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儀式魔術というスキルがある。
PLが使用する魔法は詠唱という形での溜めの後に発動させる。だが、儀式魔術はそれ以外の方法で発動させる魔法で、特定のイベントやクエスト、もしくはレアドロップの魔術書から覚える事ができる。
そして、俺が使用している<エナジードレイン>は対象の体力、魔力、スタミナを奪い自分の物にする魔法だ。
動物タイプや精霊タイプのモンスター相手に使った事は何度かあったが、さすがに無機物系に利くかどうか分からなかった。
しかし、俺の下にいる魔導人形の体力バーがほんの僅かずつ減っていき、俺の三つの基礎ステータスが回復している事から効果はあったようだ。
首絞められてダメージが回復を上回って減り続けてるけどな!
『それがエナジードレインか。エリザちゃんから聞いてたけど、便利そうだね』
ボイスチャットからアールの興味深そうな声が聞こえた。こっちは首絞められて死にそうなんだが?
『エナジードレインって、設定的には禁呪なんだよね』
そりゃあ、魔族であるサキュバスの能力を魔法で人間が使えるようにしている訳だからな。会得方法も普通じゃない。言いたくないけど。
「ゾ…………お、ぎ……」
そんな事より助けろよ、と言いたかったが人形の左手で首を絞められているせいで上手く声に出ない。鞭スキルの<束縛>と同じで、ジリジリと体力バーが減っていく。
<エナジードレイン>のおかげでその減りは遅いが、だからと云っていつまでも保つものではない。
<エナジードレイン>を使用する為には液状の魔法媒体を地面に撒き、その上で相手に触れていなければならない。その間は他のスキルや魔法は使えず、素のパラメータと己のプレイヤースキルでなんとか相手を抑え込まなければならないのだ。
うつ伏せに押し倒した人形の両腕の間接は自ら逆に曲がり、右から来る刃を右手で掴み止め、左腕で体重をかける事で押し倒したままにするだけで精一杯。結果、首を絞めてくる左手を止める事ができない。
こうなったら我慢比べだが……こういう賭けは非常にマズい。何がマズいかと云うと、我慢比べなんて戦士系の中でもマゾい盾役がやるべき事で、俺みたいな繊細な若者には無理だ。
『隠れマッチョだね。前より大分筋力上がったみたいだし』
それはいいからヘルプミー。体力バーが一割切ったぞ。
『魔力がもうすぐ切れるから頑張って。それにゴールドがたった今領主の所に突入したから、もうすぐ魔導人形を止められると思う』
領主を脅して、人形を止めさせるつもりらしい。
とっととしてくれとそう思った時、豚の悲鳴が聞こえた。
「………………」
悲鳴は高い所から地上に落ちたかのように木霊して、ひどく鈍い音がしたかと思うと悲鳴が途絶えた。
『すまん。追いつめたんだが、飛び降りられた』
「~~~~ッ!!」
ゴールドからのボイスチャットに、首を絞められながらも獣のような叫び声が出た。
『領主はそのまま死亡した…………。いや、本当にすまない』
何してくれとんじゃオイゴラァ!
人形は主人が死んだっていうのに力を弱める様子もない。ご主人様が死んだなら機能停止しろよ、融通利かねえな!
