5-6
フィールドの真ん中で歓声が上がる。直後に大地が揺れるが、地震ではない。ジブリエル公国近くに出現するフィールドボスであるカニグモが俺の目の前で、大きく損傷した手足を投げ出し胴体を地に沈め、大量の土埃を舞わせる。
今やすっかり素材目的と熟練度稼ぎの為に狩られるボスだが、それでもボスはボス。ちゃんと準備をして、複数のパーティーで挑むものだが、タカネ達は二パーティーだけであっさりと倒してみせた。
格闘主体のシオが紙一重でボスの攻撃を避けながら連打を足に叩き込み、タカネとエイトが飛び跳ねながら殻の隙間である間接部位を切断し、ゴウは攻撃速度の遅い大型武器:斧を絶妙なタイミングで振り回して大ダメージを与えていた。一番効果のない射手であるシュウも矢で注意を逸らしたり雑魚を四人に近づかせないようにし、時にはハルカと共に攻撃魔法を放ったりなどして働いていた。
ボスを倒した事で起きる歓声はやかましい。
周囲から聞こえる声は見学していた他のPL達からによるものだ。ボス狩りの順番待ちをしていた彼らはタカネ達の戦いっぷりを見て、すっかり目的を見失っている。
俺? 俺は一人だけ離れて(野次馬に紛れて)戦いを観戦していた。半分サボりで、もう半分は単にあぶれた。
「つえーなー、相変わらず」
VR格闘アクションゲームで海外の大会にわざわざ呼ばれるだけはある。
ボスを倒した後、野次馬達から逃げるようにして俺達はゴールドが支配する港街へ向かった。
「器用貧乏だと、バランスの取れたメンバー内では扱いに困って大変ですよね。向こうが」
うるさいよ。というか向こうが、かよ。
ちなみにアヤネは歌スキルで(どうしても目立つらしく、これだけ野次馬が集まったのは主に彼女のせい)全員のサポート、そしてシズネは雑魚モンスター(カニグモの子供)の掃除をしていた。
俺も雑魚モンスターを狩っても良かったんだが、俺の使い魔ポジのこいつが働いてるなら俺はむしろ動かなくていいんじゃね? とか思ったので止めた。
シズネの戦い方は武器を装備しての攻撃だ。使い魔やペットは専用のアクセサリーを装備できるが、こいつは人型だからPLが使う武器と装飾品を装備できた。それなら普通に防具も装備できるだろ、とか思ったんだがメイド服を脱ぎたがらなかったので諦めた。
「今から馬鹿殿の所に行くわけだが、一緒に来たい人ー」
港街の前まで到着し、引率の先生っぽく聞いたら全員が手を上げた。暇なのかお前ら。
正直言って、人目を引くこいつらを連れてゾロゾロと歩きたくはなかったんだが、だからって置いていくわけにも行かなかったので仕方なく全員つれて街の中を進む。
「大きな街ね。プレイヤーもたくさんいて賑やか」
「前はもっと地味だったんだけどな」
「街の運営権をプレイヤーが奪ったって聞いていたけど、大したものね」
タカネが感心したように言って、港街ラシエムを見回す。
元の名前は忘れたが、ゴールドの領主特権で港街は『ラシエム』と名前を変えていた。そして俺がここを出てそう期間を置いていないのに、港街は見るからに発展を遂げていた。
タカネが言ったようにPLの数が多く、広場の方では迷路を形成するように露店が密集しており、ここがどれほどPL達に活用されているのが分かる。それに、街の外観も前と違って僅かに変わっていて、改築されてたり新たに建てられた建物が多くあった。
前はタバコ屋みたいな感じだったヴェチュスター商会の支店が十割増し以上に立派になっていたのを見た時は、不意に怪しくも純真無垢で爽やかな笑みを浮かべる馬鹿と守銭奴の顔を思い浮かべてしまった。ついでに笑い声も城の方から聞こえてきたような気がしたが、幻聴だろう。うん、多分きっとそうだ。
「やあ、待っていたよ親友! そしてようこそ、鈴蘭の草原の皆さん! フハハハハッ」
顔パスで城館の門を通って中に入った途端、玄関前ロビー中央にあるデカい階段の踊り場で成金趣味全開な装飾品過多装備の馬鹿が俺達を出迎えた。
「………………」
後ろにいるタカネ達が俺に視線を送ってきやがった。いや、そんなこっち見られても俺の方が逆に困る。
「おい、アール!」
とりあえず助けを求めてみる。
すると――別に俺の声に反応したわけではないんだろうが――二階から地味めなあのメイドロボが警備兵らしき鎧姿のNPC達をドタバタと音を立てて引き連れ現れると、五人掛かりで馬鹿を担ぎ一陣の風が吹くようにあっと言う間に二階へと戻っていた。
何がしたいんだあいつらは?
