3-3
停船所に隣接した倉庫街、その一画にある古びた倉庫の中に、夕方を過ぎてから宿を出た俺達はいた。
既に日が暮れて空よりも暗い倉庫の中、焚き火による熱の強い明かりがいくつもあり、もう使われていないのか木箱が隅に追いやられて積み重なっている。
そして、その中央には木箱で作った即席ステージがあり、馬鹿が立っていた。
「――圧政を敷き、民に対して無碍な扱いを繰り返し、更には私腹を肥やすだけで領主は君達に何もしてこなかった! そんな者の下に何時までもいてもいいのか!」
演説するのはゴールド。そしてその周囲には市民であるNPCが先端に炎を灯す松明をそれぞれ持って集まっていた。
「記憶に新しいだろうが先日、一隻の輸送船が領海内でモンスターに襲われ沈められた。それは何故か!? この土地を預かる者の責務である、港間の巡回及び領海を守る為の兵士を領主が商人の護衛として船ごと貸し出し、結果人手が必然と足りなくなり、警戒網に穴が空いたからだッ! ……絶対というものはこの世になく、警備隊でも守りきれぬ事もあるだろう。だが、その守り手さえもあの男は遣わさなかった! 領主としての務めさえも果たさない者は果たして領主と呼べるのか!」
――否ッ、と大勢集まったNPCが声を張り上げて返事をする。
「あ、暑苦しい」
松明の熱もそうだが、雰囲気が暑い。
「あの馬鹿すっげぇ楽しそうだな。てか、何なんだあの人気っぷりは」
俺とアールはあの集団には混ざらず、演説真っ最中であるゴールドの背後、積み重なった木箱の影で大人しくしている。
演説の善し悪しは知らないが、NPC達には大受けだ。だからと言ってどうしてあそこまで従順なのだろうか。
「隠しスキルだよ」
「何て名前の」
隠しスキルは最初からあったのと、後から入手する物の二種類ある。
後者は隠しスキルなんて言っていいのか知らないが、例えば俺がサキュバスのアマリアから得た儀式魔術も隠しスキルの一つだ。そして前者は、ログインした時点で収得していたものの、一定の熟練度に達するまでは本人のスキルウィンドウにも表示されない。
どうやらそれはログイン時のキャラクター作成時点で決定されるらしく、隠しスキルは千者万別、どんな奴がどんなスキルを持っているのか分かったもんじゃない。
「カリスマ」
カリ……スマ…………あれでか?
「カリスマスキルはNPCが厚意的になってショップでの売り買いが便利になる程度って認識だったけど、本当に彼らを扇動できるなんてね」
「扇動っつうか」
そろそろ締めなのか、ゴールドの野郎が両手を下ろし、何かを溜めるように打って変わって静かな声を発する。
「ここまで来たからからにはもう何も言うつもりはない」
いや、さっきから言いまくってただろ。
「領主を倒し、自由を勝ち取ろう!」
そんな類の演説だったっけ?
俺の冷めた心情とは逆に、NPC達は洗脳でもされているんじゃないかと思う程大いに盛り上がっている。そして、ゴールドが合図すると、よく訓練された動きで散開して一部が倉庫の外へと出ていった。
そして、ゴールドが即席ステージから降りて十数人のNPCを引き連れ、俺達の所にまでやって来る。
同時にアールが木箱をテーブル代わりにして港町の地図を広げた。
ぶっちゃけ簡単にまとめると、ゴールドに洗脳された愚かな、いや哀れなNPC達が街中で騒ぎを起こして警邏隊の注意を引き、残った連中で城館へ正面から突入。それも囮で、裏から俺達PLが内部に侵入して領主を殺る。
細々とした話もあったが、概ねそんな感じ。
「今思ったんだが、武器は?」
NPCのだ。
まさか一揆よろしく農具とか商売道具で戦うつもりなのだろうか。
「それなら……」
地図を見ていたアールが顔を上げ、倉庫の暗闇に視線を投げた。
そこにはいつの間にか黒いローブの人物が立っており、その横には長方形の木箱が積まれた荷台がある。
「ゴールド・マニー様。ご注文の品をお持ちしました。ご確認の方、お願いします」
「ご苦労」
