表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第六章
54/122

6-1


 ◆


 生物の温もりが一切ない石の玉座があった。

 壁も床も天井も繋ぎ目のない、巨大な鉱石を削って研磨したような玉座の間は温もりなどない無機物の冷たさのみが包み、まるで時が凍り付いているようだ。

「――わかっている」

 玉座があるという事は当然、そこに王がいるべきであり、大理石のような物質で出来た椅子には一人の女が座っている。

 褐色の肌の多くを露出させた格好をし、肉感的で蟲惑的な肢体を惜しげもなく晒している女は足を組み、背もたれに寄りかかり、手すりに肘をかけた手の上に顎を乗せている。

 眠たげに開かれた瞼の奥には、黄色に輝く瞳が覗いている。

「――当然、全力で迎え打つ」

 女の口からは言葉が紡がれているが、彼女以外にこの静寂な空間には誰も存在していない。目も虚空を見つめている。それでも誰かと会話しているのは確かだった。

「――いや、決めていない。――そうだな。そうだといいな。――フッ、ああまた来世」

 ここにいない誰かとの会話を終えた女は細めていた目を開いて正面を見据えながら立ち上がる。同時に、玉座の間との境界となる石造りの重厚な扉が外から開かれる。

 現れたのはそれぞれ武装した大勢の人間達であった。彼らは武器を構えたまま玉座の間に立ち入ると険しい目で女の姿を見上げる。

 彼らは冒険者と呼ばれる人間達であり、モンスターに恐れず敵対し、魔族の支配から土地を解放し侵攻する者達であった。

 そして、美しい容貌を持ちながら石の玉座同様の冷たさを持った女こそ魔族の頂点に立つ八人の魔王の一人、アスモデウス。東方地方と地属性の魔族を統べる地の魔王。

 人間の敵対者だ。


 ◆




 魔王討伐。とうとうその決行日となった。

「えー」

 いきなり不満が口に出たが、一度引き受けてしまったものはしょうがない。

「やる気ないわね」

 ラシエムの港町、その側にある今やゴールドの城館の門から館までの広場に据え置かれたベンチ。そこでだらけていると着物姿のタカネが隣に座ってきた。

「………………」

 そこらの同年代の女子と比べて抜きんでた魅力を持つタカネの横顔を観察する。

 アマリアの娼館に遊びに行ったらミエさんがいたのにはマジビビったが、その後に聞かされた話、タカネとアヤネの関係にも少なからず驚いた。

 当人達はまだその事を知らないのだが――まあ、わざわざ俺が言うほどの事じゃないな。

「なに?」

 俺の視線に気づいたタカネがこっちを振り返る。

「いや、別に。ただ、お前らは魔王討伐にはやっぱ参加しないんだなと思って」

「先に約束があったから」

 タカネ達の主の活動地点は西方の風の地域だ。地の魔王がいる東方とは反対側だし、魔王を倒した後に他の魔族からの報復が無いとは限らない。

 その為の防衛戦力となる事を既に決めていたのだ。先に約束のあった方を優先するのは仕方がない。

「終わったら一応メール寄越しなさい。あんた、戦いが終わったら寝て忘れてどっか行きそうだし」

「えー」

「どこほっつき歩いていてもいいけど、連絡は寄越しなさいって言ってるの」

 俺はゴールドからの頼みで、アヤネを魔王討伐へと連れていく為の餌となる事に。<鈴蘭の草原>のメンバーにはなったがタカネの約束は俺がいない時に結ばれたものだし、元々他のゲームで同ギルドにいても俺は好き勝手に単独行動していたから別々に行動するのは今更だが。

「じゃあ、また」

 それだけ言って、タカネは立ち上がってあっさりと離れていく。

 門前でかたまっているサークルの連中プラス一人の所へ戻るタカネの背中を眺める。相変わらずのポニーかサニーか知らないが一房に結られた長い髪が左右に揺れていた。

 ある意味、お互い戦争しに最前線へ行くようなものなのにタカネからはそんな緊張した様子は見られない。ちょっと用事を片づけてくる、と云った気軽さだ。

「相変わらず逞しいな」

 そう呟いたところで、開いたままの門からタカネ達が外に出る。あいつらは俺達が出発するよりも早く西へと向かうようだ。

 その時、最後尾にいたミエさんが一度こちらを振り向いて軽くウィンクした。

「………………」

 背筋が何故か寒くなった。

 似合ってないとかではなく、むしろムービーの女優のようにそんな仕草が当たり前に出来て似合う女性ではある。問題はその行動の裏側にある意味だ。

 昨夜の事を思い出すと、タカネにアヤネとの事を喋るなという警告だと普通予想するが、ミエさんの性格からして聞かれたら素直に教えるだろうし、そんな口止めをするとは思えない。