『とにかく、NPCは私がなんとかする。アールは急いでクゥの援護を』
『分かった。手を加えれば、魔法の射程が伸ばせる筈だから援護できると思う』
直後、城の窓のいくつかから爆発が起きて、地上にいる俺達を一瞬赤く照らした。
早くしろよお前ら。
アールが窓から顔を出し、杖を掲げる。そして魔法の詠唱を開始する。
――間に合うか? そう思った瞬間、視界の隅に影が入り、新たに二本の腕が伸びてきた。
新手かと、身動きできない身で肝を冷やしながら目だけ動かして見る。盾代わりにした侍女だった。
「あ゛……?」
何しに来たと睨みつけると一瞬侍女はビビって動きを止めるが、腕を再び前に伸ばして人形の、俺の首を絞めている左腕を掴んだ。
「んんーーっ」
そして、人形の左手を俺の首から力付くで引き剥がした。
「………………」
金属の軋むような音が聞こえ、あの戦闘用の人形の腕が侍女の細腕によって抑え込まれている。モーターのような駆動音が三つし、限界ギリギリの力を発揮しているせいか侍女の腕から熱が空気を通して伝わってくる。
首絞めによる継続ダメージがなくなった俺の体力バーが徐々に回復し始める。色々言いたい事はあるが、何であれこれで余裕が持てた。
人形の体力こそは大して減っていないが、<エナジードレイン>で魔力を吸収して俺のゲージが伸びるにつれて人形の動きと力が鈍くなりつつあった。
俺と侍女で押さえつける中、魔導人形の力が急速に抜けていく。そして、糸の切れた本物の人形のように体の各所が重力に従いだらしなく垂れ落ちた。
「…………アール」
『完全に魔力が切れた。機能停止のステータスも出てるから、もう大丈夫だよ』
アールの言葉に、肩から力を抜く。一応、消費した体力を回復させる為にも人形の体力を吸い続けておく。あー、しんどかった。
『侍女に助けられたね』
「お前より使える」
アールに皮肉を漏らしつつ、侍女に視線を改めて向ける。侍女は目を逸らす事(どっかの店員が話を逸らす時にする仕草と似ている)で誤魔化してきた。
まあ、いいけど。
『ところでクゥ。頼みがある』
ゴールドからのボイスチャットには嫌なと云うか面倒臭い予感があった。つーか、領主が死んだのに未だ城が騒がしいのはどういう事だ?
『有力者NPCは死亡すると地位を証明していたアイテムを落とす』
そういえば、ヴォルトのカミーユも指輪を落としていた。アマリアが欲しがっていた。
………ああ、なんか読めた。
『それがないと勝利宣言できない。急いで、探して持ってきてくれないか? このままじゃ兵士達を止められない』
そのままNPC兵士に八つ裂きにされてしまえ。
「あー、疲れた」
今まで色々と危険な目にあってはきたが、今回みたいに心身共に疲れた事はなかった。そう断言していい。
「お疲れなのでしたら当商会の栄養ドリンクをお売りしましょうか?」
「働け金の亡者」
そもそも栄養ドリンクという名のドーピング薬は要らない。一時的にステータス上がるが、アドレナリンも上昇してる気がして嫌だ。
「で、そいつ直すの?」
窓辺に寄りかかり、ガチャガチャと何かやっているロボ店員を見やる。
あれから領主が落ちて死んだ場所まで急いで移動し、領主が書類に押す判子を手に入れて<壁走り>で垂直走りしながら窓から顔出して手を振っていたゴールドに投げてぶつけてやった。
<壁走り>の登れる距離はスタミナに依存するので限界がある。領主の部屋まで走って行けないので、だから仕方なく投げた。パーティー登録外しとけばよかった。チッ。
「直します。よくもまあ一介の領主がここまで集めたものですね」
領主の判を手に入れたゴールドが勝利宣言し、予め用意してあったビラを巻くことで街全体にそれを知らせる事で一揆を決着した。
そして今、馬鹿は――勝ったどーーッ、とか寒い事言ってNPC市民を集めてぎゃあぎゃあやっている。何でも蔵の方行って宝探しなんだとか。アールは書庫の方。俺は帳簿などの書類を手に入れる為すっかり荒らされた領主の部屋にいる。
領主の部屋には例の人形を研究する(愛でる)道具でいっぱいだった。よく分からない機械やら女物の服とか油絵の道具とか……あと、魔導人形の腕や足、人間の内蔵に似た内部パーツが転がっている。
事前情報なかったら何の部屋かさっぱり分からなかっただろう。穿った見方したらサイコ野郎の部屋だ。
そして、魔導人形用の調整ポットだと思われるベッドの上には先程エネルギー切れにした人形が横になっており、ベッドの横にはロボ店員と侍女がしゃがみ込んで剥き出しになったコードやら機械を弄くっている。そこだけもう別ゲーだ。
