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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
プロローグ
5/122

0-4


 場が騒然となった。

 元からパーティーを組むなどして集団行動していた連中が口論にも似た勢いで話し始め、一人でプレイを開始していた奴は訳が分からないといった様子で意味もなく周囲を見回す。

 現実世界と同等或いはそれ以上に感じる痛み、ログアウトが不可能、外部との連絡がつかない、死亡したPCが復活しないなど等。

 それがバグではなく、最初から仕組まれていた事だとフザけた内容のクエストが状況証拠ながら証明している。

 その中で、一部のPCプレイヤーキャラ――いや、PLプレイヤー達の一部が街に引き返すか街道へ走り出した。その動きには迷いが見られない。

 そして俺は――

「換金しよ」

 とりあえずガメたアイテムを売ることにした。

 回復アイテム買わな。

 街に入り、アイテムショップで換金アイテムを金に代えて回復薬を買う。

 空腹になったり、生きるのに必要な栄養はどうなってるのか気になったが、一応保存食も買う。現実世界での配慮は治安機構にお任せしよう。

 ついでに武具屋に行って何か買えそうなのがないか見て回る。

 ログアウトできないとか、死亡したら復活しないとか、それってつまり現実世界と変わらないわけだ。

 なら何も慌てることはない。

 クエストの達成だって、きっと真面目でゲームの上手い奴が頑張ってくれるだろ。ゲームが別に得意でもない俺は好きにやらせてもらう。

 少しの間見て回り、特に目ぼしい物がないと判断した俺は店を出る。その頃には右往左往していたPL達の姿は拡散としていた。

 代わりに、酒場らしい建物の中から喚くような声が聞こえた。

 無視して、門の方に行くとチャットウィンドウが突然開き、街内にいる全PLが見れる全体チャットが表示された。


《全体チャット》

『おい、自棄起こして酒場で暴れてるのがいるぞ』

『このゲーム、ちゃんとアルコールの味がする上に酔えるみたいだ』


 あっ、そう。

 関係ない事だ。巻き込まれたくないし、野次馬する気にもなれない。

 ただ、本物同然の酒があるのは良い情報だ。

 他にも、全体チャット内に次々と文字の羅列が並んでいく。

 イベントかドッキリだと言い張る奴、暢気に他の連中がどうするのか聞いてくる奴、誰かの名前を叫んで探す奴。

 色んな文字が飛び交っていた。

「………………」

 ウィンドウを消して設定をイジる。さすがにいきなり出てくるとビビるので、全体チャットを常に非表示にしておく。

 酒場から聞こえる悲痛にも似た声を後ろに、俺は門から街の外に出た。 

 どうやら思った以上に買い物に時間をかけていたらしく、陽が沈みつつある光景がそこにあった。

 幻想的な景色でありながら圧倒的な存在感とリアリティがあり、まるでこちらが本物だと勘違いしてしまいそうだ。

 いや、ここで死亡すれば実際に死ぬというのなら、ここも現実に違いない。少なくとも現実を構成する一部分なのは間違いない。

 先程そう認識したじゃないか。

 街の外には、街道に沿って狩りを行っていたPL達が大勢いた。周囲のモンスター達を狩り尽くしてしまったのか、再出現の出待ちをしているようだ。

「アホらし」

 メニューからマップを表示させる。

 マップには、最初は始まりの街しか表示されていないが自分で歩き回る事による自動マッピングか、ショップで地図を購入しての拡張で情報が増えていくようになっている。

 アイテムショップで買った地図には、始まりの街から三つ伸びる街道とその先にある三つの街が載っていた。

「さ~って、と」

 俺は剣を地面に垂直になるように立て、手を離す。

 支えを失った剣が地面に倒れ、剣先が南東の方を向く。

「よし、あっちだ」

 南東に向かって歩く。

 すぐ目の前からいきなり森になってるが気にしない。

 森に入った途端、陽の光が届かないのか急に暗くなった。

 茂みが邪魔くさいが、決して通れないというわけではない。剣を装備した状態で邪魔な枝を払いながら先に進む。

 しばらく進むと、その茂みの状態が少しおかしいのに気づいた。

 なんと言うか、少し開けているというか。無理矢理左右に押しやられて枝が曲がっている。中には折れて地面に落ちているものもあった。

「あん?」

 落ちた枝の一つが地面にめり込んでいる。しゃがんでよく見てみると、人の足跡が残っていた。

 誰かが先に通ったのだろう。足跡は小さいのと大きめのが二つ、計三つあった。

 俺以外にもこんな所を通る物好きな奴がいたのか。というか、VRではっきりと足跡が残るってどんな処理だよ。

 足跡を辿るスキルは、斜め読みした公式のゲーム説明のスキル欄にあったはずだが、これだとその意味がないだろ。

 いや、熟練度制なのでもしかするとこういう事を積み重ねていってスカウト系やレンジャー系のスキルを身につけるのだろうか。

「もっと真面目に説明書読んどけば良かったな」

 メニューにはヘルプの項目がない。

 最初は読まずに進めて分からなくなったら説明書を見る俺にとって大分手痛い仕様だった。

 と、首を傾げて唸っていると、奥から悲鳴が聞こえた。

「………………」

 うっわ、いきなり面倒ごとだよ。


 別にやましいことは無いのに、極力音を立てないようコソコソと悲鳴の聞こえた場所に――丁度進んでいた南東方向の進行上だったのでしょうがなく向かってみると、一組の男女がいた。

