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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第五章
48/122

5-3

「あー、疲れた」

 精神的に、だ。

 大理石のように滑らかで白い石で出来た長い階段の中腹に座って俺は一息つく。

 ラドウェリエルの街を彷徨く為に必要な階級とその証明書を手に入れる為のクエストは言ってしまえばお使いクエで、色んな所をたらい回しにされた。こういうクエストは苦手だ。これならフィールドでの採取クエストの方がまだマシ。

「お疲れ」

 シュウがジュースの入った瓶を投げ渡してきて、それを片手でキャッチする。スポーツドリンクの味がする飲食アイテム(スタミナ回復小)だ。

「そんなに面倒なら取らなきゃ良かっただろ。どうせ、証明書を持って受けられるクエ、やるつもりないんだろ」

 階段の手摺りに寄りかかってエイトがドリンク片手に言ってきた。シュウの他にもエイトやゴウが俺のお使いクエを手伝って(最短ルートへの指示や、ショートカットとして投げ飛ばされたり…………手伝いか?)くれていた。

 証明書がないと街の奥にいるクエを発注しているNPCに会えかったり、クエを受けさせてくれなかったりする。だが、俺は別にそれらのクエストを受けるつもりはなかった。

 無理矢理侵入する方法があるにはあるが、この街を実質支配しているのは天使型NPCだ。人間型NPCはネームドでなければ数だけいる雑魚だ。包囲されないよう逃げるのは面倒だが驚異じゃない。だが、天使は一人一人が強く、なによりも飛行能力を持っている。

 時折差す影に空を見上げてみれば、槍も持って武装した天使が三人一組になって飛んでいた。

 空を飛べる。それだけでアドバンテージはかなりのものだ。フィールドモンスターだって空を飛ぶ固体はいるが、そいつらは小型で弱い。

「クエストじゃなくて、いつもの観光目的だよね」

「ああ、行けるとこで目ぼしい所はまわったからな」

 あとは穴場か、フィールドを歩いた時にふと見える情景だけだ。別に急ぐつもりはない。その間、面倒な手順が必要なものを消化した方がいいだろう。

「お前、その観光とやらで前に痛い目にあってただろ」

 エイトの言葉にゴウが――まったくだ、と言わんばかりに頷いた。

 そんな事あったか? 道に迷って迷惑かけた覚えならごまんとあるが、俺自身が何か害を被った覚えはない。災難にはあっているが、それは自業自得だ。

「ユリアがエノクオンラインにいる」

「知ってる。二度会った」

 ああ、あいつとの事を言ってるのか。

「え? タカネが、クゥに会ったら連絡くれるよう頼んでたんだけど…………」

 シュウの様子だと、ユリアから連絡は無かったようだ。俺じゃあるまいし、素で忘れてたんじゃなくて敢えて教えなかったのだろう。

「お前、よく生きてたな」

「どうしてユリアと会ったら命を心配されるのか。いや、確かに一触即発だったけど」

 あんな事があったら周りが心配するのも仕方ないか。

「そろそろ戻るか。さすがにタカネ達も終わってる頃だろ」

 飲み干したドリンクが消滅した(消耗品アイテムはゴミがでなくて楽だ)ところで立ち上がる。

 タカネ達女衆は俺が七面倒なクエストを遂行している間、揃って買い物に出かけた。クリスも一緒だが、あれは生物学上雄であってもそれ以外は曖昧なので放置。まあ、電脳空間デザイナーだけあって美的感覚は大変よろしいらしく、よくタカネ達の服選びに協力しているようなので今更だ。アヤネが困惑しそうだが、すぐに慣れるのを期待するしかない。

「そういえばさ、アヤネちゃんとはどう知り合ったの? 恩があるとか言ってたけど」

 フレンドリストから分かるタカネ達の現在位置、店が立ち並ぶ一角に向け歩き出したところでシュウがそんな事を言ってきた。

「あの子、歌スキルの使い手として結構な有名なプレイヤーだよ。クゥって、そういう話題とか苦手で避けてるのに珍しいよね」

 たしかに俺は話題性のあるものとか流行とかを避けている。興味や関心がないのもそうだが、関わると面倒そうだからだ。

「俺はお前がとうとうやらかしたと思った」

「何か言ったかヤンキー」

「誰がヤンキーだテメェ。はっ倒すぞ」

 そういうところがヤンキーだと言っているんだ。女みたいな顔して目つき悪いし。

「今とても不愉快な事考えなかったか?」

「お前ほどスカート似合いそうな男はいないよなって考えた」

「ああ゛? お前ちょっとフィールド出ろ」

「おお? 嫌じゃボケ」

 だってボコられるから。こいつ、現実リアルでもチンピラじゃ相手にならないほどツエーもん。両腰から下げてる二本の剣からして、二刀流も保持しているのだろう。絶対敵いっこない。

