6-11
二度目の――いや、大広間での戦闘に加えて三度目、追いかけっこしていた俺にとっては四度目になるボス戦。正直言ってもうコリゴリなので、そろそろアスモデウスと決着を付けたいところだった。
取り巻きとしてフィールドモンスターどころか城にいた筈のモンスターまで出張って来ているが、広い外のフィールドに出た事でアヤネの歌スキルの恩恵を全PLが受けれるので雑魚は問題ない。
問題があるとすればアスモデウスだ。羊と牛の双頭の首もとにある人間形態の名残からの石化の魔眼は石化対策してあるので平気だが、その巨体から繰り出される攻撃の範囲と威力、そして頑丈さが面倒だ。
攻撃方法も単純な物理攻撃だけでなく、全身から生える杭によって近接攻撃を仕掛けてくるPLを牽制し、口から吐き出す岩弾や石の杭を地面から生やす攻撃で遠距離にも対応。
特に厄介なのが――
「――来るぞ! 掴まれえ!」
地震攻撃だった。
大広間の時にアスモデウスが起こした地震攻撃。結局はPLに死者が出る事はなかったが、あれのせいで城が半壊している。
室内で使うのとでは効果に違いがあるのか、元々体力が減っていると威力が上がるスキルなのか分からないが、ともかく現段階で行われている地震攻撃はその比では無い。
「うおおおおおおぉぉっ!?」
「きゃああああぁぁっ!!」
「掴まれ! 離すなよ!」
「誰か、ロープを!」
揺れが大きいのは勿論、地割れが起きてPL達を呑み込もうとするのだ。振動によって崖が崩落したり、割れた勢いで地面の一部が大きくせり上がったりする。しかも、地震は魔法の詠唱を強制的に中止する効果もあるようだった。
「おい! 変態が落ちたぞ!」
「害虫みたいに這い登って来てるから大丈夫だろ! それよりもこっちだ! 来るぞ!」
飛び交う悲鳴と怒声、PL達の足を未だに絡め取る余震。そんな中でアスモデウスが四肢を動かし突っ込んでくる。PL達と同じく揺れに足を取られたモンスター達を跳ね飛ばしながら。哀れモブども。
俺みたいに身軽なPLでも地震のせいで動きが止まるのだ。手や武器を地面につけて必死に耐えるしかない重装備の連中は良い的である。
『クゥ! ヘルプッ!』
「分かってる! 分かってるから待て!」
ハンマー使いという重装備筆頭のクウガが助けを求めてくる。
俺は収納ベルトから弓矢を取り出して矢を番えながら弦を強く引き、狙いをクウガに定める。
俺以外にも軽装の弓使いがスキルの準備をしながら狙いをそれぞれの仲間に向けた。
突進してくるアスモデウスを止める術はない。弱点属性の風魔法、それも上級のハリケーンを同時に複数かませば動きを止められるが、魔法を今から詠唱しては間に合わない。
だから、俺達は弓矢を使って仲間であるPLを射る。
弓スキルの<ピアッシングシュート>は当たれば遠くにいる相手を弾く効果がある。弾きは熟練度や対象となった相手の重量によって吹き飛ばす距離が変わる。当たった箇所にだけ受ける時もあれば、逆に体ごと吹っ飛ぶ事もある。
それを利用して、クウガ達をアスモデウスの突進から救い出す。
<ピアッシングシュート>を受け、自ら吹き飛ばし効果に従うように吹っ飛んでいくPL達。当然、ダメージは受けるがどのみちアスモデウスの踏み潰されればより大きなダメージを、下手すれば即死してしまうのだ。背に腹は変えられない。
「くたばれっ!」
女PLが、普段は裸族の(クウガから聞いた)マッチョな男性PL三人になんか割とマジっぽい剣幕で矢をぶち込んでいたが、多分気のせいだ。他にもいくつかそんな感じのPLがチラホラいたが、きっと気のせいだ。
俺の<ピアッシングシュート>で吹っ飛んだクウガはアスモデウスの突進から逃れる事ができた。
