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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
39/122

4-8


 背後から複数の足音が聞こえ、首だけを動かして振り返ると廊下の向こうから黒装束の一団が向かって来ていた。

 集団の戦闘には、モノクロ眼鏡をつけたジョセフの姿がある。

 思ったよりお早い到着で、廊下の奥や窓の外からPL同士が戦ってるらしい喧噪が聞こえてきていた。

「…………儀式魔術か」

 俺の足下からドアの向こうへと流れる紫の霧を一目見てジョセフは言い当てた。奴がつけているモノクロには薄っすらと文字や数字が浮かんでいるのがこちらからでも見える。

「なんだその眼鏡」

 聞いているのに、ジョセフは答えず俺の横を素通りしようとする。

「その霧に触れると幻覚見るぞ」

 アマリアから(いつの間にか)修得した儀式魔術の熟練度が一定を越えた辺りで覚えた<エナジードレイン>に続く新しい儀式魔術<淫魔の息吹>。ネーミング的に勘弁してほしい魔法だ。

 その効果はサキュバスが出す霧の効果と変わりなく、霧に触れた相手に幻覚を見せたりできる。ただ、ある程度流す方向は決められるが発生起点が自分から、しかも敵味方の区別もしないので集団戦だと逆に邪魔な上にサキュバスのように見せたい幻覚を自由に見せれる訳じゃない。

 なんだっけ? プラグインか? そんな事できそうなのでアールみたいにブログラムとか組めれば話は別だろうが。

 そんな訳で、親切にも危ないと教えてやったのにジョセフはただ指に填めた指輪をこちらに見せてそのまま紫色の霧が充満する部屋の中に入った。

 なるほど、対策はバッチリな訳か。

 ジョセフが填めていたのは精神抵抗値を上昇させる指輪だ。俺の熟練度も決して高くないので、それ一つで無効化できる。部屋の中でノビてる連中がいくら雑魚くても、精神抵抗値を上げる装備でも身につけていたら利かなかっただろう。

「どんな幻覚を見せた?」

 床にうつ伏せになって倒れていた半裸のPLを蹴って仰向けにさせ、その顔を見下ろしたジョセフが呟く。

「知らん。ランダムだろ」

「フン」

 器用に泡吹いて白目向いたまま気絶しているPLから自然を外すと、ジョセフは部屋の外にいる黒づくめの連中に顎で部屋の中を示す。すると、黒づくめの連中が一斉に動き出して紫の霧が充満する部屋の中へと入ってきた。

 どいつも幻覚を見せる霧の中で平然と動き、PKギルドのメンバーと思われるPL達をロープで縛っていく。

「女達は?」

「保護する。だが、思っていた以上に数が多い」

 慰み物にされていた女達の数は多い。ジョセフが連れてきた連中では手が足りないだろう。

「なら、それは私らに任せて貰おうかね」

 アマリアが数人のサキュバスを連れて部屋の前にいた。

「目が覚めたらまた別の男がいるよりも、同じ女の方がいいよ。幸い、こっちは不本意ながらこういうのは職業柄慣れているからね」

 肩を竦め、彼女はそのまま部屋の中に入ろうと足を踏み出す。

「しょぼいねえ。ちゃんと使ってないだろう」

 手で扇いで霧を吸ったかと思うとなんか叱られた。魔法媒体二つと特殊素材一つ使用する儀式魔術なんて滅多に使う機会なんてない。

 その時、<淫魔の息吹>によって気を失っていたと思われていたPLの一人が、伸ばされかけていた黒づくめの手を振り解いて駆けだした。

 走ると同時に瞬時に武具を装着し、唯一の出入り口であるドア前に立つアマリアに向け、斧を振り下ろした。

 ジョセフが即座に腰から中型剣を取り出して割って入ろうとする。このスピードなら十分間に合う。

 だが、それよりも早く動くのがいた。アマリアだ。

 彼女は膝を曲げて片足を上げると、その足を無造作に前へ伸ばした。言ってしまうと直蹴り、喧嘩キックの類だ。

 ちょっと信じられない位の速さで放たれた蹴りは、ハイヒールの踵が襲ってきたPLの胴にめり込み、PLを一気に後ろの壁まで吹っ飛ばす。

 見事に蹴り飛ばされたPLは壁に跳ね返って糸切れた人形のように床に呆気なく倒れた。

「あーあー…………」

 強烈な一撃を受け気絶状態になったと思われるPLの上、壁の表面にヒビ割れが出来ていた。

「………………。確認を疎かにするな!」

 すぐに気を取り直して剣を鞘に戻したジョセフが部下に怒鳴り、止まっていた作業が再開される。

「お前、そんだけ強いなら一人でPKギルド余裕だったんじゃないか?」

 ただの蹴りであそこまで出来る上にサキュバスの<魅了チャーム>や幻覚、<エナジードレイン>まで使えるのだからぶっちゃけこいつ一人でもPKギルドはなんとかなったと思う。