「止めろ二人とも」

 ゴウが割って入って止めてくる。老け顔のせいかこいつは大抵こんな役だ。それか力仕事。

 大人しく引き下がり、アヤネについて説明する事にした。

「強姦されそうなところを結果的に助けたら恩を感じられた」

「もうちょっと言葉選びなよ」

 曖昧に言葉を濁すのは下手だ。そんな事に挑戦すれば、しどろもどろになって説明どころか言語にもならない。

 偶に忘れそうになるが、アヤネは未だにあの時の恩を返すためにと傍にいる。一体何をすればその恩を返したことになるのか、それはアヤネ本人にしか分からない事なので、またしばらくは一緒に行動し続けることになる。

 商店が並ぶ通りに入ると、タカネ達の姿をすぐに発見できた。というか、嫌でも目に入る。目立つのだあいつらは。

 現在行ける北西端の街の店かクエストでしか入手できない和服をただでさえ目を引くスタイルのタカネが着こなしており、男よりも背が高くファッションモデル顔負けの均整の取れた活動的な肉体のシオ、タカネをより大人っぽく母性的にしたかのようなミエさん、三人とは違い美人とを言う訳ではないが誰もが好印象を抱く可愛らしいハルカ。

 あの中で一番の年少であるアヤネは将来どのように成長するかは分からないが、十分に可憐な外見であり立ち振る舞いからして育ちの良さが窺える。その傍にはNPCである筈の魔導人形のシズネが付き従っている。

 綺麗どころが集まった、なんとも華やかな集団だ。クリス? ノーコメントで。

「あれ、タカネとミエの美人姉妹じゃないか」

 誰もが間違えるが、あの二人は姉妹じゃない。

 露店で対属性アクセサリーを見ているタカネ達の周囲が空白地帯みたいになって、PL達が遠巻きに彼女達へ視線を送っている。皆、人目が集まるのに慣れているのかジロジロと見てくるPL達をガン無視だ。

「シオにハルカ…………ついでにクリスと他のメンバーもいるな」

 外見と女言葉のギャップに慣れればかなりまともなのに、やっぱり敬遠されるクリス。

「惜しいな。エイトもいれば鈴蘭の草原の女性陣が揃ってるとこ見られたのに」

 死亡フラグ立てた奴がいる。というか、今速攻で本人がカチコんで行った。

「あっ、おい! タカネの隣にいる子見てみろ。歌姫までいるぜ」

 エイトに襟首捕まれて、悲鳴とも取れぬ怯えた声を出す仲間を無視してPL達が目敏くもアヤネの正体に気づく。

「なんか、魔導人形も一緒じゃないか? あれNPCだよな。歌姫の後ろついていってるけど」

「なんかおかしいな。なんで魔導人形がPLの後ろついていてるんだ? まるで使い魔みたいに」

「………………」

 死人と同じ顔をしたシズネをこれ以上目立たせるのはマズいか。セナは愛想の悪い女だったが決して社交性が低いわけじゃない。もしかしたらあいつの事を知っている奴がいるかもしれない。

 いずれ知られるだろうが、一般PL達の間で死んだPLと同じ顔のNPCが存在していることが周知となるまでは目立たせたくない。これは、街に来た時点で気づいておくべきだったかもしれない。

「チャットで呼ぼうか?」

 シュウが俺達とタカネ達の間を遮る人垣を見ながらフレンドリストを表示させる。

「そうだな…………いや、待て」

 細いチェーンの首飾りを手に持って選んでいたタカネがこっちに気づいていた。

「どっか落ち着けそうな場所知らないか?」

「僕達が泊まってる宿に行こう。他のプレイヤーはあんまり泊まってないし、広いからゆっくりできるよ」

「じゃあ、そこ行こうぜ」

 PLを散々脅していたエイトを呼び戻し、俺達男衆は人垣の後ろから離れる。その際、視界の端でタカネも同様に皆を集めてそこから離れようとしていた。


 タカネ達が宿泊している宿は高級ホテルのような所で、料金を聞いてみれば泊まりたくなくなる値段だった。だいたいがカツカツな冒険生活送っている俺にとっても、他の生きるのに精一杯なPLも絶対敬遠する。そういう意味ではゆっくりできる場所なんだろうが。

 ラウンジのソファに腰を下ろしてまだ合流していない女性陣を待とうとしていると、そう間を置かずにタカネ達が宿の扉を開けて入ってきた。

「お前ら、いつもああなの?」

 先頭を歩いてきたタカネに問う。

「後方の街だとそうね。前線に近い街になると逆にピリピリしてる」

 前線と言われているのは元魔王領であった、魔王城に近い街のことだ。ゲームクリアを目指すギルドの拠点になる前は中ボスである魔族がいたらしい。

「お茶をもらってきました」

 シズネがいつの間にか人数分の茶器とポットを持ってきていた。

 そのタイミングのせいか、戻ってきた女衆をはじめ俺達は自然とラウンジで休憩を取ることに。

 それぞれが思い思いの場所に座っていく中、やはりシズネはお茶を配り終えると俺の斜め後ろへと立つ。そこが自分の位置だと言わんばかりだ。まあ、メイドというのを差し引いても、PCプレイヤーキャラのサポートキャラであるモブはだいたいがその位置だけどな。

