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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
41/122

4-10



 ◆


 前触れもなくモンスターが現れ、状況を把握しようとした直後にPLからの襲撃を受けた。

 不審なPLの影、行方知れずのギルドメンバー。前触れと言えるものは察知してはいたが、いくらなんでも早すぎる。

 攻撃禁止エリアである街の中でどうしてPvPが起きているのかも謎ではあったが、PKギルドの中心であった六人のPLは他のメンバーを囮にする事で屋敷から脱出する事に成功していた。

 一網打尽にされるのを避ける為に全員が別方向へと逃げていた主要メンバーは各々の判断で合流しつつあり、同時に街とフィールドを遮る壁近くまで来ていた。

「マンセマトとトート、クラインのジジイは先行きやがった」

「当然だな。俺だってそうする。それがどうして今貴様と一緒なのか」

「それはこっちのセリフだ!」

 喧噪と悲鳴、そして家々が崩壊していく音を背に、街の外縁部近くを何かから隠れるように、それでいて俊敏な動きで走っている二人組の姿が――逃亡中のPKギルドメンバー、ジャックとリーの姿があった。

「アンナは?」

「俺達の後ろ、少し離れた所だ。あのアマ、俺達を罠避けにするつもりだな」

 街の河川を中心にヴォルトの街を蹂躙しながら徐々に、徐々にギルドホーム代わりに使っていた屋敷へと近づくモンスターの群。その光景に目を奪われている内に屋敷を襲撃される。そんな危機的状況において、二人は時に悪態をつきながらも余裕を持った表情をしていた。

 友人を殺されたPL、正義感を発揮し捕らえようとしてくる奴、殺しそこねて反撃を受けたり等、追われた経験は一度や二度ではない。さすがにこれほどの人数と組織だった動きは初めてだが、備えは常日頃から十分にしていた。

 現に、彼らは屋敷の包囲網から抜けだし、外へ逃げ出す為に街の城壁へと近づきつつあった。

 街とフィールドの境界である城壁は東西南北に大きな門があり、それ以外に出入りする場所がない――それが一般的な認識だが、街を出る手段は何も四つの門を潜り抜けるだけではない。

 単純に、壁を乗り越えてしまえばいいのだ。

 エノクオンラインの世界はどこまでも自由。街の頭上に透明な蓋があるわけでなく、何もわざわざ門を潜る必要はない。

 一本のロープを使う。城壁の僅かな窪みを利用し登る。<壁走り>のスキルが高いなら走って越えられる。

 始まりの街で未だウロウロしているPLではそれらの手段でも壁を越えるのは難しいが、アウトローな行為を繰り返し、何人ものPLを、人間を手に掛けて尚平然とし捕まった事のないジャックとリーは魔王攻略を積極的に目指すPLに近い実力を持っている。

「――ハッ!」

 リーが走りながらアイテムボックスから取り出した鉤爪付きロープを壁の上向けて投げた。

 端にロープを結んだ鉤爪は十階建てビル程の高さがある城壁を越え、縁の部分に引っかかる。そして、リーはロープ部分を持ったまま壁に跳躍すると足の裏で壁を踏み、ロープを伝って城壁の上を目指し始める。その勢いはロープを支えにしているにも関わらず、まるで走っているかのようなスピードだ。

 対してジャックは道具も手も使わず、二本の足だけで垂直の壁を走り出す。スタミナを大きく消費し続ける<壁走り>で壁を乗り越えるなど無謀な行いだが、ジャックの勢いは止まることなく、本人の顔にも余裕の表情が見えた。

 二人はそのまま自分達を探してるであろうPL達に見つかるよりも早く壁を乗り越えれる。そう思えた瞬間、異変が起きた。

「うおっ!?」

「くっ!?」

 ジャックが走っていた壁から突然石の杭が何本も、ロープで登っていたリーにはカマイタチが襲いかかった。

 足場となっていた壁の異変、風の刃によるロープの切断によってそれぞれ慌てて壁から跳び降り、体を捻りながら地面に着地する。

 着地を成功させると同時に、二人は収納していた武器を即座に取り出し周囲を警戒し始める。

 先のあれは地と風の攻撃魔法だ。詠唱時間と狙いを定める時間を考慮すれば、壁を登る二人を狙った攻撃は明らかに待ち伏せによるもの。しかも敢えて回避行動が取りにくい壁登り時を狙い、落下ダメージも与える徹底っぷり。

 自分達を追ってきた謎のPLの集団。包囲網を抜き、撒いたと思ったら誘導されていた。

 ――囲まれている。

 いくつかの荒事の経験したジャックとリーは、わずかに焦燥した様子で敵の存在を確認する。

「――あん?」

 ジャックが不審を表す声を上げる。リーも同様、声には出さないが眉をひそめた。

 多くのPLに囲まれていたと思っていたら、二つの人影しかいないのだ。

 比較的広い露地の所に立つ、小柄な影が二つ。

 暗黒街であるヴォルトに似合わぬ可憐な少女が二人。しかし強く意志のある視線を向けてきている。

 それ以外にPLの姿はなく、<気配察知>でも反応は無い。二人の<気配察知>でも掴めないほど<隠遁>の熟練度が高いのか、それとも策敵範囲外にいるのか。

 だが――

「へぇ、ユンクティオの……」

 暗い夜の帳の中で二人の少女の姿を視認したジャックの顔が歪む。それは喜悦に近い笑みであった。

 殺した相手の事はよく覚えている。特に女は。それは自然にその時の状況も鮮明に覚えている。

 知っている。二人の少女の一方、噂や掲示板ではなく、この目で直接見た事があった。そう、ギルド<ユンクティオ>の一人だ。あの時は彼女を殺そうとした。隙だらけだったから、殺りやすいと判断し、後ろから刺し殺そうとした。しかし、それを庇って別のメンバーが死んだ。