「私がいない間、誰があの子達守るのさ」

「ああ、そう。あっ、ちょっとそいつ貸せ。アマリア、ついでに頼まれろ」

 黒づくめが連れていこうとしたPLの中に、霧の外に出た事で幻覚症状から目覚めそうなのがいた。それを引っ捕まえてアマリアの前に差し出す。

「こいつからリーって奴の部屋を聞き出してくれ。魅了チャーム使えば簡単だろ」

「別にいいけど、次は自分でやるんだよ。あんただっていずれ魅了使えるようになるんだから」

 なにそれ。初めて知った。

 エナドレなどの儀式魔術の使用は控えようと、ジョセフから警戒するような視線を向けられながらそう決めた。


「はぁ……みんな暇だなねぇ」

 館の三階奥にあるというリーの部屋へ足早に進む。

 廊下の窓から戦闘音が聞こえ、時折街の方から魔法の輝きや何かが壊れる音が聞こえ、館の各所からも破砕音や怒声、そして悲鳴が聞こえる。

 内も外も戦争状態のようだ。

 だけど逆に俺は平静。

 周りが盛り上がってると逆に冷めてくる――という訳でもないが波立たない。テンションが下がってる訳でもない。ただ、浮き沈みもなくただ淡々とした精神状態にあるだけだ。

 それはある種の予感――確信があり、それに対して冷静にいられるようにしているのだ。

 …………逆に、張りつめた糸にならなきゃいいが。

 アマリアが<魅了>によって聞き出した話によれば、リーは気に入った奴を部屋に『飾って』おくのだと云う。

 ああ、もうこの時点で楽観的な希望はもうないと確信した。

「ここだな」

 三階の奥にあるドアの前にたどり着く。

 <気配察知>では中にPL、NPC共に気配は無い。<罠察知>でもトラップが仕掛けられている様子は無かった。

 俺は慎重に<鍵開け>でドアに掛けられていた鍵を開けて、そのままゆっくりと警戒しながらドアを開く。

 スキルで危険が無いと判断されても、それは熟練度不足で気づかなかっただけかもしれないし、もしかしたらスキルで察知できない罠が存在しているのかもしれない。とにかく、油断せずにドアを開ける。

 だけど部屋の中を見た途端警戒心など、どっかに飛んだ。

 そこには大理石にも似た光沢を持つ石像が所狭しに並んでいた。

 花開いたばかりの最も瑞々しい姿を保つ花、美しい角を持つ鹿のような四足動物、歪久しい形相を持ちながらも洗練された肉体を持ち戦う為故に磨かれた機能美を持つ屈強な魔物。

 そして、PLの石像もまたあった。

 PL、NPC、モンスターなど体力ゲージが存在する者はそれがゼロになると青い粒子となって消えてしまう。だが、石化を受けて死亡した場合は石となった状態のまま形が残るのだ。

 それをただの石ではなく、大理石のような石灰にするのがPKリーの開発した錬金術スキルによる薬品とオリジナル魔法を複合させた石化毒だ。

「大した趣味だ」

 レーヴェから貰った情報によればリーは死体愛好ネクロフィリアらしい。

 石化毒によって石としているのだから厳密には違うのかもしれないが、そんな枠組みの定義なんてどうでもいい。

 要はリーという奴は動植物だろうがモンスターだろうが人間だろうが気に入ったモノを生前の形のまま石にして鑑賞していると云う事だ。

「まったく…………」

 溜息にも似た声が自然と漏れる。

 世界を石にしたような部屋の奥を進むと、他の石像とスペースを開け、明らかに特別だと思わせる配置で多種多様な石像が並んでいた。

「ハッ――」

 その中央に、セナの石像があった。

 不謹慎だが、自然と頬が緩んで笑みが浮かぶ。石像と化したPLは自分が石となっていく恐怖か怒りで顔が歪み、それを正に体全体で表現するリアルな姿勢なのに対して、セナは相変わらずの無表情のまま槍を構えた格好で固まっている。

