6-9
大砲、にして大きすぎる岩の砲弾を柱から跳んで回避して、羊頭の頭上を飛び越えてアスモデウスの背中に着地する。
片手剣を腰の収納スロットから出し、剣先を足場としているアスモデウスの背に当てながら背筋に沿って走る。
文字通り、刃が立たなかった。
「うおっ!?」
足下から石の杭がいくつも生えて襲ってくる。岩でできている事から予想していたから回避出来たが、これは厄介だ。
次々と生えてくる杭から逃げながら、地面に棒で落書きするように剣を当てつつ走っていると進行予定上に突如として、先端をこっちに向けた杭が生えてきた。
待ち伏せる槍衾。勢いを止めれば足下からの杭に貫かれる。まるで人間を相手にしているような知能は本当に油断ができない。モブ程度のモンスターならパターン化しているが、ボスクラスの魔族、特に魔王となれば人間と同等の知能があると想定しなければならない。
片手剣を捨てて代わりに棍を取り出し、端の方を持って反対側の先端を槍衾もとい杭衾の隙間へ押し当てるように突く。
スキルを使用した訳でもないので、当たったところで砕ける筈もない。まあ、別に攻撃した訳じゃないので別にいいのだが。
先端を杭の根本に引っかけて、俺は棒高跳びのように杭衾を飛び越える。武器である棍は本物の棒高跳びの棒と違ってあんな柔軟に曲がったりはしないが、目の前の危機から救う程度の高さまで跳ぶことが出来た。
アスモデウスの後ろ、大広間の出入り口にあった半壊したアーチに手を伸ばして掴まろうとしたところで、アスモデウスの尾が襲いかかってくる。
俺を丸飲みにでもするつもりか、蛇の口が開いたままだ。
空中で体を捻り、左に回転しながら収納ベルトから武器を取り出す。
回転の勢いを乗せて、まずは左手で投げナイフを<同時投げ>で三本同時に投げる。あっさりと岩の肌に跳ね返されてしまった。
回転の勢いを弱めず、逆に勢いに乗って右手で槍を投げる。ダメージは与えられたが突き刺さらずに跳ね返っていく。
蛇の勢いは止まらず、眼前近くにまで迫る。
俺は蛇に背中を見せながら、二本目の槍を左手で収納スロットから抜き出して宙に放る。
足裏の腹で槍の石突部分を踏んで回し蹴りの要領で押し込むと同時に投擲スキルを発動。<パワースローイング>によって放たれた槍は空気を切り裂き凄まじい勢いで直進して蛇の目に突き刺さった。
痛みはないようだが、怯んだのか衝撃なのか、ともかくこっちへ向かっていた軌道がズレる。結果、蛇の体当たりは俺を素通りして壁にぶつかった。
その隙に着地予定だったアーチに掴まり、壁に足を引っかけて大広間を見下ろす。
『空中で三連続投げた上に足で投擲スキルとかおかしいですよ。投げてないじゃないですか。蹴ってるじゃないですか』
エリザが<壁走り>でアスモデウスの傍にある柱を登りながらエリアのボイスチャットでぶつくさ文句を言っていた。彼女は柱からジャンプするとアスモデウスの牛頭の横っ面に棍スキルで振り回してぶつける。打撃系の武器のせいかダメージはあったようだ。俺の投げた槍よりは低いけど。
『投擲スキルに負けちゃいましたよ!?』
『通常攻撃ではノーダメージだったのに、投擲スキルでダメージ与えられるとか熟練度の振り方絶対間違ってますね』
『こいつ、開拓隊時代から武器とか投げまくってたからな。熟練度高いんだろう』
『相変わらず手癖悪いよな。しかも足癖まで悪くなって』
『え? 女癖が悪い? オレの女の子に手ェ出したら刻むぞ古株ッ!』
『ミーシャさんはとりあえずテキトーに暴れててください』
誰も彼も(主にユンクティオのメンバー)がエリアチャットでウザかった。キーボードから入力ではなくボイスチャットなので即座に反応してくるところが特に。
足での投擲スキルは試しに練習したら出来るようになったんだよ。それに、韋駄天の腕輪のおかげで前にやった時よりも動きが速くなって楽に出来た。
広間を見渡してみると、どうやら俺以外にもはしっこい奴が柱を頼りにアスモデウスに跳びかかっているようだ。
