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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第四章
32/122

4-1


 ◆


 闇に包まれ、明かりが一切無い森の中で動く者がいた。

 木々を抜け、地面から顔を出した太い根を踏み、茂みの上を飛び越した少女は暗闇の中で岩を見つけると、隠れるようにして岩を背の後ろにする。

 そして少女は槍を持っていない方の手でウィンドウを開き、フレンドリストからメール機能を使用する。

 だが、

「またダメか」

 普段なら一瞬で送信される筈が、送信は中断されて代わりに送信不能というメッセージが表示された。

「無駄だっつーの」

「――シッ!」

 突然聞こえた声に、少女は槍を回転させ自分が背にしていた岩の上に矛先を向ける。

「おおっと、危ない危ない」

 槍は何も貫くことなく空を切るが、代わりに少女の前の茂みの一つから何か大きな物が落ちたような音がした。

 少女はすかさず槍を引き戻しつつ躊躇いもなく揺れが生じた所へと突きを放つ。

「うおっ!?」

 人の驚く声と共に茂みが更に揺れ、少女は前に伸ばした槍を今度は横へ薙いだ。

 少女の手に槍越しから何かが当たる感触が伝わり、茂みの上から人の悲鳴が聞こえた。直後、槍の穂先近い柄の部分を腹にめり込ませた男の姿がそこに現れ、その横薙ぎの一撃をもって吹っ飛ばされる。

