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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
33/122

4-2


 電子ドラッグ――。

 名前の通り、電脳世界の中にて使用できる麻薬。現実世界の麻薬と違う点は、常習性がなく、体にも影響与えない。だから検査によって引っかかる事もない。そしてあくまで本物ではないのでより過激な使い方ができる――という噂だった。

 俺はその程度しか知らない。そもそも電子ドラッグなんて、

「都市伝説だろ」

「それが実在するんだよ、クゥ」

 一般人代表の俺の言葉を、アールがこっちに振り向きながら即座に否定した。

「なら、なんで流行ってない」

 噂通りの物なら何かしら話題になってもいい筈だ。だが、都市伝説止まりで箸にも棒にもかからない。

「作れる人間が限られてる事とか色々あるけど、最もな理由としては普通の人にはあんまり効果ないからかな。人によっては吐き気がするだけみたいだし」

 とんだ不良品だな。

「だけど一部の人間には効果は抜群、みたいだよ」

 アールが自分のこめかみを指で叩いた。

「ああ…………」

 そういえばこいつ、インプラントしてたんだっけ。

 そうか。確かに、ダイレクトで脳に電脳世界を体感し動ける電脳持ちなら、電子ドラッグはよく効くのかもしれない。

 ドラッグ、なんて名称がついているが所詮はデータだ。そういうユーザーでないと効果は…………。

「………………」

 隣でマンガのような骨付き肉にかぶり付くモモを見下ろしてから、周りにいる連中を見回す。

 ――子供の前で話す会話なのか? という意味を込めたつもりだったのだが、全員が無反応だ。まあ、保護者のゴールドが何も言わないのだから別にいいのか。

「エノクオンラインだと、どうなる?」

 俺の質問に、アールが顔を前に向け直してレーヴェへと視線をくれる。

「効果は非常に高いと見ていいだろう。常習性が無い筈なのに、一部のプレイヤーが中毒になっている」

「あれか。自慰覚えたばっかの中が――」

「下品」

 今度はクリアからグラスの水をぶっかけられた。こ、この女…………。

 仮想現実でありながら現実と変わらない感覚を得られるエノクオンライン。どういう仕組みかは分からないが、そのリアリティが逆に仇となったようだ。

「これがそうだ」

 レーヴェが言うと同時、ジョセフがアイテムボックスのウィンドウを開いて、アイテムを具現化させる。手で直接取り出せるポーチを介していない事から、相当数のアイテムを貯め込んでいるようだ。

 出てきた二つの白い紙。折り畳んで袋のようにしてあるらしく僅かに膨らんでいるソレを、ジョセフは指で弾いてゴールドと俺の所へとテーブルの上を滑らせた。

 ちょっと待て。何で俺の所にまで。

「ふが?」

 女子の慎みが欠片も無く、肉に食いついていたモモが視界の隅に入ってきた小さな紙袋に興味を示した。

 こいつ、食うのに夢中で話聞いて無かったな。

 俺は仕方なく紙袋を摘んで引き寄せる。するとアイテム説明のウィンドウが開いた。アイテム扱いかよ。

「未鑑定扱いだったが、こちらで鑑定した。偽装はシステム上できない仕様になっているのは知っているな」

 オリジナルアイテムだからか、説明文は真っ白だったがシステム上制作者の名前だけは表示されていた。

 クライン、とそこにはある。

「クライン…………電子ドラッグ作れる技術があって、この名前ということは、もしやあのクライン?」

 ゴールドが非常に面倒臭そうに言った。アールもまた渋い顔をしている。

「そうだ、あのクラインだ」

 いや、どのクラインだよ。お前等だけが盛り上がる共通の人物ってところからして、ロクデナシなんだろうけど。きっと無精髭がジャングルみたいになった強面で、砂漠がよく似合う中年男性だ。勝手な思いこみだけどな。

「ヴォルトには多数のPKが集まってギルドを結成している。その主要メンバーの一人がクラインだ」

「クスリで釣ったか。ここでもやっている事が変わらない」

「ああ。呆れて言葉が出ない。エノクオンラインは広大な世界だが、箱庭であることに違いはない。そんな世界で麻薬などバラ撒けばどうなるか想像出来ぬらしいな。いや、分かっている上で敢えて行っている可能性もあるが」

「………………」

 PKの人数がどうとか、NPCがどうこうとか、クエストを利用してとか、レーヴェとゴールドが話し始める。

 なんだか話に付いていけなくなってきたな。理解できないとか、そういうのじゃなくて、単に関わりたくない危ない空気がする。

 ……そろそろ、バックレるか。ガキがいれば物騒な話も控えるかと思ったら全然だし、モモはモモで話を聞いていない。というか、何で俺はここにいる?