 あの人の考えは分からない。今のだって俺が勝手に勘ぐると分かった上で意味もなくしてみせたのかもしれない。

「おーっい、クゥ、そろそろ出発するぞー!」

 馬車に荷を運んでいたアールが俺を呼ぶ。

「はぁ…………」

 溜息を吐き、ベンチから立ち上がる。


『さあ勇者達よ、魔王を倒し行くがよい! 人類の命運は諸君等の双肩にかかっているゥ!!』

 大昔の某代表的RPGに王様みたいな感じでトンチンカンな発声をするゴールドに見送られ、俺達はラシエムの港町を出発して魔王討伐隊との合流地点へと向かう。ちなみにアールは留守番。

 転送装置があるので大分ショートカット出来るが、魔王の城に一番近い街まででそこから先は徒歩になる。

 と言っても歩きじゃない。馬という足がある。

「お前ら、すっげえ場違い感」

 馬車の荷台の一番後ろにはアヤネとシズネが座っている。ドレスなんだかよく分からんフリルがうっとおしい感じでついた軽装防具を着た少女とメイド服装着の魔導人形。それに対して馬車の荷台に乗る他のPLは重装装備の鎧だったり魔術師のローブ姿で、いかにも物々しい。

「そ、そうですか?」

「アヤネ様、クゥ様の寝言は無視してよろしいかと」

「お前主人変えたらどうだ?」

 馬車の後ろをついていくようにして馬を歩かせながら、俺達は街道をパカラパカラと進んでいく。

 アヤネ達を乗せている以外にも数台の馬車が列となって進んでおり、ラシエムの港を中心に活動していたソロPLやギルドが乗っている。

 馬車の周囲には護衛とも思える感じで馬車からハブられた連中(俺含む)が馬に乗って併走する。

 この団体が魔王討伐に参加するPL達だ。結構な数だが、<オリンポス騎士団>との合流地点にはもっと多くのギルドが集まっているらしいのだから、どれだけ魔王討伐に全力を注いでいるのか。

「RPGっぽくねー」

「皆さん、それだけ本気ってことですよ」

「むしろ何でゲームだと数人だけでボスを倒そうとするのか不思議ですね。少数精鋭にもほどがあります」

「………………」

 このメイドロボ、さりげなくとんでもない事口走りやがった。

 ボス戦がどうのこうのじゃなくて、まるでPLが現実世界のゲームについて話すように言ったことが問題だ。

 偶にNPCがゲームシステムの説明をしたりするが、それはゲームの進行上しょうがないとして、通常エノクオンラインのNPCは世界観を守るよう会話を行う。だから現実世界の話をしても通じない。

 …………まあ、いいか。

 どうせ頭を悩ませるのはアールをはじめとした、別のアプローチでエノクオンラインを調べるプログラマー達頭脳労働派だ。

 俺のような一般ピーポーとは関係ない。

「逆に物量で攻めるのも現実的過ぎるけどな」

 だからそのまま話題を拾って続ける。

「これ、全部回復アイテムなんですよね」

 アヤネが後ろの荷台の中を振り返る。木箱が大量に積まれていて、PLに寄りかかれたり椅子代わりにされている。

「消耗品の矢とか魔法媒体も入ってるけどな」

 木箱の中には回復アイテムを中心とした消耗品アイテムが積められている。

 PLはポーチやリュックの形をしたアイテムボックスを持っており、スロット数が許す限りアイテムを収納しておける。それでも一スロットに入れられる消費アイテムの上限はあるし、あんまり積め過ぎると重量がステータスの筋力を上回ってスタミナを消費する。激しい動きも出来なくなる。最悪、一歩も動けなくなってしまう。

 だからこうやってアイテムを箱に詰めて馬車で運ばせているのだ。アイテムボックスと違ってかさばるし、狭い場所や戦闘の激しい所まで持っていけないが、補給地点をつくってそこまで運ばせるにはPLが往復するよりはいい。