「がッ、ぐっ! クソッ」

 地面に転がされた男はすぐに起きあがると、身を低くした姿勢で手に持っていた短剣を構えた。

「こンのアマァ…………」

 よほど先の一撃が頭にきたのか、男の顔は怒りに歪んでいる。

「………………」

 少女は獣のような険しい顔をした男に臆する様子も無く、槍を構え直す。

「――っ!?」

 何かが飛来してきたのを<気配察知>で知覚した少女が素早く横に跳び退く。彼女が先程までいた場所に矢が数本刺さる。

 少女は顔を上げ、矢の来た方向に視線を向ける。直後、背中に激痛と衝撃が襲った。

「ぐっ……」

 今度は少女が地面に倒れる番だった。

 槍の石突を地面に付き、とっさに体を支えて後ろを振り向けば、剣を持つ別の男が立っている。

 ――囲まれた、と少女が気付くと同時、複数の声が少女の周囲、不気味な夜の森の中から聞こえた。

「リー、アンナ、テメェら……俺を囮にしやがったな!」

 いつの間にか闇の中に姿を隠した、少女に吹っ飛ばされた男の声がした。

「ハッ、あんたが勝手に先に行くからよ。しかもいつまでも遊んで、隠遁が見切られてたじゃない」

 女の声。男と同じく姿は見せず、ただ声だけが森の中を木霊する。

「こういう気の強い女を折るのが楽しいんじゃねえか」

「だとしても時間切れだ」

 少女を背中から切った男が砂利を踏みしめ一歩前進する。こちらは姿を隠さず堂々としている。だが――

「………………」

 少女は自分の体力バーとステータスを確認する。不意打ちの一撃は思った程のダメージは無い。代わりに、毒を受けていた。しかも体力を減らす毒ではなく、もっと別の毒だ。

「横取りするつもりかよ、リー!」

「先にチャンスをやったのに、ふいにしたのはお前だ。こいつは俺が戴く」

 自分を無視して好き勝手に言う連中と、徐々に傷口から固くなっていく背中に、少女は不快そうに顔を歪める。

「それに、この手の女は折れない。お前にバラバラにされる前に、俺が綺麗なまま殺す」

 声は冷静、けれどその眼には狂気に近い光が目の前の男にはあった。剣に滴る無色透明な液体の効果からして、正常まともな人間ではないだろう。

「……………」

 少女は視界の悪い森の中で取り囲まれ、数も知れない数人に取り囲まれているという不利な状況。背中には得体の知れない毒によって固まっていく。

 だが、そんな中で少女は無表情にただ敵だけを見つめ、武器を握っていた。

 確かに、男の言う通り彼女の心が折れる事はないだろう。ただ、少女は既に諦めていた。自分が生き延びる事を。

 抵抗しない訳ではない。隙あらば逃げるつもりでもある。だけど冷静な頭がこの状況は詰んだ事を彼女に教え、少女はそれをあっさり受け入れている。

 自分の事ながらどこか他人事。

 そういえば親にでさえロボットみたいだと、現実世界では人型のロボットが街を闊歩しようとしている時代だと云うのに言われた事があった。

 恐怖も後悔も悲哀も無い。

 ここで一つ人間らしい感情を上げるとするならばそれは無念。

 仇の手がかりを掴んだと云うのに、それを誰にも伝えられないのが無念で仕方がない。それだけが少女の、セナの唯一の心残りであり感情であった。


 ◆




「人という生き物は熱しやすく冷めやすい、なんとも勝手な生き物である」

 なんて偉人の言葉っぽく言ってみたが、俺が馬鹿だと云う事実が変わる訳じゃない。何やってんだろうな、俺は。

 溜息混じりに見上げた建物はヴォルト裏名物であるサキュバスがエロい事してくれるあの娼館だ。

 今は昼間なので色街であるここの人気は少ない――が、それ以上になんか寂れてる感があった。

 ヴォルトは元々ギャングみたいな連中が取り仕切っていた街だ。アウトロー感あってしかるべきなのだが、これはちょっと無秩序が過ぎているような気がする。ここまでの道中、チンピラNPCだけじゃなくてPLからも何度かカツアゲされそうになったぞ。あいつら、PL同士が攻撃できない街の中でどう金を巻き上げるつもりだったのか。

 一応逃げてきたが、おかげで道の端を縮こまって移動しなきゃならなかった。

「はぁ……」

 溜息を吐きながら裏口の前にコソコソと移動し、扉を何度かノックしながらどうしてこんな事になったのかと昨日の事を思い出す。

 ゴールドとレーヴェの奴ら、面倒な事に巻き込みやがって…………。


 レーヴェが突然俺達の前に現れてから一晩が経ったあの朝、食堂なのか会議室なのか分からんとにかく広くて、何人座るんだよって突っ込みたくなるような長いテーブルのある部屋の中に一同はいた。

「待たせてすまなかった。後始末に一晩もかけてしまった」

 右手側にはゴールドとアールが座り、

「いや、押し掛けたのはこちらの方だ。むしろ部屋と食事まで用意してくれて感謝している」

 左手側にはレーヴェが一人だけ座って、その後ろには側近のジョセフが立っている。

「それでさっそくだが、マクスウェル・コーポレーション社社長のご子息である君がこのしがないゲーマーに何か用かな?」

「君が好きな商談だ。手柄はやる。代わりに手を貸せ。君が現実世界で扱っていた商品よりも大変な仕事になるかもしれないが、鉄火場は慣れているだろう?」

 おっかねえ。こいつら、互いに現実世界の生活知ってやがる。

 レーヴェは大企業の社長の息子だが、社長子息の名前と容姿なんて関係者ぐらいしか知らないものだ。ゴールドが何の商売をしていたのか知らないが、きっとロクなものじゃない筈だ。

「困ったな。具体的に何をするつもりなのか説明してくれないと、こちらも返事をしようにも出来ない」

 なんというか、分かっているけど相手に言わせたい、そんな意地の悪い空気が馬鹿ゴールドから感じた。

「よく見てろよクソガキ。あれが嫌な大人の応対だ。そしてそれを軽く鼻で笑う黒づくめも質が悪い」

「子供に何教えているのかしら?」

 ちなみに俺は二人の間(と言ってもテーブルの縦、短い部分であり、二人との距離は離れている)で朝飯を食っていた。

 隣には人を変態扱いしていきなり襲いかかってきたあのモモとかいうガキ(非獣状態)がおり、ガキンチョ挟んだ向かいにはユリアもいる。

 俺含むこの三人だけ飯食って他人事だ。俺やモモはともかく、ユリアはそれでいいのだろうか。

 そう思ってユリアに視線を向けると、モモもまた口の中に肉詰め込んで食事しながらユリアの顔を見上げていた。見上げながらも飯を食う手を止めないのは、領主代理となったゴールドの身内扱いとして出された豪勢な食事のせいだろう。

