5-7
「あっ、覗き魔」
アールの部屋を出て、廊下を歩いているといきなり不名誉な事を言われた。
「誰が覗き魔だ」
声のした方角、中庭を見通せる廊下の窓が外から開かれてモモが顔を出してきた。そして俺の言葉に対し、指を差すことで返答する。
「アヤネ達来てるぞ」
失礼な手を叩きそらしながらあいつが来ていることを教えてやる。
「知ってる。胸のおっきい人達と一緒だった」
やはり同姓でもあの胸には目がいくか。
「そういや、お前テイマーになったんだな」
モモの後ろでは相変わらずデカい虎が公園の遊具みたいな扱いを受けていたが、虎本人は寝そべって寝ているようだった。ただ、一度片眉を上げてこっちを見るなど、なんだか妙に人間臭い動きをする時がある。
「じゃあな。また飯時に」
「ん」
モモの短い返事を聞き、俺は廊下を進む。
あの虎を見てると、NPC化したPLに記憶が残っているというのも頷ける。
そのまま廊下を進んでいく。
皆は<気配察知>やチャットで聞くまでもなく、前にレーヴェとゴールドが話し合っていた食堂っぽい所にいるだろうと当たりをつけて行ってみると、ゴールドがクリスと何やらテーブルに広げた図面を挟んで話し合っていた。
「みんなは?」
テーブルの端で紅茶を飲んでいたミエさんに聞く。食堂には中身が残念な二人とミエさんしかいなかったからだ。
「お買い物」
「また?」
ラドウェリエルでも女達は買い歩きしてただろ。
「今回は武具とか回復アイテムとかの補充よ。素材も手に入ったし、強化もね」
「生産ギルドのホームがいくつか街にある。そこを紹介したのさ」
会話が聞こえていたらしく、ゴールドが図面から顔を上げた。
前はギルドホームなんて一つも無かった筈だ。ロボ店員の店もデカくなっていたし、港の停泊所からは依然の倍の数を超える大型船の姿もあった。
「街まるごとを酒保にでもするつもりか?」
俺の言葉にゴールドはただ不敵に笑ってみせ、代わりに図面の方をこっちに向けてきた。
「クゥ、これを見てくれ。素晴らしいと思わないか?」
「素人が見ても分かんねえよ」
ゴールドが広げて見せた図面には、円形の建物の設計図らしきものが描かれている。真ん中は広い空間が空けられていて、それを取り囲むように高い壁が並び、その上が階段状になっている。
闘技場だろうか。
「既存のデザインでも良かったんだが、やはりPL初の闘技場、大きな買い物だから凝りたいと思ってね。だが、残念ながら周囲にこんな大規模な建築物の知識を持っている者がいなくて諦めかけていたが、まさか鈴蘭の草原のメンバーにかの有名な電脳空間デザイナー、クリスティーナがいるとは。彼女のおかげで素晴らしい闘技場になるのは間違いない!」
「やだもう、そんなに有名じゃないわよ」
クネクネすんなオカマ。それにゴールドはクリスを女扱いしてるみたいだった。
ゴールドが言ったように、クリスほにゃららという名義で電脳空間デザイナーをしている。
電脳世界では物質世界である現実では不可能な空間を作ることができる。重力を無視した廊下や現実では開けられないようなドアは当たり前。上り続けても上へ辿り着かないペンローズの階段をはじめとした不可能図形を三次元で体感できるなど、別次元に来たような体験が可能だ。
しかし、現実にない空間は現実世界に慣れた人間には慣れないようで、あまりやり過ぎると頭痛や吐き気を感じる者や中には失神してダイヴ装置の通報装置が鳴る騒ぎに発展した例もある。
電脳空間デザイナーはそう言った症状を引き起こさないようにしつつ、いかに現実にない世界を体験させるかが腕の見せ所となっているらしい。
「なによりこの門が素晴らしい! 一見すると質実剛健と言った逞しさを感じるが、一瞬でも見れば脳裏に宿る細やかな彫刻がデザインされている! 門に拘りたいと言った私の要求、期待以上だッ!!」
「盛り上がってるところ聞きたいんだが、なんで闘技場なんて作ろうとしてんだ?」
素人考えだが、この街にいるPLの数から見て闘技場を経営できればかなりの収入は見込めるだろう。だが、オリンポス騎士団がボス攻略間近なこの時期に建てるのはちょっと外れてると思う。
どうせならその金で、あの石化の鬼である土の魔王と戦うには大量のアイテムを必要とするはずなので向こうに援助物資でも送ればいい。
「闘技場を所有していれば、好きなように場を使用できるんだ。当然、そこで得た熟練度はそのまま入手できる」
「PLの訓練所にするつもりか」
闘技場は試合の日程が決まっている。一人用のRPGと違って受付でエントリーして即座に試合という訳にはいかない。せっかく体力バーがゼロになっても死なず、熟練度も得られるのにそれでは効率が悪い。
「特定の状況やモンスターを想定した試合も訓練として設定できる。ちょうど、新しく来た者達もいるから都合が良い」
「やっぱり、魔王退治に参加するのか?」
新しく来た連中の事だ。
「彼らは仕事でここに来ている。用意した手段で脱出は出来ないと分かった以上、彼らはルール通りにクリアを目指している。さすがに地の魔王攻略には間に合わないだろうがね」
ご苦労なことだ。脱出できない電脳世界に入った挙げ句に危険な前線に行こうとしているのだから。
「クゥ君は参加しないの? 魔王討伐」
横合いからミエさんがカップを弄びながら聞いてきた。
「…………俺はな」
あいつは、アヤネはどうするつもりなのかは知らない。
