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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第六章
56/122

6-3


「魔王が倒された後、何が起きるか分からない。プレイヤー達を囮にして調べたい事がある」

 天真爛漫な笑みをしつつ口から発せられる声は冷たいと言うしかない。そんな表情でよくそんな声を出せるものだ。電脳世界だからの芸当なのか、それとも顔と喉の筋肉は別物なのか。

 俺の腕を掴んだままキャンプ場を横切るセティスは器用過ぎるほどに表の顔で裏の声を発している。出来の半端なガイノイドと一緒に歩いているようだ。

「お前、姫プレイ止めたの? その連中スケープゴート使えばいいだろ」

 というか、こうやって歩いていてもいいのだろうか。詳しくないが姫プレイにはイメージが大事だろうし、今はセティスの誘導が巧みでボス攻略前日で余裕がないのか人目につく事はないが、こんな風に男と歩いても大丈夫なのか?

「あんな豚共は壁程度にしか役に立たん。今必要なのは私の正体を知っていて、前線に出れるだけの熟練度を持ちながらフリーの奴だ」

 それで俺に白羽の矢が立ったわけか。他にマステマの事を知っている連中は万が一に備えて各地に散ってるし、何より何かしらの集団の紐付きだ。

「非常に不本意だけど俺は一応ゴールド側にならないのか? それに、レーヴェとも面識あるぞ」

「商人は得意先なだけだろ。レーヴェについては、貴様が自殺志願者か被虐体質者によるがな」

「どういう意味だ」

 人を変態みたいに言うなよ。

「奴の妹と芸術の都で派手にやり合っていただろ」

「…………レーヴェがもみ消した筈だぞ」

 だから当事者とその身内しか知らないことだ。街頭の監視カメラも警察もレーヴェが黙らせた。記録にも残っていない。リアルタイムで見ていなければ、だが。

「私を誰だと思っている」

 知らねえよ。

「――んん? 何を持っている」

 いきなりセティスが人のポーチに手を伸ばし、すぐに引っ込めた。そして、彼女の手にはアールから預かっている情報収集用のクリスタルが握られていた。おそらく<盗み>のスキルで盗ったのだろうが…………

「何で一発で盗れたんだよ」

 <盗み>はPL相手に使う場合はアイテムボックスと所持金からランダムに盗む効果があり、そんなピンポイントでアイテム扱いのそれを取れる筈がなかった。

「魔法と一緒だ」

 つまり何かイジったと。アールやヘキサが既存の魔法のプログラムをイジって改造したり、オリジナル魔法を作っているのだから、スキルもまた可能だと云うことか。

 セティスはそれから一言も喋らず、片手でクリスタルをイジり始めた。

 段々とキャンプ場から離れ、川のすぐ前にまで案内される。その間もセティスは、いつの間にか形を崩したクリスタルを立体パズルのように組み立てたり、より細かいパーツに分解していた。周囲にはびっしりと文字列を映した小さなウィンドウが閉じたり開いたりしている事から、勝手にデータを写しているようだった。

