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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第五章
49/122

5-4

「ちょっと散歩してくる。シズネはここに置いておくから」

 夜、それだけを言って俺はホテルから路地に出る。使い魔扱いであるシズネは俺の居場所が分かる。逆に俺は分からねえけど。

 あれからラウンジでダベっていた俺達はそこで夕食を取り、元々取っていた宿に戻るのが面倒になったので今晩はそこで一泊(鈴蘭の草原のギルド共有資金で)する事になった。

 アヤネはすっかりタカネ達と仲良くなったようで、飯を食い終わった後も女子は仲良く談笑していた。

 女三人寄れば文字通り姦しいらしいが、女衆は育ちが良いのか賑やかながらも決してうるさくは無い。それでも男連中(クリス除く)が割って入れる訳がなく、男は男で勝手にやっている。俺の散歩もそうだ。

 堅い音のする石の階段を降りたりして街をブラブラ。月光に照らされた事で青白く染まった石造りの街は昼間の時とはまた違った雰囲気があった。

「んで、まただよ」

 道が分からなくなった。

 まあ、ただ覚えのない道に入ったというだけで、感覚的にはあっちの方角へ行けばいいと分かっている。だが建物が邪魔だ。

 昼間は天使が空を巡回していて、何となく屋根の上に登りづらかったが、夜になってからは天使の姿は見えない。いるにはいるのだが、空を飛んでいる奴の数が明らかに減っていた。

 これなら平気か。一応、空を確認してから壁を登る。助走をつけず軽く走る感じで近くにあった柱を垂直走しで伝って屋上へと着地する。

 さてホテルは、と…………。

 マップデータを参照しながら見晴らしの良い場所で周囲を見回す。すると二件先の建物にいた人物と目が合った。

「………………」

「あ………………」

 屋根の飾り、グリフォンを象った石像の上に座る彼女は驚いているらしく瞬きをした。

 なんだか、デジャヴを感じる。

 俺は溜息を吐く代わりに後ろの首筋を撫でてマップウィンドウを閉じ、石のグリフォンなんかよりも立派な翼を持つ彼女に近づく。

「何やってんのお前」

「いきなり不躾な人ですね。私は羽を休めているだけですよ。貴方はどうしてこんな所に?」

 毛先にややカールのかかった長い金髪を揺らし、首を傾げてその青い瞳で俺を見上げてくる天使。美しい外見に対して可愛らしい態度と言えたが全然ソソらない。だってこいつさりげなく立て掛けてあった槍に手を伸ばしてるから。

「歩いてきた道が分からなくなったんで、見晴らしの良い場所で位置を確認しようと思ったんだ」

 ついでに、巡り合わせもあればお前の顔も、とも思っていた。簡単に達成してしまったが、

 非常に見覚えのある顔を見下ろしつつ、<情報解析>で彼女のステータス情報を読みとる。

「あまり屋根の上を歩き回っては不審者だと思われますよ」

 その強い視線は説得力があった。

「場所は分かったし、もう下りるからそう睨むな。ところで、その左手どうした」

「左手?」

 彼女が槍へと伸ばしていた左手に視線を下ろす。俺は刺激しないようゆっくりと彼女の手を掴む。

「ほら、ここ。線みたいなのが入ってる」

 手首に、白い肌の中でより白く浮き彫りになっている線が走っていた。

 掴んだ手の親指でその白線をなぞる。

「っ…………」

「悪い、痛かったか」

「いえ、なんでもありません」

 同時、手を振り解かれた。

「そろそろ行ってはどうですか? 夜には夜の天使がいます。彼らは私ほど甘くありませんよ」

「だからもう行くって」

 俺は天使から離れて屋根の縁にまで移動する。

「じゃあな」

 足を縁から離し、前に軽く跳んで落下する。屋根の上から完全に落ちきる前に首だけ動かして後ろを振り返ってみれば、天使は不思議そうな顔で左手首を眺めていた。

 音も無く着地した俺はもう一度、天使のいた建物を見上げる。

「やっぱり、アレなのだろうか」

 夜の帳が落ちた。けれでも月と星の光によって照らされた街並みを進む。通常のゲームならば時間など関係なしにPLによる露店が開かれているが、エノクオンラインだとそうはいかない。しかもここは天使の街。昼間は大目に見られているようだが、夜だと規制されているようだ。

