4-6
隠れ家でレーヴェに呼ばれ部屋に向かう。
レーヴェとゴールド、そして現地協力者してアマリアの計三人が密談していた部屋にユリアと共に入ると、まず目にしたのがキセルで煙草を吸うアマリアの姿だった。
その表情は悩むような、多少困っているような顔をしている。
「憂鬱そうだな」
「そりゃあね。街を滅ぼすとか言われたらさすがに。なんだかんだで愛着あるんだけどねぇ、この街」
…………今なんて言った?
「ヴォルトはもう駄目だ。クライン達が実験として電子ドラッグをばら撒いてNPCを狂わせた。電子ドラッグの流通を止めたとしても一度狂ったものは元に戻らない。解体して組立直すでもしない限りな」
いや、待てよそこの金持ち。人を呼びつけておいてそんなキザッたらしい台詞吐いてないで説明しろよ。
「街を滅ぼすって、どういう事だよ」
仕方無いので聞いてやる。
そんな事できるのか? いや、できるから言っているんだろう。だとすると起こる疑問はどうしてそんな手間が掛かりそうで面倒臭そうな事をするのか、だ。
話からすると目当てのPKは確かに厄介な連中なんだろうが、街一個破壊する理由にはならない。他に理由がありそうだ。
「検証も兼ねているんだよ。元々、彼からの話がなくても領主として落ち着いたら私がどこかで試すつもりだった」
俺の疑問にゴールドが答えた。
「エノクオンラインにはまだ私達の知らない事が多い。システムを少しでも解明する為にはこちらから敢えて行動を起こして反応を見ようと思っていた。一足飛びになってしまったけど、準備は向こうがやってくれるし、何よりこの堕落し退廃した街なら遠慮は入らない。ヴォルトは一般プレイヤーも近寄りたがらないからね」
「………………なあ、実際にブッ壊すのは誰だ?」
ゴールドの言葉に、ある程度は予想できた。
俺の質問にゴールドは表情を変えずにテーブルにあった紅茶に口をつけ、アマリアはつまらなさそうに紫煙を吐いた。
代わりに、笑みを深くしたレーヴェが答える。
「――魔物だ」
ああ、そう。やっぱりそうか。
「それで、俺に話ってなんだよ」
話を最初、レーヴェが俺を呼んだ理由に戻す。巻き込まれないよう気をつける必要はあるだろうが、その混乱を利用するだけの俺には直接関係ない話の筈だ。
「まさか囮にでもなれって話じゃないだろうな」
開拓隊時代は確かに囮とかやっていたが、レーヴェ相手に背中は見せたくない。こいつなら――これで死ぬとは思わなかった、とか言って敵ごと吹っ飛ばしそうだからだ。
「違う」
短くそう入って、レーヴェは六枚のウィンドウを空中に表示させて俺の前に滑らせた。
それぞれPLの画像が載っていた。
「彼らがPKギルドの中核と思われているメンバーだ。知っておいた方がいいだろう。ソースの提供に対する礼だと思ってくれ」
「あいつらが有益な情報を持ってるとは限らないだろ」
拷問真っ最中のPL達の顔を思い浮かべる。内部情報はある程度持っているだろうが、あれはどう見ても下っ端だ。
とか言いつつも既に差し出された物を返すつもりはない。六つのウィンドウを掴んでフォルダ代わりになるメールボックスの中へ放り込む。
「構わんよ。君が手早く目標に着ければこちらも相手の隙を突けやすい。間接的に互いを利用しよう」
「ああ、そうかい」
これ以上いたらまた面倒事を押し付けられそうなので、俺は踵を返して部屋を出、ドアを閉める。
そこから離れた時、背後のドアの向こうから――ところでユリアは何の用だ? と言うレーヴェの声が聞こえた。まあ、連れ出したのは俺なんだが。しかし、次の言葉を聞いて俺は肩を竦めて早々に立ち去った。
「兄さん、クゥを殺ってもいいでしょうか?」
「互いの同意の上なら好きにしろ」
自分に向けられた殺意に同意する訳ないだろ。
後ろから刺されないよう気をつけようと思いつつアヤネ達のいる部屋に戻ると、どこかに行っていたアールがおり、どういう訳かエリザの両腕を縄で縛っていた。
