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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
42/122

4-11


 ◆


「ハァーーッハッハッハ! お前、やっぱりユンクティオにいた奴じゃねえか。敵討ちとか、健気だなあ!」

 顔をよく視認できる距離に近づいたところで、堰を切ったようにジャックが笑い出す。

 あの顔、あの髪、あの目、あの体躯。女性PLには珍しい棍使い。間違いなかった。

「貴方を捕まえます」

「やってみろやあ! 今度こそ刺し殺してやるよ!」

 棍を構え、魔法から近接戦闘へと切り替えた少女――エリザは強い視線で走ってくるジャックを睨みつける。

「ハハハハッ――」

 その気丈な態度に、両手にそれぞれ短剣を装備したジャックは一際大きな笑え声を漏らし、突然声を止めた。

 直後、彼の姿が煙のように掻き消える。

 <隠遁>と呼ばれるスキル。姿を隠すスキルであり、その効果は周囲の環境状態によって左右されやすく、決して透明人間になった訳ではない。

 だが、時折月明かりを隠す雲、月以外に光源も見あたらない路地、更に他のスキルを併用する事でステルス性を高めたジャックの<隠遁>は完全に姿を消している。

 それを見たエリザは慌てる事なく、棍を地面に突き刺すようにして立てると、魔法の詠唱を開始する。

 詠唱に合わせ、首飾りについた非消費型魔法媒体である宝石が淡い輝きを放つ。

 詠唱時間は瞬く間に終わり、魔法が発動する。地面に触れる棍から橙色の光が波紋のように地面を伝って周囲へと広がる。すると、一部の波紋が何もない地面から跳ね返ってくるようにしてエリザの足下へと戻ってくる。

「そこォ!」

 地面を蹴り、飛ぶような勢いでエリザが跳ねる。向かう先はアヤネのいる方向――ではなくその途中の何もない空間だ。

 着地と同時に地面へ踏ん張りを利かせて上半身を捻り、棍の端を持って大きく横へと払う。

「が――っ!」

 棍から伝わる手応えと共に声が何もない筈の空間から声がし、続いて人を打った感触が離れ、地面に何かが転がる音が聞こえた。

「刺し殺すとか言いつつ、アヤネさんを狙いに行くとかつくづく曲がった根性してますね」

 アヤネが見下ろす先には、<隠遁>によって姿を隠した筈のジャックが膝を地面に付いた姿勢で腹部を押さえていた。

「て、てめぇ、どうやって俺の場所が……」

「貴方みたいなコソコソしたのが好きな人対策でうちのギルドの魔女っ子が作ったオリジナル魔法ですよ。姿を隠そうが、音をいくら消そうが関係ありません」

 そう言ってエリザは棍を掌の上で回転させ、先をジャックに向けて構え直す。

「セナさん……そしてユイさんの仇、取らせてもらいます。今からボコボコにしますけど、泣いたりしないけど下さいね。萎えるんで」

 言うや否や、今度はエリザが駆け出す。

「クソガキがぁ、嘗めやがって! テメェは刻んでからモンスターの餌にしてやる!」

 犬歯を剥き出しに吠えると、ジャックは短剣を構え直して激情のままエリザへ突進する。

 だがしかし――

「ぶぅっ!?」

 空気が破裂する音。

 ジャックの頬が裂け、青い粒子が舞う宙に一本の鞭がうねっていた。

 蛇のような動きを見せるそれは瞬時に引き戻されてエリザの足下の地面を抉った。

「こ、この……棍と鞭、だと…………」

「知ってますか?」

 エリザが笑みを作る。花咲くような可愛らしい笑顔を。

「鞭で叩かれたり巻かれたりするとすっごい痛いんですよ。せめて、ユイさんが味わった万分の一でも味わって下さい」


「………………」

「………………」

 隣で刃と金属の棒が激しく音を鳴り響かせ始める中、リーは手に持つ両刃剣を手首の動きで回しながらゆっくりと歩を進めつつ、目の前に立つ少女の姿を観察する。

 黒く長い艶のある髪を持つ顔は幼さくも意志の強さを感じさせる瞳があり、それは年齢にそぐわぬ強い眼だった。

 派手過ぎず、それでいて少女の容姿を一際可愛らしくみせる白いドレスのような軽装防具もまたセンスが良い。

 そして、ドレスの布生地を押し上げる控えめな胸。まだ第二次成長期を終えていない発育途上の体は女の色香と呼ぶにはまだ不十分であるが全く艶がない訳でなく、少女という殻から時折女の特徴が垣間見え、逆に官能的とも言えた。

