4-3
水の流れる音を聞きつつ、投擲用のナイフの手入れをしていると、ただ流れる水の音とは別の音が聞こえてきた。
場所はヴォルトの地下水路だ。
他の連中に気づかれないよう、大勢のPLをヴォルトに入れるにはどうすればいいのかアマリアに聞いた結果が、近隣に流れる川と繋がっている地下水路からの侵入だった。
「来たみたいだね」
隣にはアマリアが立っている。他にも、自制の利くサキュバスが何人かついてきている。年中欲情しているリムは当然留守番だ。
暗い水路の奥に、灯りが一つ現れた。続いてその後ろからも順に光が灯り、静かに水をかき分けながら小船がこちらに向かってくる。
<暗視>で見える先頭の船の上にはゴールドとアールが、そしてレーヴェとクリアの姿があった。
船はゆっくりと俺達の目の前まで来ると縁部分に横付けにして止まる。後ろに続いていた船も同様に、一直線になって止まった。
「大した人数だ。それで、アタマは誰だい?」
船から下りてきたPL達を見回して探しているように見せて、アマリアの視線はレーヴェとゴールドを行き来していた。
この暗い中、その視線に気づいたのかは知らないが、ゴールドがレーヴェに対して道を譲るように脇へ移動する。
それを見て、レーヴェが軽く笑うとアマリアの前に出た。
「さて……一応手引きはしたけど、どんなにねだってもクゥが話を渋ってね。もっと詳しく聞かせてくれるかい?」
そんな事実は一切ない。単に面倒で、細かい話を忘れてしまったからだ。上手く話す事もできそうになかったので、大雑把に必要な物を言っただけだ。
面識があるからと云って、よくもまあ受けたものだ。俺を使者にした方もした方だが、アマリアもアマリアだった。
「ここではゆっくりと話しもできない。出来ればもっと落ち着ける所がいいのだが、それからでよろしいかな、ご婦人」
「分かった。ここから通じている隠れ家があるからそこに行こうか。向こうの通路に荷物を置く程度の広い空間があるから、倉庫代わりでも使っておくれ」
そう言って、アマリアはレーヴェの斜め後ろにいたジョセフへ筒状に丸めた洋皮紙を投げてよこした。
それを受け取ったジョセフは僅かな間アマリアの顔を見つめるが、すぐに洋皮紙を開いて視線を落とす。そして何か指揮をするように指先を踊らせると、洋皮紙の表面から大量のウィンドウが現れる。
ウィンドウは洋皮紙に描かれた地下水路の地図をそのまま写したものらしく、ジョセフの指揮に従ってその場にいたPL全員に配られる。
「あいつ、お前より優秀じゃないか?」
俺の方にもマップウィンドウが飛んできたので、摘んで受け取り、自分のマップウィンドウと重ねて更新させながら傍に移動してきたアールに言う。
「それぞれ得意分野があるから」
負け惜しみとも捉えられる言葉を言って、アールもまたマップを更新させる。
「アール、クゥ、それじゃあまた後で」
ゴールドがレーヴェ達と共にアマリアに連れられて暗い通路の奥へと進んでいった。
そこで残されたのはレーヴェの部下とその傘下のギルドメンバー達、俺とアール、そして案内役としてサキュバスが一人。
「そこの淫乱魔族、誘惑してる暇あったら仕事しろ」
ローブを羽織る事で普段から露出の高い格好は隠されているが、それを逆に利用したチラリズムでサキュバスは男達をさりげなく誘惑していた。
レーヴェの部下連中は完全に無視していたが、傘下のギルドメンバー達は顔を赤くしたりチラチラと視線を向け、背中から女性メンバーに冷ややかに睨まれていた。
「石抱かせて沈めるぞ」
脅すと、リムみたいにされるのは勘弁と呟いてローブについたフードを深く被って大人しくなった。知らない顔だが、どうやら俺の悪評がサキュバス間で広まっていたようだ。
「じゃあ、俺らも行くか」
アマリアとの繋ぎを作ることで最低限の仕事は済ませた。レーヴェやゴールドの企みが成功するかはどうでもいい。
「もう一度聞くが、あの話は本当か?」
「可能性が高いってだけ。でも、クラインはそのくらいの事は出来る。クラインじゃなくても、彼の周りにはハッカー達が集まってるようだし。半端な効果もオリジナル魔法として考えれば納得できるし」
ゴールドではなく、俺の後をついてくるアール。
「じゃあ、セナがここで音信不通になったのは確かなんだな」
