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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
40/122

4-9


「…………はあ」

 ユリアの消えて誰もいなくなった廊下の向こうを見やり、溜息をついて再び部屋を見回す。

 らしくない事を言ったもんだが、口開いてないと防衛本能働いてこっちから殴りかかるところだった。と言ってもあの会話自体互いの核心を敢えて口にしなかっただけで、二人一緒に火が付きかねないものだった。

「まったく、どうしてこんな風に生まれてきたのか」

 もう済んでしまった事を言ってもしょうがない。

 ともかく、石像が消えてさっぱりした部屋の中を歩き、破壊活動中に視界の隅に捉えていた机へと近づく。

 隅の方には小さな作業机と椅子がある。石像の手入れをする物と思われる布巾が机の上にあり、布巾の隣には小さな光を発する宝石のような石を表面に組み込み左右にそれぞれ魔力回復薬と液体の魔法媒体が入っている小さな槽を付けた木箱もあった。

 フレンドリストを開き、アールへチャットとメールを試みるがエラーメッセージが表示されるだけで通信を取る事は出来なかった。

 おそらく、この部屋全体にジャミングのようなものが掛けられている。そしてその発生源となっているのがこの木箱の可能性があった。

 試しに木箱に付いていた宝石に触れると、何とも分かりやすいON/OFFを切り替えする小さなウィンドウが現れた。

 ONになっていた表示に触れ、横にスライドさせるとOFFへと切り替わる。

 直後、メールと同時にフレンドチャットが繋がって正常なウィンドウを宙に表示させた。メールはアールからの空メールで、チャットの方はボイスチャットだった。

『――ああ良かった、繋がった。それでやっぱりあったの?』

 PLが死んだ場合、そのPLとフレンド登録していた他のPLへ『死亡』という信号がフレンドに送られる。拒否状態でもないのに連絡は取れず、死亡通知も届いていないとなると信号を邪魔する何かがある事は予想できていた。

「あった。玩具みたいな…………ジャミング? 装置っぽいの。それで、そっちにセナの事は?」

 俺はセナとはフレンド登録していない。そもそもリスト自体二名(内一つは馬鹿ゴールドに無理矢理登録された)

『今確認した。うん、届いてる。死亡したのは数日前だね』

 淡々と言われた。まあ、本人なりの気遣いかもしれないが。

 予想通りというか、実際にPLではなくただのオブジェとなった本人を<情報解析>で見て、体力バーの有無を確認したのだ。さすがに、元に戻し生還する可能性があればあんな破壊活動なんてしない。多分。おそらく。

 ともあれ、もう用は済んだ。いつモンスター達に蹂躙され尽くされるのか分からないここにいる必要は無い。

「帰るわ。土産を一つ…………いや二つ持っていってやる」

 机の上にあった装置をアイテムボックスに放り込み、床に転がっていた結晶体を拾い上げる。

「セナにも持たせてたんだな」

 俺がアールに持たされた情報収集用のアイテムだ。石化した場合は装備も所持しているアイテムも石となって役立たずになる。だが、アールが作った結晶体はそれを免れていた。

 アールが何かしらの対策を初めから施していたのか、石化”毒”という特殊な石化だったからか、それともPLの創作アイテムは巻き添えの対象外だったのか。

 まあ、なんでもいいか。

『ところでクゥ。PKギルドの中心メンバーが街の中を逃走中なんだけど』

 だからどうした。セナの死を確認したのだから、もうこの件に関わるつもりなんてない。

『アヤネちゃんとエリザちゃんが追いかけて、いや待ち伏せしてる』

「それが?」

『………………』

 なんだか溜息が聞こえたが無視した。

『レーヴェとゴールドも追いかけようとしてる。それでレーヴェからの伝言』

 非常に嫌な予感がした。あの二人が一緒というのも悪い。短い付き合いで分かるほど、あの二人は悪辣というか小狡いというか、ともかく他人を巻き込む。そんな二人が共にいて状況に合わせ情報共有しているとなると…………。

『レーヴェの妹さん、あのユリアって子も先に行ってPKを追ってるって』

 絶対PKを狙っての行動じゃない。

 レーヴェはつまり――主要メンバーを捕まえるのに協力してくれれば妹は兄である私が抑えてやろう、と非常に遠回しで分かり難く言っているのだ。

 本当、人をコキ使うのがお好きなようで。

「今どこだ? レーヴェの所までガイドしろ」

 了解、という返事を聞きながら廊下の出て窓ガラスを篭手で割り、外壁に張り付く。そのまま壁を伝って屋根にまで昇る。直後、豚の悲鳴というか蛙の湿った声がいくつも聞こえた。

 アールの誘導を受けて屋根の上を小走りに移動しながら悲鳴が断続的に聞こえる方向を見てみれば、進行しつつあったモンスターをレーヴェが連れてきたPL達が押し止めているところだった。

 元より計画的に釣り上げられたモンスター達だ。開拓隊時代には勝てないと思ったモンスターであっても、PL達の熟練度も伸びて装備も充実し、戦い慣れている。

 PL側には目立った被害もなく、孤立した魔王軍は劣勢に立たされて半魚人の悲鳴が街に響く。

 中でも最もモンスター達を狩り殺しているのが、ヴォルフだった。

 無骨そうな顔に似合ったゴツい体格を持ち、いかにもヤバげな雰囲気を持つヴォルフは普段物置のようにじっとしている癖に、戦いとなれば名前以上の獰猛さを見せている。

 現に一人で突っ込んでモンスターの群を切り裂いていく様は頼もしいどころかおっかない。

「なんだあの武器」

 ヴォルフが持っている武器は中型武器:刀剣に分類される両刃の西洋剣のようであったが、柄の反対側にも同じ長さの刃がついていた。

 あんな形の武器は今まで見たことがなかった。他のゲームでは希にあんな形の武器を使ってるキャラクターはいるけど。

『双剣って呼ばれてるオリジナル武器だよ』

 アールによれば、<イルミナティ>傘下の生産ギルドの鍛冶職人達が作った既存の武器種類には含まれない新しい武器で、中型と大型の刀剣スキル両方を使えるようにとワガママ仕様を目指しているらしい。

