6-5
突然の衝撃――。
屋根下から石飛礫が火山の噴火のように下から注いで、その衝撃によって俺達はダメージを受けるとともに宙へと吹っ飛ばされる。その刹那、崩れる屋根の下、玉座の間が見えた。
激しい戦闘が行われた証か、見える範囲の床には戦闘痕と言えるクレーターや裂傷がところかしこにあった。
視界の端にはPL達の頭が見え、彼らが向いている方向には地の魔王アスモデウスがこっちを見上げ睨んでいた。
「――ヤバッ!」
屋根を吹っ飛ばしたのはあいつだ。ラインがどうのとか言っていたからセティスのハッキングに気付いて攻撃してきたんだ。
「また貴様かッ!!」
怒声と共にアスモデウスの黄の瞳が琥珀色の輝きを放つ。
俺はその直前に空中でセティスを殴ってアスモデウスの視界の外へと逃がす。
アスモデウスの石化の魔眼は視界内の存在全てを石にする。俺は精神抵抗値が高いし底上げするアイテムと対石化用の指輪を持っているから平気だが、攻略組ではないセティスがどこまで耐性があるのか分からなかった。
石化攻撃を受けた警告とレジスト成功の結果が視界に隅に表示される中、衝撃で吹っ飛んでいる俺の視界から魔王の姿が見えなくなる。
危なかった。だが、安堵していられない。足場を失ったまま外へと弾き飛ばされたままなのだ。このまま落ちれば間違いなく死ぬ。
「ッツ…………エルバァ!」
俺の後ろでセティスが怒鳴りながら杖を構える。
エルバも俺達同様落下しているが、屋根の端にいたせいか派手に吹っ飛ばされずに済んでいる。それでもこのまま落ちれば落下ダメージで死ぬ可能性が高い。
セティスの声にエルバは振り向き、防御の姿勢を取る。直後、球体をした炎が彼に命中して爆発を起こした。
結果、エルバの体は爆発の衝撃で城の方へと吹っ飛ばされてテラスの上に転がり落ちる。
パーティー登録していなかった為、魔法ダメージを受けたであろうが、あのまま落下ダメージを受けるよりはマシだ。
エルバは受け身を取って起きあがるとすぐにロープを取り出してテラスから俺に向かって投げ落とす。
俺はロープへと右手を伸ばしながら、左手で腰の収納ベルトから鎖を取り出して後ろへ振り回す。
ラシエムの港町でヴェチュスター商会のロボ店員から半ば無理矢理買わされた中型武器:鞭に分類されるアイススネイクという名の鎖だ。
鎖はセティスの体に巻き付くと凍り付いて彼女の体を固定する。
「よし、後はロープさえ掴めれば――」
――伸ばした指がロープの先端を空ぶった。
「………………」
ロープの長さ的にチャンスはもう無く、どんどんと命綱が遠のいていく。
「え~と、ごめん?」
「死ねよ貴様」
セティスのファイヤーボールが下から俺を撃ち据えた。
背中(現実だったら脊髄粉砕コース)に火の玉が当たって爆発を起こす。エルバの時のように爆発の勢いで俺の体は僅かに浮き上がる。そして、ロープの端がまた目の前に。
「ッつぅ――掴んだ!」
今度こそしっかりと掴む。
ロープは張りを作り、振り子のようにエルバを支点として重しとなった俺とセティスを城の壁へと叩きつける。
一度壁に当たって跳ね、次に足裏を壁に向ける事で着地した俺は鎖と氷で固定したセティスを手元に引っ張って肩に担ぐ。その際に氷結ダメージを与えてしまう氷を解除して壁を歩く。
ロープは上からエルバが引っ張ってくれているので、俺はロープとセティスから手を離さないよう気をつければいい。
「死ぬかと思った」
「よくある」
「お前はそうでも俺はただの一般人なんですがねえ」
半世紀以上も戦争してない国で育った中流家庭出身の一般人が荒事に慣れていると思うなよ。
エルバに引っ張られる事でようやくテラスまで登り終えた俺は床に腰を落ち着かせる。
