3-4
アールとゴールドの思惑はまんまとハマり、俺達はあっけなく豚のようなぽっちゃり系領主の首を取った。
「だったら良かったんだけどな」
まだ領主の首はゲットできていない。というかこの城はなんで道が曲がりくねってんだよ。迷路とは言えないものの、謎構造のチョロイ町中ダンジョンみたいな感じだ。
なにより、
「クゥ、頼むよ」
「はいはい。ってか、なんでこう扉が多いんだよ」
兵士達が出張った城の中は人気が無く、何の障害もなく領主のいる部屋に行けるかと思えば行く先々でこうドアにぶち当たる。
トラップツールからキーピッキングの道具を取り出し、<鍵開け>を使用する。
「領主は扉マニアらしくて、城の至る所に設置してあるらしいよ」
「だから鍵開けが必要だったのか」
たしかに今まで開けた扉は全部デザインが違っていた。というか、いくつ変わった趣味持てば気が済むんだ?
鍵穴に先端が妙な形をした細い棒を突っ込んでいるだけなのだが、鍵穴の前にゲージが出てそれが開錠の残り時間を知らせてくれる。
そう時間を要せず、鍵が解除された。でも、数が多くて面倒だ。飽きる。
「あと二つ抜ければ領主の部屋までは一直線だ。囮も上手くいってるみたいだし、順調だね」
「それでも限界はある。彼らにこれ以上の負担をかける訳にもいかない。急ごう。フフフ、もうすぐ城が手に入る。私の城だ」
せめて最後まで取り繕ってほしかった。
アールとゴールドの三人でドアを進む。まず<隠密>で足音をはじめとした体を動かす事で立てる音を極力消せる俺が先頭を走り、アールがナビ、ゴールドが後ろを警戒する。
「そこ右」
T字路を言われるまま右に曲がる。そのまま進むと<暗視>が向こうに曲がり角を捉え、同時に<気配察知>が人の存在を知らせる。
後ろ手で合図を送り、加速。廊下の先には柵のような格子の扉を前に兵士が二人立っていた。
兵士は俺の姿を見ると驚きながらも、槍を構える。
俺は腰の左右の収納ベルトから投げナイフを一本ずつ取り出して<スタンスロー>を発動、続いて両腰に手を添える。
ナイフは兵士に当たるが、大したダメージにはならない。だが、疑似麻痺を得て一瞬硬直する。
動きを止めた奴らの胴を狙い、左右の収納ベルトから再び武器を取り出す。ただし今度は投げナイフでは無く槍だ。
穂先が出、柄がスロットから伸び終えるのを待たずに槍にを掴み、引き抜きながら投擲スキルの<強投げ>を発動。直後、矢のような勢いで二本の槍が左右から発射されてそれぞれ兵士の胸に突き刺さる。
「ぐあッ!?」
槍の勢いに、兵士二人は床から足を離して後ろの格子扉にブチ当たる。
攻撃スキル発動によって俺が僅かな間動きを止めている間、すぐ横をゴールドが走り抜ける。そして硬直が解けた俺もそれを追う。
胸を貫かれてもまだ死んでいないNPC兵士達は反撃しようとするが、槍が格子の隙間に入っているせいで上手く動けずにいる。
その間にもゴールドが左側の兵士に突進し、まずは盾の表面で敵の顔面を殴りつけ、後ろに振り被っていた中型剣を一気に振り下ろした。
俺もまた右側の兵士に接近し片刃剣で腹を刺しつつ、魔力を込めたザリクの短剣で通常の刃と風の刃で相手の首を掻き切る。
兵士達の体力バーがゼロとなって二人分の青い粒子が飛び散り、消えた。
「その短剣、魔法の武器じゃないか。どこで手に入れたんだい?」
「ヴォルグ」
それだけ言い、敵を倒した余韻も感じぬまま片刃剣の剣先に引っかかっていた鉄製の細い、いくつもの鍵を束ねる輪っかを掴む。
その俺の行動を見て、アールは呆れたように半目になって、ゴールドは片眉を上げた。
「まさかさっきので?」
<強奪>というスキルがある。攻撃と同時に相手が所持しているアイテムを奪うスキルだ。
「いい加減、スキルで開けるのが面倒だったからな」
槍を投げて向こうが吹っ飛んだ際に、奴の腰に鍵束が見えた。そのまま倒してもアイテムとして落としたかもしれないが、イベントでもクエストでもないのに都合よく落とすとは限らなかったので一応盗んだのだ。
「これあればもう鍵開けなんて――」
と、格子扉と同じ材質の鍵を鍵束から探し出して鍵穴に差し込もうとすると、格子扉の左側が後ろに倒れた。
「………………」