「このプログラムはRか。ハッ、クラゲ野郎め」

 Rとは、アールの事だろうか。そうだとしたら何という安直なネーミング。

 鼻で笑ってからセティスはようやく俺から腕を離すと数歩進んで立ち止まる。

「目標は向こうで合流したら話してやる」

 一体何時俺は了承したのだろうか。いや、腕を引き剥がさなかった時点で引き受けたも同然なのか。

「合流地点は直前に教える。もう行っていいぞ」

 もの凄く釈然としない。

「ならソレ返せよ」

「もう少しで終わるから待――」

 クリスタルを紐解いていたセティスの手が突然止まり、俺の顔をじっと見てきた。

「…………なんだ?」

「………………節操のない歩き方だと思っただけだ。放浪癖もほどほどにしておけよ」

 よく人に言われるが大きなお世話だ。それにプライバシーの侵害だ。

「終わったぞ」

 そう言われ、クリスタルを投げ返された。

 俺が受け取ると、セティスは横を通ってキャンプ場へと戻り始める。わざわざここまで移動する意味が果たしてあったのだろうか。

 そうツッコミ入れたくてウズウズしたけど、背を見せて去っていくセティスの行く先には見るからにおっかないエルバが立っていた。

 <気配察知>で分かってはいたが、いつの間にかいるとやはり怖い。

 合流し、キャンプ場へと戻っていく二人。その時、逆にキャンプ場からこちらに来る人影があった。

 アヤネとシズネだ。

 アヤネとセティスはすれ違う瞬間に互いの顔を見合うが、歩みのスピードは落とさず反対方向へと進む。付き従うそれぞれの従者も無言で少女の後を追った。

「今の人は?」

「愛人ですね」

「違うから。それより会議終わったのか?」

 シズネの言葉を一蹴して、二人を迎える。

「はい。本当に最後の確認だけだったので、そんなに時間かかりませんでした」

「ふうん」

 クリスタルをアイテムボックスに仕舞って、何となく空を見上げる。もう夜なので空には星が一杯に煌めいていた。現実世界よりも空が近く、星も多い。正に絵に描いたような美しい光景が頭上に広がっている。

 別にいつまでも川近くに居続ける意味はないのだが、なんとなく機会を逃したと言うか。

「――ごめんなさい」

 そして何故かいきなり謝られるし。

 ジンさんの時といい、今日は誰かに頭を下げられる日なのか?

「クゥさん、目立つようなこと嫌いなのに私のせいでこんなとこに来ることになってしまって、ごめんなさい」

「あー…………何でお前謝ってんだ?」

 いや、たしかに目立つような事は嫌いだ。あんまり大人数の注目を浴びると混乱する。俺はシャイな奴(シズネが鼻で笑ってきたが無視)だからな。

 だからって何故アヤネが謝るのだろうか。

「ミノルさんから聞いたんです。元々、私がお世話になっていた<ユンクティオ>の方に話が行っていたそうです。でも、ミノルさんがそれを止めていたと」

「それは知ってる。気を使ったんだろ」

 ミノルさんからボス攻略の参加を頼まれても、こいつは断っていただろう。それは俺がボス攻略に積極的でないのを知っているからだ。だからって消極的でもないが、一度置いてきぼりを喰らった手前、こいつは俺から離れようとしない。最初に一緒に旅してた時のように俺の行き先に何も言わない。口出ししない。

 実はエグいところもあったりするが、アヤネなりにルールと分別を敷いてそれに厳しいだけで善良な人間だ。

 ボス攻略を断ってもこいつの心に尾を引くのは間違いない。それは一緒に北方地方の開拓隊で一緒だった連中全員が知っている。だからミノルさんは自分の所で話を止めていた。

「はい。だから痺れを切らしたオリンポスの人達はゴールドさんに頼んだんです。そしてゴールドさんはクゥさんに」

 やっぱりバレバレか。

「いや、別に謝る必要ないから。それよりもお前も本当に良かったのか? ボス戦に参加って」

 広範囲の多数に補助をかける歌スキルは同時に多くのモンスターのターゲットにされる。ボス戦時は歌スキルの範囲の広さからアヤネは玉座の間の入り口前で歌う事になっているが、ボスが玉座の間から離れてアヤネを襲う可能性もある。

 護衛はついているが、それで絶対安全だと言えないのは分かっている筈だ。

「一度引き受けたことはちゃんとやり遂げます」

 俺を見上げる瞳には恐怖とか諦めとか、そんなマイナスなものはない。引き受けたと言うように、ただ義務的に仕事へ行くような、なんでもないような事を片づける程度の普段どおりの顔だった。

 なんとなく、ラシエムから西方地方に行く時のタカネに似ていた。

「お前、父親似なの?」

「え? いえ、周囲は母に似ていると。でも、母は私の目元が父にそっくりだと言ってます」

「ふうん」

 アヤネの頬に触れ、掌で撫でる。

 タカネは姉妹と間違われるぐらいにミエさんとそっくりだけど目は似てない。タカネのあの強さは母親譲りなのかと思っていたが、案外二人とも根っこは父親似なのかもしれない。