「…………? どうしたの?」

 本人も視線に気づいたのか、真っ赤な瞳でモモを見下ろす。しかも、なんか微妙に優しい声で。

「ううん……なんでもない、です」

 人の事言えないが、モモは丁寧な言葉使いができないタイプのようだった。

「お前が真っ白で珍しいんだろ」

 色素欠乏症のユリアは髪も肌も白く、目の色は淡紅色で濁っている感じがする。

 なまじ顔つきが整っているせいで、まるで大きな蝋を削って出来た人形に見え、暗い所に会えばまず確実に幽霊と間違えてしまう程不気味だ。

「――うお!?」

 いきなりモモが脇腹をフォークで刺してきた。ダメージは無いがさすがにビビった。

 どうやら、失礼な事を言うな――という事らしいが、いきなり人を変態扱いした奴が言えることだろうか。

「この子から礼儀を教わったらどうですか?」

 いきなり人をボコった事のある奴がなんか言ってやがる。

 そしてそいつの兄も、隅っこで傍観しながら飯食ってる自分の妹と俺達を無視して言葉を続ける。

「近々、本格的に魔王討伐が始まるのは知っているか?」

 その場にいる中でモモだけが僅かに反応を見せ、他は当然知っていると言わんばかりに表情を変えない。

 俺はただどうでもよかった。

「茶、くれ。日本茶ある?」

 給仕をしていたメイドロボに茶を頼む。魔導人形であり、俺達の協力者であったあの侍女はそのまま城で仕事を続けている。

 結局、主人が変わっただけだ。何がしたかったのだろうか、このメイドロボは。そんなに嫌だったのか、あのご主人は。…………まあ、嫌だよな。あんな変態趣味の主って。しかし、ゴールドも大概だと思うんだが。

「ニホン茶? 紅茶ならあります。ところでいいんですか、会話に混ざらなくても」

 むしろ何で混ざらなければならないのか。俺はタダ飯を食っているだけなのに。

「今もっとも進んでいるのは、東地方に城を構える地属性の魔王攻略だ。次々と街を解放し、目前にまで辿り着いている」

 魔王が支配する領域には人の住む街がいくつかあり、そこは魔族によって管理されていた。

 俺は行った事はまだ無いし、討伐に参加した事はないが、そいつらを倒す事でどうやら人々は解放され、通常の街として機能するようになるようだ。

 そうやって中ボスを倒しつつ進んだ結果、<オリンポス騎士団>が魔王の城の目の前にまで攻略が完了したと云う情報はPLが発行する新聞にあった。

「今現在、オリンポス騎士団をはじめとしたプレイヤー達は初の魔王戦の為の準備を念入りに進めている」

「慎重だ。しかし当然の事だな。最初の魔王討伐の成否によって今後の攻略が変わる。失敗して、プレイヤー達の攻略意欲を削ぐ訳にはいかない」

「その為にも、後ろから刺される事があってはならない」

 元々からだったが、キナ臭い話になってきた。

「現実世界だろうと電脳世界だろうと、調和を乱す者はどこにだって現れる。それは止めようが無い。否定はしない。だが、邪魔だ」

 レーヴェは表情に変化も無ければ声色も変えていない。それに関して特に感情なく、淡々と言っているだけ。それが逆におっかなくあり、同時に何の変化も見られないのに楽しそうに見えてしまう。

