4-14
「こいつは酷い……」
ヴォルトに戻ってみれば多くの建物が全壊し、小火なのか黒煙が所々から空へと昇っている。
悲惨な光景だ。モンスター達によって破壊し尽くされた街並は他人事(俺は無関係だ)ながら胸に迫るものがある。
そしてもっと酷く、悲惨な者が足下に転がっていた。
「こいつ、生きてんの?」
石畳の路上にクレーターが出来ていて、その中心には四肢があらぬ方向に折れ曲がっている女が埋もれていた。
「死んでいたら消えているでしょう。何を言ってるんですか?」
マネキンの出来損ないを作った当人、ポールハンマーを担いだユリアはさも当たり前のように言った。いや、そういう意味じゃなくてな…………まあいいや。館で会った時よりも冷静になってるから、今は下手に突っついて殺気立つのは面倒だしな。
北の魔王軍の襲撃によって建物や多くのNPCが破壊され、レーヴェとその部下達、それに傘下のギルドがPKギルドと戦い、住み着いて甘い蜜を吸っていたPL達が捕らえられた。
今はその後片づけをレーヴェの手下達が行っている。
捕らえたPKや電子ドラッグに溺れたPL達はジブリエル公国の牢屋(そこではスキルはおろかメニューウィンドウを開く事も出来なくなる)へ放り込まれる事が、カリスマスキル持ちのゴールドとレーヴェが公国の高官NPCに取り合い決定している。マジでなんでも有りなスキルだな。
壊れた街に関しては、時間はかかるものの放っておけばどこからかNPC達が集まって復興を始めるらしい。
「こいつらも酷い有様だ」
クレーターの側には背中合わせに縛られている男が二人。セナを石像にしてコレクションしていたリーという男に、MPKを利用しユイを殺したジャックという名の男だ。
どっちもボッコボコ(腕が切断されてるのは戦闘力を奪って捕虜にする為なので仕方ない)にやられてはいるが生きている。
「殺さなかったんだな」
PK達を見張るようにして立っていたアヤネとエリザに振り返る。
「ええ、まあ。殺されたから殺す、なんて理屈に付き合うつもりはありませんから」
エリザが背を後ろに反らして薄っぺらい胸を張った。
結局この一件で死んだPLはモンスターの餌食になった奴だけで、他は生きて捕らえられた。
体力バーが残っている限り動けるので激しい抵抗はあったようだが逆に言えば残っている限り何をしても、胸を刺し貫こうが腕を切断しようがどんなに痛めつけようが失血死やショック死する事はないので、阿呆共はせいぜい痛めつけられたのだろう。
PKギルドの摘発はレーヴェに色々思惑があったとは云え、他のPLの総意でもあり、ユイやセナに関して繋がりが強かったのはこの二人で、彼女らがこれでいいと判断しているのなら俺がどうの言えた義理じゃない。
「………………」
アヤネが傍まできて俺を見上げてきた。
「……街のモンスターはもう退治できたのか?」
とりあえずアヤネは好きにさせておこう。
俺の質問に、捕まえたPKのアイテムを漁っていたアールが指で路地の向こうを指さした。
切断されたデカい蛇の頭を肩に抱えたヴォルフ(通常状態)がいた。
なんだよその蛇。死んだなら消える筈だろ。もしかしてドロップか? モンスターの一部がドロップ品なのはよくあるが、その馬鹿デカい首はアイテムなのか? 一体何に使うんだよ。
「あれでお酒造るんだって」
「勝手に造れよ」
どうやってあれから作るのか甚だ疑問だが、その辺りは所詮ゲームなのでなんとかなるのだろう。
「ジョセフは?」
あいつからとっとと報酬を強請って去ろう。
「中央広場だよ。モンスターは片づけたけど、攻撃禁止のルールは解除されたままだから気をつけてね。フィールドのモンスターも侵入してたりするみたいだし」
「んー」
軽く頷いてから広場に向かって歩き始める。後ろから、歩幅の小さな足音がやはりついてきた。
…………まあ、仕方がないか。
しばらくはまた一緒に旅するのもいいだろう。ただ、やはりいずれ限界は来る。アヤネは薄々気づいているようだし、何かあれば自分の身は守れるだろうが、万が一という事もある。
誰かこいつのボディーガードにでもなればいいんだが、エリザは<ユンクティオ>のメンバーだし、他にこっちの事情を含めた上で信用できる奴がそういるとは思えない。
「…………はぁ」
まあ、おいおい考えていくか。
詰まるところ問題の先送り。今結論が出ないのだからそれも仕方のない事なのだが、これが意外な形ですぐに裏切られる事はヴォルトの街にいた時は予想してさえいなかった。
あの後、後始末があると言ってヴォルトの街に残ったレーヴェ達と、役目が終わったとギルドへ帰るエリザと別れ、アイテムの補充とついでに俺に用があるとぬかすロボ店員から商品をぼったくる為にゴールドの城へと俺達は戻ってきた。
城主のゴールドは、街が滅茶苦茶になって商売ができなくなったアマリア達のために場所を融通すると言ってどこかへ消え、アールはセナが持っていた情報収集用のクリスタルを解析する為にいつの間に拵えたのか自分用の研究室に引きこもった。
そして俺はアヤネと一緒にロボを探して城の中を歩き回っていた。
「本当にNPCからお城を取っちゃったんですね」