 子供と大人の中間ではなく少女から女へと変化していく途中過程。このまま成長すればさぞ美しい女になるだろうが、今この時も羽化する寸前の、幼さ故の可憐さと女の魅力の両面を持つ貴重な時期だと言えた。

「イイ。イイな、うん…………」

 大人へと成長した場合の美にも興味は湧くが、この貴重な時期を閉じこめたい。石にし、この美しさを永遠に愛でていたい。

「思ってた以上にお前は美しい。ユンクティオの歌姫」

「……ありがとうございます」

 そんな一般的な欲求から外れた思考をリーがしているのを知ってか知らずか、冷淡な声で見つめられている少女は礼を言う。

「訂正すると、私はユンクティオのギルドメンバーじゃありません。お世話にはなってはいますけど」

「そうだったか。だが、そんな事はどうでもいい。前々から狙っていた歌姫を手に入れるチャンスだ。これを逃す手はない」

 MPKの被害にあったせいかユンクティオはPKやモンスターに対する警戒が尋常ではなく、MPK事件よりも後にPKギルドに加入したリーは彼女と会う機会がなかった。

 隣で同メンバーが戦っていようと、周囲にPLが囲んでいるかもしれなくとも、リーにとって今目の前にいる少女を是が否にでも手に入れるつもりであった。

「……人を石にするのが趣味だとか」

「ああ、そうだ。美しい物を美しいままに」

 この電脳世界エノクオンライン現実世界リアル以上だ。さすがは電脳デザインアート界稀代の天才が製作に関わっているだけである。そして何よりPLの石化保存を可能とするシステムの柔軟さ。

 ああ、この世界はまったくもって素晴らしい。

「時よ止まれ、お前たちはこんなにも美しいのだから」

「ファウストですか。そんなに大事にされてるならあのまま置いてきて良かったんですか?」

「非常に心苦しかったが、仕方ない。石像はオブジェ扱いでアイテムボックスに入らないからな。なに、手間がかかるとより愛着が増す。それに、誰も壊す事なんてできんさ」

 どれも大切な物だが、やはり優劣が、優先順位なるものがある。動植物やモンスターの石像ならば処分されるかもしれないが、人そのものの瞬間を形留めた元PLの石像は破壊されないだろう。

 なぜなら遺骨、遺品、墓とも言える芸術品なのだから。死者に対する思いや礼儀は人類共通のもの。電脳世界とはいえ誰も元PLであった石像を壊すのは躊躇われる。してしまえばそれは死者への冒涜だ。

「壊されていますよ」

「………………なに?」

 最初、少女が何を言っているのか分からなかった。

「見つけたのはあの人です。なら、きっとセナさん達は破壊されています」

「な、なにを言っている。壊す? 壊すだと? あの美しいものを、美しいまま時を止めた俺の大切なあれらを壊す? 脅しのつもりか」

「美しいからこそ、ですよ。あの人は……そういう人です」

「キ――オオオオォォッ!」

 ブラフ又は脅しかも知れず、普段ならこの眼で確認するまでは無視していた言葉。しかし、少女からは嘘を言っているようにも見えず、『あの人』という誰かに対するある種の確信に満ちた少女の言葉がそれを真実だと伝えている。

 吠え、爆発の勢いでリーが飛び掛かる。

 少女――アヤネが魔法の詠唱を開始する。

 それよりも早く、リーは彼女の眼前にまで接近し石化毒を塗りたくった剣を振り下ろしていた。

 詠唱中、そして前衛タイプと後衛タイプには肉体系ステータスに大きな開きがある。会話ができる距離にまで対峙していた時点でアヤネの勝機はない。

 風のような速さで振り下ろされる毒剣はアヤネの胴を袈裟に切り裂く――

「――ブッ!?」

 などと云う結果にならず、代わりにリーの顔面が強かに打ちつけられていた。

 アヤネの膝によって。

詠唱破棄キャンセル技!?」

 隙だらけになる詠唱中を敢えて相手に晒すことでフェイントとし、相手の攻撃を誘導しカウンターを見舞う。主に魔法と武器の両方の熟練度が高いPLが闘技場で対PL戦に使う技であるキャンセル技はスキルではないが為にPL自身の力量に依るところが多く、難易度が高い。

