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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第五章
46/122

5-1


 ◆


 始まりの街――現実世界から電脳世界であるエノクオンラインへと入ってすぐに全PLが訪れる街。現実世界からの一方通行のゲートポートがあり、世界のほぼ中心に位置する街だ。

 RPGでの最初の舞台である為か、回復アイテムなど旅に必要な物が最低限揃っている他に受けられるクエストも簡単でフィールドに出現するモンスターも最弱だ。

 だが、そこに拠点を構えるPLは少ない。何故なら過去に起きたモンスターの都市襲撃事件、それによって街とは言え決して安全とは言い難いからだ。

 その為に命の危険が存在する世界に怯える者も、活力を失っている者も動かざるえなくなった。大半が大型ギルドの保護下に入ったものの、ある者は街を転々とし、またある者は絶望し自ら命を絶ってしまった。

 故に現在、始まりの街にいるPLは素材集め途中の休憩所、またはここでしか採れない素材目的だったり、純然な趣味として魚釣りを楽しむ者しかいない。

「よっしゃあ、大物ッ!」

 街の中にある河川の傍で、一人のPLが大きな魚を釣り上げて歓喜の声を上げた。

「へへッ、これは俺の勝ちが決まったも同然だな」

「何言ってんだ。まだ始まったばかりだろ。見てろよ、もっとデカい獲物を釣り上げてやるから」

 手頃な石を椅子代わりにし、釣りを行っている二人組のPL。彼ら以外にも、川の傍で釣り竿を握る者が僅かながら見られた。

 彼らは水面に釣り糸を垂らし、穏やかな時を過ごしていた。少なくとも、彼らの顔にはモンスターと戦っている時とは逆のリラックスした穏やかな表情が浮かんでいる。

「ん?」

 釣り勝負をしていた一人が、ふと顔を上げた。

 彼の視線の先、河川の向こう側に緩やかな丘がある。なだらかな斜面に簡素な木柵が疎らにあり、草木を避けて蛇行する道が存在している。

 その道は市街地から伸びており、脇に逸れれば彼のいる河川へとたどり着き、真っ直ぐ辿れば丘の頂上にある転送装置に到着する。

 現実世界、そして通常の電脳世界からエノクオンラインへと繋がる門は作動しておらず、その周囲には人の気配が一つとしてない。一時期は入り口から逆に帰れないかと試みるハッキング技術を持つPLで溢れかえっていた事もあったが、今や見る影もない。

「――――」

 が、そこに変化が起きた。

 河川にいる釣り竿を持つ男がいる位置からはジオラマ程度のサイズに見える転送装置、その中央に光の球体が現れたのだ。

「………………」

 それを目撃した男は無言で隣のPLの肩を叩き、顎で転送装置を示す。相方はそれに従い目だけ動かして丘の様子を見上げると、無言で小さく頷き何もない風を装って釣り道具一式を持ち、そこから離れていく。

 後に残された男が周囲に気を配る。門にはもう何もないという思い込みからか、釣りに夢中になっているPL達は距離もあって気づいていない。

 だが、一部のPLに自分達動きがあったのを男は見逃さない。

 ある種の緊張が彼らの間に起き、当事者達しか感じ取れぬ空気に他のPL達は感じ取れず釣りを楽しみ続ける。その間にも、丘の上の異変は続く。

 光の球体が人間大にまで拡大すると風船が割れるようにして消え、代わりに何人もの人間が出現した。

 始まりの街の転送装置から人が現れる。それはつまり、外からエノクオンラインの世界にログインしてきたと云う事であった。


 ◆




 天使という名詞は比喩などで用いる時は良い意味で使われる事が多い。美しいとか善良なだとか素晴らしいって感じで。

 だが、現実(ここは電脳世界だけど)はそうはいかない。

「帰れ」

 イケメン顔の男天使がにべもなく言いやがった。

「何でだよ。パンフじゃあ、ここの一部が博物館になってるって書いてあるぞ」

 ヴェチュスター商会支店の店頭にあった旅行パンフを見せつける。だが、返ってきたのは天使の冷たい視線だ。

「よく見ろ。一部の認められた者だけにだ」

 言われ、パンフをもう一度よく読んでみれば、確かにセレスティアの第十一位以上の人間だけが入館できると云う記述があった。

「チッ」

「わかったなら試練と洗礼を受けてふさわしい資格を得てから出直してくるんだな。まあ、貴様のような注意力散漫な者が合格できるとは思えないが」

 その羽毟り取ってやろうか?