「そういえば、これ途中でもらってきたんですけど」

 足の低いテーブルを挟んでソファに座ったアヤネが紙の束をテーブルの上に置いた。

 それはPLが発行している新聞で、見出しには『外から新たな参加者が!?』とあった。

「昨日、現実世界からエノクオンラインにログインしてきた人達が現れたそうです」

「ふーん」

「………………」

 俺の興味なさそうな声に、アヤネは一瞬固まると首を動かして他の連中の、一緒に行動してなかった男連中の反応も確かめる。

 どいつもこいつも興味なさそうにしていた。

「皆さん興味ないんですか?」

「どーでもいー」

「掲示板でも騒がれていたし」

「担当分担で情報集める担当が決まってるからな」

「特にめぼしい情報はないからね。それに情報が錯綜としてるから確定情報がまとまるまでちょっとね」

「だいたい、買い物してた時点でその話題出たんだろ? その時の結論を先に言わないんなら、特筆するような話にならなかったってことだ」

 俺達の答えにアヤネは――そうですか、とやや恥ずかしそうに新聞をしまった。

「――って…………」

 両サイドからいきなり後頭部を叩かれた。

 左右を順に振り返ってみると、右後ろに立つシズネが、左隣に座るタカネが冷たい視線を向けていた。

 …………なんで俺? つか、俺にフォロー求めるとか大丈夫かよ。

 ――付き合いはあんたの方が長いでしょ、とか言われてもな。お前一緒に買い物したんだろ。密度で言ったらそっちだし、その時にもっとまともな反応みせたら良かったんだよ。

 ――なんでもいいから行け、だと? お前さ、俺の従者って設定なのに何その命令口調。これが私のキャラって感じで胸張るなよ。揉むぞ――今度は太股をタカネに抓られた。

「……それにしても、ログインしてきた奴ら何しに来たんだ?」

 タカネとシズネに素早くアイコンタクト(多分会話はちゃんと成立してた)を交わしてから俺は、新聞を見せられた時にどうでもいいと言った筈なのに堂々と前言撤回して話題を投げ入れる。

 その際正面に目線を戻した時、こっちを見ていたアヤネと目が合った。どうやら、二人とのやり取りを見られていたようだった。

「ミイラ盗りがミイラになってるよな」

 気付かなかったフリして続ける。

 まあ、理由なんて他に方法が無かったからなんだろうが。

「色々試した結果、直接ログインするしか無かったんでしょうね」

 ミエさんの言葉に同意する。外へ出られなくなってからあと二ヶ月で一年が経とうとしている。その間、現実世界側が決して何もしなかったと云う事は無いはずだ。

「死にに行けって言われてるようなものだけど、それがこの人達の仕事なのよね」

 ミエさんの視線を追って、新聞の記事に目を移す。今回新たにログインしてきた連中は各国の治安組織である事が書かれていた。当然だ。好き好んで、入ったら二度と出られない世界に入る奴などいない。いや、そんな頭ハッピーな連中は確実にいるだろうが一般への回線はとっくに封鎖済みだろう。

 アメリカだとFBIの電脳犯罪専門の部署から、ヨーロッパやアジア各国からもその手の専門部署(名前見ただけじゃさっぱりだが、おそらく電脳犯罪専門の所だろう)で、命の危険も仕事の内に入ってそうな組織ばっかりだ。

 そいつらから現実世界の情勢についての情報がもたらされて、それらをまとめた物も新聞には記載されていた。

 軽く眺めて読んでみたが、どれもこれも予想できていた当たり障りのないものばかりだ。

 この事件の主犯と思われる人物達は依然捜索中であり、外部からログアウトさせる手段は見つかっておらず進展は特に無い。そして、エノクオンラインで死亡すれば現実世界でも死ぬ事がはっきりと断言された、と。

「………………」

 それについてのコメントも載っているが、それ以上は眠くなりそうなので止めた。

 出そうになった欠伸を気づかれないようかみ殺し、なんとなしにラウンジの窓から向こう、外の景色を眺める。翼を持った天使が何人か空を飛んでいた。

 高低差激しく石造りの建物が並ぶこの街には、鷹の翼を持つ天使という存在は非常によく合っていて様になる。絵になった。それだけでここに来た価値はあったのかもしれない。

 ただし――

「…………? なんでしょうか」

「なんでもない」

 それだけなら何の問題も無かったんだけどな。

 シズネに向けた視線を外し、もう一度窓の外を見る。建物の影に入ったのか、天使の姿は消えていた。


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