フードを目深く被ったそいつの言葉に、ゴールドを鷹揚に頷くとNPC達にその荷台の木箱を開けさせる。中には剣や槍、単純な作りの盾や鎧などが積まれていた。
「確かに。さすがだ。この礼は必ず」
「いえ。お金は既に頂いております。何より、この街の人々がより良い生活を行える為ならばこの程度の事……」
「そうなるとも。間違いなく」
確認を終えると、NPCを指示して順次装備させ、他の地点にいる仲間に届ける為に別の荷車へと移し変えたりし始める。
「………………」
そんな忙しく働いている連中の横で、俺はフードの人物をじっと見つめる。
「………………」
「………………」
近づいて、ジロジロと穴が開きそうなほど観察する俺に対し、フードは無言で顔を逸らす。だが、さすがに耐えきれなくなったのか口を開いた。
「ナ、ナンデショウカ?」
「今更声色変えても遅ぇから!」
奴の尻を蹴り上げる。
――きゃん、とか訳の分からない悲鳴を上げてそいつの体が跳ね、その拍子に深く被っていたフードが背中に倒れる。
「何やってんだお前はよ」
露わになった顔は、昼間にも会ったあのヴェチュスター商会のロボ娘だった。
「声で丸わかりなんだって。つか、駆動音も聞こえてたし」
「くぅっ、これだからレンジャー系男子は。駆動音を聞くとか変態ですか」
なんでだよ。
「つか、商会が町民の反乱を援助するとか何考えてんだテメェ。あとその胡散臭いローブ脱げ」
「これは雰囲気作りに必要なんです。だいたい商会の繋がり隠す為にわざわざこんな格好してるんですよ。だから引っ張らないで下さい!」
「知るかボケ。それよりも俺の質問に答えろ」
「え? あー…………いやー、なんと言いますか。ぶっちゃけ言うと、あの領主の依怙贔屓が激しくてこっち、商売上がったりなんですよ。港を独占とかズルくありません?」
ゴールドに言っていた事と随分内容が違った。
「クゥ、そろそろ止めてあげなよ。彼女はヴェチュスター商会の意志の代表として協力してくれているんだよ」
「チッ」
ロボ娘をそこらにうっちゃっておく。
「機嫌悪いね」
当たり前だ。もしかすると、こいつと店先で会話した時点からここまで仕組まれていた可能性があるのだから。それを言ったところでトボケられるだろう。
「ところで、よくこんな胡散臭いの利用する気になったな」
女の子座りでメソメソと泣き真似を演じるボロ娘を指さす。
「クゥだって常連だろ。口止めを渡したりとかしたでしょ」
「………………」
「君が消息絶った後、この娘なら分かるんじゃないかって何度か訪ねたんだけど、何も教えてくれなかったし。でも、ユンクティオのメンバーに値引きとかしてくれるようになったんだよね」
「ほう?」
ボロ馬鹿娘を見下ろすと、ローブを着直しつつ目を逸らされる。
確かに、アヤネを置いてきたあの日、何かチクる可能性のあったロボ娘にヴォルトで手に入れた幹部カミーユの装飾品を換金せずそのまま渡したのは事実だ。だからってこいつ、そんなあからさまな態度で…………。
「そ、そんな事よりもクゥ様。アール様と一緒にいますけど、逃げるのは止めたんでしょうか?」
逃げる言うな。
「今はいいんだよ」
「うん。今からまた人手探す訳にもいかないから。手間もかかるしね」
アールがチクったら俺は依頼を放棄するし、逆に俺が依頼を断ったらチクられる。つまり、あの馬鹿の一揆を手伝っている間は問題ない。アールの言い様に手伝わされている感はあるけども、金がないのも事実。
「武器の受け渡しも終わったようだし、そろそろ配置に付こうか」
「へいへい」
見れば、NPC達の武装は既に完了していた。そしていつの間にか馬鹿がお立ち台に再び立ち、ポーズを取っていた。恥ずかしくないのだろうか。
「さあ、行こうか皆の者。我らの未来の為、家族の為に!」
おーっ! とNPCが叫ぶ中、俺はボロ娘に詰め寄る。
「お前スポンサーなら俺にもアイテム寄越せよ」
「無一文はあっち行けっ」
いつブチ壊してやろうか、こいつ。
空には下弦の月が浮かんでいた。
「こういう日はのんびり月見酒でもして寝ていたい」
