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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第六章
59/122

6-6


 サッカーボール大の丸い胴体に目玉と蝙蝠の羽、悪魔の尻尾を持ったイービルアイというモンスターを片手剣で真っ二つにする。口のないその体のどこから声が出ているのか、悲鳴を上げながら青い粒子となって消えた。

 その隙に残り二体の内の一匹が俺の頭上を通り過ぎて行った。狙いはまだターゲットにされている輸送隊のPLだろう。

 このイービルアイはステータスは低くて数匹でも俺一人で相手できる強さだが、厄介な事に石化能力を持っている。俺は耐えられるが、熟練度が総じて低い輸送隊のPLでは対石化の装飾品を装備していてもレジストは難しく最低でも部分石化は免れない可能性がある。

 一体目に続いて俺の頭上を通り過ぎようとしたイービルアイに向け片手剣を投げ当て、背中の腰からザリクの短剣を引き抜きながらこちらに背を向けるイービルアイに向けて投げる。

 疑似麻痺効果のある投擲スキルで投げた短剣はイービルアイの背中に深々と突き刺さり、僅かな硬直を与え、地属性に有利な風属性の武器だから大きなダメージを与える。

 動きが止まっている間に棍を取り出して床を蹴り、一気にイービルアイの背後まで跳躍。大型武器:棍による範囲攻撃スキルで横に一回転する。

 ナイフの刺さったイービルアイはもちろん、片手剣突き刺したまま移動していたモンスターも棍によって吹っ飛ぶ。

 着地した時には、二体目のイービルアイが体力バーをゼロにして消滅していた。

 俺は体を捻って棍を捨てながらアイススネイクで残るイービルアイを<拘束>する。鎖はモンスターに巻き付いた瞬間に凍り付いて相手に水属性の追加ダメージを与えるが、土に水は利き難い。

 アイススネイクを引っ張り、イービルアイを引き寄せながら、床に落ちているザリクの短剣を回収。勢いよくこっちに来るモンスターに向け、魔力を消費してザリクの短剣の効果を発動させながら目玉に突き刺してやる。

 カマイタチを発生させながら突き刺さったナイフによって切り刻まれたイービルアイはそのまま消滅した。

「他には…………いないな」

 廊下の奥に視線をやるが、スタミナの限界が来てゼェゼェ言ってるPL以外に動く気配はない。<気配察知>にも反応がないから、しばらくは大丈夫だろう。

「え~っと…………大丈夫ですか?」

 イービルアイが落としたアイテムを回収しつつ、輸送隊の二人に声をかける。

「す、すまん、助かった……」

「あ、ありがとう……」

 スタミナが尽きたせいで呼吸が荒くなっている。これはスタミナが自然回復するまでまともに喋れそうにないな。

「これ、スタミナが回復する飲み物ですから、どうぞ」

 アイテムボックスからスタミナ回復のジュースを取り出して二人に差し出す。二人――老齢に達している白髪の男とまだ二十代後半らしき若い男は礼を言うと一気に飲み干した。

「ぷはっ、あ~生き返る。あっ、自分は対サイバーテロ課のヤベっていうんだ。本当に助かったよ」

「クゥです。たまたまここを通っただけですよ。それに、別のモンスターだったら足止めも難しかったかもしれませんし」

 石化が厄介な事を除けば弱いイービルアイだから撃退できただけで、これがもしゴーレムとかバジリスクなら逆に俺がヤバかった。

「助けられた事には変わらんよ。儂はタムラっつう者だ」

 輸送隊は対サイバーテロ課の人達だ。つまり、この二人はキリタニさんの部下ということになる。だが、ヤベという若者はともかくこのタムラという老人が部下というのは違和感があった。

 年功序列とか今時化石モンだが、このタムラさんの場合見た目からして六十を過ぎている上、対サイバーテロ課という事はコンピュータなどそういう知識と技術を持っているという事になる。その手の職業は定年が四十という話を聞いた事もあるし、明らかに場違いな感じがする。むしろ、皺の深さと数に比例したかのような筋骨隆々な体格なせいで格闘ゲームのキャラの方が合っているような気がする。