その中にはモモの姿もあった。彼女のペットである虎がアスモデウスの腹に噛みつき、その上から槍で攻撃している。だが、やはり熟練度とステータスが足りてなくてダメージは微々たるものだった。あの馬鹿、金持ってるんだから既製品でももっと良い物買ってやればいいのに。
「――っと」
槍を突き刺したままの岩蛇が再び襲ってきたので回避して、アイススネイクを使い柱へと移動する。先端に引っ掛ける反しが付いているから登ったりするのに結構便利だ。あの守銭奴も偶には役立つ物を売ってくる。
周囲を飛び回るのが鬱陶しいのか、アスモデウスが体の向きをこちらに向ける。
――が、その動きを予想していたように振り向く方向から風の塊が八つ、羊頭へと叩き込まれ、片方の角が崩れ落ちた。
今のはエアショットの魔法だが、まったく同時に八発も放たれていた。それだけの数の魔術師がタイミングを合わせたのかと疑問に思って発射された方向に視線を向けてみると、そこにいた魔術師は一人だけ。しかも、ボスから近い。
「セティス…………」
彼女は歩きながら魔法の詠唱を開始する。
極端に速度は落ちるがある程度熟練度があれば歩きながらでも低級の魔法を唱える事は可能だ。だが、一度走ると魔法は中断される上にゆっくり歩く姿は的でしかない。
現に羊の口から石弾がセティス向けて放たれる。同時に牛頭が首を捻って俺に向け石弾を撃ってきた。
柱から柱、時には床に降りて避けながら再びセティスに視線を向ければ、彼女は歩きながら石弾を避けていた。
「………………」
並ぶいくつもの柱を遮蔽物にして、歩くスピードに緩急を付けて狙いを外させ、後ろに次々と柱が折れ落ちる中決して走りにいかない歩行で詠唱を続ける。肝が太過ぎる。
そして、エアショットの魔法よりも長い詠唱を唱えたセティスの周囲に八つの風の塊、エアショットの弾丸が作られる。あいつ、アールみたいに魔法の設定イジりやがったな。
セティスは四つずつ風の弾丸を撃ち、それぞれ羊の頭と右脚の間接に命中する。他の魔術師が使うハリケーンよりも威力は格段に落ちるが、それでも狙った場所に当てれる分効率は良さそうだった。
魔法が直撃して表層が崩れた右脚――そこに向かってミノルさんとクウガがそれぞれの武器を振り上げ、左右からスキルを使用して袈裟と逆袈裟に振り下ろす。
大剣、槌と大型武器故に攻撃速度は遅いが高い威力を持つ武器のスキルによって大ダメージを受けたアスモデウスの右前脚が肘から砕けた。
支えの一つを失ったアスモデウスの体が倒れそうになるが、残った脚で踏み止まった。
「よし、脚を破壊した! この調子で他の部位も破壊するんだ!」
アレスが戦い続けのPL達を鼓舞するように剣でアスモデウスを示す。
大型のモンスターを倒す時は相手の手足を集中的に狙い、相手の攻撃手段と動き封じていきながら倒すのがセオリーだ。
弱みを見せた魔王にPL達が一時盛り上がりを見せる。
だが、さすがに魔王戦ではそう簡単にいかせてくれないようだった。
「そんな…………」
柱下にいたPLのそんな呟きが聞こえた。
右脚の破損口から、欠損を埋めるように土が大量に流れ落ちて瞬時に圧縮して岩となり、脚を再生させていた。
「再生能力持ちかよっ」
「こんなの、どうやって倒せって言うんだ」
再生している間、アスモデウスは動きを止めていた。絶好の機会だと云うのに攻撃しようとするPLはいない。
人型だった第一形態との戦闘から既に二時間は経っている。精神的な負担に追い打ちをかけるようなアスモデウスの再生能力を目のあたりにして、明らかに気力が落ちている。
――これは失敗か。
城のマップを頭の片隅に思い浮かべて逃走経路を模索しつつ、後一つしか無い爆破薬をアイテムボックスから取り出す。
アスモデウスの正面に爆発が起きた。
………………いや、俺じゃねえし。
視界の隅にある自基礎ステータスの魔力バーが大量に減っているのを認識しつつ、アスモデウスの足下を見ると、うちのメイドロボがスッキリしたような顔で立っていた。その腕からは熱を排出しているのか煙が出ている。
好きにしろとは言ったが…………うん、もういいや。
「――っ!? みんな、よく見ろ! 体は再生しても体力バーは減ったままだ! 攻撃を続ければいずれ倒せる!」
