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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第六章
63/122

6-10


 生じた砂塵の中を突っ切り、壊れて風穴を空けた壁から城の外に飛び出す。渓谷を一望できる高さから下を見れば、城の門前に米粒大の影がワラワラと虫のように群がっているのが見えた。

 自由落下に囚われる前に俺はアイススネイクを穴の空いた城の壁面へと伸ばして食いつかせる。そこを基点に俺は落下を免れながら伸びきった鎖に振られるまま横へ移動する。

 大穴からはアスモデウスの羊と牛の二頭を覗かせて、口から岩弾を撃ってきた。

 俺は壁に足をつけると同時に真上へ走りながら鎖を回収する。狙いが甘いのか、それとも俺が速いのか、岩弾は俺の後ろ(というか下?)の壁に当たるだけで俺には当たらない。もし後者なら韋駄天の腕輪をくれたセティスに感謝するところだが、よく考えたらあいつが訳の分からない事してアスモデウスにバレたから俺がこんな目にあっているのではないだろうか(責任転嫁)。それに、腕輪は労働に対する当然の報酬。なので感謝しない。

 壁の端まで走り渡り、広い外縁部の上に着地する。テラスと違って手摺りが無いのでより広く思える。

 縁の方から小走りに移動して距離を取り、魔法媒体を取り出す。魔力バーを見ると、かろうじて一回分が残っていた。シズネの奴、バカスカ消費しやがって。

 ジャンプ台を作る魔法エリアルを唱え、縁の向こう側、空中に設置する。

「アヤネ」

 フレンドリストからアヤネを選択してボイスチャットを使用する。

『クゥさん、大丈夫ですか!?』

 大丈夫だから大声出すな。

「下はどうなってる? というか、無事なのか?」

 アスモデウスに追いかけられている間何度か外の壁を登ったが、援護が来る様子は無かった。そんな余裕が無かったのか、それとも単純に魔法の射程外で届かなかったか。多分後者だろうが。

『皆さん無事です。あとはクゥさんだけです』

 誰も死んでないのか。どいつも豪運だな。

「じゃあ、囮とかはもういいんだな?」

 獣の鳴き声と共に床が振動する。

『はい。あとはクゥさんだけです。急いで降りてきてください』

 二度も言うな。

 縁に岩で出来た獣の巨大な足が乗せられる。直後に羊と牛の双頭が顔を出した。

「分かった。今から下りるから他の連中に受け止める準備させておいてくれ」

 援護出来なかった分、今働いてもらおう。

 そろそろ、俺も限界だ。いや、むしろ城の方がヤバい。アスモデウスの巨体が壁や天井を突き破って暴れたせいで城は半壊していると言ってもいい。それに大広間での地震でその時は崩れなくても脆くはなっていたようで、追いかけっこしている内に崩れてしまったようだ。外の壁を伝って逃げた際に確認した限りでは、下の広い階層では虫食いにあったように崩れて、大広間のあった方角の所が無くなって城が『ノ』みたいな形になっている。

 まだ上に逃げようと思えば逃げれるが、このままアスモデウスに暴れられては城と一緒に地上へ倒れ落ちてしまうかも知れなかった。

 ボイスチャットを切り、駆け出す。壁をよじ登ってきたアスモデウスに向かって、だ。

 縁に顔を出したアスモデウスの左前脚が俺の頭上に振り下ろされる。

 スピードを緩めず、むしろ急いで、ギリギリのところで膝を曲げて床に付け、体を後ろに逸らしながら滑る。眼前を巨大な岩の腕が横切って突風が吹き、背後で床が壊れる音がした。

 俺はすぐさま膝を伸ばし立ち上がって走りを再開させる。羊頭が威嚇するように牙を見せるが、無視して俺を攻撃する為に伸びきった腕に飛び乗り、肩にまで走る。足下から音がして石の杭が生えてくるが、その先端が届く前にアスモデウスの背後へ、肩から足場のない外に向かって跳ぶ。