それを見届けてから、俺は<壁走り>で崖を登る。渓谷だから地上にいるとどうしても行動範囲が限られる。防御力が乏しい代わりに所持してるスキル含めて機動力は多少自信はあるので、多少目立ったとしても崖上の方が動きやすい。
ボス戦はアスモデウスがクソ頑丈なせいもあって長期戦となっている。徐々に体力を削り、倒すまでの射程圏内に入ってはいるが、そこからが長い。
お前等人が囮になって休憩時間稼いでやったんだからもっと気張れよ、とも思わなくもないが、元々気の張り方が違うので仕方がないかもしれない。
俺みたいに色々の事情が重なったり、惰性で参加しているPLもいるだろうが、<オリンポス騎士団>をはじめとした多くのPLはボス討伐を真剣に取り組んでいた。その分、精神的な疲労が大きい。まだPL間でのフォローで奮闘しているが、このままだと致命的なミスを誘発しかねない。
俺は飛んでくる岩弾から逃げながら、別の崖の上で歌っているアヤネに目をやる。
小さな体躯に似合わないほど気丈な少女はまだ歌っている。歌スキルの発動条件は実際に声を出すことだ。モンスターが近づいてきた際は念の為に移動して離れているが、それ以外はずっと歌い続けだ。それは城の中の時も同じ。
「そろそろヤバいか」
本格的に逃げの算段をミノルさんに提案した方がいいのかもしれない。
そんな消極的な事を考えていると、今までにない動きをする奴が視界に入った。
今や最大規模を誇るギルド、<オリンポス騎士団>副団長である優等生だ。
振り下ろされたアスモデウスの爪を避けたかと思うと、その腕を伝って走り出す。
優等生の得物は槍だ。俺がほいほい投げてる槍と違って重厚で鋭い刃のついた高級そうな武器。見た目からの印象だが、刺突主体の武器だろう。それならアスモデウスにダメージを与えられる。
だが、ボスの巨体を利用して駆け上るという行動は優等生らしくない。出来ない、という意味ではなくて単純に戦闘スタイルがらしくない。
あいつはミノルさんやトルジのように論理的で堅実な戦い方をする。それが、今は軽業師の真似事みたいな行動を取っている。
優等生がわざわざアスモデウスの腕を道として何をするつもりなのか。頭を狙っているのか? いや、それは魔術師の風魔法に任せて前衛は四肢と尾を狙うのが安全策だった筈。
そうこう考えている内に優等生が大きく跳躍した。アスモデウスの体から生える杭から逃げたのかと思ったが、違う。あの勢いのある前のめりな跳び方は回避運動ではなく、何かに飛びかかる時の勢いだ。
あいつが跳んだ先、そこはアスモデウスの首もと、第一形態の名残として女の上半身が埋まっている場所だった。
「――チッ! 誑かされたか」
方向転換して、アスモデウス向かって急ぐ。
優等生はゲームをやらない。全くではなく、ゲーセンに付き合いで遊ぶ事はあるだろうが、あいつ自身が進んでゲームをする事は無い。
だから、そんなゲームの定番とも言える如何にも弱点っぽい首もとの人型に攻撃を仕掛けるという発想があいつには無い筈なのだ。
本当に弱点なら――いや、そうだとしても妙な所で悪辣なエノクオンラインがそんな簡単に済ませる訳がない。
「止めろ優等生!」
叫んでみるも、遅かった。
優等生の持つ槍がドリルのように高速回転し、放たれる。
槍スキルを使った攻撃は人型の左顔を抉り、貫通。そのままアスモデウスの体に深く突き刺さる。
スキルの発動を終えて槍の回転が止まり、優等生はスキル使用後の硬直時間に身を強ばらせて落下――せずに一瞬体を浮かせた。
よく見ると、抉られ跡形も無く粉砕された筈の人型の顔が一瞬で再生していた。脚を再生させる時は時間がかかっていたのに、どういう事だ?