「何か言ったか?」

「別に」

 博物館に入るのを諦め、踵を返してそこから離れる。

「今から証明書のクエを?」

 セレスティア内の一部は立ち入り制限があり、階級の高さに応じた場所へ行けるようになる。そして、低階級の資格は普通にクエストを受けることでそれを示す証明書と称号が手に入る。

「いや、飯食おう」

 資格とか免許とか、昔からロクに取れた事がないので諦めた方が無難だ。ゲームなら取れるだろ、と思うかもしれないが問題は試験の難易度ではなくて俺の忍耐にあるからどうせ同じ事。

 俺達は人間側の五大主要国の一つ、天使が支配すると言われているセレスティアに来ていた。天使が治安管理しているだけであり、人間達を保護してその結果大きな集団と成っているだけであくまで国ではない。まあ、そんな国の基準とかどうでもいいか。

 石造りの町並みを歩く。後ろからは変わらず二つの足音が聞こえる。

 東の大鍾乳洞を抜けた先にあった集落も谷の岩をくり貫いて作られていたが、こっちは自然物を利用したのでは無く、古代ローマ風と言えばいいのか石やら粘土を使って作った人工的な物だ。

 パルテノン神殿みたいな円柱だらけの解放的な施設も多くあり、そこが天使の住処兼詰め所になっている。天使は誰もが想像するとおりに白い翼が生えてて、なんか神々しい。そして規律に厳しい委員長って感じがする。

 さっきの博物館だってそうだ。なんで博物館入るのに資格が必要なのか、すっごい謎だ。

「博物館内でしか受けられない高難度クエストがいくつかあるようです。その為の入門試験的なものじゃないでしょうか」

「………………」

 後ろ、アヤネの身長よりも高い位置から俺の不満への答えが聞こえた。

「ここにするか」

 テキトーに目の付いた大衆食堂に入ると、NPCのウェイトレスが現実世界のファミレス同様にゼロ円サービスのスマイルを浮かべ、何名様ですかと聞いてきた。

「三人」

「かしこまりましたー。こちらの席にどうぞーっ」

 一瞬、三人目の格好に目を見開いた店員だったが、プロ根性からか瞬時に元の営業スマイルに戻すとテーブル席に案内してくれた。

 そして案内されたテーブルに着く。俺とアヤネだけで。

「そ、それではご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

「いや、今頼む。俺、有翼兎のステーキ」

「私はミートスパゲティと海鮮サラダをお願いします」

「…………お前は?」

 俺の後ろに立つ三人目に、念のため聞いておく。

「いえ、私は結構です」

「ああそう。じゃあ、以上で」

「か、かしこまりましたー……」

 よほどここから離れたかったのか、ウェイトレスは注文の確認もしないでそそくさと逃げ出した。

「………………」

「………………」

 向かい合って窓際に座った俺とアヤネは揃って背後に立ったままの三人目を見上げた。

「…………お前、座らないの?」

 一応、聞いてみる。

「私は従者なので、主人と同じ席に座りません」

「ああ、そう……」

 今、俺の後ろにはメイドが立っている。

 メイドだよメイド。冥土じゃなくてご奉仕する方のメイド。

 黒と白の侍女服、頭には正式名称の知らない白いカチューシャっぽい物を付け、人の後ろで直立する姿は自分は物置だと自己主張(矛盾した言い方だが、とにかくそんな従者っぷり)をしており、以上の事ひっくるめて一言で言うならメイドだった。

「クゥさん、ちょっと混乱してます」

 とにかく見た目はどこに出しても恥ずかしくないメイドスタイル。だが、袖や襟から覗く手首や首の間接部に細い切れ目があり、目をよく見てみればガラス玉だ。

 ゴールドの城取りに協力した時に俺が倒した魔導人形と呼ばれるNPC専用種族。

 どこぞの守銭奴ロボが直し、ホラーチックな伸びる腕とか手首マシンガンとか外して再起動させ、こうしてすっかりメイドになっている。メイドと言う割には無表情過ぎるが、人形なんでそんなものだろう。

