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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
43/122

4-12


 ◆


「なによあの子おっかない」

 戦闘が繰り広げられている路地から少し離れた民家の屋根、その上にジャックとリーを罠避けに一人隠れて移動していたPKアンナの姿があった。

「ジャックはキレてるし、リーは頭おかしく……元からね」

 彼女の手には弓があり、弓には矢が番われて弦が大きく引き絞られていた。

「タイマンじゃ分が悪いのなら、二対一ならどうかな?」

 矢はアヤネの方に向けられている。そして弓が半円を描くように強く湾曲するのはスキルを発動させる為の溜めであった。

「――っ」

 だが、いざ矢を放とうとした瞬間に<気配察知>によって自分の背後にPLが接近している事に気づき、アンナは即座に体の向きを反転させると相手を確かめずに矢を解き放つ。

 スキル<ピアッシングシュート>が発動し、細い矢が唸りを上げながら大気を押し退けて目標へと突き進む。

 相手の眼前にまで迫った時、轟音が鳴った。

 矢を、PLが手に持っていた武器で矢を打ち払った音だ。

「矢払い!?」

 中型武器:刀剣のスキルで、一定サイズ以下の飛び道具をホーミング効果の付いた攻撃によって打ち払うものがある。

「でも、ピアッシングシュートをどうやって?」

 <矢払い>は一度覚えてしまえば他の近接武器装備時でも使用可能なスキルではある。だが、アンナが使用したのは今現在弓スキルの中で唯一弾き効果のある攻撃スキルだ。

 ノックバックなど一部効果が付随されている攻撃には<矢払い>を行ったとしても、直撃を避けれるだけでその効果を受けてしまう。

 先の矢とは思えない轟音も不可解だが、弾き効果のある矢をどうやって防いだのか。

「不思議そうな顔をしていますね」

 アンナの顔を見てとった襲撃者が打ち落とされて屋根の上に転がる矢を踏み折り、ポールハンマーを肩に担いだ状態でゆっくりと歩み出てくる。

「ユリアーネ・メンゲルベルク…………」

 アンナが現れた少女の名を呟く。

「ここではユリア、と」

 槌の部分が小さく柄の長いポールハンマーを肩に担いだのは獅子の名の兄を持つ白い少女、ユリアだ。

 身を守る鎧となる装甲を付けた黒いドレスを身につけた彼女は何の感情も見せない赤い瞳でアンナを見つめ返している。

「今の、どうやったんだい?」

「ノックバック効果のある攻撃同士がぶつかり合うと相殺されるのです」

「簡単そうに言う……」

 そんな事はアンナだって知っている。相手の攻撃に合わせる事で防御、逆に弾いたりするなどは多くのPLがしている事だ。

 だがしかし、矢の攻撃速度は速い。出なければ<矢払い>などと云ったホーミング付きのスキルなど意味がない。しかも<ピアッシングシュート>は点の攻撃である矢を中心にノックバックの効果がある。細い本体に対して効果を及ぼす範囲が大きい。

 それをスキルの恩恵があったからと云って、攻撃速度と取り回しの遅い大型武器:槌でそれも矢に対して行うなど。

「引きこもりのお嬢様だって噂だったけど、獅子の妹もやっぱり獣ってことね」

 マクスウェル・コーポレーション社長の娘。既に若くして社の重役として働いている兄と違って表舞台に出ることはなく、まさしく獅子だと恐れられている彼と違い色素欠乏症のある意味で分かりやすい不出来な娘。

 今時外見的特徴が人としての優劣を決めるものではないが、恐ろしい兄や父の代わりと言わんばかりの誹謗中傷の的であり狙い目だった。

 滅多に人前に姿を現さず、何の業績も残していない彼女は目立つ外見に伴って陰口の槍玉に上げられる。

 そういう少女だった。そう見られ侮られている筈の白い少女だ。

 しかしアンナはその世間的な評価を端に追いやり、弓に矢をつがえながら目の前にいるユリアの評価を改める。

 不安定な足場の上をまるで滑るようにして歩いてくる様は肌と髪の色もあって足があるのか疑わしく、そこだけ夕焼けをくり貫いたような双眸からしてまるで幽鬼のようだ。

「……仲間が気になる?」

 ユリアは意識を当然アンナの方へと集中させてはいるが、その視線は路地で戦うアヤネへと向けられている。

「お友達? まさか歌姫とは意外――でもないのかしら。あの様子じゃあむしろ納得」

 どうでもいい言葉を投げかけつつ、矢を瞬時に放てるよう構えながら少しずつその場から移動する。弓矢を扱う射手は位置取りが重要であり、近接系の武器使いを相手にするなら距離を一定に保たなければ勝ち目はない。