「これだけのアイテムを提供してくれるとは、馬――ゴールド様の資金力は凄いものがありますね」

 ゴールドお前、魔導人形にまで馬鹿にされてるぞ。

 ここにある数台の馬車の荷台に積まれたアイテムは全てゴールドの懐から出ている。PLの援助をすると公言して憚らないが、本当にこれだけのアイテムをロハで寄越すとは。

 ダラダラと話していると、隊列の先頭の方が騒がしくなった。アヤネ達から視線をそちらに向けると、空から何体かのモンスターが向かって来てるのが見えた。

「行ってくる」

「私が行きましょうか?」

「いらん。お前だと過剰火力過ぎる」

 シズネの提案を却下しながら、俺は馬を進める。

 馬車の周りを守るようにして騎乗しているPL達はただハブられただけではなくて、ちゃんとした護衛役でもある。馬車の荷台の。

 曲がりなりにも魔王討伐に参加するPL達なのだから今更フィールドのザコモンスターなど驚異ではない。だけど、馬車本体やアイテムの入った箱の耐久値は低く、アイテムを狙って盗んだり破壊してきたりするモンスターもいるので護衛しているという訳だ。

 隊列の先頭に行くと、ペットの大虎の上に乗ったモモが空を見上げていた。

 モモのペットであるこの大虎のスキル、<威嚇>は弱いモンスターを遠ざける効果がある。だからご主人様ともども先頭を歩いてもらっていたのだが…………。

「鳥か」

「うん、鳥」

「数多くね?」

「多い」

 空から中型の鳥型モンスターが十数体こちらに向かって飛んできていた。片手で数えられる程度なら問題ないが、あのレベルのモンスターが十数体は面倒だ。

「一体だけならこちらだけで済むのだが……」

 俺とモモの横に、馬に騎乗したジンさんが並んだ。エノクオンラインにログインしてきた対サイバーテロ課の代表者であり、アヤネの叔父であるこの人も護衛をしていた。

「馬車の中にいる連中に手伝わせればいいですよ。アイテムが壊されるよりはマシでしょう」

「…………それしかないか」

 納得はしているが心情的に複雑そうだ。

 元々彼らは脱出用のプログラムを組んでからログインしてきたのだが、結局弾かれ俺達同様に閉じこめられてしまった。勿論、そうなったらなったで彼らはゲームクリアに全力を注ぐ覚悟である(らしい)。

 そういう立場だからこそ、途中参加の弊害として熟練度やステータスの低さで前線に出ても足手まといにしかならないのが歯がゆいようだった。

「馬車にいるプレイヤーを呼んできてくれ」

 ジンさんが同じ対サイバーテロ課の部下の人に馬車のPL達を呼ぶよう伝える。その間に俺は手綱から手を離して弓矢と魔法媒体の液体を取り出す。

 近づいてきたら取りあえず魔法で牽制して、あとは弓でテキトーに射つつ他のPLに任せよう――とか思っていると<気配察知>に反応があった。

 目だけをそっちに向けると、ちょうど炎や風の塊が放たれて空にいるモンスターに襲いかかる。倒されはしないものの、大きなダメージを受けた鳥達は空中で大きくよろめいて段々と高度を下げていく。そして、追い打ちと言わんばかりに大量の矢が雨のように降り注いでモンスター達を青い粒子に変えていく。

