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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
36/122

4-5

 悲鳴、というか人が物理的な手段で吹っ飛んだ事による打撃音と衝突音が狭い路地の中を楽器のように響く。エリザが棍でNPC共をメッタ打ちにしてる音だ。

 NPCは電子ドラッグのせいで痛みも恐怖も感じないのか蛮勇をもって何度も突進するが、狭い路地では数の利を生かせずにエリザの攻撃によってまとめて吹っ飛ばされる。

 そして、一人奮闘するエリザの後ろでは強化や補助時々攻撃魔法を繰り出すアヤネの姿がある。

 三方が壁に遮られている。つまりは守られてる。ならばあとは正面の、しかも狭くてせいぜい二人の人間が並べる程度の幅しかない路地に集中するだけで数の利は失われる。

 次々と倒れていくNPC達の姿を見て、さすがに三人のPLの顔には先程までの下卑た笑みは消えていた。

 アヤネは一度この街に来たことがあり、既にマップだけでなく街全体の地理は把握してある程度の土地勘もある。それを僅かに考えもしないで追いつめた気になって、逆に誘い込まれた。だから阿呆なのだ。

 それに、エリザの実力にしたって<情報解析>である程度予想出来た筈だ。

「救いようがねえな」

 果汁たっぷりの果物を食い終えた俺はアイテムボックスから魔法媒体を取り出す。

「アール」

『はいはい。こっちはオッケーだよ』

 ボイスチャットによるアールの声、その後ろから姦しい声も僅かに聞こえてきた。

 数の減ったNPC達を見て、ようやく勝ち目がとうの前から無かった事に気づいたらしくPL達が慌てて逃げだし始めた。まあ、逃がさんけどな。

「ヘッドストーン」

 既に詠唱を終えていた魔法を唱える。

 逃亡を試みたPLの目の前に土の壁が現れて行く手を遮った。

 壁と言ってもよじ登ったり脇をすり抜ければ通れる程の大きさしかないが、足を一時止めさせて、他にもPLがいるのだと動揺を誘う事ができる。

「だ、誰だ!?」

「……ヘッドストーン」

 答えずにもう一枚、今度はPLを挟むように反対側へ壁を出現させる。

 <隠密>を解除した(魔法を発動させた時点で一時解除される)にも関わらず、眼下のPL達は気づいていない。それにだ、魔法を放った術者を探すさずに、迷わず全力で逃げていれば助かったかもしれないというのに。

「…………? なんだこの煙は」

 いぶかしむPL達の足下には紫色の煙が充満しつつあった。それは左右の壁を伝って上から水のように流れ落ちている。

 そして、PLが頭上を見上げるよりも早く、三つの影は屋根の上から飛び降りて、猫のようなしなやかさでそれぞれPL達に襲いかかった。


「あっ、クゥさ――って、おうわっ!? なんかいきなりエロいもといエラい事になってる!」

 ベランダから地面に降りた俺の姿を見つけて声を上げると同時、エリザは俺の後ろの方で行われている搾取行為に驚愕した。相変わらず騒がしい奴だ。

「クゥさん…………」

 顔を真っ赤にして、路地の一端で行われている一方的な情事を見ているエリザを余所に、アヤネが静かに俺の傍まで来ていた。

「なんだ?」

 久々に見る顔と俺の名前を呼ぶ声だった。

「いえ」

 小さく頭を振ったアヤネはただ俺の後ろ、俺の旅に付いてきていた時よりも手の届きやすい位置に移動した。まるで取り付き先を変えた背後霊だ。俺は物件か?

「君達のその距離間はなんなの?」

 別の路地からアールが姿を現した。<隠密>を持っていないこいつには別行動を取ってもらって、アレらを呼んできてもらっていた。

「ゴハン、ゴハン!」

「久々の男だーっ!」

「イマイチだけど、背に腹は代えられないわ」

 一人だけ心に傷を与えるような事を言っているが、飢えたサキュバス達は久しぶりの食事に意気揚々だった。土の壁と紫の煙の向こうから、聞きたくもない男の矯声が聞こえてくる。まあ、段々と苦悶に近くなっているが。

「殺すなよ」

 レーヴェ達に差し出して情報を引き出させたいからな。すると――はぁい、と若干熱の籠もった艶っぽい返事が向こうから聞こえた。

「それとエリザ、紫の煙に近づくな。それ、触れただけでも効果あるから」

 それとも向こうに混ざりたいのか、と言ってやると少女は慌てて距離を取った。

「ところでお前、何かされなかったのか?」

 アールに振り返る。胡散臭い男だが、見た目で言うなら今絶賛絞られ中の餌三匹よりもはるかに高得点なのは間違いないだろう。欲に忠実なあの連中が、一人ノコノコ現れたこの男を放っておく筈がない。というか、当然そうなるだろうと思っていた。

