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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第六章
60/122

6-7


「どけ、モモ!」

 言うと同時、ポーチに手を突っ込んでアイテムボックスから爆破薬を取り出し魔法陣めがけ投げる。

 俺の言葉を受けてモモは虎の首に掴まってすぐにそこから離れた。

 直後に魔法陣の中央に転がる三つの爆破薬が爆発を起こして粉塵を巻き起こす。

「ウィンドカッター!」

「エアショット!」

 ヘキサの魔法に続いて、俺も即座に放てる魔法を撃つ。

 刃状となった風と弾丸となった空気の固まりが粉塵を吹き飛ばしながら召喚されたモンスターを切り裂き、貫いていく。

 それでも、さすがに魔王城にいるモンスターだけあって大部分が生き延びているようだ。粉塵の中から多くのモンスターが飛び出し、玉座の間に向かって走り出した。

「チィ――」

 PL達が慌てて追いかけようとする中で俺は一足早く駆け出す。

「魔法陣は壊れたのでこれ以上出てきません。モンスターを止める事に集中して下さい!」

 後ろに聞こえるヘキサの言葉どおり、モンスターがこれ以上出てくる様子はない。

 薄くなった粉塵を突破した先、いきなり岩が頭上から落ちてきた。ゴーレムの拳だ。

 咄嗟に床に倒れるようして身を低くし攻撃を潜り、ゴーレムの股下に滑り込んで素通りする。前転して足でしっかり床を踏みしめ、走りを再開させる。

 ゴーレムは後から来るPLに任せるとして、正面を見ればモンスター達がこっちを見向きもせずに一直線に走っていた。

 これがあるからザコ戦でも油断できない。

 足は遅いが頑丈なゴーレムを足止めに、後ろのPLなど無視して魔王の応援に駆けつけようとするモンスター達。PLが小狡い事をすれば、あいつらも学習してこんな手を打ってくる。

 走りながら魔法は唱えられない。投げナイフで足を止めるにも限界があるし投げてる間はこっちの足が遅くなって他のモンスターと距離が開く。つーか数が多すぎる。お前らそんなに暇なのかよ他に予定ないのかアスモデウスのファンなのかそうなのかあの褐色巨乳にやられたのかボケ。

 エロと忠誠心は同一のものなのか僅かに思考がズレ始めた時、モンスター達がヒャッハーと向かう先、玉座の間の門前で槍持ったメイドロボと目が合った。

「………………」

 何が起こるか分からない魔王城で大きな負担は嫌なのだが、仕方ない。このままモンスターが雪崩れ込んでアヤネの歌を中断させる訳にも、命がけで戦っている攻略組を後ろから襲わせる訳にもいかない。

「――ぶっ放せ、シズネ!」

 命令を下すと、魔導人形シズネは槍を持っていない方の手を迫り来るモンスター達に向けた。すると、彼女の腕を中心に、魔術師が魔法を放つときに足下や発射地点として浮かび上がる魔法陣に似た幾何学的模様のある六角形の陣が出現する。

 光を発する陣はシズネの腕に沿って幾つも、まるで砲を形造るように浮かび上がる。そして手首にまで展開すると、今度は腕の方に変化が起きる。

 手首から先が前にスライドした。腕内部から伸びた二つのアーム部分で手首と繋がっており、手はアームの関節部分によって下を向いている。

 手首から先のスペースが確保できると、二つのアームに挟まれた形で黒い筒が手の代わりにスライドして出てくる。

 あー、ラシエムの港街での領主暗殺(?)の時が思い出される。

 あの時は機関銃だったけど、今では――

「マナキャノン、発射」

 静かに発せられた声と共に六角形の陣が強い光を発し、同時に俺の魔力バーが一気に三分の一以下まで減る。

 手首の筒から爆発が発射された。

 大砲のように砲弾が発射されるのではなく、指向性のある爆発が筒から噴出した感じだ。しかも発射された爆発は内に恐縮させたエネルギーを解放するようその爆発の範囲を広げていく。