 ただ、俺とアヤネはこいつをどう扱ったものか微妙な気持ちでいっぱいだった。

 別にあのロボ店員が敵だった奴を修理するのは同種族だから分かる。なぜメイドとか云う疑問も、すでに同じ城で前例を見たし、割とどうでもいい。

 問題は――

「ご注文の品をお持ちしました」

 立て直したらしき先程のウェイトレスが料理を乗せたトレイを持って現れる。そして、注文した食事をテーブルに乗せようとした直前、魔導人形がトレイを受け取って代わりに給仕し始める。

「そ、それではごゆっくり…………」

 トレイを返してもらったウェイトレスは営業スマイルからやや引き攣った笑みになりつつ、一応の職務を果たして去っていく。

「なにこれ」

「小さな羽を持つ兎のステーキですね。なんともけったいな料理ですね」

 知ってるよ。けったいなのはお前の方だよ。このステーキ美味いな。

「ご主人様、口の端にソースが」

「………………」

 これだ。これだよこれ。この“ご主人様”。

 ハンカチ持って屈み込んできた魔導人形を手で押し退け、ソースを自分の手の甲で拭う。

 再起動した後、どういう訳かこいつは俺を主人マスターだと認識している。

 その証拠と言わんばかりに俺のステータスウィンドウには新たな項目、魔導人形というものが出来ていた。それを開けば、この無愛想なメイドの性能ステータスが表示される。

 これは項目名が違うだけで魔術師の使い魔やテイマーのペットと変わりない。元からの仕様なのか、それともゴールドの領主権限と同じ新たに作られた機能なのかは定かではない。

 なんでこうなったのか。修理したロボ店員の話によればエナジードレインで魔力を吸い上げた際にパスが出来たかららしいが、なにそのファンタジーっぽい設定。

 いや確かにファンタジー世界だけれど、ここはゲームの中だろ。イベントなら多少ご都合主義でもいいのだが、一連の出来事は明らかにイレギュラーだろ。痛みがあろうと死のうとゲームな訳で、システムが、ルールがある。それなのになにこのいい加減さ。城取りの時も思ったが、アドリブ激し過ぎるぞこの世界。

「どうしましたか、ご主人様」

「そのご主人様っていうの止めてくれ」

 他のPLから変な目(一部羨望の目。変態共め)で見られてしまう。NPCでさえ引いていた。

 領主など貴族ではなく冒険者がメイドを侍らせているのが変なのだ。それにメイドとは思えない無愛想さも変な目で見られる原因だろう。

 それに、だ。

 この主従関係を押しつけてくる魔導人形の顔が、なんと死んだ筈のセナと瓜二つなのだ。

「――チッ、小心者」

 …………言動もだ。表向き従者の態度を取っているに過ぎないが大分ガラが悪い。

 こいつを見せた時アールは頭を抱え、ゴールドは興味深そうに――ほほう、ふふん、とか変な声を出して頷いていた。

 俺からすればどうしてNPCが死亡したPLと同じ姿形をしているのか、それについては実際のところ考えても気にしても答えが出る訳でもないのでどうでもいい。

 一番の問題は、同じ事を繰り返すが、俺がメイド付きのPLになった事だ。

 周囲の視線もそうだが、主従関係というこのお世話されてる感。落ち着かない。

 アヤネがついてくるのは慣れたし、積極的に絡んでは来ない。だが、こいつはメイドだからと云う理由で世話を焼こうとする。しかも態度悪いし。

「まあ、弾避けにはなるんだけどな」

 自己判断で戦闘もしてくれるから、困った事に便利と言えば便利なのだ。

「はあ……ここ最近ツイてねえ。博物館にも入れなかったし」

 天使が支配しているだけあって、天使をモデルにした彫像や絵画が多いらしい。

 エノクオンラインの視覚デザインを行った電脳空間デザインの第一人者である天才アーティストのコレクションでもある美術品。見たかった。

 溜息で開いた口を閉じるように、ナイフで切ったステーキの端を口に入れる。柔らかくも歯ごたえのある肉だ。

「――あっ」

 ふと、窓の外を見ると路上を歩くPLやNPCの中で目立つ集団があった。

 八人からなるその集団はそのまま窓の前を通り過ぎようとして、真ん中を歩いていた着物姿の女がこっちに振り返った。

 目が合った。

「………………」

「よう、久々」

 軽く手を挙げて挨拶する。

 窓ガラス一枚隔てた向こうでタカネは顔を片手で覆うと、さっきの俺の溜息よりも深々と息を吐いた。


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