6-12
岩蛇の背中を伝って走る。石の杭が下から襲ってくるが、敏捷アップの装飾品を装備した俺のスピードについていけていない。
どこまでも伸びるのでは無いかと思われる蛇の体からジャンプして、ミノルさんから補充された槍をアスモデウスの横腹に突き刺して槍の枝を足場にする。
蛇の頭が鎌首もたげて俺へと突進してくる。体の再生は出来ても、異物を取り除く機能はないのか顔には変わらず大広間で突き刺してやった槍が残っている。
大きく開いた口から逃げ、アスモデウスの胴体から三角蹴りで蛇の頭上へと跳んで、刺さったままの槍を掴む。
岩の蛇の突進は随分なスピードで、槍を掴んだ俺の体が浮く。
『まるで凧だな』
『おいおい、しっかりしてくれよ』
「そう言うお前等はどうなんだ――っとぉ!」
ボイスチャットからの軽口に悪態をつくと、蛇が空に向かって伸びて一度急停止し地面に勢い良く落ちていく。槍を使ってしがみつく俺を叩きつけるつもりらしい。
だが、突然蛇の岩の体が崩れ始めた。
見下ろすと、アスモデウスの尾の根本をミノルさんが大剣を使った刀剣スキルで切断していた。
本体と繋がっていないと土に還るらしく、蛇が崩壊する。
俺はアスモデウスの背中に槍を持ったまま着地し、前転する。背後から杭が生えた音がした。
立ち上がってまたすぐに走る。アスモデウスの背中には今まで投擲スキルで投げた槍や斧が刺さっている。それを掴み急旋回し、蛇行する事で杭を避ける。
アスモデウスの双頭が背中の俺を見る為に首をもたげた。その時、魔王の周囲に細長い竜巻がいくつも発生する。
「うおおおっ!?」
風属性現最強の魔法ハリケーンから生じる突風、それに削られて体を揺するアスモデウス、竜巻の合間を縫って放たれる風魔法のせいでバランスを崩し、背中に突き刺さった槍にしがみつく事で何とか落下するのに耐える。
俺には直撃しなかったが、削れて風に煽られ飛ぶ砂や石が地味に痛い。俺の体力バーまで影響が出てるし。
『魔法ぶっぱするんで気をつけて下さい』
「言うの遅ぇよ!」
三角帽子のスライム女が遅すぎる警告を発してきた。クソッ、服だけ溶けるエロスライムを作った事をミサトさんにチクってやる。
アスモデウスは物理防御は異常に高いが、魔術に対する防御力は弱い(と言っても普通のモンスターよりは高いが)。弱点属性である風属性の攻撃魔法なら尚更だ。
問題は詠唱する隙を与えてくれるかが問題ではあるが…………。
「こっち見ろや、オラッ!」
ハリケーンの効果が切れ、揺れが治まり始めると俺は持っていた槍をアスモデウスの首の後ろ目掛けて投げる。<パワースイング>によって投げられた槍は笛が鳴るような音を立てて大気を切り裂き、人で言う頸骨の部分に突き刺さる。
スキル発動後の硬直で、杭がまた生えてくるかも知れず、ぶっちゃけ怖かったがアスモデウスはそれどころでは無かったらしい。
魔法によるダメージで怯んだだけでなく、竜巻が完全に消えたところで戦士系のPL達が一斉にアスモデウスの左半身に向かって踊りかかったからだ。
スズメバチが群がるように、それぞれの武器でアスモデウスの、それも胴体ではなく脚の間接を狙って攻撃を仕掛けていく。
特に与えるダメージが大きいのはクウガだった。取り回しが悪く、重くて速さが損なわれる代わりに打撃属性の威力が最も高い大型武器:槌を初期の頃から使っていたクウガは熟練度もトップクラスだ。
そんなクウガが脚に一撃入れた後、前脚の膝を足場にして跳躍し、槌スキルを使用してアスモデウスの牛頭に槌を叩き込んだ。