「フラストレーションが溜まって仕方がない時ってあるでしょう」

「はあ?」

 返事は期待していなかった。いなかったが、さすがに会話が成立しそうにないのは驚いた。

「先を越される。釘を刺される。これでは何の為に連いてきたのか」

「アンタ、会話って知ってる?」

「したでしょう。さっき」

「………………」

 無言で矢を放つ。

 ユリアは、軒下のアヤネを眺めながら体を傾け、矢を避けてみせる。そして、屋根を蹴りだして、爆発したかのような粉塵を後ろに置いて駆けてくる。

「やっぱり!」

 ユリアがいた位置は射手に取って遠すぎて避けられる可能性のあった距離だった。正確に矢を打ち払う技量を持った彼女ならば、それも簡単だ。

 アンナも次の矢をつがえながら後ろへ跳躍。目の前で振り下ろされた鉄槌の一撃によって屋根が崩落するその上空で牽制として矢を連射する。

 が、ユリアはそれらの矢が通常攻撃だと見切った上でか敢えてその身に矢を受けながら前進してアンナの眼前にまで迫る。

「ヒッ――」

 ポールハンマーを持っていない手が、アンナの顔面を鷲掴みにする。

「こっちの都合ですがこのストレス、貴女で解消させてもらいます」




 ◆


「見えてきたな」

 レーヴェの言うとおり、暗い森の奥でPKと思われる三人組の後ろ姿があった。

 森の中とはいえこちらは馬。追いつき跳ね飛ばすには十分な速度だ。

「じゃあとっととまとめて片づけるか」

 そして早く帰りたい。

「マンセマトは私が相手しよう。聞きたい事もあるしな」

 併走していたレーヴェが片手剣を抜きながら僅かに前へ出る。

「誰それ?」

 というか三対三じゃないのか? 魔術師の真似事として後ろでテキトーにしながらサボるつもりだったんだが。

「PKギルドのリーダーだ。リストは渡した筈だが?」

「忘れた」

 俺がそんな物覚えの良い人間だと思ったか。

「だろうな。ゴールド、君は同じ商人同士クラインを」

「俺は残りか。何て名前だ?」

「些事だな」

 つまりモブ。モブ男か。

「では、またな」

 レーヴェが馬の腹を蹴り、一気に加速させる。

 二人の男を追い抜いて先頭を走るPKへと瞬く間に距離を詰め、片手剣を下から上に振り上げた。

 闇の中、火花が散って先頭にいた男が大きく体を跳ねらせ、レーヴェもそれを追って森の奥へと消えていく。

「次はお前だな」

「それはいいんだが、なんで人の襟を掴んでいるのかな?」

「こうするため」

 俺も残りの二人に近づいたところで、掴んだゴールドの襟首を引き寄せてクラインと呼ばれている魔術師の装備をつけた白髪のPKに向かって投げつける。

 馬鹿が薬物ドラッグジジイにぶつかり地面に転がっていくのを素通りし、俺は残った奴に馬での体当たりをかましてやる。

 背中から馬に体当たりされたPKはゲームだけあって盛大に吹っ飛んで地面に転がる。が、すぐに起きあがって剣と盾を取り出し構えた。中型武器:刀剣に盾、オーソドックスなタイプか。面倒だ。というか……勝てるのか、俺。