アヤネは珍しそうに首を世話しなく動かして城の中を見回している。こういういかにも重要そうなNPCの建物にはイベントかクエストしか入る機会が無いので仕方ないと言えば仕方ないが。
「馬鹿のやる事だからな」
それよりもあのロボはどこ行った? 街の支店には別のNPCがおり、ロボ店員は城へ行ったらしいが、その城に着いてもまだ見つかっていない。
多分、俺が倒した魔導人形について話があるのだろう。それ以外心当たりはない。なので城主の部屋に行けば居るとは思う。
数日前の戦闘痕がすっかり消えた廊下を進んで部屋の前に到着する。
「おい、守銭奴、来てやったぞー」
だからアイテムよこせ。
変態趣味満載の城主の部屋へと続くドアを蹴り開ける。鍵のかかっていなかったドアは簡単に開いて、俺達に中の光景を見せた。
「………………」
「え………………」
俺も、俺の後ろにいたアヤネも動きを止めた。
部屋の中ではロボ店員とモモが黒と白の衣服を手に、人形に服を着せていた。
そう、人形に。
服を着ていない、間接の繋ぎ目を露わにした魔導人形。戦闘による傷も修復され、肌色のボディは人間の女と変わらず滑らかで流線的だ。
そして、魔導人形の顔は俺を襲った時の無個性なものでは無く――
「そんな、まさか…………セナ、さん?」
死んだ筈のセナと瓜二つの顔がそこにはあった。
◆
森深くで一人の男が疲労困憊の体で歩いていた。
右腕を欠損し、傷口から青い光を漏らす男はクゥによって倒された筈の男だった。だが、他にも欠損していた右足が再生しており、骨折ダメージを追っていた左腕や各部位のダメージが回復していた。
「ハァ……ハァ……」
男は周囲に目を配り、<気配察知>でモンスターやPLの存在が無いことを確認すると、中型剣を地面に突き刺し、木の幹に背を預ける。その剣は男の腹に突き刺さっていたクゥの物だ。
男は一息付くとチャットウィンドウを開く。
「ネピル、無事だったようだな」
届くのは男の低い声だ。
ウィンドウにはエルバという名が表示されている。
「ああ、なんとかな。PKギルドはレーヴェによって潰された。マステマの偽物も、クラインも死んだ。監視任務はこれで終いだ」
ネピルと呼ばれた、PKギルドにスパイとして潜入していた男は今までの経緯を説明する。
「そうか」
「協力者がいた。お前とマステマが東の大鍾乳洞で会ったという男だ」
ネピルがマンティスとクラインの二人と共にモンスター達に襲われる直前、彼はすぐ傍に転がっていた瓶を膝から先を失った右足で直接踏み砕いた。
それはモンスターを引き寄せる蜜の入った瓶に紛れて転がっていた再生薬だ。
その時にはモンスターに囲まれていたが、一人だけ蜜を浴びていなかったネピルはマンティスとクラインを餌に、再生した足でその場から急いで逃走。
一人だけ逃げた事よりも抵抗できずにモンスターに食い殺される恐怖と痛みに意識を奪われ悲鳴を上げる二人を後目に、ネピルはクゥと戦闘を行った場所まで戻ると、その場に残されていた武器やアイテムを使い、体力バーの回復と同時にヴォルトの街のある方角とは逆の方向へと駆け出したのだった。
「…………あの男か」
「向こうも別に死んでもいいとは思っていただろうがな」
蜜を浴びていなかったのも近くに転がった再生薬も、不自然に置かれたままだった武器やアイテムもモンスターから逃れられたら使えばいいと云うクゥの置き土産だ。
そのおかげで助かったのは確かだが、ネピルの行動が遅ければ死んでいただろうし、そもそもそれ以前の戦闘でも互いに手加減抜きであった。
結局は運が良かったのとネピルの察しの良さが命を繋いだ要因だ。
「レーヴェがマステマと接触したがっていた。俺の事も気づいた上で見逃されたようだ」
「…………わかった。レーヴェについてはこちらで対応する。次の任務だが――」
スパイとしての任務が終了した直後に新たな仕事を言い渡される。しかし、ネピルは表情を変える事なくそれを受け入れ、チャット相手の男もまたそれを当然だと言わんばかりに続きを話す。
「ラドウェリエルの天使達の調査と同時に黄泉がえりを調べてもらう」
「黄泉がえり?」
聞きなれない単語を問うように反復する。
ラドウェリエルという国も、そこを支配する猛禽類の翼を持つ天使型のNPCについても知っていた。だが、黄泉がえりについてはネピスも初耳であった。
「子細は追って話すが、言葉通り死んだ筈の者が生き返った――かと思うほど瓜二つのNPCがいる。現行プレイヤーしかり、βテスターしかりだ」
ネピスの表情に僅かな陰りが見えた。
事実がどうであれ、PLと同じ顔を持ったNPCが存在するというのは、それが意図した結果であるのなら悪趣味だと言うしかない。
ネピスの経験として、吐き気を覚えるような目に見える光景よりもそのような思考を行った上で実行に移す精神性の方が不快感を覚える。
「…………マステマはなんと?」
「舌打ち一つして黙った」
相当機嫌が悪くなったのは分かった。そして、ネピスとチャット相手のエルバが敬う褐色の少女、エノクオンラインではセティスと偽名を使うマステマがそういう態度を取ると云う事はつまり――
「電脳世界、ダイヴ装置、エノクオンラインを作った彼の頭脳集団は死者蘇生を可能にしたのかもしれない」
◆