大広間に轟いたマナキャノンの音を目覚ましに、最初に動きを見せたのは<オリンポス騎士団>副団長である優等生だった。
あいつが言うように体は再生していても、<情報解析>で見ることのできるアスモデウスの体力バーは回復していない。
――よしそれなら、とPL達に再び気力が戻り、再生を終えたアスモデウスへと向かっていく。さすが本物の優等生様。電脳世界でも真面目な意味で人を煽ったりするのが上手い。
なんて、素直に感心しているとアスモデウスが身を低くして体を竦ませていた。
怯えているようにも見えるが、まるで力を溜めている姿勢とも見る事が出来た。
勘の鋭い奴がアスモデウスの様子に気づいて声を上げて急停止する。第二形態のアスモデウスの能力は未知。せっかく上がった士気の出鼻を挫くようなかたちになったが、危険を冒して不用意にやられるよりは良いという判断だろう。
アスモデウスが顔を上げ、前脚と背筋を伸ばして雄叫びを上げながら体に溜めた力を解放する。
直後、世界が揺れた。
「うおおおおっ!?」
「きゃああっ!?」
「じ、地震を起こしたのか!」
「おい、柱から離れろ!」
落ち着いているのは見事に(外見が)日本人のPLばかりだった。
大広間全体を激しく揺さぶる地震のせいで天井や壁の一部が崩れ始めた。林のように並ぶ柱も同じで次々と倒れていく。
「崩れるぞ! 皆、退避するんだ!」
アレスの声の元、PL達は慌てて揺れに苦戦しながら大広間の出口へ向かって走る。
「チッ、こっちもヤバいか!」
アスモデウスの中心にして本格的な崩壊が始まった。支えが一瞬にして全て消失してしまったかのように、ありとあらゆる物が崩れ落ちる。
「こっちに!」
床もまた崩壊して落下し始めた直前に周囲を確認する。後方でヘキサがPL達を集め、魔法による球状の膜を張っていたが、ここからでは向こうへ行くにしても間に合わない。
床と共に階下へと落ちる中で俺は自力で身を守る事を選択。落下する床から同じく落下する柱の一部へと跳び移る。動画ゲームによくあるコマンド入力でスーパーアクションするのとは訳の違ってマジで肝が冷える。
エノクオンラインでフィールドを歩き回り、今まで崖から落ちたり滝に流されたり垂直な壁を登ったりしたが、頭上から降る瓦礫に飛び乗りながら登るのは初めてかもしれない。多分、きっと。
城を構成していた材質が全て石なせいか降り落ちてくる小さな欠片に当たっただけでもダメージを食らうが、幸い大きな破片には当たらずに済む。こっちは跳び移るので精一杯なので、そんな細かいのまで避けていられない。
何とか足場となる瓦礫が全て落下し終わる前に、崩れていない上の階の壁に張り付く。足一つ分の床が壁際に残っていたのでそこに片足を置き、もう片方は壁の僅かな突起に引っかける。
自分の安全が確保できたので、崩れ落ちた大広間を見下ろすと、大広間があったと思われる場所から二階分下に瓦礫の山が出来ていた。あそこまで崩れていたのか。
みんなの姿を探すと、大広間の出口前で固まったPL達は瓦礫の上にいた。
ヘキサが張ったバリアみたいな魔法によって、落下したものの難を逃れたようだ。その中には見知った顔が多くいた。
だが、俺と同様にアスモデウスの周りを飛び跳ねたり、他人を庇って先に行かせていた連中がいた筈だ。彼らはどうなったのかと探して見ると、俺と同じように逃れて壁際の僅かな足場に避難したPLの姿を僅か数人発見できた。だとすると残りは逃げきれず埋まったか。
「こっちだ! 誰か手を貸してくれ!」
「急げ! 魔王が出てくる前に引き上げるんだ!」
無事だったPL達が瓦礫の掘り起こし始めた。
どうやらPT登録していた仲間が助けようとしているらしい。フレンド登録で居場所も分かっているだろうから、向こうは大丈夫だろう。
残る問題は――
「――っぶね!」
階下の瓦礫の山から岩の砲弾が飛来した。自然回復で回復したスタミナを消費させて俺はそれを<壁走り>で避ける。
この部屋本来の入り口向かって壁を走り続けながら砲弾が飛んできた方向を見下ろすと、山となった瓦礫を掻き分けてアスモデウスが現れた。自分から地震を起こした癖に埋まるとか馬鹿じゃないのか?