 館にいた雑魚達ならともかく、こいつは強い部類だ。

「まずったかな」

 まあ、こうなったらしょうがない。やるだけやって無理そうなら、不義理だけど逃げよう。

 手綱を操り、冴えない顔だが武骨そうな男の周りを歩く。

「無口だな。文句の一つでも言ってくるかと思った」

 話しかけても反応が返ってこない。ただ、睨むように俺を見上げている。その目は敵意や殺意も込められているが、どちらかと言うと戦意、単純に戦う意志が強い。

 これと似た目を何度か見たことがある。

 エルバだ。東方地方のデカい鍾乳洞を観光した時に出会った妙な二人組の片方、コインのように裏表のある褐色の少女に付き従う男。

 あいつに似ている。

「なるほど、兵隊気質って訳だ」

 反応なし。

端役モブ同士地味にいきたいところだが、実は今虫の居所が悪い。なんつうか、あれだ。カルタシスの余韻に浸ってる時に邪魔が入るっつうか。俗に言うと自慰の直後に面倒な仕事押しつけられると言うか、そんな感じ」

「………………」

 軽口にも反応なしとか、重病だな。まあ、この際なんだっていい。むしろこの手のタイプは無口なNPCのようで気がねなくやれる。

「つまりだ。八つ当たりさせろ」

 馬で突進を仕掛ける。

 男は剣を背に回し、大きく振り被る。

 馬の首が切断された。

 その刃が届く前に、俺は馬の背から跳んで宙へ身を捻らせる。眼下で俺を見上げ、男が着陸の瞬間を狙っている。

 腰の収納ベルトから槍を二本抜くと同時に投擲スキルを発動。矢のように二本の槍が放たれる。

 男は後ろへ僅かに下がる事で槍を避け、俺が落ちるのを待ちかまえる。

 俺は地面にではなくそこに突き刺さった槍の石突に着地、再びジャンプして男の背後に回り込む。その過程で投げナイフを頭上から投げまくる。が、盾で容易に防がれる。

「これだから盾持ちは…………」

 地面に着地して体を起こしながら片手剣とザリクの短剣をベルトから取り出し振り返る。やはり、既に敵は眼前にまで迫っていた。

 振り向きざまに振った剣が盾に防御され、同時に襲いかかってきた剣の一撃を短剣で受け止める。

「…………二刀流のスキルを持っていないのか」

「あと爪先程度の熟練度があれば覚える」

 手応えだけで人の所持スキル見破るなよ。

「フッ――」

「ハァッ――」

 互いに攻撃と防御、回避を繰り返す。だが、明らかにこっちが押し負けている。一度距離を取りたいが、相手が距離を離してくれない。むしろ、盾を壁としてこっちを圧迫しようと前進してくる。

 鬱陶しい。

 ザリクの短剣の効果を使用する。

「ぬっ!?」

 相手の剣を受け止めていた短剣からカマイタチを含んだ突風が発生し、俺達を互いに吹っ飛ばさせる。

 本来なら振り回しながら使う効果で、静止させた状態だと全包囲に攻撃が及ぶ。俺にもダメージは来たが、距離は開けた。

 足を地面に引きずって停止を掛け、短剣を仕舞うと同時に中型剣を敵に向けて投げる。

 剣は真っ直ぐに男へ直進するが、盾によって弾かれて男は突進してくる。

 短剣を仕舞ったその手で今度は槍を取り出して両手で構え、迎え打つ。

「チィッ」

 男は舌打ちをするものの、俺の槍による攻撃を捌いていく。更には――

 盾に当たった槍の穂先が、弾かれず流されずに磁石で引っ付いたように盾の中心点からズレない。そして俺の手には嫌な感触が伝わってきた。

「テメェ!」

 盾で武器破壊とかアホか!

 こっちの突きの攻撃に合わせて真っ正面から盾で受け止めやがった。それも、ただ受け止めるのではなくてタイミングを合わせて前進する事で槍に攻撃をしたのだ。

 硬いモニュメント、もしくは東の大鍾乳洞で石化の魔族を攻撃したかのような手応え。槍の耐久値が大きく減っていた。

 失敗したとしても最悪受け損なうだけで致命的ではない。だが、成功した場合は相手の武器破壊とほんの僅かだが硬直を与える事ができる。と、同時に自分の盾も大きく耐久値を減らしてしまう。つまりは互いに武器が壊れる可能性があるのだ。

