5-2
「ほら、場所空けなさい」
「はいはい」
「隣、お邪魔するわね」
「は、はい……」
タカネが隣に座ってきて、向かいの席のアヤネの隣にはミエさんが座る。
「やれやれね」
「まったく、人騒がせな」
「………………」
続いてタカネの隣にシオとエイトの姉弟、そしてゴウが頷きながら座り、
「良かったよ、生きてて」
「みんな、心配してたんですよ」
「そうそう。探したんだから」
ミエさんの隣にはシュウとハルカのカップルとクリスが座る。
総勢十人(魔導人形は変わらず突っ立ているので数に含まない)が長テーブルとは云え一つの場所に集まったせいか暑苦しい。
それぞれが勝手に座り勝手に注文しだして、先に座っているアヤネが逆に恐縮してしまっている。
「みんな、俺の現実での知り合い」
とりあえずそれだけ説明しておき、俺は食事に戻る。あとは知らん。どうとでもなれ。
「知り合いって……見たら分かるわよ、まったく。私はタカネ。鈴蘭の草原っていうギルドのリーダーをやってるわ」
「イタいギルド名――」
……テーブルの下で足の甲をタカネに踏まれた。
「私はミエ。この中で最年長だけど、気軽にミエちゃんって呼んでね」
アヤネは曖昧に相づちを打ったけど、それ以外は誰もが微妙な顔を浮かべてミエさんの言葉を無視した。電脳世界では年上でも呼び捨てにするのはよくある事だが、ミエさんの場合どうも呼び捨てにしにくい。つうかちゃん付けって……まあ、冗談なんだろうけど。
「僕はシュウ。よろしく」
「ハルカです」
「二人揃ってバカップ――っ」
今度は後頭部を叩かれた。
「シオよ。それで隣が弟のエイト」
「見た目に反して姉が女で弟が男な」
何を当たり前の事をと思われるかも知れないが、姉のシオは男よりも背の高い百八十超えで女子トイレに行くとたまに悲鳴を上げられ変質者扱いされ、弟のエイトは女顔で頻繁にチャラい男からナンパされたりする。
「おいこらテメェ、そいつはどういう意味だ」
ただし、弟の方は地元で頭張っていたバリバリの番長だった過去があり、非常にガラが悪い。睨んでくる目も眼光鋭い。
「食事中は喧嘩止めましょう二人とも。女の子の前よ。私はクリス、よろしくね」
そう言ってオカマ口調のイケメンという非常に残念な存在がアヤネに向かってウインクした。その言動さえなければ女に非常にモテただろうに、本人は美の追求の為に精神的性別はどうでもいいとか公言しているせいでなんだかオカマっぽい。ていうか普通にオカマにしか見えない。
「ゴウだ」
簡素に自己紹介したのはこの中で一番の老け顔のゴウだ。俺とそう歳は変わらないのに老けて見えるのはその強面のせいか、にじみ出る貫禄のせいか。
「アヤネといいます。クゥさんにはお世話になって、そのご縁で一緒に旅させてもらっています」
アヤネが礼儀正しくお辞儀した。
「クゥに乱暴されなかった?」
そしていきなり脈略もなくタカネがとんでもない事を聞いてきた。
ここで反応しても変に勘ぐられるので俺は無視したが、アヤネは――そんな。クゥさんにはいつも助けられて、とか当たり障りのない返事をしていた。
「乱暴というと、寝ている少女の顔に落書きすることでしょうか」
ただ、空気読めない(敢えて読んでないのか)奴がいた。正確に言うと斜め後ろ、俺とタカネの中間の方で立ったままの魔導人形だ。
「なにやってんのよ、あんた」
「無防備に寝てる奴がいたらその顔に落書きしたくなるのが人ってもんだろ」
押すなと言われたボタンを押したくなるのと一緒だ。
「さっきから気になってたんだけど誰? この店のモブじゃないわね」
不審そうに後ろを振り返って見上げてくるタカネに、魔導人形は恭しく頭を下げる。
「シズネと申します。クゥ様のメイドをさせていただいております」
こいつと顔を合わせた時にまず最初に求められたのは名前の入力だった。
俺とこいつの主従を報告するウィンドウが開いたと同時に入力する欄があり、とりあえずテキトーに付けておいた。
そういえば、タカネもアヤネも最後に『ネ』がつく名前だ。チッ、しくった。ボキャブラリーを増やすべきか? 昔飼ってた電子ペットもそういえばポチとかイヌとかテキトー過ぎる名前をつけてた。
「クゥ、趣味変わった?」
「変態め」
シュウとエイトが何か言ってきたが無視するとして、これは一応俺の方からも説明しておこう。
「使い魔みたいなもんだ。入手方とか聞くなよ。俺だってなんでこうなったのか分からないんだし」
ふうん、とか興味あるのかないのか微妙な相槌を打つ<鈴蘭の草原>のメンバー達。こいつらゲームサークルの連中はレアアイテム収集などのやり込みよりも純然にプレイヤースキルを高めたりイベントに参加して楽しむだけの軽いところだ。それに元々格闘ゲームや対戦アクションの大会に出ていた連中だから、体を動かす方がいいのだろう。
「アヤネさんって――」
「アヤネ、と呼び捨てでいいですよ」
「そう、ならアヤネ。ユンクティオのメンバーよね? それがどうしてクゥと一緒にいる事になったの?」
「私、ユンクティオのギルドメンバーじゃないんです。お世話になってはいましたけど。それでクゥさんには――」
食事が来るまでの間、アヤネはタカネ達との会話を楽しみはじめた。どうして皆、アヤネに話を振るのに俺には聞いてこないのだろうか。聞かれてもまともに答える気はないけどな。
話はアヤネに事から、段々とタカネら<鈴蘭の草原>の活躍についての話となっていく。
PL発行の新聞を斜め読みしているとたまに名前を目にした事から、PL間でかなりの有名人のようだ。そういえばエリザも前に<鈴蘭の草原>について話していたような気がする。
タカネ達が注文していた食事が来て、会話が一時中断された。
「ちょっとちょうだい」
注文したメニューの肉分が思ったより少なかったのか、タカネが俺の兎肉を強請ってきた。
「ほれ……そういえば、優等生に会ったぞ。大分前に」
「ん……カイト君本人から聞いた。東の大鍾乳洞で発見したって」
発見って、俺は珍生物か何かか?
