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ホテルに戻ると、ロビーのすぐ隣にあるバーでミエさんとクリスがカウンター席に座っていたのを見つけた。
「なにしてんだ二人とも」
「あら、クゥ君お帰り。どこ行ってたの?」
「ナンパ」
「あはははははっ!」
ミエさん大爆笑。
ネタで言ったとはいえ、今のどこにそこまで笑うところがあったのか。普通に傷つくんだけど。
「で、何してんの? 他の連中は?」
「みんな部屋に戻ったわ。女の子はパジャマパーティー」
「参加しないの?」
「そんなはしゃぐような歳じゃないから」
どんなに悪意的に見ても二十代半ばにしか見えない外見のくせに。
「私は、一応体は男だし」
言われなくても見て分かる。
「お昼のアヤネちゃんの話で思い出した事があってね。それでちょっとどうしようか考えてたの」
「話って、治安組織の人らが来たことか?」
ミエさんの隣に座って、バーテンのNPCに適当な酒を注文する。
「うん。実は日本のサイバーテロ対策課に大学時代の友達がいたのを思い出してね。新聞の写真の方に写っててこっちに来てるようだし、何か聞けないかなと思って」
日本にそんな組織がちゃんとあったんだな。
「あんま興味なさそうにしてなかったっけ?」
バーテンから酒を受け取り、口に含む。果汁の多い、アルコールというよりジュースみたいな飲み物だった。その分飲みやすいが、もっと量が欲しい。
「新聞や掲示板で得られる程度のはね。でも直接聞けるのならそれに越した事はないから。年長者として色々考えとかないといけないかなぁ、って」
だからこの二人がこんな所で酒飲んでるのか。
この中ではミエさんが一番歳喰ってて、その次がクリスだ。逆に一番下が見た目通りにアヤネで、次に若いのがエイトだったりする。
「じゃあ、聞きに行けばいいんじゃない?」
「それはそうなんだけど、さすがにアポもなしじゃ失礼だから最初に連絡できないかクリスに当たってもらってるの」
大人だなー。
チビチビとアルコールを摂取する。話が難しくなりそうなので割とどうでもいい。どうでもいいが、さすがにここで話を打ち切るのもアレなので先を促す。
「それで、連絡は付きそうなのか?」
ミエさん越しにクリスの方に視線を送ると、小さく頭を振られた。
「アーティスト仲間の伝を頼ってみたら可能だけれど、そうすぐには無理ね」
エノクオンラインでもそんなコミュニティを形成していたのかこのオカマは。
「ふうん。そういや、そいつら今どこにいるんだ?」
新聞の方にはそれ以降のことは書かれてなかった。
「シュウ君によれば、それぞれトップクラスの大ギルドの所にいるらしいわ。そこで熟練度を上げてボス攻略に参加するようね」
「時間かかりそうだな」
いくら訓練受けた人でも、ここではせっかく鍛えた身体は無意味だ。VRの性質上、技術は無駄にならないがやっぱりステータス差が厳しく、すぐにはボス攻略に参加できる程の熟練度を稼ぐのは難しい。それでも攻略情報や低熟練度で装備できるアイテムが出揃ってる分、初期の頃よりは伸びやすいだろうが。
「ああ、だから大ギルドに入ったのか」
「協力者という形をとっているからギルドには入ってないみたいだけど」
「そのギルドメンバーに仲介を頼むのは駄目なのか?」
<鈴蘭の草原>は規模こそ小さいが、知名度なら昼間の騒ぎから分かるように他のギルドに負けてない。そんな所の頼みなら向こうだって無碍にしないはずだ。
「大きい組織って色々面倒だから」
まあ、人が多いとどうしても動きが遅くなる。フットワークの軽さなら<ユンクティオ>をはじめとした中堅ギルドだが、やっぱり装備やアイテム、素材などに差が出る。
「それに知り合いがいるのはギルドじゃないのよ」
「ああ、そうなの」
ちょっと真面目ぶった意味が無かった。
そんな俺の空振りっぷりが分かっているのか、ミエさんは小さく微笑んで続きを話す。