「……スタミナがある程度回復できたなら行きましょう。またモンスターが襲ってくるかもしれませんし」

 <気配察知>で通路の奥からモンスターの反応が近くにある事を知り、とにかく二人を急かす。こっちに向かって来てる訳ではなく、ただ巡回しているだけのようだが、いつ気まぐれを起こすか分からない。俺一人なら簡単に逃げられるが、スタミナを回復させたとは云え二人にはキツいだろう。

 そういう訳で、二人を護衛するかたちで俺は通路の奥に進み始めた。


「じゃあ、タムラさんって本当は対サイバーテロ課の人じゃないんですか」

 二人を広間へと小走りで送り届けている間、軽く雑談してると案外あっさりと謎が解けた。共に併走するヤベさんが結構簡単にボロッたのだ。

「タムラさんは空手や柔道の有段者で、身内ケイサツだけじゃなくて自衛軍の格闘技教官もした事あるんだよ。かく言う自分も、こってりと絞られた」

「俺は、ただの腕っ節が自慢の時代遅れな交番だよ」

 タムラさんは交番勤務の警官で、定年退職間近にこのエノクオンラインの事件が起きた。居ても立ってもいられなくなった彼は空手の教え子であったキリタニさんに頼み込み、一緒に参加させて貰ったのだとか。

 それにしても、いくら師匠にあたる人の頼みだからといってキリタニさんがそれを了承するとは意外だった。コネとかそういうのに厳しそうなイメージがあったんだが。

「C言語とかならバリバリなんだがなぁ。さすがに今時のは簡単なスクリプトしか組めねえ」

「………………」

 少なくとも俺よりもずっとコンピュータ関連に強そうだった。

「どうせ退職しても暇なんだ。このゲームの中だと現実同様の動きができるっつー訳で加えてもらった訳だが、上手くいかねえもんだ」

 御歳六十のタムラさん。見た目の屈強さに反しない、多弁なヤベさんの話によれば百メートルを十秒で走って駅伝を毎年上位で完走しているスーバーGらしい。

 だが、ここはゲームの世界。例え百キロ超えたデブも敏捷のステータスが高ければカンフーアクション俳優並の動きをするし、細い女の腕が人間大の岩を軽々と持ち上げる。現実世界での肉体スペックなど意味はない。

「熟練度上げるまで、自分らには出来ることないんすよね」

 そして格闘技や武術の技量も多少優位性はあるが、それが目に見えて発揮されるのはある程度熟練度が上がってからだ。低いままだと、どんなに凄い技であろうと攻撃力は下がってしまう。

「お前さんらよりも若い子供が戦ってるのを見るとなあ…………。ほら、デカい虎に乗った娘がいただろう」

 間違いなくモモの事だろう。あいつは今回参加しているPLの中で一番年下だ。

 タムラさんの言いたい事は分かる。子供が戦っているのに年長である自分が荷運びにしか役に立っていないのが歯痒いのだろう。

 別に人間同士の戦争ではないし、見方によってはエノクオンラインの制作者達に強要されているようなものだが、誰かに命令されて戦っている訳ではない。

 だが、エノクオンラインではモンスターを討伐もしくは生産スキルで熟練度を上げ、何かしら戦いに関する技能を上げなければ生きていけない。

 魔族に率いられたモンスターが街に襲ってくることもあるのだ。それに外からの救助も各国の治安組織がログインしてきた事で期待できない事から、ただ待っているだけでは電脳世界からは脱出できないのは明白。

 それを頭で分かっているものの、子供を保護する立場の大人として割り切れない部分がタムラさんにはあるのだろう。

 子供が戦いに参加してはいけない理由は多くある。その中には単純な面で肉体的スペックがあるが、電脳世界では意味がない。責任能力に関してはこんな世界だから止む終えないで済んでしまう。多くの事がこの閉鎖世界故に仕方ないという理由で無視される。

 残るは道徳的な問題だが、社会性の生物である人間においてそれは尊重されるが場合によっては下に置かれてしまい、そうなるとそれは結局個人の主義主張の範囲でしかなくなる。

「難しいですね」

 そこまで考えてから考えるのが面倒になって思考を放棄した結果、そんないい加減な言葉が口から出てきた。

「ああ、ままならんもんだ」




 時折モンスターと遭遇しながらヤベさんとタムラさんを大広間に届け終えると、今度は大量の回復アイテムを持たされて玉座の間手前の通路で最終防衛線を張っているPL達に届けるという任を半ば無理矢理押しつけられた。