開拓隊時代一緒にいた女性PL、セナ。ミノルさんのギルド<ユンクティオ>にも加わらずフラフラしていたあの女はユイがPKに殺されてからずっとその犯人を追っていた。
だが、突然音信不通になったと、扉をぶっ壊して現れたヴォルフの野郎に俺が捕まった後でアールから聞かされた。
それは、俺達が城砦を占領したあの日の夜中からだという。
最後にセナの姿を見た奴はユイを殺したPKの手掛かりを掴んだと漏らしていたらしく、そして現在地のモニターが正常に反応を返してきたのはこの街、ヴォルトが最後だ。
腹立たしい事だが個人的に用が出来たし、レーヴェ達が街に介入すれば調べやすくなると思い、結局今回の件に渡りをつけたのだ。
決してヴォルフに威圧されたからじゃない。決して。
「正確には何の反応も返って来ない、だけどね」
アールがフレンド登録したセナへのメールやチャットの送信は出来るが、届かず戻ってくるらしく、電話の圏外に似たよう状態となっているそうだ。
そして同時に、フレンドの現在位置を教えてくれる機能も役に立たず、その生死さえも不明だった。
「ぶっちゃけ、生きてると思うか?」
「分からない」
答えを言っているようなものだ。
状況と場所が悪い。相手もまた悪い。クラインというクラッカーは俺の想像以上にタチの悪い奴らしく、そいつ以外にもロクデナシがPKギルドの上層部にいるのだとか。
ちょっとでも現実(ここは電脳世界だが)を見れるなら、セナはもう死んでいると思っていい。
だが、不思議なのはフレンドリスト上ではセナは生きている(正確に言うと、返信がないので死んだという反応もない、生死不明の状態)。今まで好き勝手に殺してきた連中が、今更そんな隠蔽工作をするだろうか。それとも、アールの言うジャミングのようなオリジナル魔法のテストに使われている? いや、そんなの身内でやれば済む話だ。なら、どうしてこんな手間は敷くのか。
「…………止めた」
思考に飽きた。とりあえず、セナの生死だけははっきりさせる。でないと、後から色んな連中がうるさい。
「他の連中には?」
「まだ言ってないよ。ヘキサにはしばらく口止めするよう言ってある。それも時間の問題だけど、まあ、ミノルさん達が何とかおさめてくれると思う。少なくとも、僕らの調査が終わるまで」
「あっそ。てか、今更だけどお前はゴールドのとこで暴れなくていいのか?」
「主導はレーヴェだからね。向こうにもハッカーがいるし、正直下準備もない僕は手持ち無沙汰なんだよ」
暇人か。なら存分にコキ使ってやろう。
地下水路から日の当たる(夜だから日光じゃなくて月光だが)地上へ昇る。
一応、地下水路に入るところは誰にも見られていない筈だし、周囲はアマリアの息がかかったNPC達が警戒しているが、念のために外套を羽織ってフードを被り、夜の街を進む。
いかにも怪しいが、他に怪しい連中なんてこの街にはゴロゴロしているのでそう目立たない。
「それで、どうやって確かめつもり?」
「レーヴェ達が暴れはじめたらそのドサクサに紛れる」
「人任せな上に行き当たりばったりだね」
うるせえ。しょうがねえだろ。PKギルドが集まってる屋敷の警備が厳重だし、オリジナル魔法なんて作れるPLがいるならどんな物がトラップとして仕掛けられているか分かったもんじゃない。
なので、レーヴェ達を発見器兼囮にして俺は悠々とセナの生死を確認する。
「セコいなあ」
だからうるさいよ。大体、セナがここにいるのも仮定の話だ。無駄に労力と時間を浪費する可能性大なら、少しでも楽をするのは当然だ。
なるべく人目を避け、路地を進んでいくと見覚えのある場所の前までたどり着いた。
そこは、俺が前にネームドのNPCと戦った広場だった。戦闘の傷跡はそのままで広場には屋台やらが雑多に点在していた。
倒れたまま放置されたオベリスクはテーブルやイス代わりとなって、ガラの悪い連中が行儀悪く屋台で買ったと思われる弁当を食べている。
本来なら憩いの場になる筈なのに一切片づけられていない広場、そしてそこでカタギっぽくないNPCや商人PLが商売したり、飯をくったりするPL達。なんというか、逞しいというか野蛮というか。
「腹減った。何か買って食おうぜ」
「目立つかもよ?」