「そいつ直して、どうする気だ? 商会のボディガードにでもするのか?」
事が済んだ後、あの殺人マシーンをロボ店員が直すと言ってきた。
「違います。色々改造されているので、それを元に戻してリフォーマットするんです。見てくださいこの両腕。全然サイズが合ってない!」
知らねえよ。取り外した両腕振り回すな。ホラー通り越してシュールだ。
「じゃあ、店員として雇うのか」
こいつみたいなのが二人って最悪だな。
「本人が望むなら商会の方で雇ってもいいですけどね」
「使わねえのか?」
「私達は働くの好きですが、職業選択の自由はあるんですよ。それにこれは商会とは関係ない、私が好きでしている事ですから」
「ふうん。リフォームするとどうなんの?」
「生まれ変わります。多分。あとリフォーム言わないで下さい」
多分かよ。しかも生まれ変わるって。
「魔導人形の技術は前時代の物ですから、商会でも技術について全て把握してないんです。こういった機材は何とか直せても一から作れませんし、こうやったら、おそらくこうなるんじゃないかなー? っていう程度で……」
そんなんで直せると豪語していたのか。
「細かいのは無理ですが、大雑把なら……やり直しにするくらいならできます。領主も、適当にイジってたら自由意志のない魔導人形になったから護衛として改造したようですし」
いい加減だな。この世界もNPCも。
「いいのか、そんな事して?」
何をするつもりなのかイマイチ分からないが、要はリセットするという事だろう。
エノクオンラインの世界設定では魔導人形は再起動して現代に生きているか、昔の命令を引きずったまま生きている奴がいるらしい。
「昔の記憶が無い方が良い時だってあります」
「あった方が良かった場合は?」
「その時は本人が頑張るしかないでしょう」
何を頑張れと云うのだろう。無責任な。まあ、人の事は言えないがな。
「ところで、そいつはいつの間に潜り込ませてたんだ?」
俺はアイテムボックスからおやつ代わりの干し肉を取り出し、噛む前にそれでロボ店員の手伝いをさっきからしている侍女を指す。
こいつは、人間ではなく魔導人形だった。なんか似てると思っていたらロボ店員の姉妹機に当たるらしい。
「元からいたんですよ。まあ、それで色々」
色々って何だよ。侍女ロボは何か誤魔化すようにやや引き攣った笑みを浮かべるだけで何も答えない。本当に何した。
「――よしっと」
終わったのか、ロボ店員が――よっこいせ、なんて年寄り臭い言葉と共に立ち上がる。
「それではさっそく――スイッチオーン!」
ロボ店員が甲高い声で叫ぶと同時に、長い棒の先に球体の付いた赤く大きなレバーを上から下へと引き下ろす。
すると古い洗濯機が立てるような音がし、ベッドの周囲に設置してある真空管みたいな物が震え出す。
「…………で?」
変な音立てて揺れるだけで何も起こらない。
「失敗しやがったぜこいつーーッ!」
笑ってやる。
「違いますーっ! 処理に時間がかかってるだけですぅ!」
「どの位?」
「二、三日」
遅過ぎる。
「目覚めていきなり暴れたりしないだろうな?」
二、三日もあればこの街とはおさらばしているので別にいいんだが。
「私達を何だと思っているんですか。そんな事しませんよ」
店のカウンターの裏に武器隠してたり、領主の城に就職してた魔導人形と連絡取り合って暗躍してた奴が言ってもなあ。
「…………あ?」
ふと気配を感じ、部屋の入り口を振り返る。二人の魔導人形も気付いてそちらに視線を送る。
廊下へと続くドアの向こう、目つきの悪いガキがいた。NPCじゃない。PLだ。
十歳くらいの少女で、着ている装備はそれなりの熟練度を要する軽装装備だ。
この歳の子供はエノクオンライン内ではだいたい大人の保護下にあって、こんな前線組に指を引っかける程に熟練度が高い奴は珍しい。
目つき悪いガキはドア(ゴールドが突入した際にブッ壊れたが、侍女がどこからか新しいのを持ってきて付け換えた)の影に半身を隠しつつ、獣が警戒するように俺達を観察している。ちゃっかりこちらから見えない腰に手を伸ばして武器を掴んでいるらしい事から、戦い慣れてもいるようだった。
それよりも、すっげー警戒されている。何でだ。
少女の視線は最初に俺を、次に怪しげなローブを羽織っているロボ店員、侍女ロボ、そして奇妙なベッドの上で横になっている腕無し魔導人形へと移る。
最後は俺へと再び視線を戻し、小さく息を吸った。
「ヘンタイだァーーーーーッ!!」