その結果、牛頭の半分が砕け落ちた。
歓声が上がり、PL達が更に勢いづく。
左側の前後脚の方も受けたダメージが大きかったらしく、クウガが破壊した牛の頭程派手ではないが亀裂を走らせて折り砕ける。
左側の脚を二つとも無くし、支えを失ったアスモデウスは羊と牛の双頭から悲鳴を上げながら体勢を崩して横に倒れた。
俺は背から倒れる方角に沿って<壁走り>で横腹に移動する。
アスモデウスの体力バーは風前の灯火だ。横に倒れた事で攻撃も加えやすく、前後の左脚と尾を再生するのも時間が掛かる。もう勝利は目前と言っていい。
「奥の手がなければ、だが」
巨体が倒れたことで舞い上がる粉塵の中で呟きながら槌を取り出し、アスモデウスの横っ腹を叩く。俺の槌装備と熟練度では満足にダメージは与えられないが、雀の涙ほどは体力を減らせるだろう。何より――もう俺必要なくね? とか思ってサボって見つかってしまえば後で何を言われるか分かったもんじゃない。
そんな邪な思いで攻撃していたら、粉塵の様子がおかしい事に気づいた。
周囲を見渡すと、小さな石や一固まりになった砂が不自然にも中空に浮いていた。さらに岩石も粉塵の中から浮き出してくる。
浮遊してきた位置から、あれらはアスモデウスの脚や尾の残骸だと直感する。
「マズッ…………」
気づいた時には遅かった。
小さい物では砂、大きい物では人の身長を超える岩が宙に浮いた大小様々な石が旋回を開始する。風は無く、土に属する物だけが見えない糸で振り回されているかのようだ。
岩石はトドメを刺そうと駆け寄って来たPL達に襲いかかる。
土属性の魔法の中には石突飛で攻撃するものもあるし、アスモデウス自身も岩弾を発射してくるので大した攻撃では無いように思えるが、効果範囲が広く、連続して複数の物体が砂と共に飛来してくるのだ。しかも、地面や崖の壁が砕けたり崩れればその数が増す。
「外は…………無理か」
範囲外からの援護に期待したが、吹き荒れ渦巻く岩によって邪魔されているようだった。
どうするか、そう考えている内にアスモデウスが起き上がろうと体を震わせていた。欠損した脚と尻尾も再生しつつある。
だが、アスモデウスが虫の息なのは変わらない。飛んでくる岩石は鬱陶しいが、アスモデウスは目の前というかその上に俺は立っている。このまま必死こいて攻撃を加え続ければ倒せる。
「………………」
ボスにトドメとか何か嫌だ。特に確固たる理由は無いが、強いて言うなら俺のキャラじゃない。
まあ、状況からしてそんな事言ってる場合で無い上に――
「そのまま放置してくれる訳でもない」
下から生えてきた杭を横に跳んで避ける。器用にも右の前後脚でアスモデウスが立ち上がろうとしながら、次々と石の杭を生やして俺に攻撃する隙を与えようとしない。
装備している槌を投げるという選択肢もあるが、ロクにダメージを与えられないだろう。スキルを使えば硬直中に串刺しだ。
どうする? 石の嵐は止む気配が一向に無く、この状況のままアスモデウスが動きを再開させれば犠牲者が出る。別にどれだけ犠牲者が出たところでどうでもいいのだが、目の前で死なれたり、それが多少ながら交友があった連中だとさすがに目覚めが悪い。
だがらと言って打つ手が思いつかない。シズネでも呼んで特攻させるか? あいつ、ダメージを受けても不快感があるものの痛みは無いようだし、金属性だから土属性に強い。捨て身させるには格好なのだが。
「――オオオオォォオオーーッ!!」