 ああ、こういう高い所から下見ると身が竦む。正直言ってコエー。

 あらかじめセットしておいたエリアルに足を付けると、大きく跳躍する。

 レンジャーや射手系のスキルの恩恵で目が良くなっている。だから地上にいる連中が俺の行動を見て、慌てて俺の着地の用意をし始めているのがよく見えた。下の援護が無ければ落下ダメージで死ぬ確率が高かったので助かった。

 予測落下軌道上に新たなエリアルが作られる。

 だが、安心したのも束の間、アスモデウスが壁からジャンプして自ら宙に身を踊らせて飛びかかってきた。

 安堵から生まれた隙からか、やはり疲れが溜まっていたからか、アスモデウスが伸ばしてきた腕を避けきれずに右半身に当たる。

「がああああああぁぁっ!!」

 右腕と右膝を切断されて、傷口から電流が流し込まれたような激痛が奔る。

 世界エノクオンラインでは本来なら死ぬよう怪我をしても体力バーが残っている限り死なない。逆に言うと何をされても体力バーが尽きない限りは楽にはならない。

 現実世界リアルよりも痛覚が過敏になっているのではないかと云うこの痛みには慣れてきたが、部位欠損ほどのダメージとなるとさすがに叫ばずにはいられない激痛がある。

 しかもこの衝撃と痛みによる硬直で足場となる風の渦へ着地するため取っていた体勢が崩れる。

「――チィッ」

 舌打ちしながら、何とか体を捻ることでぶち当たる。

 風の渦が俺の体を斜めに跳ねさせる。直後、アスモデウスの尻尾がジャンプ台があった場所を攻撃した。

 空振り、俺の右腕と右膝を抉ったアスモデウスはそのまま落下。その巨体を構成するのが岩なせいで相当重いのか、一気に落ちたかと思えば城の側面に当たって派手に転がり落ちていく。

 ざまあみろ、とも思ったが現状俺だってかなり危ない。

 ジャンプした方角が本来予定していたものと違う。少しでも落下ダメージを下げるために渓谷の崖上に着地するつもりだったが、今落ちている先は崖の底だった。

 アスモデウスから距離を開けることを優先させなければ先程のように爪や蛇の攻撃を受ける事になっていたので仕方がないと言えば仕方が無いが。

「あー、死ぬかも」

 この高さ、そして落下予測地点の周囲にアイススネイクで掴める物はない。魔法による落下ダメージ軽減も、俺の熟練度だと落下しながら唱えられない。

 段々と近づいてくる地面に危機感を覚えた時、急に浮遊感を感じた。

 対象を僅かに浮遊させて落下速度を落とし、落下ダメージを軽減させる風魔法のフロウだ。

「クゥさ~~ん」

 名前を呼ばれ振り返ると、崖の上にアヤネとシズネ、エリザ、トルジの四人がいた。

 フロウを唱えたのはおそらくアヤネだ。そして崖の淵近くでトルジが先端に石を結んだロープを頭の上で振り回し、エリザが妙に嬉しそうな顔で鞭を装備していた。嫌な予感しかしない。

 トルジが重石付きのロープを俺向けて投げてきた。俺はそれを掴んで腰の後ろに回して正面で結び体にしっかりと固定させる。片手で出来るもんだ。

 次の瞬間、体にロープを巻き付けたと見るやトルジがロープを手前に力一杯引く。それによって俺の体は崖側に引き寄せられる。だけど、いくらフロウが作動していると言っても落下自体は止まらないし崖まで引き寄せるほどの時間がない。まあ、そのためのエリザなんだろうが。

「クゥさん! 鍾乳洞での恨――げふんげふん、借りを返しますよー!」

 嬉しそうに言って、エリザが鞭を振るう。

 鞭は俺の左腕に強く巻き付き、第二の牽引縄となって引っ張ってくる。それはいいんだが、パーティー登録とかしていないのに鞭が巻き付いてくると痛い。ダメージを受ける。そしてエリザの奴は喜々とした顔を浮かべているのがムカついた。