 言い合い、というか背の低い女子が悲鳴を上げて、男の方が怒鳴っている。

 男に手首を捕まれ、女子は必死に逃げようと抵抗するが男に顔を殴られ地面に押し倒された。

 ………………これはあれか? レイプ現場というやつか? VRとは言え、エロゲ以外で見るの初めてだ。というかエロい事ありなのかこのゲーム。

 いや、そんな事よりもこの状況をどうしようか。

 昔、夜の公園でイチャつくカップルに爆竹投げるという古い遊びをしていた(貴音にバレてメッチャ叱られた)時と違い、レイープ現場は初だ。

 どうしよう。マジで。

 女の方ももっとマシな抵抗ができるだろうに。男女の筋力差はこの世界に存在しない。ゲームが開始されて半日は経っているが、パラメータ的にまだどのプレイヤーもそれほど差がない筈だ。

 だが、その理由もすぐに気づいた。

 闇に目が慣れたのか、それとも何かしらの熟練度でも上がったのか、二人の周囲に武装一式とアイテムが転がっているのを見つけた。

 足跡は三つ、そして今現場にいるのが二人。だとすると……ああ、抵抗して、一人は殺ったが二人目に結局取り押さえられたのか。

 納得した上で、さてどうしよう。

 俺には覗きの趣味は無い、むしろ爆竹を投げるタイプだ。そしてほんのわずかでも善意やら正義感があるタイプでもない。

 昼に三人組パーティーを助けようとしたのも気まぐれ。

 経験談が言わせてもらえば、こういった犯罪現場は身内が関わっていない限り見なかった事にするに限る。でないと面倒だ。

 だが――

「南東に進むには、あの二人邪魔なんだよなあ」

 何故盛った男の為に俺が進路を変えないといけないのか。

 茂みの中からそっと出て、ズボンに手をかけた男の背後に回る。男の生脱ぎを目撃するなんて最悪だ。

 男の荒い鼻息もバッチリ聞こえる。う~ん、キモい。真性の変態はこんなに気持ち悪いものなのか。

 男がベルトを外し、ズボンを下ろした。

「フン!」

 その瞬間を狙って剣を男の股間めがけて振り上げる。

「~~~~ッ!?」

 声にもならない悲鳴を上げて、男は谷間を押さえながら倒れた。

「きゃあッ!?」

 男がのし掛かるように倒れてきたので、女子が悲鳴を上げて男を振り払い尻餅をついたまま後ずさる。

「さすがに全雄の弱点。すげぇクリティカルしたな」

 男のライフバーが結構危ないところまで減少している。

 服を脱ぐということはつまり防具を脱ぐという事で、この大ダメージは当然の結果だ。

「あ――ががっ、くっ。て、てめえ!!」

 尻を上に突き出して股間を押さえるという恥辱にまみれた格好のまま、首を動かして男が俺を見上げる。

 まだ若い、俺と同年代のやつと思われる。

「あっ!? て、てめぇはもしかして神崎!」

「――あ?」

 何でこいつ俺の実名知って――あっ、思い出した。

「お前確か中学ン時の……」

 昔、俺をリンチしてくれやがった奴だ。

 あれから年月が経って醜悪さが増した顔をしていたので気付かなかった。

「こ、こンのクソ野郎が! 惨めったらしく泣いてた雑魚のくぜがぁっ!?」

 うるさいので剣先を口に突っ込ませる。

「あが、がががが……」

「妙な所で妙な奴に妙な縁があったもんだ」

 妙を三回も言ってしまった。

「でも良かったよ。そんな因縁っぽいのがあって」

 果たして因縁と言っていいものか。

 一瞬、襲われていた女子の方を見る。自分の胸元を押さえ、荒い呼吸を繰り返している。何が起きたのか分からないといった様子で俺達のやり取りを見つめていた。

 …………でも、この場そういう事にしておこう。

 まあ、進行方向にレイパーがいたから殺しました――じゃさすがに体裁が悪い。

 この閉じられた電脳世界では体裁も治安機構もあったもんじゃないとはいえ、気分の問題がある。

 こいつが一応、俺の人生に関わりがあったおかげで復讐っていう構図が成り立つ。

「あ゛っ!? が、あああっ!」

「やかましい」

 そのまま、剣に力を込めて突き刺す。

「あがっ!?」

 口の中から喉へと刃が突き刺さった瞬間、男の姿が青白い光に包まれて消えていく。

 体力バーがゼロになったのだ。つまりは死亡。あのクエストに書いたあった事が本当なら現実世界でも何かしらの手段で本当にこいつは死んだことになる。

「はっは、ザマーミロ」

 少女に聞こえるよう言ってみるが、反応はない。今のはさすがにわざとらしい言い方だったか?