「満月じゃないよ」
「ノリで言ったんだよ」
城館前の通りの影に身を隠した俺とアール、そしてゴールドの三人はコソコソと城館の裏側へと人目を気にしながら周り込む。
なんだか、ヴォルグの時を思い出す。あの時も地位のある人間のkillだった。
「見えてきた」
アールの言うとおり、城館の裏口が見えてくる。当然、そこには見張りの兵士が二人立っていた。
「痺れ毒持ってるけど、どうする?」
やっちまうか? という意志を込めて痺れ薬の瓶と投げナイフを掲げて見せる。
「恐い物持ってるなぁ」
攻撃力不足な俺にとっては必需品なんだが。
「そんな事しなくても大丈夫だよ」
アールはおもむろに身を影から歩道へ半身を乗り出すと、持っていたランタンに火を灯し兵士に向けて円を描くように回し始めた。
すると、それに気づいた兵士ももたランタンを回し始める。
「一部の兵は既に取り込んである」
「………………」
なんでもありだな。というか、スポンサーといい思いの他本格的だ。
「正しい合図だ。急ごう」
外で騒ぎが起きる(起こす)までの時間が近づいている。今は城館の中に兵士がおり、NPCが城門前で騒ぎを起こせば兵士達はそこへ集まるだろう。だが、同時に裏口を含めて出入り口の警戒が堅くなるのは目に見えている。なので、先に内側に入っておきたいのだ。
「つうか、ゴブリン程度の領主なら俺一人でも十分なんだけど?」
「私が首を穫ったという証が欲しいのだよ。それに、何があるかわからないからな。こう見えてもそこそこは戦える」
ゴールドの装備は中型の片手剣と盾に防御力の高い重装装備だ。正統派の騎士様に見え、金髪碧眼という容姿から似合ってはいるのだが、何だがゴールドという馬鹿が着ていると奥歯に何かが詰まったような違和感が凄まじい。
そして、アールの装備もまた魔術師っぷりに磨きがかかっていた。ただ、ファンタジー系ではなく第二次世界大戦前の近世に出てくる秘密結社の魔術師系なので胡散臭い。
……このパーティー、端から見たらどう映るのだろうか。
「急いで下さい」
味方の警備兵の手引きによって、まんまと俺達は裏口から館内に侵入する。
「真っ直ぐ行けば厨房がある。そこで一時待機だよ。見えてる?」
「ああ、あれね。見えてる見えてる」
目立たぬようランタンの明かりを消して<暗視>を持つ俺を先頭に城壁に沿って進み、井戸を目の前にしたドアの傍へ素早く移動する。
アールが再び、一定のリズムでドアを叩く事で合図を送り、木製のドアが僅かな隙間を見せて開く。侍女だろうか。所謂メイド服(コスプレじゃなくて真っ当な服の方)と思われる女はゴールドの顔を見ると緊張した面持ちでドアを解放。俺達が入り終えると外を見回し急いでドアを閉めた。
「領主は?」
「自室です」
「そうか。ならば、あとは時間まで待っていよう」
そう言うと、ゴールドは厨房にあったイスに座る。そのふんぞり返った態度はとても敵陣の中にいるとは思えない。図太い奴め。
「なぁ、ところでここにあるの食べていい?」
机の上にあるバスケットに積まれたパンを指さして侍女に聞く。
「え、ええ。あっ、でも冷めてて固いですよ」
「別にいいから」
「あっはっはっ、クゥは落ち着きがないな」
「お前にだけは言われたくねえ!」
「君達、どっちもどっちだよ」
「あの、静かにした方がよろしいのでは……」
と、そんな感じでダベったり、エノクオンライン風のトランプで遊んだり(侍女にも付き合わせ)していると、しばらくして何だか外が騒がしくなってきた。
「始まったようだ。一枚チェンジで」
「じゃあ、僕は三枚」
「俺二枚」
「い、行かなくてよろしいのですか?」
「兵が移動し終えるまで間がある。それまではもう少しここで待機だ。それよりも君は何枚交換するのかね?」
「……三枚お願いします」
「あー……俺降りる」
スリーカードだったがこれじゃ勝てない。
「僕も」
「私もです」
結局、ゴールド以外の三人が勝負を降りた。
「ふむ」