「さりげなく僕の疑問無視した上に、今とても不穏な事考えてなかった? …………危なかったけど、君の名前出したら平気だった」

「………………」

 リムが人のいない間に好き勝手言っているらしい。

「あのう……」

 男が女に搾取されて身を滅ぼすのか、その物理的に表現されている光景をこっそり(バレバレだが)見ていた筈のエリザがおずおずと手を挙げた。

「クゥさん見つかったのはいいんですが、一体どういう事なんです? 色々と」

「はあ?」

「うっわ、この人――何で分かんねえの? 馬鹿なの? って顔しましたよ! さっきは良い雰囲気だったのに一瞬で変わりやがりました!」

 アヤネとの事を言っているのだろうか。だとしたら節穴もいいところだ。眼科、それで駄目なら脳外科行った方がいいぞ。

「ヴォルトに何があるんですか? さっきの人達が使ったあのアイテムと関係が?」

 アヤネがいきなり核心に近い事を言ってきた。

「あー…………」

 見上げてくるアヤネを見下ろし、次にアールに視線を向ける。しょがない、と肩を竦められた。

 再びアヤネ、そしてエリザを見下ろす。二人とも、態度に違いはあれで真っ直ぐな意志のある瞳で俺を見返している。まるで、ちょっとでもよそ見すれば俺が逃げてしまうと言わんばかりに。

 さあて、どう説明しよう。


 情けない事に、一度別行動を取った筈が俺は再びレーヴェとゴールドに顔を会わせた。三人の捕虜を手土産に。

 そうしたら少し待ってろと言われ、暇だったのでとある部屋へと移動してみれば……

「忙しい男だ」

 うるせえよ。こちらに振り返って呟いたジョセフを無視して、俺は壁に背を預けて部屋の中央に視線を向ける。そこには気絶したまま椅子に縛り付けられたPLがいた。その数三つ、アヤネ達を襲撃しようとして間抜けを晒した連中だ。

 もう出ねえよぉ、勘弁してくれぇ、とか言って呻いているのでさぞかし良い目を見たようだった。まあ、それもすぐに思い出すどころではなくなるのだが。

 三人の頭に水がぶっかけられる。

 それによって気絶状態から覚醒した三人のPLが見たものは――

「ひィッ!?」

 黒い甲冑もしくは衣服に身を包み、鷹の目のような鋭く冷たい視線で見下ろして自分達を取り囲んでいる男達の姿があった。どう見てもテロリストかマフィアだ。

 天国(搾り取られていた様子からして微妙だが)から地獄へと一転。囚われたPLは今の自分達に置かれた状況を理解しようとするが、同時に混乱しているらしく視線を落ち着きなく彷徨わせるだけだ。

 当然の反応だ。俺だってビビる。誰だってビビる。

 黒づくめの連中はレーヴェの私兵。つまり日本人の俺にとってムービーの向かうにあるような社会の住人、裏の世界側の人間だ。

 レーヴェとは現実世界で一度面識があった程度で、まともに話したのもエノクオンラインの世界に入ってからだ。だから連中について詳しい訳ではない。今のだって人伝に聞いた話だ。しかし、あの様子を見ればあながちどころか絶対向こう側の人間だと分かる。

「無駄だ」

 俺から視線を外したジョセフが三人に向けてただ一言。それが背筋が凍るほど冷たい声だった。

「仲間に助けを求めようとしても、ここ一帯にはジャミングをかけてある」

 それを聞いた捕虜の顔が更に青ざめた。どうやら思考操作で仲間にチャットかメールでも送ろうとしたのだろう。俺にはさっぱりだったが、電脳関係でレーヴェをサポートしているジョセフには分かったのだろう。

「お前達できる事が、俺達にできないとでも思ったのか?」

 言って、ジョセフはいきなりPLの顔を殴った。ここは攻撃禁止エリア内に入っているので当然ダメージはない。それでも脅しにはなったらしい。殴られた側は完全に怯えきった表情をしている。

