6-4
「突撃ィーーッ!!」
という号令と共に、PL達が渓谷を抜けてすぐある魔王城向かって走り出す。別にそんな走る必要は無い筈なんだが、やっぱり勢いが大事だからだろうか。それとも、団体行動だと誰かが――ヨーイ、ドンしないと一歩を踏み出せないからだろうか。実際、魔王の城の大きさにビビるからな。
地の魔王のいる城はなんと表現するべきか、一言で言ってしまえば山だ。山を削って作られた城、ではなくて初めから城として地面に生えてきたような山だった。
自分でも何言ってるかさっぱりだが、ともかくそう表現するのが妥当だと思う。
山というのは周囲より盛り上がった大地で、自然と傾斜した形になる。学校の地学の授業で確か、プレート移動によって山は形成されるらしいが、魔王の城はその形成中に城の形を取り、その後で石化したみたいな感じだ。上に行くほど角度が急になる傾斜となっているのは、自然は直線を作らない故なのか。
「私達も行こう」
先行する<オリンポス騎士団>に続いて、ミノルさん率いる<ユンクティオ>が前進する。城の門を守るモンスター達は<オリンポス騎士団>の一軍と二軍によってほぼ蹴散らされていた。
予定では、まず城内部に詳しい<オリンポス騎士団>の連中が道を切り開き、モンスターが再出現する前に二軍連中が防衛線を築く。後から他のギルドのPL達が続き、防衛線に止まるPTとボス攻略に玉座の間前の扉まで移動するPTに分かれる。
アイテムを運ぶ輸送隊の対サイバーテロ課の人達はボスとの戦闘が始まったら機を見て輸送を開始。ボス戦が始まったら城内のモンスターは玉座の間を目指し始めるし、各ポイントにはPL達もいるので、安全とは言えないが彼らの危険は減る。
「あ~あ、オレもボスと戦いたかったなァ。あのナイスバディな別嬪、生で見たかった」
「あんた二刀流だから相性悪いのよ」
露出凶の金髪女(ミーシャとか言う名前らしい)が歩きながらボヤき、それをミサトさんが窘めた。
地の魔王は頑丈な上に斬撃耐性が高い。殺るなら打撃属性の武器なのだが、ミーシャのような二刀流のスキルを使うPLの武器は斬撃主体の刀剣だ。中型武器:刀剣は最も種類の多い武器で、ポピュラーな物から癖のある剣、ネタ枠など幅広い。だが、手数の多い二刀流のスキルに合った物になると自然に斬撃属性の高い武器となる。
「ならトルジは~? ハンマー使いのクウガなら分かるけどよ、トルジだって剣じゃねェか」
「俺は盾持ちだし刺突属性の武器持ってるから」
「じゃあ、その武器寄越せコラ」
「お前に渡したらすぐ壊れる」
「そうだ。お前、しょっちゅう俺の作った武器壊してたじゃねえか」
「お前の腕がショボいからじゃボケェッ!」
「はいはい、喧嘩しない。とりあえず皆進もうか。置いていかれてしまうよ」
ミノルさんが手を叩いてメンバーの注目を集めて、城の中へと誘導する。
なにこの小学生の遠足。さしずめミノルさんとミサトさんは担任と副担任だろうか。
「あの二人見てると、こう……何でしょうか。何かの日本の子供番組を思い浮かべるんですけど、名前は何て言いましたっけ?」
俺が知るわけない。
「歌のおねーさんと体操のおにーさんだ」
現役お子様のモモが大虎の背の上で答えを言った。
「それだッ!」
「エリザさん、日本の番組なのに何で知ってるんですか?」
俺とアヤネ、シズネ、そしてモモ(+ペットの大虎)は付き合いの深い<ユンクティオ>と共に魔王城内部を進む事になっている。
先発のPL達が切り開き、ドロップアイテムが道標となった空白地帯を進んでいく。
城の内部は洞窟のように土と石で出来ていたが、さすがは魔王の住む城だけあって寂れたような感じは見せず、天井のアーチには細かい彫刻があったり石の調度品が置かれていたりと荘厳な雰囲気がある。
時折壁際に置かれている石像、まさか元PLじゃないだろうな?
