4-4
『なんだか雰囲気の悪い街ですね。あのメイドさんが言ったように、本当にあの人――クゥさんはここにいるんでしょうか。まあ、似合っていると言えば似合ってますけど』
ちゃんとスキルは機能しているようで、俺の視界の中にはメモ帳のようなフキダシが二人にそれぞれ現れて、唇の動きに合わせて文字が流れるように出力されていく。
エリザには後でその言葉の意味を追求し虐めるとして、メイドか…………。
俺の知ってる中でメイドは一人しかいない。おそらくだが、二人は馬鹿の城砦まで行った時、メイドロボからここにいる事を教えられたんだろう。
メイドロボは事情を知らない。もしかするとヴェチュスター商会の駄目ロボに何か入れ知恵された可能性もある。
まあ、何にしても俺を探しに来たのは間違いなさそうだ。
別に会ってもいいのだが、ここでは目立つ。どこか人気の無いところに移動して欲しいが、こんな街で人気の無いところだと逆に人が集まって来そうではあった。
アールにでもチャットで呼び出させるか。
『前に来た時はまだ綺麗な街だったんですけど、治安が悪化してるみたいですね。前に泊まった宿も焼け落ちたように廃墟になってました』
言って、アヤネが紙の袋を動かして中に包まれた食い物を外に出す。それはどうやら揚げた魚の身のようで、彼女はそれを小さく噛みちぎって一口だけ食べた。
一応言っておくと、俺の仕業じゃない。俺がサキュバスに襲われていたのを黙認していたあの宿は、俺がヴォルトに来た時点で何があったのか焼け跡しか残っていなかった。
だからアール、『焼』とか『廃墟』という単語が出たからってこっち見んな。
『後でアマリアさんのお店に行って話を聞いてみましょう。もしかしたらクゥさんもそこにいるかもしれません』
『分かりました。ところでそのアマリアさんのお店って何屋さんなんですか?』
『………………』
沈黙までも表現したぞ、この<読心術>。
アヤネはエリザの素朴な疑問に顔を背け、魚のフライを見下ろす。
その時突然、アヤネが手に持っていたフライを投げ捨てた。
先程まで熱と外気による蒸気を上らせていた魚のフライは地面に落ちた途端に青い粒子となって消えていく。食い物の耐久値は低いので、地面に落としただけでも破壊されたと見なされ消滅するのだ。
『…………毒入り?』
問いかけにアヤネが小さく頷くと、エリザもまた一口も付けていないフライを同様に投げ捨てた。
二人はベンチから立ち上がり、周囲を素早く見回してから早足でその場から離れていく。
その後ろを、数人のPLが静かに尾けていった。
「………………」
「………………」
アールが俺を見た。その口は開かれていないが、目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだった。
「はぁ…………」
別に放っておいてもいいと思うんだが、仕方ないか。
俺はしょうがなく、相手の<気配察知>を誤魔化す<隠密>のスキルを使ってストーカー(しかも男)をストーキングするという非常に不本意な事をしていた。
アヤネ達をつけているのは三人のPLだった。内一人は脇道に逸れてどこかへ行った。多分、先回りするつもりなのだろう。
「しっかし、馬鹿だよな……」
俺ではない。アヤネ達の後を追いかけているPLが、だ。
俺もストーキング真っ最中だが、路地をぬって進むPLの後ろをコソコソとついていっているのではなく、建物の凸凹やベランダなど足場にして頭上から追いかけているのだ。気付けよ。
頭上というのは案外死角だが、現実世界と違ってエノクオンラインには強化された五感だけでなく<気配察知>スキルだってある。それで気付けないということは、こいつら少なくとも前衛として弱い部類だろう。
前衛タイプは否応なしに身を危険に晒す為、<気配察知>はもちろんデフォルトの感覚もまた鋭くなっているのだ。
なら、こいつらは魔術師――かと思えば違う。使用している間は移動速度が落ちる<隠密>を使いながら人を追いかけれるだけの足を持っている。