 そして、アヤネもまたタカネ同様に強い女だ。そう、強くて、綺麗で――

「………………シズネ」

 アヤネの目元まで近づいていた親指の動きを止め、頬から手を離しながら従者の名前を呼ぶ。

 動かすのは手だけで、ついさっきから刃物の感触のする首は動かさない。

「止めろ」

 短く命令。すると背後で微かに動く気配がした。

 冷たい感触が離れたので首を動かし背後を振り返る。槍の穂先が俺の首に触れるかどうかの所まで突きつけられていた。

 目で槍の柄を辿ると、その先には<オリンポス騎士団>副団長である優等生の姿があった。そして、優等生の顔にもまた槍の穂先が突きつけられている。

「止めろ、シズネ」

 優等生に槍を向けているシズネにもう一度命令する。

 相変わらずの鉄皮面についたガラス玉の瞳が一度俺を見、次に優等生を見ると槍を下ろした。それに合わせて優等生の方も槍を下ろす。

 ここはフィールド。攻撃禁止エリアの街中じゃない。あのまま首に槍を突き刺されていたら死亡しなくとも大ダメージを受けていただろう。

「お前な、こんな人気の無いところにいる男女の間に割って入るって正気かよ。ヤってるとこだったどうすんだ。気まずいってレベルじゃないぞ」

 二人が武器を仕舞ったのを見計らって、体ごと振り返りながら不機嫌なのを装って優等生を睨む。

「本当にただのカップルなら俺だって邪魔せず立ち去る。普通のカップルならな」

 こいつ、カップルって二度も言いやがった。優等生は口を閉じると、目を細めて俺の顔をじっと見つめてくる。

「…………お前、悪化してないか」

「何が?」

 俺の何が悪化しているというのか。

「………………」

「………………」

「まあ、いい」

 しばらく男同士無言で見つめ合うという気持ち悪い事態から最初に目を逸らしたのは優等生の方だった。逸らした、というよりは単に視線の先を変えただけだが。

 アヤネに顔を向けた優等生は俺に向けたキッツい視線とはうって変わってやや困惑したような、申し訳なさそうに眉を下げた。

「…………申し訳ない」

 そして謝った。今日は人の頭の重みがバーゲンで売られているのだろうか。

「最初、打ち合わせが終わった後に言おうとしたんだが、終わるとすぐに君はどこかへ行ってしまったから」

 それでここまで追いかけて来たのか。ストーカーかお前は。

「君を利用することに、ちゃんと謝っておこうと思ったのだ」

「お前、それ言ったら意味なくね?」

 アヤネを巻き込む事を最初に考えたのは誰だか知らないが、こいつは少なくとも一枚噛んでいる事は間違いない。もしかしたら優等生が言い出しっぺなのかもしれない。

 だからこそまだ終わってもいない内に頭下げるとか何を考えているのか。こういうのはお互いの為にも最後まで黙って利用するべきだろうに。

「自己満足なのは分かっている。だが、自分としては謝っておきたかった。それに――こんな世界ではいつ死ぬか分からないからな」

 最後の言葉は独り言のように小さく、誰にも聞こえない程の音量で呟かれた。

「…………アヤネさんが思惑に気付いていながら乗ってくれているとしても、やはり自分としては謝っておきたかった。すまない」

 そしてもう一度アヤネに向かって頭を下げる。相変わらず真面目だ。

「いえ、いいんです。魔王を倒す為に必要なことだったんですから。私で良かったなら出来うる限り協力します」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」