「クゥ、ボーッとしてないで急ぐぞ」
「はいはい」
クウガに急かされて、鑑賞する暇も無く奥へ進んでいく。
途中で散発的にモンスターと遭遇したが、特に何事もなく最初の予定ポイントへとたどり着いた。
そこは城の中に入っておそらく一番大きな部屋で、灯りの乏しい室内では見えないほど天井が高く、その天井まで伸びていると思われる幾つもの石柱が規則正しく列となって並んでいる。
大広間には先行していた<オリンポス騎士団>の二軍連中がPTごとに分かれて陣地を築くように出口を塞いでいた。
<オリンポス騎士団>が調べた限りではこの大広間にモンスターの再出現ポイントがいくつか有り、他のポイントで出現するモンスターの多くがここを通る為、ここが防衛の中心となる。
他にも、大広間を中心としていくつかの部屋に間引き要因として規模の小さいギルドや即席PTが散らばる。何かあった際は大広間に逃げれるし、逆に大広間から救援に行ける。
「よし、ボス担当は集まったようだな」
<オリンポス騎士団>の団長アレスがボス戦に挑むPL達が全員いる事を確認する。<ユンクティオ>からはミノルさん、クウガ、トルジ、そしてヘキサを中心としたメンバーがボスに挑むようだった。
「あれ? お前もボス戦行くのか?」
その中にエリザの姿もいた。
「援護要因ですよ。昨日ご飯食べてる時に言ったじゃないですか。ほんと、人の話聞いてませんね」
「そんな事も言ってたか。お前がセティスにビビってたのは覚えてるんだが」
「うっ…………」
声を詰まらせると、エリザはPL達が集まっているある一角へ視線を向ける。その先には取り巻きの男連中に愛想を振りまくセティスの姿があった。
セティスもボス攻略に参加すると聞いたエリザのビビりようは面白かった。レーヴェやユリアの時ほど怯えてないようだが、やはり大鍾乳洞での一件で相当苦手になったようだ。
エリザの視線に気づいたのかセティスが振り返って微笑みを浮かべ、唇を小さく動かした。
「…………何て言ったんです?」
「解ってるだろうな、だってよ」
<読心術>で読んだ言葉を教えてやると、エリザの表情が固まり少しずつ移動してセティスの視界から逃れた。性根が小物だ。
「モンスターが復活する前に出発しよう」
メンバーが揃っているかの確認兼小休止後、アレスの号令でボス戦担当のPTらと玉座の間手前に防衛線を築くPTが共に大広間の巨大な門から出発する。
その直前にセティスの方をもう一度見てみると、大広間に繋がる再出現ポイントに近い別所へと移動するグループの一つに彼女がエルバと共について行こうとするのが見えた。
通路の奥へと消えようとしていたセティスは首だけで一度振り返って俺を見つめ返し、すぐに暗がりの向こうに消えていった。
「どうしたの?」
PL達がそれぞれ動き出す中、一人立ち止まってる俺を見てミサトさんが不審に思ったのか声をかけてきた。ミサトさんは大広間での指揮を任されている。
「俺、ここからは一人で行動させてもらうから」
「そうなの? てっきりアヤネと一緒かと思ったんだけど」
「いや、俺がボス戦行ったって意味ないですし」
「囮とか」
「いや、しないですから」
開拓隊時代に散々囮役をやったせいか、どうもそんなイメージを持たれている。
「エリザから、アスモデウスに相当睨まれてるって聞いてたから、つい」
「つい、って…………」
大鍾乳洞での事を言っているのだろうが、あんな石櫃の中で寝ている方が悪いと思う。
「それじゃあ、そういう訳なんで」
片手を上げる事で別れの挨拶とし、ミサトさん達に背を向けて攻略組が通った門とは別の道を進む。
「また女の子置き去りにしてどっか行ったりしないでよー」
背中にミサトさんのそんな言葉が届いた。前科があるので言われてもしょうがない。しかし、それでも引き止めないのは信用されているのか諦められているのか、微妙に判断に迷う。
大広間から離れて通路をしばらく歩いたところで、俺は歩きながらマップを表示させる。城内部のマップは事前に<オリンポス騎士団>によって各PL達へ配られている。
「えっと、確かここから遠回りできたよな」