セティスは俺から跳び降りると何事もなくウィンドウを開いてブツブツと呟きだした。俺への感謝とエルバへの労いが一切ない。
まあ、お礼言われたところで困るんだが。
『クゥ様は何をやっておられるのですか』
ボイスチャットが立ち上がってシズネの声が届いた。ヴェチュスターの魔導人形同様にこいつも人のチャットに割り込んでくる。
『煙と某は高いところが好きと言いますが、クゥ様もとうとう』
とうとう、って何だよ。
「他の連中は気づいたか?」
シズネはアヤネと共にボス攻略組についていった。討伐時には玉座の間と廊下の境界線である門の場所にて歌スキルを使用するアヤネの護衛をする予定だったから、あの時の様子を見ていた筈だ。
『魔王が突然天井を攻撃した事に驚いてはいましたが、クゥ様の存在にはさすがに気づいていないようでした』
シズネは俺の現在位置がリアルタイムで分かるので、俺が屋根の上に登っていたのは分かっているだろう。問題は他の連中に気づかれてた場合だ。後で問い詰められると面倒だ。
『ただ、魔王が叫んでいたので誰かが上にいたと簡単に予想されるでしょうね』
そういえばあの女――また貴様か、とか言ってたな。ボスに顔覚えられてるって怖すぎる。
『その隙に集中砲火もとい竜巻を浴びていましたが』
よくやった攻略組。そのままボス倒せ。死んでも倒せ。
地の魔王アスモデウスはその称号のとおり地属性なので風属性に弱い。そして風属性を帯びた物理攻撃よりま魔法の方が利くのは<オリンポス騎士団>の下調べで判明している。
『それで、皆様が魔王討伐の為に命を懸けている最中でクゥ様は何をしているのですか?』
「世界の真理を求めて三千里」
『あーはいはい』
従者は主人の言葉を軽くあしらうと一方的にボイスチャットを切った。
「………………」
どうしてこう自分勝手であくの強い女が俺の周囲にはいるのだろうか。
「はぁ……。なあ、それで何か分か――」
ボイスチャットを切り、二重の意味でアクの強いセティスに声をかけた際に視界に入った彼女の横顔を見て思わず言葉を止める。
彼女はいくつもウィンドウを表示させたまま空を見上げていたが、その顔には不相応過ぎる強烈な目をしていた。
敵意か、それともそれが素なのか分からないが、ともかく凄まじいほどにおっかない目をしている。その眼力たるや、睨まれていない俺でもビビって体を硬直させるほどだ。
「…………おい、セティス」
おっかなかったが、この空気の中過ごしたくない。だから声をかけてみると、悪魔の目が空からこっちへと向いた。
「………………」
正直言って、すぐに逃げたくなった。
「――――フフッ」
一瞬か、数分か、時間にすれば長くはない。だが精神的に長い時間見つめられたような気分になっているとセティスは姫プレイしてる時の可憐な少女の顔で小さく笑みを漏らした。
「帰って詳しく検討してみないと分からないわ」
まるでスイッチを切り替えたかのような仮面の付け代え。不審よりも薄気味悪さが際だつ。
「驚かせてごめんね。とりあえず戻ろっか? ボスの攻略状況が気になるし、お兄さんに報酬も渡さないと」
目の前にいるのは花が咲くように朗らかな少女だ。
さっきの恐ろしい目を見た後だとこの違和感を感じさせない少女のフリがより違和感を俺に抱かせる。
不気味だ。得体の知れない未知のものと遭遇したような気分だ。
「とっておきの用意したんだから。友達に預かってもらってるから、一緒に取りに行きましょう」
そう言って、セティスは返事も聞かずにさっさとテラスから城の中へ入っていった。
「なんだあれ。テレビから女が出てくる昔のホラー映画の一歩手前だったぞ」
俺と一緒でテラスに残されたエルバに振り向きながらセティスが去って行った方向を指さす。
「怖いもの知らずだな、お前は」
いや、さっきからビビって鳥肌立ってるんだが?
