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一部の街には一定数以上のPLが集まると、魔族が率いるモンスターの軍勢が襲撃してくるイベントっぽいのが発生する。その魔物達は一体どこから来るのか。
畑みたいにポンポン採れる訳がなく、なら電脳世界らしくイベントキーの達成と同時にそこらから生えてくるのか。
どちらも違う。たしかにフィールドモンスターは時間経過で勝手に復活するし、イベントやクエスト専用の魔物も存在するが街襲撃イベントだけは違う。
魔族が率いているという点が決定的な違いだろう。魔族は簡単に言うと上位モンスター。そこらのモンスターよりも強いのは当然だが高度なAIを持ち、アルゴリズム(俺には意味がさっぱり分からん)は複雑な上に自己判断で動く。そして倒された魔族は復活しない。
だからこそ重要な拠点ぐらいしか(アマリア達のような例外はいるが)見かける事はなく、率いる魔物も強い。鎧着て斧振り回すゴブリンとか怖い。
そういう訳もあり、街を襲撃してくるのはその近くに根を張る魔族とそれが率いる魔物だ。なんの準備も無しにそいつらを撃退するのはムリゲーに近く、初めてそのイベントが起きた時は多くのPLが死んだと言う。
魔族による街襲撃イベントは全ての街で起こる訳じゃない。大陸の中央、始まりの街を中心としたザコモンスターしかいない地域やエノクオンラインに存在する五つの人間の国(内一つはちょっと違う上に面倒だが魔王達と敵対しているのでその中に入れる)の首都周辺の街には来ない。というか、掲示板によればそんなプログラムは見つかっていないそうだ。
まあ、長く説明しといて何が言いたいのかと言うと、ジブリエル公国の目の上のタンコブであるヴォルトには本来いくらPLが集まろうと魔族が襲撃して来ない。居着いているのはいるが。
それに、シャーシャーと耳障りな鳴き声を上げる大蛇は本来この近辺にいる魔族ではなく、ずっと北、ジブリエル公国軍とレヴィアタンの軍勢が睨み合う海にいるボスモンスターだ。
「よくもまあ、ここまで釣り上げたもんだな」
青い大蛇が首を出す河から俺のいる場所までは結構な距離があり、こちらには気づいていない。しかし、河川から次々と這い出るモンスターに、大蛇の口から放たれる水鉄砲が建物に粉砕していく。まるで怪獣映画だ。
『カウェル将軍が頑張ってくれた』
カウェル? ああ、あの軍港の将軍様ね。
海にいる筈のモンスターがどうしてこんな所にいるのか、それは簡単だ。ただ単に海から川へと誘導してここまで連れてきただけだ。
レーヴェとゴールドがヴォルトへ侵入した際に使った地下水路。実はあれ、すぐ近くの川に繋がっていて、更にその川は北の海に繋がっていたのだ。
何をしても最早遠慮の入らない腐敗しきったヴォルトという街、連携やモンスターを釣る餌は人材豊富なレーヴェが、襲わせるモンスターを引っかけるのが現PL達の中で最もカリスマスキルを有効活用(なのか?)しNPCであるカウェル将軍と交流のあるゴールドだ。まあ、どっちも上から指示するだけで部屋から一歩も動いてないみたいだが。
「おーおー、壊れる壊れる」
さすがの騒ぎにNPCの怒号やら悲鳴(というか奇声)が聞こえ、段々と街全体が騒がしくなる。それなのに非常時を知らせる鐘や角笛が鳴る事はなく、モンスターに立ち向かうPLの姿もない。
前者は見張り役である筈のNPCも薬でハッピーになった弊害で機能しておらず、後者は一般的なPL自体がこの街に少なく、その少ない数もレーヴェ傘下のギルドによってとっくに避難させられている。
この街にPLと言えば、PKかそいつらを捕まえる気満々のPKKぐらいなものだ。
『あっ、クゥ――』
まだかなと、屋根の上で横になって待っていたその時、アールからボイスチャットが開く。
『たった今攻撃禁止エリアが解除されて、ヴォルトは戦闘可能エリアになったよ。君が捕虜にしたプレイヤーをジョセフ達がリンチした』