「NPCから地位を奪った変わり者のプレイヤーのところにいるらしいわ」
…………すっげー心当たりあるんだけど、おい。
俺の不安を煽るかのように、クリスがフォトを空中に表示させた。それには、斜め四十五度の角度でピースサインをしてカメラ目線な馬鹿の姿がやっぱり写っていた。
「カリスマスキルを使って領主に成り代わったらしいわよ。港町を支配してるから、資産はトップギルド以上になるわね」
「ふうん」
「…………ふぅん」
知らないフリをしてると、ミエさんが俺の肩に頭を乗せて体重を預けてきた。
「……ナニヲシテラッシャルノデショウカ?」
アルコールの酔いか朱のかかった色っぽい頬をしたミエさんが顔を上げる。熱っぽい息が首筋にかかった。腕も組まれて、互いに指が絡まっている。
俺を見上げる、タカネと同じ瞳が光を反射して俺の顔を映していた。
「――クゥ君、このゴールドっていう人とお知り合いなんだ」
腕と指の関節がいつの間にか極められていた。
「なにを根拠にそんな事を」
攻撃禁止エリアである町中だから痛くはないし無理矢理拘束を外す事もできるが、ここで逃げれば認めたも同然だ。
「顔に書いてあるわ。伊達に付き合い長くないわよ?」
「………………」
トボケても無駄のようだった――チッ。
「まあ、知り合いといえば知り合いだ」
「フレンド登録してある? ――あっ、あるんだ。それじゃあ、お願いできるかしら。サイバーテロ課のキリタニさんにアポを取りたいって」
「えー。ぶっちゃけ、あの馬鹿に関わるとロクな事ないから嫌なんだけど」
とか言いつつ、フレンドリストを開いてメールの準備をする。弱いなぁ、俺。
「というか、ネームが実名とは限らないけど名指しでいいのか?」
「仕事で来てるんだから実名よ。そうじゃなくても、自分の本名知っている人からの接触なら無視に出来ないでしょ。私の名前も出していいから」
身を乗り出され、表示状態にしたメールウィンドウをのぞき込まれる。イイ香りと肌の温もり、そして弾力が伝わってきて密かに役得であった。
「あら、フレームいじってないの。デフォルトのままじゃなくてもう少しお洒落してみたら?」
クリスは席から立って、後ろから見下ろしてきた。途端に冷めた。
「メンドい」
そもそも、フレームのデザイン変えられるなんて知らなかった。
「ところで、俺ってそれほどまで顔に出やすい?」
「普段無愛想な分、小さい変化が目立つの。逆に本気で隠したい事があると全然分からないんだけど」
メールウィンドウから顔を上げ、ミエさんの瞳が再びを俺の顔を映し出す。我ながら人形のような感情のない、無機物な色だった。
『全員分のサインで引き受けよう』
というのがゴールドからの返事だった。あいつ、売りさばく気だ。所詮ゲーム内通貨だが、この世界では馬鹿にできない。飢餓状態で体力が減る以上、引きこもっているPLでさえ食費を稼ぐために街を出てモンスターを狩らなければならないのだ。
今朝、全員がロビーに集まった所でミエさんがゴールドのいる港街に行くことを提案。北方地方にはあまり行ったことがなく、金属性のカニグモと戦ってみたいという事でその提案は受け入れられて俺達は天使の街を出る。
しかし別に急ぐ用件でもないので、モンスターを狩りながら二つ三つ先の転送装置まで歩いていくことに。ゴールドには今日中に行くとだけ伝えてあるので、港町に行く前にカニグモの所にも寄る予定。
その道中――
「ィアアアッ!」
シオが猿叫みたいな声を上げて浮遊する結晶のようなモンスターをブン殴った。その拳は炎を纏っていた。
見た目通りガラスの割れるような音と共に砕け散り、青い粒子となって消えていくモンスター。
隣ではシオの弟であるエイトが両手に持つ振動する剣でザックザックと他のモンスターを寸刻みにしている。この姉弟相変わらずだ。
別の所ではヤベが地面に斧を叩きつけ、そこから衝撃波と共に地面がめくれていき、小型のモンスターの集団を吹っ飛ばす。