ウィンドウ表示の平面なマップを立体表示に切り替え、出発直前にエルバ経由からセティスに指示された落ち合い場所のマーカーから俺の現在位置を指でなぞる。するとそこまでの最短ルートが線となって表示された。
「…………急ぐか」
そう距離は遠くないが、何度か道を曲がらなければならない為にモンスターと遭遇してしまう可能性が高い。魔王との戦いが始まれば城内の多くのモンスターはそっちに移動するが、そうでないモンスターだっている。
装飾品として装備した対石化用の指輪(これはゴールドからの援助品)を確認し、俺はセティスと合流する為に急いだ。
さて、ゲームの世界から脱出できるかどうかの第一歩としての戦いが始まろうとしているのに、それを差し置いて一体何をやらされるのか。
「――で、一体何してんだろうな、俺」
顔を正面に向けると渓谷全体を見渡せる絶景が広がっており、東を見れば不可侵エリアを示すように霧のような靄がかかっていた。周囲には何も障害物がないせいか、風は冷たいが穏やかで澄んだ空気を運んでくる。
なんとも眺めの良い場所だ。ここが魔王城の天辺でなければ、だが。
「よ――っと」
垂直な壁を登り、屋根の縁に指が触れたところで一息に体を持ち上げて屋根の上に腰を下ろす。疲れを吐き出すように息を吐き、縁から城を見下ろす。
我ながらよく登ったものだ。エノクオンラインは道なき道を行け、スキルによって現実じゃできないような動きが出来る。今まで山のフィールドで道を無視して歩き続けた俺だが、ガラスのように滑らかな石の壁のせいで何度か落ちかけて死にかけた。こんな所から落ちたら落下ダメージだけで体力バーが尽きる。
下の、出発点となったテラスには小と大の人影があり、こっちを見上げて何か言っているようだった。
「はいはい」
体を起こして、俺はアイテムボックスからロープ(継ぎ足してあるので相当長い)を取り出す。声は聞こえないが、おそらく――急げ愚図、とか言われてるんだろうな。
ロープを傾斜した屋根の中心にある一番尖ってる部分に巻き付けて固く結ぶ。そして、ロープの束を下へ落とす。
円を描くよう束になっていたロープは解けながらセティス達のいるテラスへと落ちた。
二人がロープを伝って登ってくる間、俺はスタミナを回復させる為にアイテムボックスからスタミナ回復ドリンクを取り出して飲む。
城の渡り廊下でセティスと合流したのだが、あの女未だに目的を言ってない挙げ句にテラスに連れて来られたかと思えば、ここを登れと命令してきた。やってらんねー。
エルバの腕力で真上に放り投げられ、その上でジャンプ台を作る魔法のエリアルでより高く跳び、最高点に達したところで<壁走り>、スタミナが切れそうになったところで指一本程度の出っ張りを足場にして休憩、その後は壁をよじ登った。エベレストだって怖くないクライミングだ。
「なんだその顔は」
ドリンクを飲み終えたところで、セティスとエルバがロープを登り終えた。
「そろそろ何がしたいのか教えてほしいんだが」
「さっき言った筈だ。お前の頭は乾燥したスポンジよりも中身が無いのか。玉座の間の真上に行きたいと言った」
それは聞いた。玉座の間の真上、つまり城の頂上に行きたいと。俺が聞きたいのはどうしてわざわざこんな所に来たのかという事だ。
足場にしている屋根の下では、<オリンポス騎士団>を初めとしたボス討伐組が現在絶賛死闘中だ。壁一枚隔てた頭上を彷徨っていると知られれば反感を買うだろう。それはセティスだって本意ではないはず。
幸い、俺達は互いにフレンドリストがガラ空き(セティスとエルバは自分の仲間としか登録していないらしい)なので、検索機能で居場所がバレる事はない。
「………………貴様は、この電脳世界の異常さをどこまで理解している?」
何かを探すように、屋根の上を歩き回りはじめたセティスが聞いてきた。
「俺にそれを聞くなんて馬鹿だろお前。そんなもん分かる訳ねーだろ」
冷ややかな視線を俺に向け、セティスは言葉を続ける。
「貴様に詳しい事を説明しても酸素の無駄だから簡潔に言ってやる。私達の目的は、知る事だ」
意味が分からん。それはあれか。知的好奇心とかそういうものか? 世界的(とか頭につく)テロリストが?