 基礎ステータスの一つにキャラクター作成時に決定する血脈という項目があり、精霊の血、亜人の血などの種類がある。モモが獣人化のスキルを覚えて獣耳や尻尾を生やしミーシャに追われ――ではなく、筋力や敏捷などのステータスが上がったのもその恩恵だ。種族固有のスキルと考えれば分かりやすい。

 使い魔扱いのシズネは血脈なんてステータスなんてないが代わりに種族という項目があり、そこに魔導人形と表記されており、同時に熟練度のバーもあった。

 要は、シズネはPLが使用できない魔導人形固有のスキルが使用可能なのだ。

 あの大砲がその一つ。主人おれの魔力を大量に消費(シズネは俺の魔力で動いている設定なので仕方ない)して発射される攻撃スキルだ。

 領主に改造されていた時の両腕は外付けのようなもので、あれが本来のシズネの機能だとどこぞのロボ店員が言っていた。前より物騒な気がするのは気のせいか?

 まるで押し寄せる波の如くの爆発に巻き込まれたモンスター達は俺が最初に投げた爆破薬によるダメージもあったのか、大半が青い粒子と化して爆風にかき消される。

 生き残った奴もいるが、ほとんど虫の息だ。

 爆風に煽られたことで動きを止めた生き残りに追いつき、その背中に向けて斧を叩き込んでトドメを刺す。

「あっぶね…………」

 モンスター達は玉座の間手前、アヤネ達のすぐ前まで迫っていた。シズネの範囲攻撃が無ければどうなってたか。

「クゥさん、凄いスキル持ってるじゃないですか」

「俺じゃなくてシズネがな」

 シズネと共にアヤネを守っていたエリザの言葉を受け流しつつ、ざっと倒れて消えていくモンスター達を見回す。さっきのラミアのようにモンスター召喚トラップなんて物がまたあったりしたら面倒だ。

 幸いにも召喚されたモンスター達はドロップ品を残していくだけでトラップなどは発動しなかった。

 エリザが――シズネさんがこんなに強いならクゥさんいらない子なんじゃ、とか言ってきたが無視し、危険がないようなのでアイテム回収に精を出すことにする。大部分はシズネが倒した、つまり俺の手柄なので結構な稼ぎだ。

「ん?」

 周辺が妙に静かになっている事に気がついて足を止める。

 アヤネの歌が、玉座の間から聞こえた戦闘音が、一切聞こえて来なくなっていた。

 振り返ってアヤネを見る。彼女と、後方支援の魔術師達の意識が玉座の間の方に注視していた。

 玉座の間の中へ視線を移すと、ボス戦担当のPL達の誰も彼もが動きを止めていた。

 そして、その奥にはアスモデウスの姿がある。

 <情報解析>のスキルで視界内に表示されるアスモデウスの体力バーはゼロになっていた。だが、消滅エフェクトの青い粒子が散る様子がなく、微動だにせず動かないのはおかしい。

 アスモデウスの体はその艶やかな肢体を隠すように土が大量に纏わりついていた。いや、土が付着しているのではなく、アスモデウスの体から土が流れ落ちているのだ。

 砂状だった土はその場で圧縮されるように固まりとなり、硬質化していき石となる。

「まさか、第二形態…………」

 背後でエリザが呟いた。

 予想されていた事ではあるが、魔王にはボスキャラの定番の一つである第二形態があったという事だ。

「うおおおぉぉっ!」

 変身途中のアスモデウスの向け、クウガが横合いから大鎚による一撃を与えた。スキルを使用した大振りな強力無比な攻撃。

 だが、鉄槌はボスに触れる前に見えない壁によって弾き返されてしまう。

「ああっ、クソッ、やっぱ変身中の攻撃はマナー違反か!」

 岩を生やし続けるアスモデウスの体積が見るからに大きくなり、まるで彼女の方が膨張する土に呑まれているようになる。その大きさは玉座の間の半分を占領しそうになるほどだ。