そんな心の声が聞こえた訳じゃないだろうが、アスモデウスは壁に爪を引っかけて俺のいる場所向かって登り始めた。その間、当然奴の口から岩の塊が発射される。
「お前、ホント根に持つタイプだな!」
大鍾乳洞で寝ているところを起こしたのは一体何ヶ月前だと思っている。ここまで来ると寝起きが悪いとか通り越してしつこ過ぎる。
羊と牛の口から発射される岩弾を避けるかたちで壁を走る。途中で尻尾の蛇が岩の体を伸ばして襲ってくるが、入り口向かって大きく跳ぶことで回避する。
「いってェ! ああ、クソッ!」
そのまま通路へと着地するが、勢いが強すぎたのか体勢を崩して通路の壁に頭をぶつけてしまう。しかも痛がってる暇はなく、アスモデウスが昇ってきた。
通路に対してサイズが大きすぎる岩の体を無理矢理突っ込んで来て、壁や天井に亀裂が入る。
ムカつくので最後の爆破薬を投げつけると同時に通路の奥へと走る。
背後から爆音と爆風、そして獣の雄叫びが聞こえた。
おっかなくて後ろを振り向く気にもなれず、通路を走り続けると、エリアチャットのウィンドウが表示されて声が耳に届く。
『クゥ、そのまま城の外縁部に行って逃げ続けろ。外から魔法が届くか分からないが、サポートできるかもしれない』
「お前誰ー?」
『………………』
無言なのに怒気が凄い伝わってきた。
「いや、そんな怒るなよ。冗談だから」
ボイスチャットで指示してきたのは優等生だった。
『…………俺達は埋まってしまった仲間達を助けてから一度外に出る。あの様子だと、おそらくフィールドに出てもボスは追ってくるだろうから、こちらの体勢が整うまで時間稼ぎを頼む』
「えー」
そんな面倒な事押しつけられそうな気はしてたが、改めて口にして言われると途端にやる気が削がれる。まあ、削がれたとしてもアスモデウスが俺を追いかけてきている事には変わりないので結果的には同じだった。
『前々からやっていたから大丈夫だろ。あっ、ミーシャ発見! ここに頭から埋もれてるぞ! 頭かくして胸――じゃなくて尻隠さず状態だ!』
『黙ってれば美人でグラマーなのになあ。黙ってれば…………』
『誰でもいいので引っこ抜いて下さい。私はパス一。今なら救助活動の名目で胸、腰、尻、太股を触っても許されますよ。頑張れ男ど――え? 嫌? はあ、そうですか。それよりも一人でひーこら言いながら囮やってるクゥさんの応援をしましょう。はい、せーっの!』
『死んだ?』
『えーっと、モモさんでしたっけ? そんな決定事項みたいに言ったら駄目ですよー。それにクゥさん、追いかけられるのは慣れてるので大丈夫でしょう。…………ほんと、よく今まで生きてましたね』
『我が主ながら台所の黒い害虫かプラナリア並のしぶとさだと呆れます』
『あ、あのっ、クゥさん! みんな応援してますから! これでも!』
『アヤネのフォローが入ったところで全員作業を急いで!』
ミサトさんの声に――へ~い、という声が重なってエリアチャットが静かになった。優等生もいつの間にか離脱してるし。
相変わらずだなあ、とか思う暇もなく後ろから岩弾が飛んできて頭のすぐ横を掠めていった。
「………………」
生きて逃げ延びたなら、あいつらにアスモデウスのターゲットを擦り付けてやろう。