「おーいヴォルフ、この変質者どうにかしろ」
「………………」
狼男状態ではなく元の人間の姿で壁に寄りかかっていたヴォルフに声をかけるが、一瞥されただけで無視された。
「あのさ、クゥ。別に疚しい事じゃなくて、今アイテムの説明してるとこなんだよ」
説明? 部屋の中を見回すと、確かに部屋にいるPL達がそれぞれ思い思いの姿勢でアールとエリザに注意を向けていた。
「ちょうどいいや。クゥにも手伝って貰おうかな」
待て。手品とかパフォーマンスとかするつもりなら勝手にしろだが、男に(腕だけとは云え)縛られる趣味はない。
「アヤネちゃん、この口以上に目で語る人の手縛って」
コノヤロウ…………。
周囲の視線がある中、俺はアヤネによって縄で両手を縛られる。
「縛りなんて十年早いぞ」
「はい?」
どうやらアヤネには伝わらなかったようだ。
「それより後でお話があります。セナさんの事で」
と、表情を変えずにキツく縄を絞められた。エリザもこっちに猜疑的な目を向けてるし、アールの野郎バラしたな。
「………………」
「はい、それじゃあ皆さん今から説明するよー。前に出る実行組はもう知ってるけど、万が一PKが後方に飛び出してくる事態を想定して捕縛ロープの説明をしておくから」
どうやらPKを捕まえた際にどうやって拘束するのか、という話らしい。
相手がNPCならともかく、例え残忍なPKと云えど人間を殺すには抵抗があるだろう。だが、ダメージを与えて投降させるにも現実世界と違ってここは魔法のある仮想現実。魔法媒体が無くてもスキルがある。
一度負けを認めたとしても、隙を狙って攻撃して来ないとは限らない。
「捕縛ロープは切断や刺突属性に弱い以外は耐久値が高くてとっても頑丈だ。これを素の筋力値で破るのは無理だね。それになによりも、なんとこれで縛られてる間は通常スキルが使用できなくなるんだ」
おおーっ、という声が部屋を包む。何だか通販の宣伝みたいな感じだ。
「二人とも何かスキル使ってみて」
「はい。えっと――わっ、格闘スキルが発動しませんよ!」
エリザの言うとおり、格闘スキルが発動しない。試しに収納ベルトから武器を取りだしてみる。取り出したのは中型剣で自由(と言っても縛られつつも腕が動く範囲)に動かせるもののスキルは使用できなかった。
「器用な事するね」
「こんな事もできるぞ」
足の爪先で傍にあった椅子を引っかけ、同時に投擲スキルを発動させる。するとスキルが発動して凄い勢いでアールの顔面に命中した。
「び、びっくりした! 縛ってない箇所だとスキルが発動できるのは迂闊だったなあ。というか、よく足で投擲スキルなんて使えるね」
地面に転がってた石を蹴りながら歩いていたら出来るようになっていた。多分、手や足に限らず何かしらを一度持って飛ばす行為全般が『投げ』と判断されているのだろう。
「えー…………そういう訳で皆さん、手だけじゃなくて足も縛りましょう。ついでに後ろ手に縛って胴ごと巻くのが一番良いと思う」
ダメージではなく、驚きでひっくり返ったアールが壊れた椅子を隅にやりながら立ち上がる。
その時、見物人の中から手が挙げられた。
「スキル封じは分かったけど、彼が剣を出したみたいにアイテム出されたらどうするんだ? 思考操作でもアイテムの取り出しはできるだろ」
「アイテムボックスのポーチかリュックを本人の手で外させるか、スカウト系スキルで奪うかだね。後者はコツがいるけど、掲示板にやり方はあるから見ておくといい」
それで話は終わったのか、うぇーい、とテキトーな返事が返ってきてPL達がバラバラに行動を起こした。
残って何か作業を続ける者、支給された捕縛ロープの具合を確認してる者、作戦に備えて体を休めている者、そして部屋から出ていくPL達。
縄を自力で切り解きながら、さりげなく部屋を出るPL達の混雑に紛れ込む。
「それではクゥさ――」