 だからか、やはり人気はない。

 時折、巡回の天使の羽ばたく音が耳に聞こえてくるが、それ以外は人気が全くない静かな夜道だ。いや、人が全くいない訳じゃないか。

 細い、緩やかなカーブを何度も描く路地に入る。ホテルとは反対の方角だが別に道に迷った訳ではない。

「売人の次は探偵か? それともストーカー?」

 返事はない。

 こうも反応がないと俺がイタイ奴みたいになってしまうが、別に思春期特有の病気じゃない。

 だって、普通に<気配察知>に反応あるんだもん。

「おーい」

「………………」

 さすがに観念したのか、路地の影から一人のPLが姿を現す。

「え~っと、名前なんだっけ?」

 素で忘れた。ヴォルトでPKギルドにいて、スパイしてた男というのはちゃんと覚えているが名前を忘れた。

「ネピルだ」

「ああ、そう。で、一応死んだ事になってるお前が何でここにいるんだ? マ――セティスの命令か?」

 一瞬マステマと言いそうになったけど、ゲーム内での名前ネームはセティスとなっていた筈なので言い直す。

「答える必要はないな」

「あっ、そう。でも、これだけは答えろよ。さっき、どうして俺を――いや、あの天使を監視していた?」

 俺が天使と会話している間、誰かが離れた場所で立ち止まっている反応があった。PLがただ突っ立っているだけだと思えるかもしれないが、マップを参照してみるとその位置は屋根の上にいた俺達から見えず、逆にそこからだとよく見える場所で<読心術>の効果範囲内だった。

 疑い過ぎだと思いつつも、反応のあった場所に近づいてみれば、それは一定の距離を保ったまま俺から逃げていた。

 そして立体的な機動で逃げれば巡回する天使に見つかるような場所へ誘導してみれば、ネピルだったと云うわけだ。

「それに、昼間はメイド見てただろ」

 タカネ達が衆目を集めている時、その人混みに紛れてローブを深く被ったPLがいた。その時はこいつだと気づかなかったし、ただの野次馬かと思ったが、今こいつが着ているローブと同じ物だ。

「よく気づいたものだ」

 呆れ混じりに言いいながら、ネピルは影の中から進み出てフードの頭を取った。

「そういえばお前はユンクティオのメンバーと交流が深かったな」

「ああ、そうだよ」

 だから、ホテルの窓から通り過ぎたあの一瞬でも天使の顔を判別できた。

「なら、分かってるだろ。あの天使と魔導人形がただのNPCじゃないと」

「死んだPLと同じ顔してるんだろ」

 シズネも、さっきの天使も、髪や目の色など多少の差異あれど死んだPLと瓜二つなのだ。

 死んだと思われていた二人が実は生きていた? いや、前者はアールが確認した記録上俺が石像を見つける数日前には死亡したとされ、後者は大勢の前で体力バーをゼロにして消失したと聞いている。

 なら、ゲーム内で死んでも実際には死なず、実は電脳世界を出ることができないだけでリターンされた? いや、それは新たにエノクオンラインに来た連中の情報から死ぬのは確定した。政府の連中が、後で分かるような嘘をつくとは思えないし、逆に死なないという情報を流せば調子のってより死亡者が増えるだけだ。

 あるいは、ただ単にシステムがPLの外見を参考にして作ったりなど、偶然にも似ているだけで関係がない? エノクオンラインのNPCの数は膨大だ。それもグラフィックの使い回しがなく、双子という設定のキャラクター以外は同じ顔がいないという徹底ぶり。それならPL側に似ることもあるだろう。

 だけど見つけるタイミングが、PLの死後というのが妙な話だ。故に、ある想像が頭をよぎる。

「プレイヤーのNPC化。それを俺は調べている」

 それはつまり、人のデータ化。

 電脳世界に置いて消去されたアバターが何らかの理由で一人歩きする現象なら話に聞いた事がある。だけど、人の精神がそのままデータとして残るなんて聞いたことがない。まるでSFだ。

「セティスは何て言ってる?」

「…………奴らなら可能だと」

 奴ら? ああ、エノクオンライン制作の中心になった八人ね。世の中、天才とか言われる人間は探せば転がっているものだが、あの八人レベルとなればそうはいない、らしい。なんたって、電脳世界の基盤とダイヴ装置を開発した張本人なのだから。

「で、何でお前ここにいんの? まさかそれを調べる為に俺の後をつけていたのか?」

「それは偶然だ。元々俺の方が先にここに来ていた。それで後から来たお前達をたまたま見つけただけだ」

「何でまたこんな街に」

 レーヴェあたりには気づかれているだろうけど、こいつは死んだ事になっている。他人がPLの死亡を確認するには目の前で死なれる以外にパーティー登録やギルドメンバー、フレンドリストからの通知だけだ。