 二段階で引っ張られた俺は崖の上に、スタンバっていたシズネの腕の中に落ちる。勢いが強く、シズネは俺を抱えた状態で足で踏ん張りながら地面の上を滑る。土煙を上げさせて五メートルくらい後退するとようやくシズネが止まる。

「…………お加減はいかかでしょうか、クゥ様」

「最悪だ。降ろせ」

 お姫様抱っこという甚だ不本意な体勢を解く為にシズネの腕から降りて片足で地面に着地する。そのまま片足で二、三歩進んでから座り込む。

「クゥさん、大丈夫ですか?」

 アヤネ達が駆けつけ、回復魔法をかけてきた。体力バーは回復していくが、欠損した部位はさすがに治らない。

「再生薬は輸送隊の人が持ってきてくれるからここで待ってろ」

 トルジがチャット用のウィンドウを表示させてロープを回収する。

「大分アイテムを消費したけど、まだ残ってんの?」

 各ギルド、ゴールドが提供したアイテムは大量にあったが、今までの戦いでかなり消費した筈だ。アスモデウスの第二形態は予想されていた事ではあるが、楽観できる程の量が残っているとは思えない。

「輸送隊の人達がフィールドから採取して回復薬を作ってくれている」

 ああ、現地調達に生産か。そういえば開拓隊の時もそうだった。

「だけどやっぱりペースが悪い。それに…………」

 城の方から土砂が崩れるような音がした。

 俺を攻撃して共に落ちたアスモデウスが城の前で、城の側面を転がり落ちる際に巻き込んで崩した瓦礫を踏み潰しながらPL達に向かって進んでいた。

 そしてそれに続くようにして城の中からモンスター達がぞろぞろと出てくる。それだけでなく、渓谷からフィールドモンスターまでもが集まりだして既にPL達と交戦していた。

「全面戦争かよ」

「ああ。だけど元々雑魚討伐とボス討伐の役割が分かれていたから混乱は少ない」

「そのまま担当すればいいだけですから」

「ならお前等とっとと行ってこいよ」

 トルジはボス討伐メンバーの一人で、エリザも後方でアヤネの護衛をしていただけとは云え前線に出張れるPLだ。二人ともこんな所で怠けていい訳がない。

「もう行くさ。お前のおかげでこっちも十分休めたからな」

 チャットウィンドウを閉じ、トルジは崖の縁に向かって歩く。そこには杭が突き立っていて、ロープが下へと垂れていた。

「それじゃあ、私達は先に行ってますから」

 エリザがやけにスッキリした顔でトルジに続いてロープを使い、崖の下へと下りていく。何だかムカつくので生きて戻って来たらマステマもといセティスの名前を使って脅してやろう。

「クゥさん…………」

「お前も行ってこい。駄メイドもな」

 こういう時でこそ、アヤネの歌スキルは有効だ。城周辺の広いエリア全てが範囲内で、多数のPLが乱戦を繰り広げるこの状況にアヤネの援護が活きる。シズネは彼女の護衛として必要だし、俺に構っている暇は無い。

 崖の上には<気配察知>で解る範囲ではモンスターの姿はない。アスモデウスの援護として下のPL達を襲うのに忙しいのだろう。

 俺は犬猫を追い払うように手を振って二人を急かす。アヤネが何度か振り返ってきたが、結局は戦いの事が気になって崖の下に降りていった。

「はぁ、疲れた…………」

 その場で横になり、雲一つない青空を見上げる。

 サバイバルな生活をしてきた俺は自然回復の熟練度が高いので、スタミナがみるみる回復していっているが、精神的にやはりしんどい。

 激しい戦闘を思わせる数々の音の中、アヤネの美しい歌声が聞こえてくる。同時に視界端に防御力アップ中の表示が現れた。持久戦を見越しての効果だろう。これに魔術師による攻撃力強化や回復が加わり、ある程度雑魚を一掃出来ればよりアスモデウスに攻撃を集中すると思われる。

「あー…………」

 面倒だから地面を転がって縁にまで移動し、戦場を見下ろすと、モンスター達は無陣どころかアスモデウスに潰されたりしているのに対してPLは陣形みたいな並びをしていた。素人目だが、明らかに統率力に差がある。