 頭を上げ、優等生が微笑んだ。

 俺の横に移動していたシズネが――社交辞令、と呟こうとしたのでよく動くその口を手で止めておいた。

 一応の話の区切りがついた時、キャンプ場の方からゾロゾロと人影が集まってくるのが見えた。<夜目>で見ると、<ユンクティオ>の面々だった。

「あっ、一緒にご飯食べる約束でした」

 そういえば夕飯まだだったな。

「それじゃあ、俺はこれで」

 そう言って優等生は立ち去ろうとする。その背中に向けて声をかける。

「俺に対する謝罪はー?」

「何に謝れと?」

 だろうな。

 一瞥した後、優等生は踵を返して立ち去っていく。

「俺達も行くか」

「はい」

 向こうから早く来るようにと五月蝿い連中の所へと、俺達三人はアヤネを先頭に歩き始める。

 急ぐ必要はないというのにリアルタイムで呼ばれているせいか、夕食の約束を忘れかけていたせいか、アヤネは早足で進んでいく。

「申し訳ありません」

 シズネが歩みのスピードを緩めて俺の隣に並び、アヤネには聞こえないボリュームで謝ってきた。お前もかよ。なんかもうウンザリだ。

「あのような輩の接近を許してしまって。周囲の警戒はしていたんですが、索敵範囲に反応があった瞬間に一瞬で移動してきたものですから」

 クウガ達の横をすれ違ってキャンプ場に戻っていく優等生の背中を見ながら、シズネが説明する。いや、あいつ睨むお前の目怖いから。

「まあ、仕方ないだろ。あいつツエーし」

 あいつは今時の若者らしくない、克己心ある男だ。エノクオンラインに閉じこめられてからは魔王討伐の為に熟練度を寝る間を惜しんで上げてきたのだろう。シズネの言う一瞬で接近してきたのは、おそらく移動系のスキルを使用したんだ。俺だって魔法を併用すればシズネの感知でも追いつけないほどのスピードで移動できる。多分、きっと。

「…………なあ」

「何でしょうか?」

「もし優等生が来なくてあのまま続いていたら、お前は止めてたか?」

「いいえ」

 即座に否定の言葉が返ってきた。

「私はクゥ様の人形ですから」

 何だか官能的な怪しい関係に間違われるような事言われたが、全然嬉しくない。

「クゥ様がド鬼畜でド変態な上に特殊な性癖を持っていて○○○や×××に興味があり、□□□に△△△△、◇◇や××××、検閲検閲検閲検閲検閲検閲ピーーーーーーを要求してきても私はそれに従うのみです」

「……………………ワンモア」

「だから――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――と」

「……………………」

 すげえ。何だがよく分からんがとにかくすげえ。発言の内容は目を瞑るとして、どうやって発音したのか不明で声にならない声を聞き取った自分にも驚きだし、世界システムが世間的を気にしたのもビビッた。

 というかこいつ、本気で色々とヤバイんじゃないだろうか。

「――あ」

 ちょうど<ユンクティオ>のメンバーと合流した時だったので今のシズネの言葉は全員に聞こえていた。その顔からして俺と同じく、意味は理解できたようだった。

 全員が目を見開いて(一部赤面)こっちを見ている。そして、サッと俺から顔を背けるとコソコソ密談し始めた。

 そんな反応されると思っていたが、漏れ聞こえる言葉の節々に――やっぱり、とか――だと思ってた、とか聞こえるんだが。

「お前ら、俺の事どう思ってたんだ、あぁコラ」

「うわっ、クゥが怒った!」

「ヤンキーかよ」

「やっぱり、クゥさんはそういう人だったんですね――超納得です!」

「今更って感じはしますけどね。ところで服だけ溶けるスライム作ったんですけど、要ります?」

「テメェ、オレのアヤネちゃん手出したらマジ殺す。それよりヘキサ、それオレにくれ!」

「あ、あの、私なら…………」

 お前ら本気でいい加減にしろよ。

 一応、明日にはゲームクリアの第一歩の踏めるかどうかの生死を賭けた戦いが始まる訳なんだが、こいつらときたら緊張感がまったく無い。

 まあ、らしいと言えばらしいかな。

 ここにいない奴や増えてたりするけど、何となく開拓隊時代を思い出した。



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