「ヤバい――逃げろ!」

 俺は身を翻し、玉座の間から少しでも離れる為に駆け出す。

「あわわっ、待ってくださいよ~!」

 後ろからアヤネとシズネ、エリザが続いて走り出す。

「総員退避ッ!」

「一旦離れよう!」

 背中越しに<オリンポス騎士団>の団長と優等生の声が聞こえ、ドタバタと足音が重なって聞こえてきた。

 直後、獣の咆哮が圧となって轟いた。

 総毛立つような感覚と空気の震え、天井から埃が落ちてくる。そして続くは壁が壊れるような轟音だ。

「うおーーっ、コエェーーッ!」

 何かが床を激しく鳴らしながらこちらを追いかけてくる音が聞こえ、逃げ出したPLが何人か走りながら叫ぶ。

「後ろ振り返りたくない…………」

「クゥ、俺達の代わりに振り返って見てくれ!」

「嫌じゃボケッ! 前の奴に頼め!」

 クウガとトルジの頼みを断る。こっちだって逃げてる最中なのだから後ろを振り返る余裕なんてない。

 そんなに姿を確認したいのなら、通路の中央にはヘキサをはじめとした控えのPL達がいるのだ。彼、彼女らに教えてもらえばいい。

 向こうだってこっちの状況には気づいて――

「はい、皆さんご一緒に。回れ右して後ろに前進!」

 俺達の背後の天井近い所を――つまりかなりデカい――見上げたヘキサが音頭を取ると全員が一斉に逃げ出した。

 おいコラ。あー、くそ…………見たくないけどしょうがない。

 走りながら首だけ動かして後ろを見る。

 デッカい、デカい怪獣が床を粉砕しながらまっしぐらに追いかけて来ていた。

 巨大な岩を繋げて削ったような体は四本足の獣、尾が蛇、牛と羊の双頭だった。そして首もとには体を埋め込ませたアスモデウスの姿がある。

「おいクウガ。褐色巨乳が裸だ」

「なにィ!? ――って、おわっ!? 石化の魔眼喰らった危ねえ!」

 煩悩に忠実だと身を滅ぼす例を体で実践してくれたクウガだった。幸い、対石化対策は万全なのでレジストは成功していた。

「クゥ! 石化したらどうするつもりだったんだよ!?」

 クウガが文句言ってくるが、どのみちアスモデウスの魔眼は視界内総てが石化対象なので目を合わせるとか関係ない。

「フザケるのも大概にしろ、クゥ。どうしてお前は緊張感というものを…………」

 しかも何か優等生が絡んで来るんだが。ていうか何で俺だけ。

 説教無視して前に向き直る。足の遅いヘキサが先頭集団から引き離されつつあった。

「おい、コラテメー、ヘキサ! 逃げずに戦え。せめて魔法撃って援護しろよ!」

「無理です。逃げ場ない場所で魔法なんて撃ったら硬直で踏み潰されます。なので私はウェイします。あっ、モモさん相乗りいいですか? ――オッケー? イエス!」

「ヘキサさんズルい! 私も乗せて下さい! このままじゃ追いつかれて死んじゃう!」

「エリザはまだいいだろう。俺なんて全身鎧で重いのなんの。槌だって重いしよ! なあ、トルジ」

「――キャスト・オフ!」

 クウガが今尚続く日曜朝のノリで叫んで重装防具を脱ぎ捨てた。

「敏捷に影響の出る重装防具は脱ぎ捨てろ!」

 クウガの言葉にPL達が一瞬躊躇いを見せるが、やはり命には変えられない。次々と重装防具を脱ぎ捨てていく。アイテムを惜しんで死ぬような奴ははじめから魔王討伐なんて無理だからな。