「………………」

 モモの体が少し強ばっている。

「なんだガキ~、ビビッて――」

 またフォークで刺された。今度は喉だ。こいつ、急所ばっかり狙いやがって、攻撃禁止エリアじゃなかったらクリティカル間違いなしだぞ、おい。

「クゥ」

「なんだよ」

 ユリアに名前を呼ばれてモモの頭越しから奴の顔を見ると、とても柔和な笑みを浮かべていた。

「出ていけ」

 ただし声は極寒だ。兄妹揃って器用な連中だった。

「それはPKの事かな?」

「そうだ。特にここで問題に上げているのはPKを行う集団、PKギルドの一つだ」

 そして、やかましく雑談している俺達を無視して話が進む。こいつら、ここに子供いる事を全く考慮していない。

「奴らは攻略プレイヤーが魔王へと挑む瞬間を狙って奇襲をかけるつもりだ。横槍を入れられる前に、潰しておくべきだ。元々、近いうちに腫瘍を刈り取るつもりだった。それが早まっただけだな」

「なるほど。だが、それを何故私に? そちらの戦力なら、たかがPK、例え群れを為していようとどうとでもなる筈だ。それをわざわざ貸しを作るような真似をして……」

 ゴールドの言う通り、レーヴェはたかがPKギルドなどものともしない兵力がある。前に南の火山地帯で初めて会った(エノクオンライン内で、だが)時には既にいくつかの中堅ギルドを傘下に収めていた。

 何よりあいつにはジョセフをはじめとした私兵がいる。

 マウスやゲームパットを駆使して掛けた時間がものを言う通常のMMORPGと違い、プレイヤースキルが重視され、スタートが一緒なエノクオンラインでは本物の武力集団であるレーヴェの私兵に勝つのは難しい。つか、あんな連中に勝とうなんて無理だ。皆頭おかしいし。

「言っただろう。商談だと。連中が<オリンポス騎士団>を狙うと分かったのがつい最近でな。こちらも準備が足りない。だから人手が欲しい。私達に手を貸す事でそちらは手柄を得る」

「そこが分からない。確かにPKの対処はプレイヤー全体の安全の確保に繋がるが、どうして私個人の利になるのか。それに、何故私なのか」

「あまり他のプレイヤーに話せる内容ではないからだ。それに君がヴォルトに狙いを付けている事は知っている」

「………………」

「元々、治安が悪いよう設定してある街だが、ここ最近ジブリエル公国の高官NPCも頭を痛くしているらしいな。人工知能の頭が痛いとは我ながらおかしな事を言ったが、それはともかくヴォルトに巣くう腫瘍を取り除く事ができればこの城は正式に君の物になるだろう」

 お前の事はもう調べてあるんだぜ、と言いつつ餌をぶら下げている。

「明確な利があり、現実世界での仕事柄こういった商談は慣れているだろう」

 レーヴェの言葉に、ゴールドは少し考え込むように黙ったかと思うとすぐに笑みを浮かべ、両の手の平を叩いて音を鳴らす。

「よし、承った。詳しい話をしようじゃないか」

 そして、最初から乗り気でしたよと言わんばかりに朗々とした態度に変わっていた。

 ヴェチュスター商会のロボ店員に領主殺しの援助を頼んだ理由が何となく分かった。同類なのだ。

「その前にいきなりなんだが一つ聞きたい。ヴォルトのPKがある商品ブツを取り扱っているという情報は事実かな?」

 今度はゴールドの言葉にレーヴェが黙った。ただ目はより細められ、口の端が微妙につり上がっている。

「…………どこでそれを?」

「噂だよ、噂。なるほど、アレはこの世界でこそ、より真価を発揮するだろう。ヴォルトのNPCの様子がおかしくなっているのも、もしかしてアレのせいかな」

「――ハッ」

 今度こそ、レーヴェがハッキリと笑った。

「一般プレイヤーには漏れないよう情報操作を行っていた筈だが…………大した情報収集能力だ。それとも、そこのハッカーの手柄か? 何にしてもこちらの仕事を上回られたぞ! なあ、ジョセフ」

「はい…………」

 顔には出していないが、ジョセフはちょっと悔しそうだった。今度これをネタにからかってやろう。

 なんて、邪な考えを頭の中で巡らせながら茶をシバいていると、レーヴェの口からとんでもない単語が飛び出してきた。

「そうだ。奴らは電子ドラッグを売りさばいている」

 だから、お子様がいるのに何でそんな会話してんのか…………。


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