とりあえず口にして言うと怖いので黙っていると、セティスは屋根の中心辺りでしゃがみ込んでから続きを話し始める。
「公式な制作発表以前からエノクオンラインは注目の的だった。なんせ、電脳世界の生みの親達が再び集結して何かを作っていたんだ。たかがゲームだと断じる事はできない。本当にゲームを作っているのかも怪しかったからな」
宙にいくつかウィンドウを表示させて何やらキーボードを打ち始めつつ、セティスの話はまだ続く。
「各国の諜報機関が探りを入れたが結局分からずじまい。内側から何か分からないかと、正式サービスが開始されてログインしてみればこの様だ」
忌々しそうにセティスは言った。顔はディスプレイの方を向いき、俺には背を見せているのでその表情は窺えないが、相当頭に来ているのが声色で分かる。
「そういえば、ハッカーの姿が多かったのはそのせいか?」
「そうだ。電脳世界上のエノクオンラインからクラッキングないしハッキングしようとしていたんだろう」
アールをはじめ、初期の頃にエノクオンラインのメインシステムにハッキングを仕掛けて失敗した連中がいたが、最初からそれを目的でゲームに参加していたのか。
「マッドサイエンティスどもの目的が分からない。例えログアウト出来たとしても、その後何があるのか、推測の一つでも立てておいて損はない」
「それで何でここ?」
こんな絶景拝めるだけの場所と今の話がどう関係あるのか。
「以前、魔王城の探索をしていたらボイスチャットを傍受した」
「チャットとかメールって傍受出来ないんじゃないのか?」
妨害自体は前に壊滅させたPKギルドがしていたように可能だが、誰かが他所様のチャットを盗み聞きしようとして、システムの怒りに触れたのか頭を爆発させて死んだという話を聞いた事がある。
「使用されたかどうか程度は分かる」
「ふうん。じゃあ、何でわざわざこんな所で調べてるんだよ」
「発信源は玉座の間だ。本当はそこで直接、ラインを調べたかったが魔王がいる。魔王を倒した後、城が残っている保証も無かったから妥協案として玉座の間に近いこことその下の部屋で調べているんだ」
ボス倒したらダンジョンが崩れて入れなくなるのはよくあるパターンだからな。攻略組が戦っている今しかチャンスがないということか。
それと、玉座の間の真下では防衛組に反してエルバの同僚が調べているらしい。
「重要なのはそのチャットを行ったのが魔王という事だ」
魔王がチャットって…………。そういえばヴェチュスター商会のロボ店員もボイスチャットに割り込んでいたな。
「今更NPCがチャットをした程度では驚かないが、していたのは魔王だ。誰と連絡を取り合っていたのか気になる。それにもしかすればそのラインからシステムに侵入できるかもしれない」
「そう上手くいくのか?」
「いくわけないだろ。だが、他に出来る事はない。可能性が低くともやれる事は全てやって――」
と、いきなりセティスの言葉が止まった。キーボードを叩いていた手の動きも止まっており、何か尋常じゃないという空気が伝わってくる。
「どうした?」
立ち上がり、セティスの横に移動して彼女の顔を覗き込む。
「………………しまった」
「はぁ?」
目を見開いて体を強ばらせたセティスが呟いた瞬間、足場にしていた屋根が爆発した。