 とりあえず男が残したアイテムを回収。コカンギリブレードはバッチィので捨てて、代わりに男の持っていた剣に持ち帰る。最後に、硬貨の入った袋を拾う。

 このゲームではお金はこのような袋に入っており、手に持てばいくら入っているのか確認できるようになっている。

 俺はそのお金を二等分する。すると袋も二つに分かれた。

「………………」

 襲われていた女子に振り向く。黒い長髪の小柄な少女だった。

 彼女は依然尻餅をついた体勢で、驚いた様子で目を見開いている。

「これ、口止め料な」

 言って、半分に分けた金の入っている袋の一つを投げ渡す。

 別に本気で口止めになるとは思っていない。

 形式的、場の流れ、カッコつけ、概ねそのあたりの行動だ。意味なんてあまりない。

「きゃっ!?」

 自分の胸元に物が落ちてきたの事に、さすがに慌てたのか少女が手をバタバタを動かして袋でお手玉するような格好になった。

 その隙に、俺は踵を返して森の奥に進む。進行上に醜くて邪魔する障害物がなくなったのだからこれ以上ここにいる気はない。

 背中に少女が呼び止めてる声が聞こえたが、聞こえなかったことにして俺は真っ暗な森の奥へと俺は進んだ。

「やっと一人になれる…………」



 ◆


 クゥが一人森のフィールドを進み始めたのと同時刻、始まりの街中央で数人の男女が集まっていた。

「見つかった?」

「駄目。そっちは?」

「こっちもだよ。全体チャットにも反応なし。もしかすると、別の街に移動したのかも」

 何の共通点の見られない彼らは、初期装備とは違う武具やアクセサリーなどを僅かにだが装備しており、その時点で他プレイヤー達と差がある事が窺える。

「最初の時、舞い上がっちゃって誰もフレンド登録してなかったのが失敗だったわね。いざとなれば現実世界で連絡取れると思ってたから」

 短い杖を持った女性が、困ったように頬に片手を当てる。

「どうするタカネ?」

「………………」

 リーダー格であるタカネという少女は弓を持った少年の言葉で、何か考え込むように腕を組んだ。

「誰も言わないから敢えて言うが、もう死んでしまった可能性は?」

 背に斧を抱えた大柄な男が口を挟む。

「……最悪の場合、それはあるわね」

 悲痛な面持ちながら、タカネはその可能性を否定しない。

「ハルカとシオが戻って来たら、クゥ探しは中止して……丁度戻って来たわ」

 二人の女性が駆けつけて来ていた。一人は眼鏡を付けた少女、もう一人は男と比べても長身の女性だ。

「クゥさん、少し前までここにいたそうです! 門から出ていくのを、酒場にいた人が見ていました」

「ただ、そこからどこに行ったかはさすがに知らなかったみたいだけど」

「あらあら、外に行っちゃったの……」

 短い杖を持つ、タカネとよく顔立ちが似た女性が空を見上げる。

 日は沈み、空には星が輝いている。雲一つない夜空からは月の光が届いているが、だからと言って外を出歩くような明るさではない。

「クゥの悪い癖が出たわね。あいつ、きっと私達の事忘れてるわ」

「クゥは一度一人で行動しだしたらオズワルドの魔弾並に訳の分からない動きを取るし、仮に向かった方角が分かっても追いつけないかも」

「空気読まずにぶっちゃけるけど。彼、頭おかしいわよね」

「知ってる」

「それで、どうしますタカネさん」

 剣を二本腰に差した青年がタカネを見た。

「…………ねえクリス、本当にこの世界で死んだら現実でも死ぬと思う?」

「可能性はゼロじゃないわ」

 決して死んだ可能性を否定しなかったタカネの続く言葉に、線の細い男が女言葉で答える。

「このゲームの制作者の中に、電脳世界の基盤根底とダイヴ装置の開発者達の名前があるわ。あのクエストの依頼者がそう。もしかすると、最初からこのつもりで細工がしてあった可能性だって……」

「まさかそんな……」

「あり得るわよ。天才は常人には理解できないものだし」

「理解云々は置いておいても、やっぱりログアウトできないのは確かだし、ドッキリとかイタズラだったとしてもちょっと恥をかくだけで済むならゲームとはいえ死亡しない方がいいわ」

「…………よし、決めたわ!」

 短杖の女性の言葉にタカネが一つ頷き、声を上げて周囲にいる仲間達の注目を集める。

「今後の方針として私達は攻略を目指す。クゥの事はひとまず保留!」

「いいの?」

「仕方ないわ。シュウの言う通り、一度逃げたらそう簡単に捕まらないし、運に任せるしかないわ」

「巡り合わせというものね。きっとまた会えるわよ。運命ってそんなものでしょう?」

「そういうの好きですよね、ミエ姐さん」

「だって素敵じゃない。ロマンがあって。特にこんな世界でこそ、そういうもの信じたっていいんじゃない?」


 ◆


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