「……そういや、参加するんだったか」

 弓矢と魔法媒体を収納ベルトに戻し、魔法と矢の発生源に馬ごと向き直る。

 少し遠くのフィールドの上には知っている連中が、<ユンクティオ>のギルドメンバー達がいた。


「よう、久しぶりだなクゥ!」

「相変わらずよく分からんコンセプトの装備だな」

「………………?」

 背中に大型武器:槌のヘビーハンマーを担いだゴツイ全身鎧の男と、オーソドックスな鎧に盾、中型剣装備の男が気安く話しかけてきた。

「なんだよ首傾げて。まさか俺達の事忘れたって言わないよな」

「クゥなら有り得るから怖い」

 とか言って笑う二人。

「――どちら様?」

「こいつ本気で忘れてやがる!」

 クウガとトルジの二人がギャーギャーと喧しく騒ぎ立てはじめた。

 鳥型モンスターを撃墜したのは俺達と同じく魔王討伐に参加する為に合流地点へと向かっていた<ユンクティオ>の面々だった。

 知らない顔も混ざっているが懐かしい顔ぶれがたくさんいて、開拓隊時代の同窓会みたいな感じになっている。そのせいか黙々と進んでいた隊列が俄かに騒がしくなる。

「ア~ヤ~ネ~ちゃ~――ぶほっ!?」

 馬車の中で、やけに露出が多くて胸と背がタカネみたいにデカい金髪の女がアヤネに抱きつこうとしてシズネに殴られていた。

「くそっ、とうとうメイドロボまでもオレの邪魔をするのか。ならばエリザちゃ~~ん!」

「いや、こっち来ないでくれますかいやほんとマジで。私そっちのないんで。警察呼びますよ? ちょうど向こうにいますし」

「オレはアメリカ人だから日本の警察なんて知らん。というわけで抱かせろー」

「誰か、誰かーっ! このガチ痴女どうにかしてくださーい! 泣きますよ私。大変ですよ私泣いたら! ミサトさーん、ヘキサさーん! ヘルプミーッ!」

 抱きついてくる露出女の顔を手で押し退けながらエリザがミサトさんやヘキサに助けを求める。なんか、一気に騒がしくなった。

 ヘキサといい、<ユンクティオ>は随分と濃いギルドになりつつある。

「アールから聞いていたけど、やっぱそっくりだな」

 露出狂が少女達を狙ってメイドや魔女、アマゾネスに阻まれるという珍光景を目の前にして、クウガがボンヤリと呟いた。

「アールから聞いたのか?」

 こういうのはだいたいアールが流出元だ。

 クウガとトルジの視線の先には、開拓隊時に一緒だったセナと同じ顔のシズネがいる。さっき合流した時にミノルさん達がシズネを見て複雑そうな顔をしていたところから、皆が知ってるようだ。ユイと同じ顔の天使型NPCもいるんだが、今はいいだろう。

「どう接してるんだ?」

「別に普通。記憶も無いから別人扱いだ。アヤネも似たようなもんだ」

 完全にそうだとは言えないが、わざわざ混乱させることもないだろう。

「割り切ってるんだな」

「慣れただけだ。これからあいつみたいなの増えるかもしれないんだから、お前等も慣れたほうがいいんじゃないか?」

「そう、だな…………」

 二人は苦虫を噛み潰したようなブサイク面になっていたが、すぐに切り替えたのか普段の可もなく不可もないフツーに戻った。

「…………お前、メチャクチャ失礼な事考えなかったか?」

「気のせいだろ」

 このくらいフザケている方が若者らしいだろ。それを分かってるのか知らないが、トルジが話題を変える。

「途中から入った人ら魔王討伐に参加するんだな。熟練度足りてないだろうに、よく来る気になったもんだ」

「前線に出ない輸送隊だよ。力不足なのは分かってるが、何かしら役に立ちたいって言ってた」

 実際、輸送隊は重要な役目と同時に危険も高い。だからってそこに強いPLを割り振るならボスに直接ぶつけた方がいい。

「さすが、出れないと解っててわざわざログインしただけあって覚悟決まってんな」

「元総理の息子がトップやってるだけある」

「…………元総理?」

 何かいきなり新情報が耳に入ってきた。

「いや、あの先頭で馬乗ってるのって桐谷仁って名前なんだろ? 桐谷元総理の息子じゃねえか」

「桐谷…………ああっ、あの片腕のない!」

「そうそう。海外言ったらテロられて片腕なくしつつテロリストに反撃かまして帰ってきた元総理」

「その後もしっかり任期勤めて、海外でも有名になってた。たしか映画にもなってたな」

 映画って…………。いや、観に行ったけどね。邦画なのに色々爆発して面白かったけどね。まあ、ハリウッドムービーやゲームの大統領だって超人っぷりを発揮してたからいいんだろうけど。

「はぁ~、なるほど…………」

 ジンさんの父親が総理という事は、その姪であるアヤネは相当なお嬢様という事になる。育ちはいいんだろうな、とは思っていたが、総理の孫だったのかあいつ。

「――あれ?」

 そうなると、俺は元総理の孫を危険な場所に連れ回したって事になるんだが。しかも、魔王討伐なんていう戦場に放り込もうとしている。

 ……やべえ、エノクオンラインから脱出できても社会的に死ぬかも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