「大鍾乳洞、壊したのあんたでしょ」
「………………」
「ゴブリンの森とか、南の火山地帯の方にも行った? それに最近魔族の襲撃にあって滅んだヴォルトっていう街にも」
「どこもオブジェが派手に壊れた場所だよね」
シュウがやや溜息混じりに言ってきた。
「破壊魔め」
相槌を打つようにしてエイトがぼそりと呟く。
「違うから。それに破壊云々つったら普通は番長の出番だろ」
「誰が番長だ! それで俺を呼ぶなって言ったよな!?」
エイトは顔に似合わず、通っていた学校の番長様だった。その前は姉のシオがアタマ張ってた。時代錯誤な上に怖ぇよこの姉弟。
「クゥ君がいる所に破壊が起きるなら、この街も魔族に滅ぼされちゃうのかしら」
「ミエさん、それ洒落になってないから」
「天使の街が魔族率いるモンスターに滅ぼされたら終わりの日も真っ青ですね」
「終末思想も見習ってほしいぐらい派手な感じになりそうだな」
「天使云々で思いついたが、この街のあのよく分からん通行書みたいなの持ってるか?」
「持ってるわよ。通行所じゃなくて階級ね」
言うやいなや、頭上に青い光が集まり、筒状に巻かれた紙となってタカネの手に落ちる。
「でも――」
すかさず奪い取ろうとした俺の手を避けて、タカネは階級の証明書を持つ腕を上に伸ばした。
「クエストで取った本人しか持ってないと意味ないわよ。ちゃんと自分で手に入れなさい」
そう言ってタカネが紙を広げるとアイテム説明のウィンドウが開き、入手者であるタカネしか効果が無いという事が書かれてあった。
「えー」
「手伝ってあげるから、ちゃんと自分でやりなさい」
面倒だが、仕方ないか。
「ところでクゥ君、フレンド登録しましょう。ここじゃあ、チャットしか連絡手段がないからまたどこか行かれたら心配だわ」
あー……そういえば忘れていた。
「それならギルド登録もしておきましょう」
飯を食いながら、ミエさんの言葉を皮切りに皆がフレンドリストを開いてフレンド登録の申請を俺に送ってき、ギルド勧誘のメッセージも表示される。
ウィンドウを一つずつ処理してフレンド登録していくと、画面越しにアヤネがこっちを不思議そうに見ていた。
「どうした?」
「え? あっ、いえ……てっきりクゥさんはフレンド登録とかギルドに入らないものと思っていたので」
「こいつらは、まあ、あれだし…………」
我ながら曖昧な答えだった。だけど、こいつらとは付き合いが長いし、タカネとシュウに至ってはずっと同じ学校に通っていた。
だから、テキトーな答えが妥当なのだ。
「良かったですね、クゥ様。お友達が五倍に増えましたよ。ボッチ卒業ですね」
「お前さ、俺に恨みでもあるのか?」
シズネは後ろでマネキンみたいに突っ立ているだけなのに時折口を開くから鬱陶しい。
「…………五倍?」
「二人から八人増えて十人だからな」
登録してあるのはアールとゴールドの二人だ。
「野郎ばっかりで、色気もねえ」
「野郎ばっかり?」
俺の言葉を繰り返してタカネはアヤネに振り向き、彼女の顔をじっっと見ると僅かに目を細めて俺へ視線を戻す。
――あの子は(フレンド登録してないの)? と目で訴えかけてきたので小さく肩を竦める。
――なんで? と更に強く睨まれたので、さあ? と首を傾げて答えると一瞬呆れ顔になり、すぐに睨み直して顎でアヤネを指し示す。お節介焼きめ。
「アヤネ」
呼び掛け、目の前のアヤネにフレンド申請する。
「あの、これは…………?」
小さく息を漏らしたアヤネは戸惑ったように俺を見上げる。
「今更ですね。一体どの面下げて連絡先を教えてくれと頼むのか」
だからお前は俺に恨みでもあるのか。いや、あるのか? 城館から飛び降りて井戸に突き落としたり爆弾くらわせたりエナドレかましたりしたからな。
「嫌なのか。分かった」
「ち、違います。登録、登録します」
申請をキャンセルしようとした手を止めると、その間にアヤネは急いで申請を受理してフレンド登録を行った。
隣では、やれやれと云った感じでタカネが溜息をついて、人の皿から最後のステーキを奪っていった。