大きな音を立て、床に倒れた格子扉を見下ろす。斬撃の痕と見られる大きな傷が青い光と共にあり、そこを中心に格子を形作る鉄の棒が大きくへこんでいた。
「無駄だったね」
「案外柔らかいな。本当にアンティーク目的だったのかもしれないな。あっはっは」
「ムカつくわ、お前ら」
槍と投げナイフを回収しベルトに収める。倒れた格子扉を跨いで廊下を進む。
「今の音で気づかれたかもな」
「だろうねぇ」
街では市民NPCによる一揆が起こっている。厄介な状況に警戒心が強くなっている筈だ。
館内で人がドタバタと動く音よりも、静寂の中で一度だけ響いた音の方が警戒度は上がる。ホラームービーやゲームと一緒だ。
まあ、AIにそんな感受性があるのかは疑問だが、この世界で一年近く過ごしているとそんな反応も十分に有り得ると思えてしまう。
「人生とは思惑通りに行かないものだ」
「お前がトドメに刀剣スキルなんか使うからだろ!」
馬鹿は図々しいにも程があった。
「ったく……ここが最後だな」
地図を見る限り最後の一枚の前に立ち、<気配察知>と<聞き耳>で待ち伏せがいないか探る。よほど気配を絶てるNPCがいない限りはドア向こうには誰もいない。
ドアのずっと向こうで射手や魔術師がいるなら別だが。その時はすぐにドアを閉めればいい。最後の一枚は装飾過多な上に分厚いので盾代わりになりそうだ。
「んじゃ、開けるぞー」
返事を聞かずして鍵穴に鍵を突っ込み――<気配察知>が警報を鳴らした。
「離れろォ!」
一瞬早く気づいた俺の言葉と自らの<気配察知>スキルで気づいた二人と共に、慌てて床を蹴ってドアから離れる。
直後、分厚いドアが内側から爆発した。
「えー…………生きてる者、番号」
「いーち」
「…………second」
アールは偶に母国語が出るな。というか、パーティー登録(嫌々ながら)してんだからそれ見ろよ。絶対ノリで言ってるなこの馬鹿。
「つか、なんなんだ今の攻撃」
余波ダメージなので減った体力バーは僅かだが、軽視できないレベルだ。決して狭くない廊下も粉塵が舞って、それぞれの姿をなんとか確認できるほどだ。
「ショット系の魔法じゃないと思う」
ショット系の魔法は貫通力があって威力も高いが、逆にこんな広範囲に影響を与えるものではない。魔術師でありハッカーであるアールが知らないという事は、完全に未知の魔法かそれ以外のスキルという事になる。
「三流情報屋、後でセナ流処刑術な」
「うっ……」
まったく未知の敵。あれほど城奪りは自信満々だったのに、こんな攻撃をしてくる敵情報は一切掴めていないのだから当然だ。
「セナ流処刑術とは?」
「料理の失敗作をたらふく食わせる」
「それはなんとも……」
開拓隊時代にセナが仕置きとして男衆を震え上がらせ悲鳴を木霊させた処刑方だ。毒物ではないただただクソゲロ不味い失敗作の料理。攻撃禁止エリアの街内だろうと無法地帯のフィールドやダンジョンであろうと相手にダメージを与えず苦しめる事ができる。
なんて馬鹿話をしながらステータスを確認し、急いで立ち上がる。
粉塵の向こうから、足音が聞こえてくる。
「自分の身は自分で守れよ」
むしろ馬鹿が盾になれ。
その考えが通じたのかは知らないが、ゴールドが盾を構えて前に出る。俺はその影でコソコソと投げナイフ四本にそれぞれ痺れ毒と通常の毒を塗る。
アールが魔法の準備をしつつ俺を見て――うわぁ、と云う感じになったが無視する。
粉塵の向こうに人影が写る。一人だけ、とも思ったが仕方がない。そいつめがけて左右に二つずつ、<同時投げ>で一気に四本のナイフを投げる。命中率が下がって精密な命中は期待できないが、毒を塗ってあるので当たればそれでいい算段だ。
そして四本のナイフは人影に当たり、金属音を鳴り響かせて弾かれた。
……金属音? シルエットからして、全身を包み込むような鎧は装備していない筈。それに盾で防いだように動いたようには見えない。
嫌な予感を覚えつつ、相手を警戒していると粉塵が治まり敵の姿が露わになる。
「メイド?」
「メイドだね」
「メイドだな」
メイドが通せんぼするように立っていた。しかもさっきの侍女の格好と違ってミニスカだ。ミニスカメイドだ。
「ふむ。メイドカフェの衣装と似ているな」