 失敗した方がむしろまともな結果を得られる分、男のやった事は愚策でしかない。

「オラッ!」

 槍から手を離し、背に肩から腕を回して収納ベルトから大鎚を取り出しながら盾に向かって振り下ろす。

 耐久値を超え、盾が割れた。

「…………クソ」

 破壊した手応えから、俺は舌打ちと悪態をつく。

 壊れた箇所から青い粒子となっていく向こう側で、男が剣を両手で握り大上段で構えていた。

「オオオオォォォーーッ!」

 雄叫びと共に斬撃が俺に落ちてくる。

 中型武器関連は基本的に片手で扱うものだが、両手で使用すれば大型武器とまではいかずとも威力にプラス補正がかかる。しかも、一部の刀剣スキルには両手で使う事で更に威力が加算される。

 タイミング的に避けられず俺の胴が肩から脇腹へかけての袈裟で斬られた。

 痛い、というよりも熱いと叫びたくなるような激痛が襲う。

 だが、苦しんでいる場合でもない。明らかに高い刀剣スキル。だとすれば、間も置かずに攻撃スキルが続けて発動してくる筈。

 予想通りスキル発動直後の硬直を無視して男が刃を返し、攻撃スキルを再び使用する。

 スキルの連続使用。武器或いは格闘スキルの熟練度が一定値を超えると、攻撃スキル使用後の硬直を無視して連続で発動できるようになる。連続できる回数は限界があるし、攻撃後は使用したスキルの合計分を割増した硬直も発生する。

「があああっ――」

 腹に衝撃が来、抉られた事で血の代わりに火花のような青い光が飛び散る。

 クッソ痛ェ! このヤロウ! じゃなくて、ヤバい。こいつ、このまま一気に決めるつもりだ。

 <情報解析>、いや今までの攻防で俺の戦闘関連スキルの熟練度が決して高くないと云う事がバレた。こいつのプレイヤースキルからして気付くのは簡単だろう。

 戦闘関連スキルが高くないという事は、装備できる防具の防御力も低く、体力バーも短い。

 平らにスキルが伸びているせいか、生産系やレンジャー系で多少ステータスも伸びてはいるが、本職との単純な殴り合いだと確実に負ける。

 なんとかこの状況を打破しようと試みたいが、俺が何かをする前に今度は連続攻撃のスキルによる怒濤の攻めで何もしてもらえない。

 手を斬られて鉄槌を落としてしまい、苦し紛れに棍を取りだそうとして手首に刃が刺さり、続いて短剣や投げナイフも同じ結果となって地面に次々と落としてしまう。

「トドメだ」

 そう宣言した男が剣を片手に持ち変えて腕を大きく引いた突きを行う姿勢へと移った。

 先端を俺へと向けて目標を定めた刃に冷気が纏って霜が発生し始める。

 魔法剣――こいつ、魔法剣士だったのか。魔術師による属性付与ではなく、剣技と攻撃魔法が一体となって危害を加えてくる明確な攻撃スキル。

 武器と魔法両方に高い熟練度が必要なスキルだが、その威力はトドメと言うにふさわしい。

 回避――無理だな。敢えてこっちの動きを封じるように刻まれたから体の反応が鈍い。

 防御――盾を出そうのも回避出来ない理由と同じく間に合わない。篭手で防げる攻撃でもない。

 諦観――…………成すがまま。

 氷の刃、否氷の刃が顔面に突き入れられた。

「が、ァ――――」

 串刺しにされた左顔面から、あまりの冷たさに斬られた時以上の熱いという痛みが襲う。けれど冷却の効果によって悲鳴さえも上げれず視界の隅に表示されている俺の命の蝋燭が大きく損耗された。

 だが――

「見積もりが甘かったな」

 顔面串刺しのまま男の手首を掴む。

「なに!?」

 手首を掴まれているのに男は連続スキル使用の硬直で未だ動けないでいる。

 館でPKの体力をエナジードレインで吸い取ってドーピングしといて良かった。

 左目を破壊し顔面を貫く剣を引き抜き、背中の収納ベルトのスロットへと手を伸ばす。

「反撃開始だ。ボコるから耐えろよ」


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