ゴールドは黙って手札を見せる。内、それぞれ紋章の入ったデザインと色の違うカードが四枚あった。現実世界でのエースのフォーカードだ。
「こいつおかしい。ぜってー何かインチキしてるだろ」
さっきからどうもゴールドの手札が良く、誰も勝てないでいた。
「してないさ。ただ、こういう運が強く絡むゲームには昔から強かった」
生まれながらの強運か。やってらんねえ。単純に運が良いので、駆け引きと言えば降りるぐらいのことしか出来ない。何も賭けてなかったのが幸いか。
「今度やる時は、もう少し戦略性の強いゲームをしようか」
「そうだなァ」
ゴールドの引きの強さはもうやる気が削がれる程だった。
「そういえば、どうでもいい事だが領主ってどんな奴なんだ?」
こいつらの出世の為に犠牲になる市民よりも哀れで踏み台となるNPCとは一体どんな奴なのか。生け贄にされるぐらいなんだから、きっと多少はロクデナシなんだろう。
「今更だね」
まったくだ。
「外見は、お腹の出たぽっちゃりとした体型だったね」
ようはデブか。つうか、ビール腹ってやつか。
「それで人形が好き」
途端に変態度が増したような気がするが、まだ早計だ。本当に純粋に人形とかそういう文化が好きなのかもしれない。そうでなければ真っ当な人や人形作りで生計を立てている人に申し訳ない。
「港の人や城に荷物を運んだNPCによれば、人間サイズの女の子の人形をいくつも持ってるらしいよ。それで自作の服を着せ替えてポーズ取らせたり、それをモデルに自分で絵を描いたり、撫で回したり」
ヴォルトのカミーユといい、エノクオンラインの上級階級は変態しかおらんのか! やべぇ、アールの言い方が悪いだけかも知れないのに武器を持つ手が軽い!
「今のマジ?」
俺らが食い散らかしたり遊んでいた物を片づけようとしていた侍女に振り向くと、困ったような表情で視線を逸らされた。なんだかヴェチュスター商会のロボ娘と仕草が似ていた。
「………………」
領主の趣味嗜好についてもう考えるのはよそう。どうせ殺す相手だ。
侍女がカードを片づける間、俺達は立ち上がって各々の装備を確認する。城館に入る前に散々確認していたのだが、何だか癖になってしまっている。やり直しが利かない世界なのだから念を入れるのは当然と言えば当然だった。
「久々にクゥの姿見たけど、ゴチャゴチャしてるね」
「まぁ、な……」
さすがに否定はできなかった。
上下は布装備で両手両足は黒鋼殻のものを強化した篭手とすね当て。ここまでは最後に会った時と大差ない。
だが、初期の簡単な魔法なら賄える非消費型魔法媒体の指輪を右に、ライター代わりにもなる火属性耐性強化の腕輪が左に。そして何よりも、収納ベルトを腰に二つ、袈裟掛けに胴体に一つの計三つ装備している。
「そんなの他にいないよ。錬金術師なら専用ベルトあるし」
錬金術で作った魔法のアイテムで戦う錬金術師には、武器は無理だが薬品や小型のアイテムを多くスロットに登録できる専用ベルトがある。
「それだけ何を登録してるのさ」
「えーと、槍四つ、短剣三つ、中型剣二つ、大剣、斧、ハンマー、弓に矢筒(九十九本入り)と投げナイフセット(五十本入り)と――」
「多いよさすがに! 欲張り過ぎだよ。それでよく動けるね!?」
「う、うるせぇ! ヘキサといい、変人ばっか知り合いのお前に文句言われたくねえよ」
「それ関係ないじゃん。それにヘキサだけでそんな判断されても」
などと言い合っている内、外が騒がしくなってくる。城館の外では市民の何か訴えているのか重なった声がここからでも聞こえ、城門の方からは怒鳴り声が届く。
厨房から廊下に続くドアの向こうからも、兵士達が鎧の金属音を鳴らしながら通り過ぎていく音が聞こえた。
外の井戸に続くドアをそっと開けてみると、裏口の守りを増強する為に館の中から兵士が駆けていくところだった。
「そろそろいいだろう」
ゴールドがデカい盾を持ち直しながら呟いて、廊下に続くドアの前へと歩み寄る。
耳を澄ませば、館の中は外と違い静まり返りつつあった。
「では、始めようか。――城を奪りだ」