「ああいう時のマステマはキレる一歩手前か爆笑するのを我慢しているかだな」
「えー」
前者はともかく後者の笑うのを我慢するって何よ。なんで笑うのにあんな物騒な目――いやたった今、蛇に睨まれた蛙状態のエリザを見下ろして高笑いするセティスの姿を容易に想像できてしまったから有りうると言えば有るのか。
「――っ!? な、なにやら悪寒がしました!」
「風邪ですか、エリザ様」
「いえ、疲労値はしっかり回復してきた筈なんですが」
「なら、誰かが噂しているのでは?」
「ただの噂でこんなコキュートスみたいな寒気はしないと思うんですが」
「例えでコキュートスが出てくるあたり、十代半ば特有の病気にかかっていますね。この戦いが終われば現実を見つめ直す事をオススメします」
「ゲームの世界に一年近くも閉じ込められれば比喩がそっちに傾くんですよ! 仕方ないじゃないですかうわーーっん!!」
「き、君達ー。口よりも手を動かしてくれないかなー?」
セティスがどうしてあのような態度を取ったのか分からないまま、俺は広い廊下を一人進んでいく。
セティスとエルバは二人の代わりに担当場所の防衛をしていたPTと合流した。そのPTはどうやら姫状態のセティスに騙されているPL達の集まりのようだった。
そんな頭の緩そうな連中の中で一人だけ女性PLがいた。その女はセティスを一目見るとエルバに目配せして、次に俺を見た。
その時点でその女がエルバと同じでマステマの部下なんだと分かった。
女は人の良さそうな微笑みを浮かべながら(間違いなく演技だ)、俺に装飾品を渡してきた。その際に――セティスのわがままに付き合ってくれてありがとう。あの子好奇心が旺盛で、とか全く持って身に覚えのない事を早口で言われまくった。多分、そういう設定で現場を抜け出したのだろう。どうでも良かったので適当に相槌を打っておいた。
ただ困ったのが、装飾品を渡してくる時に女は俺の手を両手で握った状態でアイテムを握らせた事だ。なんだか賄賂を受け取っている汚職警官みたいな気分になってしまった。
まあ、色々と釈然としない気分を味わったが、セティスからの頼みは達成したとしてレアアイテムを手に入れることができたので良しとしよう。セティスが何を知って何を思ったのか、多少の好奇心は沸いても特に聞き出そうとは思わない。
俺は薄暗い廊下を進みながら、右手の中指に装備していた指輪を外す。
装飾品はいくらでも付けられるが、装備されて効果を発揮されるのは装備スロットに登録した十個までで、それ以上はただのファッションになる。
俺は既に三つの収納ベルトで三つ、火属性専用の非消費型魔法媒体で松明代わりになる腕輪、通常の非消費型魔法媒体の指輪、精神抵抗値の上がる首飾り、ゴールドから支給された対石化用の指輪等々、既に十あるスロットは埋まっている。というか、埋まってない奴の方が珍しい。戦士タイプなら基本ステータスや魔法耐性を底上げし、魔術師タイプなら魔法媒体とかでスロットは埋まる。
俺はほんのちょっぴり俊敏のステータスが上がる指輪をアイテムボックスに仕舞って、代わりに貰ったばかりの腕輪、『韋駄天の腕輪』を装備する。アクションでの装備でも、装備ウィンドウをいちいち開かなくても自動的に空きスロットに登録される。
韋駄天の腕輪は俊敏のステータスを元の数値より三割増加させる効果がある。ドロップ品や店売りで一桁、錬金術のスキルで今現在作成できるもので最大二桁。他が雀の涙程度のステータスアップなのを考えれば破格の性能だ。さすがレア装備。凄いぞレア装備。
別にコレクター癖やレアという冠に執着するタイプではないが単純に性能がいいので有り難い。
『クゥ様』
ミノルさん達がいるであろう大広間へ戻っている最中、またシズネからボイスチャットがきた。
「お前暇なのか?」
『忙しいです。皆様、私経由でクゥ様のメッセージを送ってくるので。いい加減、友人を増やしたらどうですか?』
「考えとく。それで、何言われた?」
『輸送隊の方がモンスターに追われているそうです。どうやら、徘徊しているだけのモンスターに見つかってしまったそうで』
「ふーん…………で?」
『救助を』
「えー……いや、別にいいんだけどよ。どこにいんだよ?」
救助隊である対サイバーテロ課の人らとは当然フレンド登録していないので検索機能で分かる筈もない。誰かにナビしてもらわないと。
『そのまま立っていて下さい』
そこでシズネからの通信が切れた。その代わりに、廊下の奥からバタバタと二人分の足音が聞こえてくる。
振り向けば、ポーチよりも多くのスロットがあるアイテムボックスであるリュックを担いだ二人組の男がモンスターに追われているところだった。