だとすると、RPG物のジョブでいうスカウトやレンジャーに該当するんだが…………しつこいようだが、気付けよ。
色々なスキルを伸ばしてる俺もどれかと言うとフィールドでの現地調達やトラップ、モンスターの追跡或いは逃走など得意とするレンジャー寄り(崖とか走れるようになるとそんな扱いらしい)だが、本職(ジョブシステムがないのでそれを集中して伸ばしている奴のこと)には負ける。
もし、眼下にいる阿呆共がスカウト関連のスキルを集中して伸ばしているのなら、頭上で民家の壁に張り付いている俺の存在などとっくに気づいている筈なのだ。
分かっていて気づいていないフリをして、さっき別れた奴が俺に気付かれないよう回り込んでいるのなら大したもんだが、その残り一人もとっくにアールが補足していた。
『なーんか、隠密を解いて先回りしつつ、浮浪者みたいなNPCに次々と話しかけてるんだよね』
外には漏れないボイスチャットで、アールが阿呆その三の様子を伝えてきた。
「NPCに、ねえ」
だいたい企みは読める。だが…………。
昔と違って今のヴォルトはPLが好き勝手やっている都市だ。
エノクオンラインの高度なAIを持つNPCはPLの無茶ぶりにもしっかり応えてくれる。だが、彼らは決してPL全てに従順ではない。
ゴールドやレーヴェのようなカリスマスキルの補正がないのな、人相応に対価を望むし危険な事はしない。
そんなNPCに何を持って対価として、アヤネやエリザを襲わせるつもりなのか。
壁から斜め向かいのベランダへ音も立てず跳び移り、同じようにして建物を利用して阿呆その一とその二を追いかけながら、俺は視線を横にずらす。
すっかり荒れ果てて、雰囲気は悪いながらもちゃんと街として機能していた昔と違い、ヴォルトには浮浪者っぽいNPCがゴロゴロしており、それは人気の少ない裏路地に入ればより顕著に現れていた。
つーかこのゲーム、経済や治安の悪化による住民の装いの変化までなんでそんなに細かいのだろうか。
そして、路地に座りこむ浮浪者NPCの中に妙な行動をしているのがいた。
路地の曲がり角、直角になった壁の端をカジっているのがいたのだ。一心不乱に、無我夢中に、涎を垂らして目を血走らせて口の端を切りながら噛み続けている。
「………………」
他へと視線を巡らせてみれば、ひきつるような笑いを起こしながら痙攣する自分の体を抱きしめてる奴、地面に座り込んでどこか意識がぶっ飛んで目が虚ろな奴。
ジーザス。もう終わってたよ、この街。
NPCのこの異常な様子。考えるでもなく電子ドラッグによるものだろう。同じデータ同士、NPCにだって効くのは当然だ。
しばらく進むと、阿呆二人が立ち止まった。そこはある路地への入り口であり、その奥には壁によって行く手を遮られたアヤネとエリザの姿があった。
「貴方達、さっきから人の後ろをつけ回して、ストーカーですか、変態ですか。アヤネさんのファンならもっと節度を持ってください!」
エリザが棍を構え、アヤネを庇うように前に出た。
小柄で見目麗しい少女が同じ歳の少女を背に、男達相手に怒鳴る様はなんと勇ましい事か。それより腹減ったな。さっきのじゃ足りん。
俺は阿呆二人の後ろの路地、それを構成する建物の屋根に腰を下ろしてアイテムボックスを開く。たしか、オヤツとしてとっておいた梨っぽい謎の果物があったはず。
「やっぱり間違いねえ。ユンクティオの歌姫だ。フォトで見るよう可愛いじゃんか。あの子も、ランク高えー」
「ああ、ツいてるぜ。NPC襲うのも飽きてきたし、上玉も上が先に持っていくからな。絶好のチャンスだ」
俺が果物を取り出している最中、こっちの存在にまったく気づいていないストーカーはなんか盛り上がっている。
「見るからに下品ですね。あっち行っててください。しっ、しっ! 私達はですね、貴方達みたいな変質者に用はないんです」