「私達では目立つ。知名度の低いプレイヤーでヴォルトの街に詳しい者に心当たりはないか? 一級でなくとも単独で行動できる実力を持つなら尚良い」

「ヴォルトに詳しいソロプレイヤー…………?」

「あ?」

 何見てんだ、コラ。

 いつの間にか俺へと全員の視線が向いていた。自問自答していたからロクに話を聞いていなかったが、空気からして俺の不利になりそうなのは間違いないだろう。

「じゃあ、俺はそろそろお暇しようかな」

 さりげなく席を立ち、早足で部屋の出口に向かう。

「――ヴォルフ」

 レーヴェが指を鳴らしてアイツの名を呼んだ。

「ああっ!? テメッ、レーヴェ――!?」

 怒鳴った直後、部屋の扉が外からぶち抜かれて黒い犬が飛びかかってきた。




 なんて事があり、アールから唆されたりなどその他諸々な事情も加わって俺は再びヴォルトの街に到着。あー、あの時はマジ怖かった。死なないと分かっていても、おっかないモンはおっかないのだ。

 詳しいだろ、とか振られてもヴォルトの街なんてよく知らん。だから、アマリアの娼館スブロサに行けば何かしら分かるかもしれない(その為の軍資金もレーヴェから貰っている。ゴールドといい、ある所にはあるもんだ)と来たのはいいのだが、

「精気をよこせーーっ!」

 リムがいきなり飛びかかってきた。

 店の者にドアを開けてもらい、連れだって廊下を歩いている時にさっそくだ。まあ、予想が出来てたけど。

「お前一度死んでこいよ」

 なのでさっそくロープで簀巻きにして廊下に転がす。

「きゃうん――はっ!? サキュバスを縛っておきながら下心も慈悲もエロもないこの縛り具合はまさかクゥ?」

 どういう判別方法だ。とりあえず廊下に放置しておこう。

「あン――待ってよ! 一口、一口でいいから!」

 背中からビッタンビッタン跳ねる音と喚く声を無視して、俺は前を歩くサキュバスに声をかける。そういえばこいつ、前にも俺をアマリアの所に案内した奴だ。

「なにあれ? てか、なんかマタタビ臭っかたぞあいつ」

「仕方ないんですよ」

 仲間が簀巻きにされてる間も顔色一つ変えなかった奴が仕方ないと言わんばかりに説明する。

「このところロクに客が来ず、みんな満足に食事が取れていないのです」

 そういやこいつら人間の精気食って生きてんだよな。設定上。

「リムだけじゃなく、他の娘達も男の臭いにつられていますから気をつけて下さい。ほら、サキュバスが欲情してる臭いがこんなに濃く。かく言う私も今すぐにでもクゥ様を襲いたくてしょうがありません」

「お前等本当に性の権化だよな。前にリムが俺にやったみたいに、街に出ればいいだろ」

 俺の時の二の舞になって捕まるかもしれないが、俺の知った事じゃない。

「出来ない理由がありまして」

「ふうん」

 それ以上聞かないで先を急がせる。すると、見覚えのある扉の前まで来た。

「ここまででいいから。戻っていいぞ」

 追い払うように、顔色の悪いサキュバスに言い放つ。

「そうですか。なら私はこれで――あっ」

 サキュバスがいきなり体の力が抜けたように傾き、そのまま俺の方へと倒れてきた。

「よっ、と」

 すかさず避ける。

「………………」

「………………」

 サキュバスは倒れ落ちる寸前で、自力で踏ん張って体を斜めにした状態で停止していた。

「………………それでは。――チッ」

 何事も無かったかのように体を元に戻すと、サキュバスは小さく舌打ちをして来た道を戻っていった。サキュバスってのはどうしてこう…………。

 まさか、アマリアもあんな調子じゃないだろうな。

 やや不安を抱きながら、アマリアの部屋の扉を開ける。

 前来た時同様に甘い匂いが籠もる部屋の中央には大きなベッドがあり、その上には黒いネグリジェで欝気味に横たわるアマリアの姿があった。

「お前まともか?」

「ノックも無しに入ってきた上にいきなり失礼な事を言う男だね」

「廊下の聞こえてただろ」

 扉を閉め、アマリアに近づいてベッドの縁に座る。

「体調悪そうだな」

 あの日が重い女みたいだ。

「他の子達に精気を分け与えてるからね。あんた、もうちょっとこっち寄りなさい」

 頼みたい事があって来たので、ご機嫌取りを兼ねて言われたとおりアマリアのすぐ近くまで体の位置をズラす。すると、アマリアが俺の膝の上に頭を乗せた。

 枕使えよ、と言いそうになったがまあいいか。

「それで、何の用? うちの子達抱きに来たって訳じゃなさそうだけど」

「まあ、な…………」

 アイテムボックスから、例の電子ドラッグを取り出して彼女の目の前にぶら下げる。

 街の状況とか、これを配ってる奴の情報とか、色々聞いておくべき事はあるのだろうが、細かく難しい話は苦手だ。

 だから単刀直入にドラッグを見せる。

「ああ、それ…………なんだ、やっぱり抱きに来たんじゃない」

 ちょっと待て。何でそうなる。それはアレか? 一発キメながらってやつか?