 それを、今目の前で少女が飛び膝蹴りを、しかも後頭部を押さえて引き寄せた上での膝蹴りを見合ってきた。

 アヤネの攻撃はそこで止まらず、手と足を離すと落下中の空で体を器用に捻って回転する。スカートの裾が広がりまだ驚きと顔面の痛みで自失しているリーの視界を隠す。

 直後、顎が横から蹴られた。

「ぐっ」

 思わずたたらを踏む。が、そんな彼の隙を突く形で今度は先端に魔法媒体の宝石を付けた杖による打突を地面に着地したアヤネが流れるような動きで繰り出していた。

 さすがに立て続けに三度も攻撃を受けるほど、リーも間抜けではなく、咄嗟に後ろへと自ら跳ぶ事で突きを受け流す。

 十歩分の距離を離した上で、焦燥混じりの警戒した視線をリーはアヤネに向ける。

 三度の打撃、攻撃力自体は低く大したダメージにはならなかった。杖による攻撃は杖自体の攻撃力が低いからだが、アヤネの筋力のステータスもそうだが格闘の熟練度が低いせいだろう。

 エノクオンラインはゲームだ。例え本当に生死が関わっていようとそれは変わらず、外見で相手を判断するのは愚策である。それでも装備などで相手のタイプを見極める参考程度にはなる。

 その上でアヤネを観察すれば彼女は典型的な魔術師。歌姫と噂されるように歌スキルなども修得しているが、それも後衛向きのスキル。受けたダメージ量が現すように、近接系のスキルの熟練度も低い。

 だが今の動きから考えるに、アヤネは格闘の熟練度が低いにも関わらず何度の高い攻撃を繰り出せるほどに、元から下地となるほどの技量を持っていた事になる。

 現実離れした動きが出来る電脳世界ではあるが、VRであるかぎり技術面で言えば純粋にPLの力量に左右される。

 現実で出来る事は電脳世界で当然できるのだ。

「魔法だと手加減ができないんです」

「な、なに…………?」

 先程の怒りは消え失せ少女に対する戸惑いと疑念で呆然とする中、アヤネが杖の中頃を持ち、もう一方の掌の上を先端で軽く叩きながら口を開いた。

「魔法は威力の調節が上手くできないんです」

 まるで大人が子供に言い聞かせるように、少女はゆっくと言葉を続ける。

「だから、少しずつ削る事になるんです」

 背筋に冷たいものが流れた。

 アヤネは言い終わるやつい先程あのような事を言っておきながら再び魔法の詠唱を開始する。

 ――まさかまた詠唱破棄からのカウンター狙い? 続けて同じ手を繰り出す相手か? と、リーは反射的に動きそうになった足を止めてしまう。

「……エア・ショット」

 その間にアヤネの詠唱が終わり、魔法が発動した。

 アヤネの持つ杖の先端から圧縮された空気の塊が弾丸の如く発射される。

「くそっ!」

 リーが見えない空気の弾丸を大きく横に跳んで避けた。戦士系のPLが射手や魔術師を相手するならば、本来なら常に動き回り、相手が狙いを外した直後を狙うのが普通である。だが、先のアヤネの言動のせいでろくな回避運動が取れずに無駄に大きな動きで避けてしまう。

「うおっ!?」

 <危険察知>が警告を鳴らし、反射的に従うまま剣を構えると手応えを感じた。

 いつの間に接近していたのか、アヤネが杖を振り下ろしており、それが剣の鍔に当たっていた。

「――ハァッ!」

 防いだと気づくと同時にリーは剣に力を込めてアヤネを押し潰そうと試みる。筋力のステータスは明らかにリーの方が高い。このまま単純に力押しで十分に身動きを封じれる。

 が、その考えは甘かった。リーが腕力でものを言わせる寸前、アヤネは杖で剣を滑らして受け流すと共に間合いの内側に進入、無手による一撃をリーの腹部へと放った。

「こ、この!」

 ダメージは微々たるもの。ノックバックの効果もない一撃にリーは即座に反撃へと移り、両刃剣を振るう。しかし、それは虚しくも空を切る。

 二撃目、三撃目と続ける攻撃は少女の小さな体に当たる事はなく、逆に空振りを見せた瞬間に攻撃を貰う。ダメージにして髪の毛一本程度の減り。だが、それが積み重なることで目に見えて体力バーが減っていく。

 夜の街道にて、魔術師の少女が石化毒の刃を紙一重で避けてみせ、拳を、蹴りを、杖を、多くのPLを手にかけたPKの戦士を体術で翻弄しながら喰らわせる光景が生まれていた。

 ――なんだこいつは!? 一体、どうなってる!