 同じように武器を構えたり、切り下ろす寸前や直後の石像は他にもあるが、それら全ては憤怒の顔だ。だが、セナだけが石化していく中で無表情を貫いている。

 開拓隊時代から元々無表情で鉄皮面なセナだったが不感症とかの類ではなく、ただ生まれつき顔に出ないだけだろう。何故なら、本物の無機物になったとして瞳には変わらず意志の強さを魅せる熱が籠もったままなのだから。

 所詮は石。けれど何かしらの圧、存在感、キザったらしく言えば美しいと思わせる者を厳選して愛で、セナをその中央に据える辺り、リーという人間は変態でも見る目はあるようだ。

 ――が、

「――――――」

 鉄槌を取り出して横薙ぎに振るう。柄越しから硬い感触が断続的に伝わり、石が破砕する音が響く。

 振って、振って、振りまくって、石像を壊す。

 花だったもの、動物だったもの、人を襲う魔物だったもの、人だったもの、そしてセナだったものを、分け隔てなくオブジェとしての機能も果たせなくなるまで徹底的に加減もしないで淡々と頭を真っ白にただ思うがまま鉄槌を振るい続ける。

「――ィ――ッ」

 目に付く石像全てを破壊する。

 そして、原型を留めない石くれは青い光を伴い、砂塵となって消え始めた。

 まるで、ライトアップされた雪が地上から昇っていくようだった。

「…………フゥーッ」

 わざとらしく息を吐く。

「遅かったな」

 青い粒子が消えていく中、後ろを振り返ればユリアがドアの所に立っていた。

 今日は人に背後を取られてばっかりだ。

「………………」

 赤い瞳が怒気を光を宿して俺を睨みつけてくる。レーヴェの妹だけあってその眼力は見た目と裏腹に、いや、むしろ相応に鋭い。

「怒んなよ」

 こいつは俺に冷たい視線しかくれないが、さすがに今のように殺気を込めたりはしない。あれ? 隠れ家の時の会話からして俺ピンチじゃね?

「怒っていません」

 どうやら今すぐどうこうするつもりは無いようだ。あっぶね。

「怒ってるだろ」

「はい、やっぱり怒っています」

「おい…………」

 どっちだよ。というか、すぐに覆すなよ。こいつもしかして怒りで頭に血が上ってないか?

「先越された事に怒ってんのか?」

「いいえ。駄菓子に群がる子供じゃあるまいし」

 嘘も大概にしろよ。

 さっきから背中に冷や汗が流れている。こうして対峙していると改めてレーヴェの妹だと思う。

 こいつと現実世界で対面したあの日、パリの本初子午線ローズ・ラインを示す地面に埋め込まれたメダルから離れた路地で、石畳を踏み締め楽しむように歩いていた時にすれ違った際に目が合ったあの時の赤い目が脳裏にフラッシュバックする。

 現実だと体格差と体力差で殺されずに済んだが、この電脳世界ではそんなもの当てにならない。

「…………お前にやらせると妬みが混ざる。なら、俺が壊してやった方がいいだろう?」

 今度こそ殺されるんじゃないかと思いつつも、口かはそんな言葉が出た。

「ハッ――」

 そして案の定俺の言葉に――お前が言うな、とでも言いたげにユリアは俺と似た笑いで返す。

「死者を慈しむ心ってやつだ。お前は少なくともこの部屋に在った者に対してそんな気持ちとは真逆の感情を持つだろ」

 ああ、自分で言っててなんて馬鹿らしい。

「よく言いますね。貴方のと比べれば私の方が健全、一般的な感情です。貴方の業(悪癖)と私の感情、一緒にしないで下さい」

 ほら、今度こそ言われた。

 お互い、重要な部分を伏せての会話。気色悪い話だがそれで通じてしまう。

 ユリアは俺を嫌っている。それは同族嫌悪に似ていて違う。

 対する行為は一緒で、向ける対象も同じ。共感できる部分はある。けど、それを行う感情が、起因が俺とユリアは違う。

「…………フン」

 ユリアが殺気を消し、もうここに用は無いと踵を返して立ち去ろうとする。

「アヤネには手を出すな。タカネにもだ」

 俺はその背中に向けて、一応の忠告をしておく。

「………………」

 ユリアは聞いているのか聞いていないのか、そのまま歩を進めて俺の視界から消えていった。


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