「…………そうかい」
これだから元ストリートチルドレンは手加減を知っていても遠慮がない。
『レーヴェ達も動き出した。やる事があるなら早くした方がいい』
ゴールドには返事を返さず、俺は目の前の館の屋上へ視線を向ける。
そこには、縁から上半身を外へ傾け、唖然とした表情で大蛇の姿を見つめるPLの姿が二つあった。
俺は気付かれないよう屋敷の屋根へと跳び移り二人の背後に近づく。<情報解析>で見ても、やはりそう大して強くないPLだ。
収納ベルトから投げナイフ二本と睡眠毒を取り出して、鼻歌交じりにナイフへ毒を塗っていく。
「おい! 何で町中でモンスターが出てくんだよ! しかも、ボスクラスじゃねえか。そんなイベントがあるなんて聞いてないぞ!」
「知るかよ! とにかくファウストさんに連絡だ!」
ファウスト…………PKギルドのリーダーの名前だな。
見張りのPL二人はモンスター襲撃の騒ぎですぐ背後にいる俺の存在に気付く事なく、フレンドリストからボイスチャットを開いて目の前起こっている事を伝える。そして――待機していろ、という返事が向こうから来て一方的に通信が切られた。
あー……見捨てられたな。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「平気だろ。あの人がああ言ってるなら理由があるんだろう。だいたいよく考えれば向こうとの距離があるし、ここまで来ねえよ」
「敵は来てるけどな」
「な――かっ!?」
「――ぐあっ!?」
二人が振り向くよりも早く、それぞれ逆手に持ったナイフを延髄に突き刺す。
背後から首への攻撃によるクリティカルで大ダメージを受け、直後に睡眠状態となって床にPLが倒れる。
「弱すぎ」
魔法媒体の入った試験管二本を地面に叩き割り、足を曲げて間抜け面で眠りこけるPLの背中に触れる。そして儀式魔術の<エナジードレイン>を使用。
体力を十分の一にまで減らし、魔力とスタミナを空になるまで吸収。これでドーピングは完了。前にアマリアから受けたドーピングより少ないって…………。
俺はPLをその場に打っちゃっておき、館の内部へと入る為にドアへ向かう。
ゴールドが言っていた、これを機に検証したかった事の一つが、攻撃禁止エリアの解除だ。
モンスターに占領された元人間領の街はそのままダンジョン化し、放っておけば砦(に改造される前にPL達が奪い返したので完成形は不明)となる。当然、そこは通常のフィールドやダンジョンと同じくPL同士の戦闘も可能だ。
そこで一つの疑問。何を境に攻撃禁止エリアが解除されるのか。モンスターが街を占領したと言っても基準は? 分かりやすく旗がある訳でもなく、システム側が親切に何々の街が魔族に支配されましたとアナウンスしてくれる訳じゃない。もしかすると、占領される以前から攻撃禁止エリアが解除されていた可能性がある。
ゴールドやアールが過去に襲撃を受けて生き延びたPLや占領直後と取り返した後の街のデータを漁る事で得た推測が、占領ではなく侵入、一定数のモンスターが街の中に入った時点で解除されるのではないか、という事だ。
そしてその結果が、屋上で痺れて動けないPLだ。
モンスターの進行が開始され、侵入を許した時点で攻撃禁止エリアは解除される。なぜそんな仕組みなのか知らないが、街中でPL相手に悪さするなら好都合。まるで火事場泥棒だ。意味は違うけど。
問題は他の連中がモンスターに襲われる可能性があるって事だが…………。
「大丈夫だろ」
そう決めつけて、俺は階段を降りる。
PKギルドは中規模程度のギルドらしく人数はそこそこおり、主要メンバー以外のPLがウロチョロしていた。どうやらモンスターの襲撃と――。
「チッ…………」
<聞き耳>で聞こえた会話の内容に思わず舌打ちする。まあいい。連中にはあんまり興味ないし。