むしろ何もせずに街を彷徨く方が不自然だと思う。
それでも一応は目立たぬよう、あまり客がおらず広場の隅の方にある店を選び、商品を頼む。その店はどうやらタレをかけた肉(モンスターから出る食材アイテム)を焼いて出しているようだ。
「大雑把だが悪くないな」
「もうちょっと丁寧にタレを塗って欲しいな。濃さにばらつきがある」
むしろ、こういう雑多な場所だとジャンクフードの類の方が美味いと感じる。
「よく食べるね」
「味が雑だからな。量食わないと食った気がしない」
などと言っていると、黙々と肉を焼いていた店主に睨まれた。
相手にしても鬱陶しいので、視線を逸らす。
その逸らした先で、広場の花壇に沿って並べられたベンチに座るアヤネとエリザの姿があった。
「………………」
――いや、待て。
突然、というものは本当に突然なのだからイチイチ前触れも何もない筈なのでこれは真っ当な発見で、自分でも何を言っているのか分からんが、とにかく待て。
どうしてあの二人がここにいる。いや、別にあの二人が一緒にどこで何してようが向こうの勝手だ。
だが、だけどだ――
「なんでこのタイミング…………」
溜息が漏れる。
「どうしたの、溜息なんか――うわっ!?」
「おい、まさかテメェが呼んだんじゃねえよな?」
器の胸倉を掴んでアールを物陰に引き寄せる。その時にポーチから毒薬を取り出して奴に見せつけるようにして、アール手に持っている肉に滴らせる。
毒も攻撃禁止対象に入っているが、毒状態を起こす食い物を自らの手で食べるのは自傷と同じく効果はある。即死するような毒はエノクオンラインにはない(見つかってないだけで存在はしているのかもしれないが)。
「な、なに? 何の話?」
何故自分が毒肉を食わされようとしているのか分かっていないアールに、視線だけをまだ向こうで座っている二人に向ける事で意図を教える。
「あれ? なんで二人が――って、ちょっと、ストップ! あれは僕のせいじゃないから、紫に変色したそれを近づけないで」
「じゃあ聞くがお前、俺がここ――ヴォルトじゃなくて港の方にいるとか漏らしてないだろうな?」
「………………」
おい。
「いや、確かにそれは言ったけども、バラしたけど、さすがにヴォルトにいるなんて言ってないよ! 僕の位置もバレないように今はフレンド機能を拒否状態にしてるから!」
フレンドリストから登録した相手の居場所を知ることはできるが、それを拒否できる機能もまた存在している。一時期、フレンド登録したアールでも俺の居場所を知れなかったのはその為であり、拒否機能はエノクオンラインのメインシステムの管轄な為、ハッキングによる解除もできない。
「じゃあ、どうしてあいつらがここにいる?」
「し、知らなばっ!? ちょっと口の中入った!」
慌ててバッドステータスを確認するアールと紫色になった肉を棄て、俺は小柄な少女二人の様子を窺う。
目立つ二人だった。
一般的に見て、ベクトルは違うがどちらも可愛らしい外見をした少女だ。見た目だけじゃない。二人とも、実はイイトコのお嬢様なのか元からそういう類なのか知らないが一種の存在感がある。こんな雰囲気の悪い街なら尚更目を引く。
現に、たまたまその場にいたPL達だけでなくNPC達まで彼女達を盗み見ていた。
時折、アヤネを見るPLの口から歌姫という単語が出る。そういえば、あいつそんなあだ名で呼ばれて掲示板で話題に上がっていたな。まるで芸能人だ。
二人の近くの店から、店員が紙の筒を二つ持って二人に差し出す。開いている部分から湯気を立ち上らせている事から、料理を注文していたらしい。あんなベンチに座っているのは、出店の前に用意された簡易テーブルが他の客で一杯のせいだろう。
「二人とも、何話してるんだろ?」
「ちょっと待て。今読心術で読むから」
聞き耳スキルとその他細々としたスキルの熟練度が一定以上伸びると覚えた<読心術>のスキル。名前と違って人の思考を読むのではなく、相手の唇の動きを見て何を喋っているのか分かるスキルだ。
これによって相手の口の動きを視認している限り、声も届かない距離から喋っている内容が分かる。
「…………クゥ」
なんだよ。
「ストーカーとかにはならないでね」
痺れ肉食わせて男娼のいる店に放り込んでやろうか。