地雷を避けるゲームみたいに杭から逃げながら意味の無い思考を繰り広げていると、獣のような雄叫びが聞こえた。
岩石の嵐の中から一人の男が、<オリンポス騎士団>の団長がアスモデウスに向かって正面から突っ込んで来ていた。
砂や石を盾で遮断し、剣で弾き、岩は避ける。走りながらそれをやれる技術は大したもんだが、真っ正面からあんな大声を出して走っていては意味がない。追走する仲間もいないようだし、あれでは優等生の二の舞になる。
アスモデウスは当然アレスの接近に気づき、無傷だった羊頭が大きく口を開いた。あーあー、死んだな。
発射される岩弾の数々。さすがに一発では沈まないが、次々と発射される岩弾に足を止めざるえない。盾でなんとか耐えているが、周囲に飛び交う岩石は健在だ。
完全に詰みだと思った。アレスは優等生の後を追って死ぬんだなと思った。
「――今だァ!」
だが、奴は叫んだ。自棄とか諦めなどとはほど遠い、明確な意志の元に降り注ぐ岩石から身を守りながら声を張り上げた。
それを待っていたかのように、アスモデウスの右側の砂塵が岩ごと縦に切り裂かれる。そしてその向こうから大剣を振り下ろした体勢のミノルさんとクウガが跳び出して来た。
「自分を囮にしたのか」
二人が羊の頭に向かって走りながら、それぞれ武器を構える。これで終わらせるつもりらしく、スキルを使って一気に決めるつもりなのだろう。
俺も石の杭から逃げるのを止め、一直線にアスモデウスの首向かって走る。
まず最初に、ミノルさんの大上段からの強烈な一撃が当たり羊の角を叩き切った。続いて、奇襲に怯んだ羊頭の頭向けてクウガが上半身を大きく捻り、足の踵を軸に回転して鉄槌をブチ込んだ。
羊の顔の半分が崩壊する。それでも、トドメにはまだ一歩足らない。
アスモデウスは残った脚で激しく暴れ周り、旋回する岩石の速度も上昇する。更に再生途中だった牛頭の再生速度が急に上がり、継ぎ接ぎだらけながらも形だけは元に戻って岩弾を発射する為か顎を大きく開いた。
手負いの獣は厄介らしいが、さすがに悪足掻きが過ぎる。
「オラッ!」
牛頭の首後ろにまで到着した俺は大型武器:槌のスキルを使用して槌を後頭部に叩きつける。使用したスキルも熟練度も、武器もクウガに及ばないが、無理な再生だったからか意外と牛頭の中に食い込んでいった。
直後、牛頭の継ぎ接ぎが一瞬で埋まって槌を埋めたまま完全再生する。優等生の時と同じだ。
槌が埋もれた場所から無数の石の杭が俺めがけて勢い良く生えてくる。
「悪いが、武器には執着しない質なんだよ」
既に槌から手を離して盾を装備していた俺は杭から身を守ることに成功し、杭が当たった時の衝撃を利用し、牛頭からも距離を離す。
その間にも牛頭の眼前にはアレスが肉薄していた。奴は盾スキルの<シールドアタック>で体ごと牛頭の顎にぶち当たりに行った。
「オオオォォッ!!」
盾スキルの硬直時間は短い。硬直が解けると同時にアレスは雄叫びを上げながら刀剣スキルを使用する。
後ろに向けていた剣を下に向けて振り回し、地面を抉りながらも速度は落とさずに弧を描いて下から一気に振り上げた。
アレスの渾身の一撃は牛頭を顎から頭頂部まで一気に切り砕く。衝撃で構成していた岩が砕けて吹っ飛び、俺が突っ込んだ槌も空高く飛び上がって回転する。
わざわざ持ち主の真上に落ちてきた槌を横に避け、周囲を旋回していた岩石が勢いを失って地面に転がっていく中で俺はアスモデウスの体力バーを見上げる。
あれほど残り少なく、もどかしい程に減らなかった僅かな体力がゼロになっていた。