 そいつを、ジョセフの隣にいた連中がいきなり腕を伸ばして取り押さえて何かを口に入れた。

「んっ!? んん、んーーっ! げほっ、ごほっ――な、なにをした!?」

 頭と顎を押さえられ、それを無理矢理飲み込ませられた男が戸惑いを見せた。その直後、向こうから見て左上に視線を止めて驚愕に顔を凍り付かせていた。

「この減り具合から、三分と云ったところか。基礎ステータスは明確な数値が表示されないから面倒だな」

 汗をダラダラと流し、口を魚のように開閉するPLの様子を無視して、ジョセフは捕らえた三人に見えるようにアナログ時計という名のデジタル時計を空中に表示させる。

「今から質問する。それに素早く答えろ。でなければ三分で、いや後二分三十七秒で死ぬぞ」

 攻撃禁止エリアでは毒攻撃も利く事はない。ただし、毒状態になる食品アイテムを口に入れればその限りではない。

 あいつらがアヤネ達に毒入りを食べさせようとしたように、ジョセフ達が何か毒物を無理矢理食わせたのだ。

「解毒薬が欲しければ手早くな。後二人いるとは云え、俺達は急いでいる。時間はとても貴重だ。時には人の命よりもな」

 どこのムービーに出てくる悪の幹部だよ。

 尋問するからと聞いて半ば好奇心で来たものの、想像以上にエグいので俺は壁から背を離して部屋を出る。

 ここはアマリアが持つ隠れ家の一つで、雑居ビルのような建物の地下だ。

 地下水路にも通じている地下室から一階へと上がる階段を上ると、甲高い悲鳴のような声が聞こえてきた。

 そのまま薄暗い廊下を進んで声のした部屋に入ると、エリザが壁に背から張り付いて震えていた。何をやってるんだ? こいつは。

 部屋にはエリザの他にアヤネと、レーヴェのギルド<イルミナティ>の傘下ギルドのメンバー、そしてユリアがいた。

 三人をレーヴェへと差し出す時、さも当然と云った感じでアヤネとエリザはついてきていた。まあ、別にいいけど。

 レーヴェが企てている作戦の準備をしているPL達も、大声を出したエリザの様子を不審そうに見ていた。

 注目を一身に集める少女はそれに気付いていないらしく、ただユリアに見てビビっていた。どうした、幽霊とでも間違えたか。

「――ユ、ユユッ、ユリアーネ先輩ッ!?」

 しかし、エリザから発せられた言葉は予想外の言葉だった。

 なに、お前ら現実世界で知り合いなの?

「学校の後輩です。こうして顔を会わせたのは初めてですが」

 俺の顔を見て何が言いたいのか気付いたのか、ユリアがまだ震えているエリザの代わりに説明する。

 お前、学校行ってたんだな。てっきり引きこもりかと思ってた。

「学校には在籍していました。体が弱いのであまり授業には出れませんでしたが」

「…………俺は何も言ってねえぞ」

「失礼な事考えていたでしょう」

 俺を見上げるユリアの目つき、睨まれている訳でもないのに怖いんだが。

「ユ、ユリアーネ先輩がイルミナートのメンバーという事は、あのイケメン団長ってやっぱり――」

「何の騒ぎかね?」

 そのイケメン団長(エリザ曰く)が騒ぎを聞きつけてタイミング良く部屋に入ってきた。

「ひゃああああぁぁっ!!」

 壁どころか床に沈み込んだ。

「何事かね?」

「兄さん、彼女はヒュッテンブルク陸軍大将のお孫さんの――」

「ああ、なるほど見覚えがある。確か私が君の御父上……今は大佐だったかな。ヒュッテンブルク大佐に食事へ呼ばれた際に一度会っているな」

「は、はひ…………」

 ビビってる。超ビビってる。つうか、エリザはエリート軍人の家系かよ。超お嬢様じゃねえか。ゲームで遊んでたらログアウトできなくなったってどんな恥晒しだ。

「御父上は元気かね」

 更にちょっと待て。こいつガキの時に士官と食事してたのか。…………ああ、幼少期にこんなのに会えば、そりゃあトラウマになるな。

「クゥ、少し話がある。来てくれ」

 まだ震えているエリザを放っておいて、レーヴェが部屋の外に出るよう顎で示すと先に廊下へと戻っていった。

 人をこき使うのが慣れた人間は違うな。

「クゥさん」

 溜息混じりに部屋を出ようとすると、アヤネに呼び止められた。

 ただじっと俺を見上げる瞳はそれだけで口より訴えかけるものがあった。黙ってついて来ないのは、レーヴェとの話に自分が立ち入るべきではないと弁えているからか。

「待ってろ」

「はい」

 素直に、アヤネは頷いた。困った女だ。

「――ユリア」

 そして、そんなアヤネの横顔をいつの間にかじっと見ていたユリアもまたすげぇ困る女だ。その赤い瞳には、おそらくだが、俺がアヤネを見る時と同じ光が宿っている。

「………………」

 意図が伝わったらしく、鋭い視線で睨みながらも俺の後に続いて部屋を出た。

「やめとけ」

 廊下を少し進んで歩みを止めないままユリアに忠告する。

「貴方に言われたくありません。どうせ、それが理由で彼女から逃げたんでしょ」

「――チッ」

 舌打ちが漏れる。

 動機に多少の差異はあれど、特定の対象への思い入れと衝動の結末が同じ者同士、正直言ってやりにくかった。


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