 だとするとこれはこれは…………。

「復讐か」

 リーが微かに、鼻で笑うかのように呟く。

 リーもまた、コレクションに加えたPLの事はよく知っている。コレクションの経歴を調べたのだ。そうする事でより作品の理解と愛情を深める。そういう価値観を持った男だった。

 そして、ここ最近のお気に入りの経歴なら尚更記憶に新しい。

 コレクションの一つが<ユンクティオ>の歌姫と開拓隊発足の時から懇意だと云う事、それがつい最近まで続いていた事は知っている。

 男達はそれぞれ声に出さぬまでも、先ほどの警戒した様子と打って変わって笑う。――またか、と。同時に――来た、とも。

 復讐心に駆られた輩を相手にするのはこれが初めてではない。それら全てを返り討ちにし生き延びて、時には快楽の対象に。

 要は獲物の方から来たという感覚。

 何よりも相手は上等だ。一人は一度逃がしたも同然だったのが、そしてもう一人は前々から狙っていた。

 周囲を包囲されて危険な状況。そういう自覚はあるものの、元より他者を傷つける事で快楽を得る二人にしてみればこの機会チャンスを普段以上にハイリスクだからと云ってみすみす逃すつもりは無い。

 道上にいる少女達が再び攻撃魔法の詠唱を開始し始める。

 ジャックは二本の短剣を、リーは両刃の剣を構え直して身を低くしながら走り出す。直後、詠唱を終了し発射された石突飛と風の固まりが走り出す直前まで二人がいた場所へ落下した。

 遠距離攻撃の回避と移動を同時に行った二人は、それぞれ別れて少女達に接近する。




 ◆


「あーあーあー…………なんで俺こんな事やってんだろ」

 街の外に出たPKを追って俺達もまたそう深くもない森の中を馬でパカラパカラ。セナの生死を確認したかっただけなのにいつの間にかこんな事まで。俺、意外と流されやすい性格のようだ。

 それにこの現状も気にいらん。

「お前降りて走ろよ」

「さすがに馬と同じ速さで走れないし、スタミナだってすぐに尽きてしまうよ」

 すぐ後ろから聞こえた至極真っ当な言い訳に舌打ち一つ。

 騎乗スキルを持っているのが俺とレーヴェだけで、ゴールドも連れていくならどちらかが二人乗りしなければならない。

 つまり俺がゴールドと二人乗りでパカラってる。

「レーヴェ、お前騎乗スキル高いんだからお前が荷物運べよ」

 やや先頭を走っているレーヴェに向け、怒鳴る。

「私は片手でも操れるが、君は両手が塞がるだろう。なら、万が一奇襲を受けた場合に対抗する手段として二人乗りした方がいいのはそちらだ」

 騎乗スキルの熟練度によって当然馬をはじめとした乗れる動物のバリエーションが増えるのはもちろんの事、騎乗中に行える行動も増える。

 熟練度の高いレーヴェは片手で馬を操り、空いた手で武器を持つ事ができるのに対し、俺は両手でしっかり手綱を握ってないと馬から落ちてしまう。

 後ろに乗るゴールドは騎乗スキルを持っていないが、操縦権を持つ俺と相乗りはできる上、ある程度両手は自由になる。だからレーヴェの言う事はできる。できるが、

「振り落としてぇ」

「気持ちは分かるが、止めてくれ」

 な~にが楽しくて野郎一人を後ろに乗せなきゃならんのか。あー、ストレス溜まるわ。さっき発散させたばっかりだっていうのに。

「ところで、取り残された他のプレイヤーキラーは勇敢な御嬢様マドモワゼル達が相手しているようだが、大丈夫か?」

 散々煽っていた奴が今更何を言っているのだろうか。

「さすがに、真剣勝負タイマンを挑むとは思わなかった。てっきり私は他のプレイヤーと協力した上で…………だと思っていたんだが」

 俺の後ろでゴールドが目の前のウィンドウを見ながら呟く。

 残ったPKを追って街の外に出た俺達の為にアールが街での状況をこまめに送ってきている。 その中に、アヤネとエリザがPKのリーと……誰だっけ? まあいいや。ともかくPK二人との戦闘を開始したという報告もあった。どうでもいいが、アールも何でここまで協力してるんだ? マメというか暇なんだな。暇人め。

「私の妹の事なら心配いらん」

「誰も心配してねえよ」

 お前の実妹って時点で埒外だ。そういう心配されるヒロイン系のジャンルから外れてるから。

「まあ、大丈夫だろ」

 無責任に言う。

「そのココロは?」

「ねえよそんなもん」


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