「もしかして全員、複合攻撃のスキル覚えてるのか?」
俺の隣に並んで歩いているシュウは時折弓矢で飛行するモンスターを撃ち落としていた。
「武器扱う前衛はね。後衛だと弓を使う僕だけ」
それでも八人中五人が<複合攻撃>使えるとか。
<複合攻撃>はヴォルトの街でネピルが使った魔法剣の事でもあり、武器(格闘含む)の熟練度と魔術(属性は自分の属性のもの)の熟練度両方が一定以上高いと覚えれるこのスキルは物理と魔術のダメージ計算がされる。明確に属性が設定されているエノクオンラインのモンスター相手に弱点の属性で複合攻撃を加えられれば、更に大きなダメージを期待できる。
ちなみに、<鈴蘭の草原>のメンバーの内約は、前衛に格闘家のシオ、二刀流のエイト、斧使いのゴウ、槍使いのタカネ。そして後衛は弓と補助魔法を使うシュウに、炎系の魔術師のハルカ、錬金術スキルで作成したアイテムで攻撃や補助をするクリス、そして主に回復を担当するミエさんだ。
人数的に二つのパーティーが作れ、一つが俺とタカネ、アヤネ、シュウ、エイト。二つ目がシオとヤベ、ハルカ、クリス、ミエさんだ。まあ、パーティー分けは得られるアイテムや金などの分配が自動で楽なのと、補助魔法の効率化の為なのでみんなゾロゾロと好き勝手に歩いている。第一、歌スキルの使い手であるアヤネがいれば補助に関しては問題ない。
「レベルキャップが掛かってるせいで最近熟練度の伸びが悪いんだよね。多分、魔王を一人でも倒せば次の段階に移れると思う」
まだまだ伸びしろがある上に気にしてなかった事なのでどうでもいい。
「そういや、優等生のいるギルドが地の魔王を攻略するとか言ってるけど参加するのか?」
「いい加減名前で呼んで上げればいいのに……。オリンポス騎士団からは協力要請が来たけど、断ったよ」
「なんで?」
今更危険だからという理由で後込みするような連中じゃない。
「エノクオンラインのモンスターや魔族って、プレイヤーを割と本気で殺しにかかってるよね。街襲撃や途中のダンジョンで魔王が眠ってたり」
「そうだなー」
東の大鍾乳洞で石の棺を開けたらボスクラスどころか魔王が寝てたなんてどんなトラップなのか。目が合った瞬間に嫌な予感がしたのでとっさに離れたが、それでも視界に入っていた腕が石になったりとこっちの攻撃が単純な防御力差で利かなかったりとあの女魔王は凶悪だった。
「だから、魔王を倒した後に何か起こるんじゃないかってことで各地方にいる有力ギルドは警戒に当たることになってるんだよ」
「ふうん」
地の魔王城攻略はモンスター再出現のサイクルが短く時間が掛かっているものの、それでもダンジョンマップの七割を制覇し、魔王の玉座を見つけるのも時間の問題だと言われている。
「玉座までのルートを確立したらPLやギルドの人手を再召集して準備する予定で、それまで暇なんだよ」
だから蟹狩りとか、相変わらずアグレッシブな。
アグレッシブ代表の、前を歩いているタカネに視線を向ける。彼女の隣にはアヤネが並んで歩き、そのやや後ろをシズネが影のようにつかず離れずでついていってる。
「タカネとアヤネさん、随分仲良くなったね。二人とも黒い長髪で綺麗だし、なんだか姉妹みたい」
ミエさんも隣を歩いていたら、端から見れば三姉妹に見えたかもしれない。そのミエさんは二人の少女とメイドロボの背中をボンヤリと眺めて考えごとをしているようだった。
「そうだなー。ところで、あれ引っ張りたい」
タカネのポニーテイルを指さす。まさに馬の尻尾のように揺れるあれを見ると無性に引っ張りたくなってしまうのは何故だろう。
「止めなって。その猫みたいな習性で引っ張って、その度に怒られてるじゃないか」
「そうなんだけど、ついつい――」
「あっ」
言いながら、手を伸ばしてタカネをポニーテールを引っ張る。
「痛い!」
速攻で回し蹴りを食らった。
フィールドなので普通にダメージを受け、俺の体は派手に吹っ飛ばされた。