知らねえよそんな事。というか、行った事あるのかゴールドの奴は。
しかし、それにしてもナイフを弾いたのはどういう事だ? ジャパニメーションの限られた業界の常識のようにあれは戦闘もこなせるスーパーなメイドなのだろうか。
「さすが日本だ」
関係ねえ。世界観デザインしたのは欧米人と日本人のハーフらしいが日本関係ねえ。
ミニスカなのを除き、特徴らしき特徴のないまるで人形のような謎のメイドは無機質な瞳で俺達を見回す。
「敵性勢力の健在を確認。迎撃行動を続行します」
特徴のない人工ボイスが聞こえ、メイドが半袖から伸びる肘を曲げて左手をこちらに向けた。
もう、この時点で嫌な予感しかしなかった。
メイドの腕から歯車やら何やら機械の動くような音が聞こえ、腕が縦に割れて上下に開いて手首が下にスライドする。
腕の中には銃っぽい感じの鉄棒があった。
「……………」
即座にアールと共にゴールドの後ろに回り込む。直後、連続した銃声が轟き閃光が瞬いた。
ズバリ、機関銃であった。
「おいおいおいおいッ!」
スーパーなメイドではなく、ロボなメイドであった。
「くっ!」
雨の如くゴールドへと降り注ぐ弾丸らしき閃光。それは大盾によって一粒も俺達には届いていないが、壁や床、天井が激しい音を立てて削れていく。それは盾も同じで、ガリガリ言っていた。
「こ、これはさすがにッ!」
さすがの馬鹿も弱音を吐く。
「とりあえず一時退却だ」
ポーチに手を突っ込んでアイテムボックスから布で巻かれた缶ジュースのようなアイテムを取り出す。その先端に付いた導火線に左の腕輪で火をつける。
それをアンダースローで壁にぶつけ、メイドロボの手前に転がす。そして、導火線の根本まで火が移動した缶が緑色の煙を吐き出しながら自転し、廊下に煙が充満した。
「わぁ!? 毒煙! 煙幕じゃないの!?」
「私は解毒薬を持ってきていないのだが」
狭くはないとは云え限定された空間。当然俺達も緑の煙に巻き込まれる。だが、視界が塞がれたことで機関銃も止まった。さっきも粉塵が晴れるまで攻撃してこなかった事からかなり視覚に依存している上にそこらのNPCより機械っぽい。
「この毒弱めだから。少なくとも俺には利かない」
自爆するような煙幕はさすがに使わない。
「僕達の安全は!?」
知らん。パーティー登録していても、トラップ系のアイテムはダメージを喰らってしまうシステムが悪い。
「クゥは肉体抵抗値も高いのだな」
ソロで生活していると偶に現地調達で食材を手に入れなければならない。その時、採取スキルで手に入れた食材の鑑定に失敗した場合は食ってみないと分からない。
それで時たま毒食らったり全身が痺れたり妙にハイテンションになっている内に毒関連耐性の肉体抵抗値が上昇していた。
来た道を逆走して毒煙の中を抜けだし、とにかく遮蔽物のないこの廊下から脱出する。
「つか、世界観狂ってるだろ! エノクオンラインってファンタジー世界の筈だろうが!」
二人に解毒薬を投げ渡しながら悪態をつく。
「たまにあるじゃん。滅んだ古代文明が実は高度な技術力を持っていたっていうの」
「ああ、そういう――」
その時、新たな駆動音が背後の毒煙の中から聞こえた。
嫌な予感がして走りながら振り返ると、手の中に収まりそうなほど小さく長い円柱の物体が末端から光を噴出させながら煙は風圧で吹き飛ばし、俺達向かって直進してきていた。
「伏せろォーーッ!」
全員でヘッドスライディングを決め込むように前のめりになって倒れ、ミサイルかロケットか、とにかく物騒な物が俺達の頭上を通過、曲がり角の壁に当たって爆発を起こす。
炎の渦が俺達の眼前で吹き荒れ、一撃で爆破されて空いた壁から外へと流れていく。
おそらくアレがドアごと俺達を粉砕しようとした炎の正体なのだろう。
「………………」
俺達野郎三人は素早く、けれど心情的にゆっくりと後ろを振り返る。
機関銃が内蔵されていた左手にはもう一つ大きめの銃口が覗いていた。
メイドロボの目のガラス玉が俺達を見下ろす。そして右腕から刃を生やし、機関銃の銃をこっちに向けた走り出した。無表情で。シュール過ぎる。
というか命の危機だった。
「うおおおおっ!?」
男三人は戦闘型メイドロボから情けなく逃げ出した。