 一応、反抗の意を示して愚図ろうかと思ったが――

「モン娘、モン娘~――いたァッ!? ラミアちゃんはっけ~ん! 腰のくびれがエロくてオレの嗜虐心が火を噴くぜェ!」

「誰かミーシャ止めろ! さすがに可哀相だッ!」

「俺らじゃ無理」

「諦めんな、諦めんなよ! もっと頑張ろうぜ!」

「動く石像? 動く石像だとう? なんだその府抜けた上腕二等筋はッ! 肉体美を見せつけるのならせめて私ほどの――」

「戦闘中に服を脱ぐなこの裸族どもが! 射殺すわよ!」

 なんて感じで戦場に変態ほとんどがユンクティオのギルドメンバーがハッスル(しながら虐殺)していたので仕事という名の退避行動を選んだ。

 本当は輸送隊のヤベさん達がする仕事なのだが、思った以上にモンスターが散発的で、防衛には問題ないが移動するにあたって遭遇率が高いということだ。

 イービルアイにも必死扱いて逃げていた二人には、さすがにこれ以上は無理という判断がされて、逃げ足の早い俺が最終防衛線まで物資を運ぶことになった。

 申し訳なさそうにする二人からアイテムを受け取り、ボックスのスロットを一杯にし、重量も限界値ギリギリにして、えっちらおっちら城の奥に進むと妙にバカデカい通路に到着した。

 十人の人間が横に手を繋いでも両端には届かないほど幅のある、まるで巨人用の通路とも思えるその巨大な通路の真ん中に最終防衛隊兼対ボス戦交代要員がモンスター達と小競り合いしていた。

 広場ほどの激戦では無かったが、再出現したモンスター達が玉座の間に躍起になって行こうとしてPL達に阻まれている。

 PL達の中には大虎に跨って槍を振るモモの姿もあった。あいつは最初ボス攻略に参加したがっていたが、さすがに強いペットを持っていても本人のステータスがやや心許無いのは事実だ。せめて、もっと機動力を生かせる場所だったなら違っただろうが。

 ヤベさんやタムラさんを追いかけていたイービルアイはもちろんのこと、岩で出来たゴーレムや半人半蛇のラミア、獣人型のモンスターなどラインナップが豊富だ。

 戦いを繰り広げるPTの横を素通りし、後ろの方でひとかたまりになって座って休んでいるPL達の所に向かう。

「アイテム持ってきたぞー」

 声をかけて、押しつけられたアイテムを床に並べる。やっておいてなんだが、背後からPLの猿叫のような声とモンスターが聞こえる中で露店のようにアイテムを並べるのはシュールな光景だ。

 通路の奥、玉座の間の開かれた門の所にはアヤネが歌スキルを使用して歌い続けており、その傍でエリザとシズネが、その手前には魔術師らしいPLが数人、部屋の奥に向け魔法を散発的に放っていた。

 目を付けられないよう、PT登録していないPLに当たらないよう発射されていく風魔法が向かう玉座の間の中では、大広間とここの大通路とは比較にならないほどの死闘が悔い広げられていた。

 遠くの物が見える<鷹目>でも細部は分からないが、両腕に岩をつけたアスモデウスがまず目についた。

 大鍾乳洞でも見た、百足を模した岩の鞭を、それも両腕につけて振り回す様はまるで台風のように苛烈だ。床に振れれば大きく抉れ、PLに当たれば一撃で遠くに吹っ飛ばしてしまう。

 だが、鍾乳洞の時と違って今戦っているのはトップクラスのPL達。あれから時間も経って装備も熟練度も経験も充実している。

 あの時は一撃で即死していた攻撃を、PLは吹っ飛ばされながらも生き延び、回復魔法の支援を受けると果敢にもすぐさまアスモデウスへと向かっていく。中でも壁役となる盾持ちはその場で踏ん張り続けて魔王相手に真っ正面から対峙している。