「愉快な人ね」
比較的慣れた筈である俺でさえ唖然としていた中、ミエさんが本当に愉快そうに言った。ああ、確かにあいつ(の脳)は愉快ですね。
「ええと、大変お見苦しいものを見せてしまって申し訳ない」
そして、NPC達が消えた二階の奥からローブを羽織った魔術師姿のアールが代わりに現れた。
「領主が休んでいる間は僕が応対するよ」
こいつはこいつで苦労してそうだ。
階段を降り、俺達の前まで来たアールはまず自己紹介した後、すぐに話を切り出してきた。
「話は一応聞いてるよ。でも、キリタニさんら対サイバーテロ課の人たちは狩り場に行ってて、まだ戻って来てないんだ」
なんだよ。こっちはあらかじめ連絡入れておいたのに。
「ギリギリまで熟練度稼ぎをしたいらしくて、時間指定もされてなかったから。こっちでメールを送っておいたから夕方までには戻ってくると思う」
「その間ゆっくりするといい! 何か入り用なら用意させよう! 当然、部屋もね!」
ゴールドが戻ってきた。さっきと違って普通に鎧姿で、二階から階段を降りてきながら叫ぶような声を出している。
「アレ、頭おかしいけど気にしなくていいぞ」
「ある程度聞き流しておけばいいのね」
さすがに自分のゲームサークルにクリスを入れているだけあってタカネは器がでかかった。
元々用があるのはミエさんだけで、タカネ達は城の中を珍しそうに見物し始める。同時にメイドロボが現れて、客間がどうのとか話し始めた。
「…………アール」
皆が空いた時間を各自で活用しようと動き出したのを見計らって、俺はアールを呼ぶ。
アールがこっちに振り向いたと同時に俺は目だけ動かしてシズネを見、すぐに戻す。それで伝わったようで、アールは頷いてロビーから廊下へと歩き始める。
「ちょうど良かった。こっちからも話しておこうと思ってたんだ」
アールの隣に並んで歩く。方向からして、多分こいつの研究室に向かっている。
「ラシエム、だっけ? ここ、大分変わったな」
誰がどこで聞いているのか分からないので、アールの研究室に行くまでの間、軽く雑談する。実際、短期間で驚くほど発展を遂げていたので気にはなっていた。
「現実世界と違ってある程度は過程が省略されるからね。建物も、カタログに載ってる既存のなら一日で建て終わる」
「カタログに載ってないのは?」
「設計図がちゃんとしてれば同じ。でも、どこか設計ミスがあるとそこで建築が止まる。無視して建てることも出来るけど、大抵は崩れる。ゴールドが設計したのは色々と凄かった」
どうやら、実際に試したらしい。あいつお手製の家ならさぞかし派手にぶっ壊れたのだろう。
「泥棒を撃退するために子供が家をトラップハウスに改造する大昔の映画があるんだけど」
「ああ、あったなそういう映画」
「ゴールドが設計した建物は最初からトラップハウスになってた」
「なんでだよ」
わざとやってるとしか思えない。
「街の中だしダメージはないから安全と言えば安全なんだけどね。おかげで子供達の遊び場になってる」
「子供?」
モモの事か? だとしてもあのガキがそんなアトラクションで遊んでいるなんて想像できな――
「………………なんだあれ」
廊下の窓から見える中庭の方で、モモと数人の子供が人間を丸飲みできそうな虎っぽい生き物と戯れていた。
「サファリパークでも開園したか?」
「あれはモモのペットだよ」
窓からの光景は保護者が見たら卒倒しそうなほど凄い絵面だ。虎、という実在する動物(大きさはともかく)のせいでより現実味が増す。
「あんな高レベルモンスターをペットに出来るほどテイマーの熟練度高かったか?」
<情報解析>で見れる虎のステータスは一般PLが連れ歩いている狼やら大鷲と比べて格段に高い。
「どういうわけかモモに懐いてるんだよ。もしかすると、君のシズネと同じかもしれない」
「君の、とか言うな」
シズネと一緒ということは…………。
「つか、いつの間にあんな社交性身につけたんだ、あのガキ」
「子供達の事? あの子達は施設で保護してる子達だよ」
「施設?」
「うん。エノクオンラインにはモモよりも幼い子だってログインしていた。キャンペーンで保護者同伴だったり」