再生した顔には槍が突き刺さったまま。それが優等生の落下を一瞬だけ食い止める。
そして、人型から無数の杭が生えて優等生の体を貫く。
ここからでは優等生の面も見えないし声も聞こえない。だが、杭が生えた背中から出血するように青い粒子が溢れ出ては宙に消える。
その様子は危険域にまで減った体力バーよりも妙実に命の危機を知らせていた。
石の杭が抜かれ、優等生の身が宙に投げ出される。
頭上から巨大な影が覆い被さった。
「カイトォッ!?」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
その声が本人に届くか届かまいかというところで、アスモデウスの前脚が振り落とされて優等生の体が地面に叩きつけられた。
崖の上から優等生が落ちた場所を探すと、<オリンポス騎士団>の団長アレスが走っている姿を見つける。その先に四肢を投げだし倒れている優等生がいた。
アレスは急いで駆け寄って回復アイテムを取り出す。同時にボイスチャットで回復魔法を要請。
だが、回復薬の液体が落ちる前に、優等生の体は粒子となって消えていった。
「――――――」
方々から聞こえる動揺と悲痛の声。あいつがギルドの連中から頼られていた事が分かる光景だった。
俺は崖から足場のない宙へと身を踊らせる。再現された重力に従って落下し、岩肌を踏んで落下スピードを調節しながら地面に着地する。
一人の男の死で沈む周囲の空気。その気持ちは分からんでもないし、そこまで慕われていたのならあいつも本望かも知れないが――
「邪魔だお前。ボケッとすんな」
何時までもボケッとしているアレスを蹴り跳ばす。直後にさっきまで奴がいた場所にアスモデウスの左前脚が落ちた。
地面が揺れ、巨大な物体が動く時の大気の乱れを感じながら俺は足下の優等生が消えた場所を見下ろす。
青い粒子がすっかりと消えて、あいつの存在を証明する物は死んだ事でドロップしたアイテムや装備品のみ。それも俺のすぐ横にあるアスモデウスの脚によって大半が破壊された。
「チッ、回収し損ねた」
「なっ!? お、お前…………」
俺の独り言が聞こえたらしく、蹴られて地面に転がったアレスが起きあがって俺を見ていた。目が赤い…………それほど頭にキタか。
「状況考えたらどうだ?」
アイテム探しに来た自分を差し置いて言い、俺はその場から後ろへ跳躍してアスモデウスの脚から生える杭を避ける。
続いて、頭上から岩弾が降り注いできた。
「ぐあっ!」
アレスが巻き添え喰らう。それでも体力バーにまだ余裕があるのは、さすがに大規模ギルドのギルドマスターという事か。
俺の蹴りよりも岩の方が目覚まし効果は高かったらしく、一撃受けたアレスは慌てて降り注ぐ岩弾を避けたり盾で防いでいく。
「お前団長なんだろ? しっかりしろよ」
降り落ちた岩の隙間を縫って歩き、アレスの臑を蹴る。
「う、うるさい! お前こそ何を!」
「こんな奴の下で働いて死んだとは、優等生の奴も浮かばれないな」
「なっ――」
捨て台詞残してアレスから離れ、地面を蹴って岩の上に乗る。そこをスタートして岩から岩へと跳び移る。案の定、俺が視界に入った事でアスモデウスのターゲットは俺に移った。
『好かれているようで結構な事ですね』
「今度お前の頭の中メンテするか」
このタイミングで来るかもしれないと思っていたが、やはりシズネからボイスチャットが来た。あのロボ店員に任せたからこんなメイドらしからぬロボメイドになってしまったのかも知れない。
『私としては主人の命を狙っている人がいなくなって安心しております』
誰も聞いてねえし、言わなくてもいい。
「近くにユンクティオはいるか?」
『皆さん、もう既に行動しておりますよ』
ああ、そう。
不意に、聞こえていた歌が止んだ。
そして今まで防御強化の歌から攻撃力を強化する熱の篭もった、スキルの効果関係無しに人を高揚させる歌へと切り替わる。
アスモデウスの体力も残り僅かで、<気配察知>からザコモンスターの供給が滞りつつあるので主力がこちらに集中できる。
畳みかけるとしたら、今がチャンスだ。
アスモデウスの前脚による攻撃を避けながら周囲を一瞬だけ見回す。
全員、とまではいかないが少なくとも各ギルドの指揮者達は今が攻撃を集中させる機会だと判断して仲間を引き連れタイミングを見計らっている。とうとうPLに死人が出たことで驚愕と恐怖の色が見えているが、同時に憤怒と仇討ち的な闘志も見えた。
俺はどうもそんな空気に流れる事はできない質ではあるが、まあ、腐れ縁の優等生が死んでしまったのだからせめて義憤に駆られているかのように行動しよう。
横薙ぎに振るわれたアスモデウスの尾の蛇を上に跳んで避けてその背中に着地する。
「せいぜい、囮として頑張るか」