 ただ、まだ試作段階で武器の単純性能はそこそこだが、装備するのに必要な中型大型の刀剣スキルの熟練度が無駄に高く、更に言えば短い柄の両側に刃がついた武器など扱い難い。

 大昔の有名なSFムービーに同じような武器を使う悪役を見たことはあるが、あんな風に使うにしてもよほどの技術が必要だろう。てか、絶対指が飛ぶ。

 だが、ヴォルフはそんなの関係ないと言わんばかりに無双状態だった。

 エノクオンラインはVRゲームだ。ただ強い武器を装備し、スキルを充実させたところで一定以上の強さには届かない。VRという性質上、上位に位置するのはやはりプレイヤー本人の技量による。

 ヴォルフの荒々しい動きは武術という洗練されたものではなく、ただただ攻撃的な本能や反射神経によるものだが、その質が桁違いなのだ。

 双剣という扱い難い武器をその場の状況に合わせて本能で使いこなし、一つ一つの行動が斬り、払い、突くに繋がりまるで竜巻のように周囲を見境なく切り刻みながら前進する。

『レーヴェの事は現実世界のも含めて有名だから知ってるけど、彼の事はよく知らないんだよ。イルミナティの特攻隊長なのは周知だけど』

「俺だって知らん」

『あの動き、VRゲームのゲーマーじゃないよね。格闘技やってる人とも違う』

「………………」

 ヴォルフについてはレーヴェやジョセフの命令を受けて暴れてる印象しかない。だけど昔、タカネのゲームサークルメンバーの一人が、俺がユリアにボコられる前日に行われたゲーム大会でヴォルフの相手をした事があった。

 筋肉が針金で出来てるんじゃないかと思うような女、シオは――電脳世界で人間を相手にしてるかと思ったら餓えた熊がいた、なんて言ってたな。

 さすがに一撃で死なないモンスター達であったが何度も斬り刻まれる。

 止まる事を知らないヴォルフの前進が急に停止する。そして、更に苛烈な攻撃を仕掛ける為か力を溜めるようにして身を屈ませる。

 直後、ヴォルフの体に変化が起きた。

 元々頬をヒキツらせて剥きだしにしていた犬歯が伸び、他の歯も刃のように尖り始める。顔をはじめ骨格が代わり、体が膨張、全身から黒い体毛が生え揃う。

 獣化――。

 <獣人の血>特有のスキルはヴォルフを名前通りのモノに変えていく。

「Gluuuuuuuuaaaaaaaaーーッ!」

「おわっ!?」

 人から怪物に、黒い人狼へと姿を変えたヴォルフの雄叫びが街中に轟いた。

 <ウォー・クライ>による広範囲へのスタン効果によって、立ち止まっていたモンスター達の動きが一瞬止まる。刹那、ヴォルフが黒い風となって周囲のモンスターを引き裂いた。

 双剣と新たに生えた牙と爪で水棲系モンスターを蹂躙していく姿は正に肉食獣だ。

「どっちがモンスターだよ」

 モンスター同士の内輪もめに見える。

『そっち左』

「へいへい」

 取り物に邪魔なモンスターが間引きされていく様を後目に、俺はアールの誘導に従いながら屋根から屋根へと跳び移って移動する。

『そのまま真っ直ぐ行った大通りに僕達いるから』

 言われるまま進むと、大きな通りに設置された篝火を見つけた。馬鹿ゴールド王様レーヴェとハッカー、それに数人のPLと馬が二頭いる。

「…………とうッ」

 俺は屋根から飛び降り、左足を曲げ、右足を真っ直ぐ伸ばし王様向かって蹴りをくれてやる――

「フッ…………」

「ぐぼっ!?」

 つもりだったのがあっさり避けられて代わりにゴールドに当たった。

「あっ、悪ィ」

 やっべ、思わず謝っちまった。

「攻撃禁止の効果はないんだから気をつけておくれ」

「ああ、はいはい。そんな事よりも、お前よ……」

 地面に膝をついて痛みに腹を押さえるゴールドを無視して、レーヴェを睨む。

「私は使えるのは使う主義だ。それに、ある意味理想的な展開だ。私達にとっても、彼女達にとっても」

 言いながら、レーヴェがヴォルトのマップウィンドウを開き拡大表示させる。

「PKギルドの主要メンバーは屋敷から一度バラバラに抜け出し、包囲を潜り抜けながら合流し始めている。この辺りはさすがと言うしかないな」

 ワザと抜けさせたんじゃないのか?

「そして部下の報告によれば今はこんなところだ」

 マップに赤い点が六つ表示される。内三つは一固まりになって街の外へと移動しており、二つ一緒なのは街の一角で止まって動きを見せず、残り一つは二つの点から少し離れた所で停止していた。

 続いて青い点が赤い点を遠くから囲むようにいくつも表示される。だが、二つだけ赤い点に立ち塞がる形で包囲網の真ん中近くにあった。

 赤い点がPK、青い点が味方だとすれば……。

「丁度接敵したようだ。さて、健気な歌姫と可愛らしい騎士は仇を相手にどう出るかな」


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