 全体の指揮を取っているのは名実共に<オリンポス騎士団>の団長様だが、見た限りだとあれは細かい所まで目がいかないどこにでもいる社交性の高い平々凡々な男だ。

 社交性が高いというだけで俺は圧負だが、他の有力PL達、ゴールドやレオン――あいつらのキャラが濃すぎるだけだが――と比べるとどうしても見劣りする。

 おそらく、<オリンポス騎士団>があれだけの規模であって大きな問題を起こさず、最大規模のギルドとして君臨し続けていられるのは副団長である優等生のおかげだろう。

 あいつ、率先して目立つ奴じゃないがなんでも出来るせいでどうしても万能さが際だつ。それは優等生も自覚しているので団長を立てて自分は目立たないようにしているんだろうが、目敏い奴には――

「あの副団長さんがオリンポス騎士団の要よね」

「………………」

 近づいて来ているのは分かってたので特に驚きもせず後ろを振り返ると、セティスが立っていた。スカートの中が見えそうで見えないという絶妙な位置取りであざとかった。

「あの人、お兄さんのお友達なのよね? ウフフ、お兄さんって凄い人達の知り合いが多くて羨ましいわ」

 褐色の少女は無邪気そうに微笑みを浮かべている。猫かぶり(というレベルを超えているが)モードなので例の謎テンションがまだ続いているのかと思ったら、セティスとエルバ、その他のPL達(セティスの奴隷)の後ろから城で一度助けたヤベさんが小走りでこっちに向かって来るところだった。

「お兄さんは邪魔にならない程度に休んでてね」

 そう言って、セティスはさりげなくヤベさんから逃げるように崖の縁にまで移動して連れてきたPL達と共に魔法の詠唱を開始する。どうやらここから魔法による攻撃を行うようだ。

 エルバが護衛として周囲を警戒する中、ヤベさんが回復アイテムを取り出しながら俺へと駆け寄ってくる。

「助かります」

「城ではこっちが助けられたからそのお礼だって」

 飲むアクションで回復できる体力回復薬を貰い、俺が片手で飲んでいる間にヤベさんが再生薬を欠損した部位に掛けていく。

「貴重なアイテムらしいから、じっとしててくれよ」

 別にそこまで慎重にならなくとも、一定量掛ければ使用したと認識されて残り全部溢そうが再生するんだけどな。

 そんな事を思っているとヤベさんが若干挙動不審気味なのに気づいた。

 再生薬の使用に集中しているように見せて、セティスとエルバの方をチラチラと見ていた。あー、そういえば対サイバーテロ課の人だったな。

「クゥ君って、彼女と仲がいいの?」

「全然」

 即答したらこっちに背を向けて詠唱中のセティスが僅かに反応したような気がした。あくまで気がした、だけだがあの女の事だから何らかの手段でこっちの会話を盗み聞いていてもおかしくない。

「ま、まあ、鍾乳洞のダンジョンをクリアした時以来の付き合いですかねえ」

「そうなんだ。…………若者の付き合いにあんまい口は出したくないんだけど、気を付けた方がいいよ。ほ、ほら、綺麗な花には棘があるって言うだろ?」

「………………」

 どうやら、俺がセティスの正体を知らないと思って遠回しに忠告してくれているようだった。

 体力と欠損部位の回復を終えると俺は両足でしっかりと立ち上がる。ぶっ飛んだり壁を走ったりしてたせいで、地に足がつくこの感覚は非常に安心できる。

「それと、これも渡しておく。たしか、ユンクティオっていう名前のギルドのリーダーから」

 そう言われて槍の束を渡されてしまった。ミノルさんからなのだろうが、こんな量産品をどうしろと? 投げろと? アスモデウスにブッ刺せと?

 多分、エリザやヘキサの入れ知恵だな。別にいいけどな。元々、アスモデウスにちょっかい掛けようと思っていたし。

「はぁ…………じゃあ、行ってきまーす」


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