アヤネがこちらを振り向くよりも早く、俺は部屋から抜け出して隠れ家を脱出した。
『あるぅ日、街の中、クゥさんに再会た~。けれどもまた逃げられた~』
「………………」
殺してェ。マジ殺意沸くわこの馬鹿。
「なんだその下手くそな歌は」
『とある少女の心境を森のクマさん風に歌ってみた』
何故に童歌風に言う必要がある。それにもう逃げるつもりねえし。離れても同じ街にいてやるから。多分。
『また置いていった事には変わりないだろう。それに、アールから話を聞けば彼女らはこの件に無関係とは言い難い。彼女達も蚊帳の外に出されて怒っている』
「まあ、そうだろうな」
『むしろ何故話さない。そちらの方が酷というものだろ』
別にPKとか復讐について何か思ってる訳じゃない。
ただ単に見られたくないだけだ、俺の事を。と言っても、アヤネは薄々俺の悪癖に気付いている気がする。なんとなく、そう思う。
月明かりの中、屋根の上に寝そべっていた体を半回転させて俯せになる。
そうやって向こう側の屋敷を見上げる。
前にカミーユというNPCを倒した時に侵入した屋敷よりも規模は小さいが、それでも立派な館がそこにはあった。
正規の物ではないが、その館こそがPKギルドのギルドホームだ。
ギルドホームは個人住宅や店舗のように既存物件を購入するのではなく、一から建てるものなので、NPCを殺して占領した屋敷は正式にはギルドホームと言わない。
ぶっちゃけるとPKギルドの連中にはあまり興味が無い。なのでその生い立ちや行動にも当然興味が無い。俺がするべき事、したいと思っている事はただ単にセナの生死の確認だけだ。
PKギルドのメンバーの中にユイを殺したPLがいるとしてもそれは変わらない。
『敵討ちをさせてやったらどうだい? 復讐と言うと物騒だが仇討ちとかと言うと高尚っぽく聞こえるから不思議だ!』
後半は無視するとして――
「別に本人らがしたいならさせとけばいいだろ。だが、ここに来るのは駄目だ」
電子ドラッグ、PKギルド、街の支配、現役テロリスト、電脳犯罪者。一個人の敵――もしかしたらセナを含めた二人の敵討ちをするにしても邪魔が多すぎる。
「どっか適当な所に誘導させてやればいいんじゃないか?」
『なるほど……』
「それよりイチイチ人にちょっかいかける暇あるならとっとと始めろよ。待ちくたびれたぞ」
どうせこいつの事だ。俺が言うよりも前に、既にそうなるよう仕組んだ可能性がある。
『もうちょっと待ってくれ。まだ来てないんだ。連絡係の兵士から間もなくだって言ってたけど』
さっそく領主代行の権力で元々敵だったNPC兵士をこき使っているようだ。
今更だが俺の状況を説明すると、ただ単に機会を待っていた。PKギルドの屋敷に侵入し、セナの安否を確認する為に。
機会は不本意ながらレーヴェとゴールドの二つの陣営が作ってくれる。これだけ公然に情報共有していながら奴らの指示に従わず単独(一応アールも協力しているが)行動しているのもおかしな話だが、俺の目的はあいつらにとって過程上で判明する事柄の一つでしかない。
『ああ、見えてきた。計画通り、こっちに向かってきている。もう間もなくだ』
ああ、そうかい。というか、本当に来やがったのか。
どんな手段であれ、騒ぎが起きてセナの生死確認さえできる隙が生じれば俺にとって何でもいいのだが、さすがに耳を疑った。
「この街とはおさばらか」
『ああ、ヴォルトの街は今夜滅ぶ』
ゴールドの言葉通り、屋根の上からその滅びが見えた。
街の中央を横断する河から、一匹の首の長い蛇のような大型の魔物が顔を出し、自動車よりも太い首が河の水を波立たせながらヴォルトを見下ろせる程の高さまで伸びた。
鎌首をもたげた巨大な蛇が赤い眼で街を一瞥すると、顎を大きく開いて全てを威嚇するように鳴く。
鳴き声に反応してか。続いて多くの水棲系モンスターが河の中から次々と飛び出してくる。
水の魔王レヴィアタンの軍勢の到着だった。