 アイテムボックスに収納したとしても重量はあるので走行速度を落とす。こういうすぐ後ろにまで迫っている状況では思いっきりの良さが延命に繋がるのだ。

「うおぅ、おぅおぅ。せっかくのレアそうびが~~っ!」

「く、くそっ! この鎧を手に入れる為に何十時間もクエに張り込んだのに…………」

「俺なんて、俺なんて――コンチクショーーッ!」

「泣くな! 命有ってこそだ!」

 <オリンポス騎士団>のPLが咽び泣く中、団長のアレスが必死にみんなを慰める。ギルドリーダーも大変だなあ。対して<ユンクティオ>は、

「クゥなら分かるがアヤネちゃん足速え!」

「逃げ走るのは慣れてますから。それに、歌スキルはスタミナ消費なので必然的にゲージが伸びていくんです」

「それにアヤネ様はクゥ様の旅についていく猛者ですから」

「あっ、そうだシズネさん。さっきの、さっきの大砲ですよ! ここは一つあれでドーン、と!」

「クゥ様の魔力不足で撃てません。私はクゥ様の人形ですから」

「クゥ、この鬼畜がッ!」

「クゥさんの馬鹿!」

「なんでだよ!」

 相変わらずだなこのギルド。

「はいはいはい、喋ってないで走る走る! 追いつかれるぞ!」

 ミノルさんはまるで中学生の引率をしている教師のように俺達を急かした。

「ほら、もうすぐ出口だ!」

 ミノルさんが言う通り、大通路の終わりが近づいてきた。アーチからその先は通常の人間サイズの通路となっていて、アスモデウスの今の体格では入らない。

「…………なあ、あの程度の壁でアレが止まると思うか?」

「………………」

 俺の指摘に全員が沈黙する。

 通常のゲームだったらそこで止まって引き返したり、その場に止まり続けたりするかもしれないが、エノクオンラインではそう都合良くいかないだろう。

「――走れぇぇーーッ!」

 既に全員全速力で走っているのに走れと言われるのも妙な話だが、心境的には合っていた。

 全員がアーチに飛び込む。

 揺れと轟音が起き、半ば吹っ飛ばされるように通路の奥へと転がる。

 もうここで俺達のスタミナバーの限界近くなっているが、ろくに休んでいる暇はない。

「冗談だろ…………」

 誰かが呟いた矢先に天井の一部が瓦礫となって落ちた。

 アスモデウスの突進からは逃れたものの、予想通り完全には止まっていない。

 小さな穴蔵に逃げ込んだ獲物を掴もうとする肉食獣のように、アスモデウスが通路の向こうから壁に前足を叩きつけていた。

 最初の突進で既に壁には大きな亀裂が入り、一叩きで天井や壁が崩壊していく。

「歩きながらでいい、急いでスタミナを回復させるんだ!」

「大広間に連絡を!」

 アレスと優等生が指示を出し、PL達が立ち上がりながらスタミナを回復させるアイテムを使用する。

「殿は私がやろう」

「なら、こっちで体力の低い魔術師を誘導させますよ」

 ミノルさんとアレスが言葉を交わすとすぐに役割分担がされた。盾にもなる幅広な大剣を持つミノルさんを最後尾にして、前と後ろを<ユンクティオ>のメンバーが中心に担当し、真ん中には足が遅い魔術師達を<オリンポス騎士団>が守るという構図だ。

 ギルドリーダー同士が瞬時に決めた陣形だった事もあって誰も文句を言わずに、即座にその通りの行動を開始するあたりは組織行動に随分慣れているようだ。というか、現在進行形ですぐ後ろの壁を第二形態のアスモデウスが壊そうとしているのだから、グダグダ文句を言っている暇はないのだが。

「あっ、ミノルさん、ちょっと」

 走り出す直前に、俺は魔法媒体を地面に叩き割ってから彼の肩に手を置く。

「念の為、体力分けておきますから」

 エナジードレインで、俺の体力の五分の四を与える。丁度満タンだった体力バーが最高値を振り切って伸びていく。

「アールから聞いてたけど、そんな使い方もできたのか」

「パーティー組むことないから滅多に使わないですけどね」

 体力回復のアイテムは走りながらでも使えるが、殿をするミノルさんにはそんな暇はないだろう。

「――って、ヤバッ、もう来ますよ」

「ああ、ありがとう」

 礼を受け取り、俺は踵を返して走り出す。

 直後、二つに重なる雄叫びを上げながら壁を破壊してその巨体を乗り出してきた。


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