エリザが虫でも追い払うかのように手を振った。なんかあいつ、辛辣になってないか? いや、そりゃあ見るまでもなく下品な顔を浮かべているであろう阿呆を前にしたら女として嫌悪を抱くだろう。…………女の魅力として象徴される一部の部位がやや悲しい事になってるから、少女として、か? 今後の成長に要期待だな。
何にしても明らかに性的なものを含めた視線で、しかも追いつめられた状況で気色悪い目を向けられれば気持ち悪いのは当たり前か。
「ヒューッ、カッコいい。でもよ、そんなもん振り回してもここは攻撃禁止エリアだ。PL同士、攻撃はできねえぜ」
それはお前らもだろ。
「それは貴方達も一緒でしょうに」
ほら、言われた。
だが、エリザの言葉に阿呆共は厭らしい嘲笑を浮かべたままだ。
「それはどうかな?」
まるでタイミングを見計らったように、ある集団が路地に集まり出す。先頭に立つPL、一人だけ脇道に逸れていた奴を除いて全員がNPCだ。ただし、その眼は明かりのない路地の中でもはっきり分かる程血走っていた。
どうやら、NPCをけしかけるつもりらしい。街の中でのPL同士は互いにダメージを与える事はできないが、PLとNPCではお互い危害を加える事ができる。
「お、おいっ、あの女達を捕まえれば、く、薬をくれるって話は信じていいんだな?」
NPCの一人が、微かに震える体を手で押さえながらPLに問う。この態度がAIの学習機能によるものだとしたら、無駄過ぎる。頭おかしいよな、制作者。
「ああ。成功のあかつきには、たっぷりとくれてやるさ」
そう言って阿呆なPLが取り出したのは白い小さな紙袋だ。
あれが電子ドラッグなのは間違いない。それをネタにNPCをけしかけるか。 しかし、数の利があるとは云え、たかが町民NPC(しかもヤク中)にPLが負ける筈がない。
アヤネやエリザも同じ事を思ってるらしく――何してんのあの人達、とやや冷たい視線を一行にくれていた。
目を充血させたNPCの視線が路地の奥にいるアヤネ達に向く。同時に、彼らは懐に手を入れて電子ドラッグを取り出してその中身を鼻孔で勢いよく吸った。
「…………面倒な」
梨の味に似た果物にかじりつきながら、俺は<情報解析>で知れるNPCのステータスを見て自然と舌打ちする。
「オッシャアアアァァーーッ!」
「ウヒョオオオーーッ!」
「ヒャッハハハハハハッ!」
NPCが頭の悪い雄たけびを上げた。
電子ドラッグを吸った瞬間、NPCのテンションがうなぎ登りになったのは最早言うまでもないが、NPCの基礎ステータスが目に見えて上昇していた。
どうやら、電子ドラッグにはドーピングの効果もあったようだ。まあ、特に驚かんけど。様々なゲームでもステータス上昇系のアイテムはどんなヤバいクスリですかって感じだしな。
おそらくあのドラッグは最新版かそれに近い物だ。レーヴェ達も知らないだろう。知っていたなら最初に言っただろうし、黙っていたにしてもその理由やメリットが無い。
だとすると、レーヴェの私兵でもまだ掴んでない新薬を持つ眼下にいる三人の阿呆は例のPKギルドのメンバーである可能性が高い。
「さあ、行けッ! 多少傷つけても構わん!」
三人の内、一人が号令をかけるようにして腕を前に伸ばして叫ぶ。すると、テンションマックスなNPC達がヒャッハー言いながら小柄な少女達のいる路地へと、菓子に群がる虫のように突進していった。
直後、先頭集団のNPCが吹っ飛ばされて宙を舞い、ボールのように壁を反射しながら路地へと落ちて転がる。
「…………は?」
阿呆が間抜けな声を上げる。
「誰が誰を傷つけると?」
路地裏の奥、一撃にて走るゾンビみたいなNPCを一撃で吹っ飛ばした金髪碧眼の少女は棍を回転させる。
「せいぜいそこらのフィールドモンスター程度の実力で私を、そしてアヤネさんを捕まえると? そんな事、貴方達に出来るわけないじゃないですか。何よりそんな事は私がさせません」
そして彼女は強い視線でPLを睨みつけた。