「薬だと物足りないから、うちに来たんじゃないのかい? 快楽を得るのに、私らサキュバスを抱く以上のものがあるかい」

 ああ、そういう意味。

「だいたい、クゥには効かなかっただろ」

「は?」

「…………その様子だと使ってないみたいだね。サキュバスの幻惑や魅了チャームが効かないあんたが、こんな薬程度でどうにかなる訳ないだろう」

 そうか? いや、そういえば最初に電子ドラッグに振れた時はアイテム扱いとして情報詳細ウィンドウが表示された。

 電子ドラッグも、他の生産職PLがオリジナルアイテムを作ろうとして四苦八苦しているのと同様にこの世界の法則に従わせられて、通常の消費アイテムの扱いを受けているのかもしれない。

 なら、電子ドラッグが毒とシステムが認識しているのなら、毒系の耐性を判断する肉体抵抗値が高ければ電子ドラッグも効かなくなるのか。

 試すつもりはないがな。とにかく、ヴォルトで流通するこの電子ドラッグについてアマリアに聞いてみる。

 彼女の話をまとめると、俺がマフィアの幹部であるNPCのカミーユを殺してしばらく後、妙な冒険者(PLの事だ)達が向こうに加わってからヴォルトの街に電子ドラッグが流行始めたらしい。

「他にもガラの悪い冒険者が集まってきてね。元々、治安の良い街とは言えなかったけど、ここなりのルールは会ったんだよ。でも、あいつらが好き勝手やってるせいでもう滅茶苦茶さ。おかげで商売もできない。あいつら、電子ドラッグを強化する為に珍しい材料を探していて、サキュバスも狙われてる可能性があるんだよ」

「ふうん…………」

 手櫛で髪すきながら枝毛がないか探してみる。エノクオンラインならそんな事まで再現してそうで怖いのだ。

 向こうの組織が新入りの冒険者を自由にさせているところからして、もしかするとそいつらの中にはゴールドやレーヴェと同じで隠しスキルの<カリスマ>を持っているのかもしれない。このゲームのカリスマはなんて安くて面倒なのだろうか。

「そんなに邪魔なら、カミーユの時みたいに人雇ってヤッちまえば? つか、何で今俺に言わない?」

 一度仕事を引き受けた事のある身だ。俺がこの街にいない時ならともかく、こうして目の前にいるのにどうして依頼してこないのか。まあ、頼まれても困るし面倒だから断るけどな。第一、この件についての主導はレーヴェ達だ。

「カミーユの時とは危険度が違うからさ。さすがに勝算も考えずに人を雇って、死にに行けなんて言えないさね」

「………………」

「怒ったかい?」

「いや。むしろ何で怒らないといけない?」

「男ってのは、そういうの気にするからよ。実力を見くびられたとか、嘗められたくないとか妙な意地があるじゃない」

「あいにく、そこまでの男気は無い」

 確かにバカにされたり、あまりにも嘗めた態度取られたら、そりゃあ怒る。だけど、俺はあんまりそういったモノに固執しない。プライドが無い訳じゃないが、こだわりが無いのだ。

 それに、そういう男のカッコつけた精神は女がいてこそだ。 カッコつけたいとか、イイとこ見せたいとかは身も蓋もない事言えば野生動物の雄が雌の前で他の雄と争うと同じだ。

 身の程知らずにも女の好みのレベルが高い俺は人には言えない性癖もあって、そういったのには無縁だ。

「あっ!? ちょっとなんだい、もう少しいいじゃないか」

「もう十分だろ」

 アマリアの頭部を膝からどかして立ち上がる。

 膝枕している間に魔力とスタミナを空にされ、体力まで半分もくれてやったんだ。これ以上吸われると俺が死ぬ。

「ところで…………俺は無理だけど、お前の悩みを解決してくれるかも――しれない連中がいるんだが」

「その途中の間はなんだい?」

 だって、あの連中の事だし。

 表向きなんと言っていようと、善意で人(NPC。しかも魔族)を助けるとは思えない。逆に、利害が合えば善良な一般人だろうが殺人鬼だろうと助けるだろう。

 むしろゴールドとレーヴェの場合、善意を振りまけば他人をよりヒドい状況に巻き込みかねないクチだ。

 まあ、このサキュバスは強かなので平気だろう。よりヒドい状況に突き落とされても、俺の知った事じゃないし。

「つーわけで、頑張れ。この店とサキュバスの命運はお前にかかってる」

「突然な上、さりげなく重い事言ってくれるね。それで、どうすればいいのさ?」

 やっぱりというか、何というか。ロクな説明が無かったのにすぐに食いついてきた。女っていうのはどうしてこう本能レベルで聡いんだろう。こいつは人間じゃない上にNPCだけどな。


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