「つーか、いつまでやってんだよ」

「九十分以上は経ってますね」

 俺の言葉に答えたのはヘキサだった。

「休憩か?」

「ええ、さっきまでバンバン撃ってましたけど今は休憩中です。まあ、ヒーリングサークルの再設置もあったんですけど」

 そう言ってヘキサが向けた視線の先にはアイテム整理しながら休んでいるPL達――の足下に広がる淡い緑の光を放つ円だ。 

 既存の魔法ではなく、ヘキサが創ったオリジナル魔法だ。

 この光る円の中にいると自然回復の速度が上昇する効果がある。前は体力や魔力、スタミナを直接回復させるものを創ったらしいが、試行錯誤の末に効果範囲と持続力が大きくなり、基礎ゲージが三つとも回復する自然回復速度上昇を選んだのだとか。

「グダグダじゃないか?」

 ボス戦のことだ。

「学習する高度なAIとかステータス差とか理由はありますけど、単純に頑丈なんですよ。ローテーション組んでいて良かったです。でないと集中力が保たずにやられていましたよ」

 エノクオンラインに肉体的疲労はアイテムで一瞬に回復させる事はできても精神的なものはさすがに回復しない。

「一番大変なのはアヤネさんですね。彼女、ずっと歌い続けですよ」

「本人がやると言ってるから別にいいだろ」

 ここにまで歌声が届き、支援効果を与えている。魔法による強化よりも効果は薄いが効果範囲が広く歌っている限り継続する歌スキルは確かにこんな長期戦に便利かもしれない。

 だが、実際に(声の善し悪し関係なく)歌うことで歌スキルは発動する。本当に喉が枯れることはないが、スタミナは消費するし歌い続けるのも精神がいる。

 小休止を挟んでいるだろうが、目の前で死闘が繰り広げられ、いつ矛先が向くか分からない場所で一時間半以上もあのままというのは相当な負担があるのは簡単に想像できる。

「大変だな」

「クゥさんはボス戦に参加しないんですか?」

「は? なんで?」

 どう考えても攻撃力が足りない。決してダメージを与える手段がないという訳じゃないが、ステータスや熟練度その他諸々が明らかに足りない。

「やる気ないですね」

「ああ」

「風魔法使えるでしょうに」

「あれにダメージ与えられる程の魔法は覚えてるけど熟練度足りなくて劣化する」

「ほー……ところで、スライムの使い魔作ったんですけど、要ります? お安くしときますよ」

 その話題転換は何なんだ?

「戦闘能力は皆無ですが、服だけ溶けます。ビバ、男の夢」

「量産して売るなよ?」

「そう言って止めない中庸なところが、ゴールドさんやアールに利用される要因の一つだと思います」

 うるせえよ。

 後ろの剣撃の音と前方の破壊音をBGMに馬鹿な会話を続けていると、視界の隅で何かが素早く動いていた。

 ラミアだ。

 半人半蛇のモンスターは俺達を避けるように床から壁、壁から床へと三角跳びで通り過ぎると、一直線に玉座の間へ向かっていく。

 休んでいたPL達が慌ててそれを追おうとする。だが、それよりも早く動くのがいた。

 俺とヘキサの頭上を軽々と飛び越え、黄と黒の斑模様をした獣が瞬く間にラミアへと追いついて前脚で押し倒した。

 倒す、というよりも潰すという表現でラミアを床に這い蹲らせた大型の虎の上から獣の耳と尻尾を生やした少女が飛び降りる。

 モモだ。手には長い槍が握られており、獣人化によってステータスを上げた彼女は落下の勢いを乗せてラミアの頭に突き刺した。

 それによって元々疲弊していたラミアはあっさりと体力バーをゼロにして青い粒子となって砕け散る。

「――っ、いけない!」

 それを見たヘキサが叫ぶ。

 本来、消滅する際のエフェクトは青い光に包まれ内側から爆発したように砕けて四散する。だが、今倒されたラミアは砕けるところまでは一緒だったが、その後は砂のように床へと崩れた。

 しかも、青く発光する砂塵は溝に沿って流れる水のように周囲へ広がっていく。

「トラップです! モンスター召喚の罠と同じ――」

 ヘキサが言うと同時、床に出来上がった魔法陣が強い光を発し、幾多のモンスターの影を構築し始めた。


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