空き時間を利用して、俺はヴェチュスター商会の支店へと足を踏み入れる。買い物に行った連中を見つけたらそれはそれでついて行こうと思っているが、そろそろ武具の強化をしておいた方がいいと判断したからだ。
「あら、クゥ様でないですか」
店に入った途端、速攻で面倒なのに補足された。
「人の顔見るなりいきなり嫌そうな顔しないでくれますか? クゥ様のご来店を心からお待ちしていたというのに、そんな顔をされてはショックです」
よよよっ、と泣き真似するロボットが一体。
「実は金持ってないんだ」
「帰れ」
俺が来るのを心から待ってたんじゃないのかよ。
「冗談だから。今日は防具の強化と武器見に来た」
「ようこそいらっしゃいましたクゥ様。一名様、ご案内しまァ~す!」
金が神のロボットは恥も外聞もなく切り替えが早かった。
「さあ、鍛冶コーナーはこちらです」
調子づいたロボ店員の案内の元、俺は前とは見違えるほどになった商店の中を進む。規模はジブリエル公国にあったデパートみたいな支店と同等。つまり、商会は同程度の利益が見込めるとこのラシエムの港町を評価しているということになる。
「おや、バーバラ様ではありませんか」
店の中を歩いている途中、ロボ店員が立ち止まって一人の老婆に挨拶した。
老婆と言っても、腰は曲がっておらず棒でも背中に入れてるんじゃないかと疑ってしまうほど真っ直ぐ伸びている。白い髪と顔や手の皺の深さからして相当な高齢だと思うが、挨拶を返す時のキビキビとした動きから老いを感じさせない。
「店長さん、そちらの方は?」
「こちらはご贔屓にさせていただいているお客様、クゥ様です。ゴールド様のご友人でもあります」
贔屓されてたっけ? それとあいつの友人扱いすんな。同類だと思われるだろう。
等々の突っ込みは置いておいて、気になった単語が出てきたので聞いてみる。
「店長? 誰が?」
「私です。正確には支店長ですが」
「…………脅迫?」
「なんでですか。クゥ様と会う以前から支店長でしたよ」
どうして支店長という立場の奴がどこにでもいて、店番なんかやっているのだろうか。
「趣味です」
あっ、そう。
「ゴールドさんのお知り合いの方ですか。初めまして、バーバラと言います」
老婆は表情の分かりにくい顔で小さく会釈した。
「バーバラ様、今日はいかがしました? 何か入り用なら用意させますよ」
「小物を少々。もう済みましたから気遣いは不用です」
そう言って、老婆は態度と同じなしっかりとした足取りで会計所へと歩いていった。
「逞しい婆さんだな」
「ええ。施設では代表者的な方です。ラシエムに来る以前から孤児院を経営されていたとか」
アールが言っていた保護施設のことだろうか。孤児院云々は現実世界での仕事の事かもしれない。
「行きましょうか。ところで、防具の強化はいつも通りに?」
「ああ。一応、他に素材になりそうな物あるから見てくれ」
鍛冶コーナーに着いたあたりで、アイテムボックスから素材アイテムを取り出して、受付の方に山のように積み上げる。
俺の防具は軽装と重装の中間で、金属も手足の篭手と足具にしか使っていない。だから鍛冶による強化もその二つに限られる。上下の服は布装備で、裁縫屋にでも行けば強化してもらえるが布系の強化に必要な素材は大量のモンスターを狩る必要があるので面倒だ。今日持ってきた素材だってたまたま手に入ったドロップ品ばかりで種類は多くても個数が少ない。
「なら、こちらの素材を使わせていただきます。こちらが完成予想図です」
「じゃあ、それで」
空中で開いたウィンドウを流し見て、テキトーに注文する。
「承りました」
そう言ってロボ店員が篭手と足具、強化素材を持って奥へと消えていく。そして、ものの数分で帰ってきた。いや、もう慣れたけどな。
「ところでクゥ様」
「えー」
一連の定番のやり取りを経て強化された防具を装備していると守銭奴ロボが下手な感じで口を開いてきたので、速攻で不満そうな声を上げてみる。
「…………まだ何も言っていませんが?」
強化された装備、前とデザインが大分変わってる。アクションだと付けにくいから、アイテムボックスから装備するか。
「あの、私のお話聞いてくれませんか?」
「どうせ商会で作ったネタ武具買えって言うんだろ? 嫌だ」
他の商会のは知らないが、ヴェチュスター商会で金に物言わせた装備は一応高性能と言えば高性能だが、微妙というかなんというか。何か決め手に欠ける印象がある。しかも段々と穿っていると言うかネタ方向に進んでいるような気がする。
別に、こうやってNPC店で強化しているので性能には拘りないが、だからってネタに自ら進むつもりはない。
「今回のは自信作なんです。しかもクゥ様に合った装備。クゥ様の為にご用意させていただいたと言っても過言ではありません」
「えー」
そういうの逆にウザいと感じる人間なんだが。
「クゥ様、当店のポイントを多く貯めているでしょう? あんまり貯め込まれると迷惑なんでこの機にとっとと消費してください」
それが本音かよ。
「っと、メールが…………」
視界の端に表示されるメール着信知らせ。メール送信者と件名も一緒に表示されるそれを見て急にやる気が削がれた。
ゴールドからだ。たかがメール着信なのに何だか既にウザいと感じてしまっている。
内容は至ってシンプル。――皆で飯食おうぜ、と云うものだった。