 後者全てがグルなら死を偽装できるが、さすがに町中歩いて目撃されたらバレる。そんな危険を被ってでもどうして天使がいる固っ苦しい街に来ているのか。

「天使型NPCの役目は知っているか?」

「そんな事いきなり聞かれても……世界観?」

 メイド系はあまり食指は動かないけど天使とか聖職者系は結構ソソるから個人的にはオーケー。ロクな天使に会ってないけどな。

「外見はな。彼らの役目はエラーやバグの検出とその修正だ」

「………………」

「監視プログラム、いや、ゲームマスターと言った方がいいか。エノクオンライン内には膨大な情報が行き交っている。その中でかならず何かしらの不具合が出るのは当然で何かしらの監理プログラムが働いていると思っていたが――」

 それから何かペチャクチャと話されたが半分も理解できなかった。要は、エノクオンラインのシステムが神様で天使はそれの代行者という事だ。というか、こいつってこんなに喋る奴だったんだな。戦った時はほとんど喋らなかったから意外だ。

 あるいは、男なら誰しも持っているスイッチを押してしまったか。機械を弄ってるゴウと同じ感じだ、こいつの前でプログラムとかコンピュータ関連の事は話さないようにしよう。

「で、その天使様が元PLだったかもしれないNPCとどう関係するんだ? もしかして天使がそれをやってる、とか?」

 昔話で予言者が天使になったって話もある。

 あいつらが天使に手を引かれて天に昇る姿を想像して思わず吹き出しそうになった。

 あの無愛想なセナはもちろんの事、あいつは外面はともかく天使というガラではない筈だ。

「それも含めて調べている。黄泉帰り――かもしれないNPCの目撃情報はエノクオンライン全体に及ぶが、この街に近いほど多い。無関係ではないだろう。現場を目撃できたのなら一番なんだがな…………」

「ふ~ん」

 大分どうでもいいな。

「つまり、お前は俺らに付きまとうつもりはないんだな?」

「当たり前だ。貴様といたら面倒事に巻き込まれる」

 え? 俺ってそういう見方されてたの?

「ゴブリンの森の火事、開拓隊のフィールドボス、ヴォルトのシナリオクエストの破綻――」

 あったなそんな事も。あの火事以降、森に生息するゴブリンが妙に強くなっているという話を聞いたことがある。

 開拓隊時代に倒したカニとクモを混ぜたようなボスは倒してもしばらくすれば、親が死ぬ度に逃げ出す子クモが成長したという形で復活するらしく、今では多くのPLに素材目的でボコられてるようだ。ちなみにミノルさんが手に入れた大剣だけはあれ以来ドロップしていない。

 アマリアからの依頼が原因かは知らないが、ヴォルト専門のシナリオクエストは破綻した。その一つに、本来なら五人掛かりで来る筈の暗殺者達のリーダーがいないとか。

「東の大鍾乳洞での魔王の目覚めと崩落、南の火山地帯での噴火、PLがNPCの地位を奪い、ヴォルト崩壊とPKギルドの壊滅」

「それどれも俺のせいじゃねえだろ」

 心外だ。とうか、最後のはお前にだって非はあるだろう。

「まあ、いいや。そういう訳なら俺は帰るから」

 ストーカーじゃないならなんでもいい。こんな暗い路地で野郎と向かい合ってるのも嫌なので踵を返して離れる。

「セティスに何か用があれば、東方地方にあるヨベルという村に行け。あとはこちらから見つける」

「…………はあ?」

 動かしていた足を一度止めて振り向く。どうしてわざわざ一般人にテロリストとの接触方法を教えるのか。

 俺の疑問に察しがついていたのか、ネピルはそのまま言葉を続ける。

「言っただろう。お前は面倒ごとに巻き込まれる人間だと。少なくともこのエノクオンラインという戦場ではそうだ」

 暗がりから俺に視線を真っ直ぐ向けるネピルの瞳には不吉な色があった。まるで研究者に観察されているモルモットのような、そんな心境を抱く。

「…………この電脳世界エノクオンラインは戦場か?」

「戦場だ。奴らが作った世界と、人間のな」

「………………」

 今度こそ俺はその場から立ち去る。

 しばらく誰もいない路地を進み、天使と出会った建物の近くにまで戻る。

 建物を見上げると、あの天使の姿は既になく、羽根が一枚引っかかっていた。

「あっ、そういえば名前聞いてねえ」

 NPC専用の種族になったセナことシズネは最初に名前を決めさせられた。同様に、あいつもまた前と違った名前がある筈だ。

「次からはユイって呼べねえな」


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