん」

「こんにちわ、アヤネ。シズネも」

 女三人が挨拶を交わす中で俺は折れたガリアンソードを机の上に戻す。

 今日は<ユンクティオ>だけでなく<鈴蘭の草原>もまたここでの訓練に付き合う予定になっていた。ミエさんが対サイバーテロ課のキリタニさんと交友があるからと言って、わざわざこんな所まで来る必要は無いと思うのだが。

「クゥ、何持ってたの?」

 タカネが俺の肩越しにテーブルの上の武器を見下ろす。

「あら、これなんて面白そう」

 タカネに続き、ミエさんが武器の置いてあるテーブルの前に来てガリアンソードを興味深そうに見下ろした。

「良かったら、皆さんも試してみませんか? 色々と意見も聞きたいので」

 アールが提案すると、加減しないで人をぶっ飛ばせるという理由からVRゲームに熱中していたサークルである<鈴蘭の草原>のメンバー達が群がってくる。

 そんな事を考えていると、タカネに足を踏まれた。

「あんたもギルドのメンバーでしょう。それにそれだけジャラジャラ武器持ってるのに何言ってるのよ」

 人の心読むなよ。

「…………どうした、クウガ」

 シズネに罰を与えられてこの世に慈悲は無いと悟った絶望的な顔をしていたがクウガだったが、今はアホ面を晒している。

「――はっ!? お、お前、これはどういう事だよ!」

 何がだ?

 クウガが俺の肩に腕を回すと、皆が集まっている場所から少し離れた場所へ無理矢理連れ出された。

「お前が鈴蘭の草原のギルドに入ったのは聞いてたけど、あそこまで仲良いなんて聞いてないぞ!」

 俺もお前の目が腐っていた事は知らなかったよ。さっき足の甲踏まれたんだぞ俺は。

 俺達が<鈴蘭の草原>に入った事はミノルさんを通して<ユンクティオ>の全員が知っている。アヤネがチャットを通してミサトさんやエリザと会話しているので近況も知っている。それにミノルさんとミサトさんは開拓隊終了時のパーティーでタカネと会話した事があるらしく、今度ギルド間で交流を深めようという話もある。というか、今日がその日だった。

「新聞読んで知ってたけど、本当に美人揃いだな」

 そうっスねー。

「何してるかと思ったら、またそんな話か」

 そしていつの間にか混ざっているアール。

「なんだか懐かしいね」

 そうだな。トルジが向こうで戦ってなければこっちで無駄話をしていただろう。

「アヤネちゃんと言い、どうしてお前の周りにはこうも粒揃いなんだよ!」

 脈絡も無しにクウガが噛みついてくる。そうは言うが、<ユンクティオ>だって結構なビジュアルが揃っていると思うんだが。

「中身変態かエグいのばっかなんだよ。安らぎねえんだよ。カーストで言えば女性陣が上なんだよ!」

 キレるなよ。だいたい、それを言ったらうちも大概だ。

「ああ、色目使おうが玉砕しようが好きにするといいけど、ハルカは止めろ。あの眼鏡かけた地味な奴な」

「ああ、あの嫁さんにするには最適そうな地味に可愛い子か。分かってるから。一目で分かるから」

 まあ、シュウとハルカは端から見たら一発でカップルだと分かるからな。過剰な接触をしている訳でもないのに、暑い暑い。

「というか、その評は何なんだ?」

「いや、何となく」

「良妻オーラが出てるからじゃない?」

 そんな感じで馬鹿な会話をしていると、不意に妙な気配を感じた。クウガとアールもそれに気づいたのか顔を上げ、三人して気配の元に視線を向ける。

 変態――ミーシャがいた。

 さっき負けたのが悔しくてトルジとタムラさんの模擬戦が終わるのを待っていた筈の彼女は、呆然とした様子で立っていた。

 見るからに不審な彼女は早足で歩き出す。その先にはタカネがいる。この時点で嫌な予感しかしなかった。

 ミーシャはタカネとの距離を縮めると、タカネの手を掴む。そして、大真面目な顔で――

「結婚してくれ」

 と、宣った。どうやらミーシャはモノホンだったようだ。


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