混乱(ステータス異常ではなく精神的に)の相を浮かべる連中はどいつも二流止まり。不意をつけば麻痺毒や睡眠薬でしとめられるが面倒だ。時間も惜しい。何時、屋根から見えた魚人モンスターが来るか分かったものじゃない。
なので勘で当たりをつけて進む。こういうのは大抵地下か最上階。屋上から入った時点で一番上は確認したので残るは地下だ。
レーヴェから渡された六人のPLの情報。そのプロフィールを呼んでみると誰も彼も一癖ありそうな連中だったが、変態性で言えばジャックとリーの二人だろうか。
ジャックは女に刃物やらナニをブッ刺すのが大好きな分かりやすい奴で、他のVRでも決して小さくはない事件を度々起こしていた悪質なゲーマーらしい。
後者のリーは現実世界でグレーゾーンをウロチョロするフリーのハッカーだったらしいが、エノクオンラインに来てからか、それともPKに関わってからなのか新たな性癖に目覚めて一気にブラック入りだ。
何があったか知らないが、俺もちょっとびっくりする性癖だ。
「迷惑な。多少は我慢を覚えろよ」
俺みたいに。
地下に通じる入り口を見つけたものの、ただの狭い軒下に作られた倉庫だった。なので諦めて一階から順に虱潰しにしようと思ったとき、鼻孔を擽る香りに気づく。
「…………はあ」
臭いのする方向に歩を進めながら、収納ベルトから魔法媒体である透明な液体の入った試験管を二つと、薄い赤紫色の液体の入った小さな瓶を取り出す。
途中で向こうへと走ってくPLが見えたので、痺れさせて床に転がしておく。
「まあ、定番と言えば定番か」
向かう方向には木製のドアがある。そこに近づくにつれて臭いが、そして声が聞こえてくる。
「舞台は中世ファンタジーでも、現代人なんだからもうちょっと慎みを持ってほしい」
ある意味、RPGやってると言えるが。
ドアの前に一度立ち止まり、魔法媒体を二つとも床に落として割る。魔法媒体である液体は俺の足下で水たまりを作った。
さて、と。
足下を濡らしたまま、俺はそのドアを開ける。途端、噎せかえる程の濃い臭いがした。
その部屋にはいくつかの質素なテーブルとイスが乱雑に置かれており、テーブルの上には食べかけの肉やパン、酒もある。そして、一糸纏わぬ姿で手足又は鎖付き首輪で拘束されている女達の姿と、彼女達を獣の方がまだ上品なやり方で欲望をぶつけている男達の姿があった。
体液で薄汚れた女達はNPCだ。中にはPLの姿もあったがここは仮にも街中、攻撃禁止エリアの為に直接的な事はされていない。それでも、電子ドラッグでも飲まされたのか虚ろ瞳をしており、拘束された状態で半裸にされて見せ物になっている。
セナ以外にも行方不明のPLの話は聞いていたが、女はこの部屋もしくはあのリーという男の…………。
ドアの前に立って部屋を見回すが、セナの姿はここには無い。とすると、リーの所か。
「えっ…………誰だ?」
ズボンに手をかけていたPLが俺の存在に気付く。ああ、ダメだなこいつら。外の騒ぎに全く気付いていない。
誰かチャットかメールでも…………ああ、そうか。捕らえたPLがいるんだから、外に連絡を取れないようにする為のジャミングがあって無理なのか。と、するとさっきのは伝令か。潰して正解だったか。
「――ハッ」
不審そうに俺を見るPLに向け、俺は軽い笑みを浮かべる。
「ハハッ、酒池肉林って感じだな。すげぇな、さぞかしここは天国だったんじゃないか?」
俺の言葉に欲望を満たすのに夢中だった他の連中もこちらに注意を向けた。
「男の夢だよな。イイ女に囲まれて、とにかく溜まった欲望をいつでもいつまでも吐き出せるってのは。じゃあ、次は――」
瓶の蓋を開け、薄赤紫の液体を足下の水たまりの中に垂らす。
「地獄でも見るか。その方が天国の有り難みが分かるってもんだろ」
淫魔の体液と混ざった魔法媒体が魔法陣を急速に描いて輝き始める。何かしらの魔法だと気付いたPL達が慌てて行動を起こそうとするが遅すぎる。
「――淫魔の息吹」
足下の魔法陣から一瞬で紫色が噴き出され、突風となって部屋へとなだれ込んだ。