そういえばタカネ達とキャンペーンに参加した時、親と一緒に来ていた子供が何人かいたな。
「子の安全を守ろうとする親達が協力して建てた、まあ保護施設みたいなものだね。実際、一緒に来ていた親を亡くした子供もいるわけだし」
「それをゴールドが援助してるのか。わざわざ日本の治安組織の連中にも協力してるんだろ」
「利益云々を無視して、金があるならそれをお必要とする人に分け与えるのが彼のスタイルなんだよ。富める者は貧しい者に、ってやつだね」
そこまで殊勝な心がけを持ってるとは思えないがな。あいつ、神に祈りながら硝煙まき散らすような奴だし。
「ここだ」
話してる間に着いたようで、アールは扉の前に立って鍵を開け始める。
両開きの、周囲の壁が木製に対して鉄製の扉は何の装飾もない頑丈さだけを重視した物だろう。そして扉の左右には、
「コレ、どこで売ってんだ?」
二体のガーゴイル像が門番のようにして左右に設置してあった。
「城館の増築や改築する時カタログに載ってたんだ。他にそんな情報は無かったから、城や砦にだけ設置できる調度品だね」
耐久値じゃなくてステータス表示される調度品とか。
扉が開き、アールを先頭にして部屋の中に入る。城の外観や廊下と同じように部屋は中世風の様式ではあったが、立体ホログラムやプログラムコードを書き込んだと思われるウィンドウが幾つも浮いていて、なんだか別世界の様相だった。人形や機械だらけの元領主の部屋よりはマシだけど。
「厳重だな」
さっきのガーゴイルもそうだが<情報解析>から分かる範囲で相当セキュリティが高い。
扉の方は<聞き耳>スキルを無効化させる効果があるようだし、壁や宙に浮かぶ魔法陣は魔法という名のファイアウォールだ。
「ここなら会話を盗み聞きされる心配はない。他にも同じような防御策を施した部屋はいくつかあるよ。当然、君達の為に用意した客室にもね」
そのあたりはエイトやシュウがいるので心配していない。
扉を閉めると、アールは簡素な木製のイスに座り、もう一つを俺に勧めた。
「ユイに会った」
座りながら用件を伝えるとアールがいきなり吹き出した。
「汚ねえ」
「い、いきなり言われるからちょっとびっくりした。あー、そっか、ユイもか…………。何だった?」
「天使」
「へえ、よく似合ってるだろうね」
見た目はな。
「で、結局どうなんだ? 対サイバーテロ課だっけ。そいつらから外の情報とか聞いたんだろ」
「うん、まあ…………。この前、多くの人を集めて色々と情報を共有したんだけど、間違いない」
「本人か」
「定義が難しいけどね。エノクオンラインを作った八人は人をデータ化する技術を持っているのは間違いない。なんでそんな事をするのか分からないけど」
「…………条件は?」
死んだ奴全員が黄泉がえりなんてしてたら、外からの新たなPLのログインとか関係なしにもっと早い段階で掲示板とかで話題になっていた筈だ。
「憶測でしかないけど、新型のダイヴ装置でログインした人がNPC化する可能性が高い」
「ふうん。そういえば、なんで魔導人形だったり天使だったりするんだ? セレスティアの近くで多くいるっていうのは聞いたんだが」
「それについてはなんとも。ただ、誰かさんが調べてるみたいだからそれを当てにしてる」
セティスの動きまで掴んでるのか。いや、情報面で協力してるか、向こうが敢えて掴ませてるのかもしれない。
「そうそう。関係ないけど、魔族にも元PLがいるみたいだ」
「アマリアだろ」
「知ってたの?」
「シズネを見た時に、もしかしてと思っただけ。そいつらはプレイヤーだった時の記憶は?」
「忘れてるみたいだ。時折、プレイヤーだった時の癖や言動をする時があるみたいだから、消去されてる訳じゃなく思い出せないんだ。記憶喪失みたいなものだね」
全部が全部そうでないだろうけど、イレギュラーな行動を起こすNPCはどうやら元PLのようだ。彼、彼女らはNPCとして与えられた役割を演じながらも過去の記憶が時折現れるのか役割を外れた行動を取る。
「…………なあ」
「なに?」
「素朴でどうでもいい疑問なんだが、エノクオンラインを作った連中は何がしたいんだ?」
「さあ、分からないね。新しい世界でも作りたいんじゃないかな」