 エノクオンラインで走ったり跳んだりなど激しい動きを行うと、スタミナを消費する。そして消費し尽くすと歩くこともままならない状態となってしまう。

 スタミナを消費するスキルの使用や前衛で戦う戦士系のPLは自然とスタミナ値も上昇していくが、後衛にて魔法を唱える魔術師などは当然スタミナ値は低い。

 しかし、魔術師であるアヤネは前衛に立つ戦士であるリーを翻弄する激しい動きを見せながらもスタミナが尽きる様子を見せない。

 歌スキルがスタミナを消費するものだとしても、リーの方が先にスタミナバーの底を見せつつあった。

「クソッ!」

 思わずリーの口から悪態が漏れる。

 彼は知らない。

 エノクオンライン内のネット掲示板で歌姫だと何だの持ち上げられ、戦いでは常に最も安全な後衛に配置され、歌によって仲間をサポートしつつも自分は同じ年の騎士に守られている可憐ながらもか弱き少女。

 そういう目で見ていた彼はアヤネがどんな少女なのかを知らない。

 ローテーションの取り決めによって休息の場となる最後衛、ある意味最も無防備を晒すその場所に彼女が配置されているのは万が一があっても生き延びるという信頼があるから。護衛を常に伴うのは歌を邪魔させない為とただ単に護衛の少女の自己満足と贖罪を満たす為であるという事。

 ギルド<ユンクティオ>と共に行動を共にする前、彼女はある男と旅を共に、正確には勝手について行っていた。追いつけぬか途中で死ぬかの二択のような旅に幾度も危険な目に遭いつつそれに耐え越えてきた事を。

 そして電脳世界エノクオンラインに閉じ込められた時点で既に、自衛の為にとは云え躊躇なく人を殺害していた事を知らない。

「ぐっ、く…………ハァッ!」

 賭けとして、アヤネから距離を離す為にリーは中型武器:刀剣の範囲攻撃スキルを使用。上半身を捻り、一回転するように剣を大きく凪いで、剣圧と共に相手を吹き飛ばす。

「なぁっ!?」

 アヤネは防御しない。刃が直接顔を袈裟に抉り、剣圧で体に切り傷を作りながらも彼女は怯まない。むしろスキル使用後の硬直を狙う。

「ガハッ!」

 捻っていた体を元に戻した拍子で晒した横腹に杖の先端が押しつけられ、直後にごく初級の魔法が放たれリーの体が逆に石畳の路地の上へと転がった。

 リーは知らない。目の前で舞うように動き、石を水で砕くように鋭くも脆弱な攻撃を繰り返し続けた少女が、実はある意味で苛烈な人間だと云う事を彼は知らない。この時までは。

「泣いても喚いても下品な事を口走っても構いません。針で串刺しにされた虫のようにもがこうが卑下しません」

 細い短剣を取り出して毒によって石化し始めた傷口を抉りだす。

「だけど噛みしめてください。おこがましいですけど、私が皆さんの分の痛みを貴方に与えます」

 視覚内のものを石化させる魔眼を持つ魔族と相対した時、石へと変わりつつある腕を自ら切り離して難を逃れたクゥと同じく、完全石化を防ぐ簡単かつ激痛を伴う方法だ。

「叩きのめします。自分が何をやったのか、頭で理解するよりも早く体で覚えるように。

 手足を切り落とします。自由などなく、ただ罰を受けるだけの罪人だと自覚させるために」

 石灰を切り出して、代わりに切り口を表現する青い光が少女の顔に刻まれる。

「だから、なるべく死なないで下さいね」

 アヤネの眼差しは、友を失った悲しみと怒りを渦巻かせて尚冷徹で冷静な冷たい光を宿していた。

「クッ――――ハ、ハハ、ハハハハハハッ!」

 対するリーは笑う。

「なんだそれは。なんだお前は!」

 眼を血走らせ、頬を痙攣させ、大きく口を開く。

「良いッ、イイぞ、最高じゃないか! そそるどころじゃない! 他の全てを失ったが、お前一人を手に入れる為と思えば十分な代償だ」

 リーは震える。心も体も。小さな少女を相手に抱いた恐怖と歓喜によって。

「俺を揺らす今のお前をそのまま留めていたい!」

 正と負相まって自分を感動させる相手の時を止めるため、それ以外の感情を放り捨てて狂人が歌姫へと剣振るい挑みかかった。


 ◆



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