3-2
宗教や新聞の勧誘などは皆どのようにして断っているのだろうか。現実世界では一度もそんなのと関わりを持った事がないし、歓楽街を横切っても声をかけられた事が一度もない俺は強引なのが苦手だ。
「さあ、こっちだ!」
「………………」
意気揚々と歩く男の背を俺は何故か、何故か……そう、何故か! ついていく。どうしてこうなった。
俺の目の前には金髪碧眼の、詰め所隣のPLが発行するクエストボートを見た瞬間に肩を掴んできた男が歩いている。
男はつい数分前、掲示板に張られた依頼書を消去しながら俺の肩をがっしり掴んで話しかけてきた。
こちらが何か言う前に向こうから次々と言葉が投げかけられ、何だかんだと押し切られる形でこの男が発注したクエストを受ける事になってしまった。
というか、俺が見た後すぐにこいつは掲示板から依頼書を剥がしていた。もしかして、最初から俺に協力させるつもりだった? 何のために?
……止そう。下手に考えたところで分かる筈もない。とりあえず、この押しが強くて胡散臭い男の世汰話に付き合いつつ、クエストを真面目に受けるか決めよう。
まあ、九割九分九厘受けないだろうけど。
「この宿屋が今拠点としている場所だ」
男が立ち止まり、あまり外観が良いとは言えないこじんまりとした宿を前にして振り返る。
「多少見窄らしいが、ここの海鮮料理は絶品でね。私のオススメはシーフードカレーだ。それとピザ!」
誰もそんな事聞いていない。そもそも名前にシーフードが付くだけで、カレーとかピザを海鮮料理扱いしてもいいのだろうか。
「さあ、上がって時間までゆっくりするといい。その間に、詳細を話そう」
金払って部屋を取っているとは云え、まるで我が家のような物言いをしながら男は宿の扉を開ける。
「それと、共に戦うプレイヤーも紹介しよう」
扉から建物の中へと、俺も男に続いて入る。
男はロビーの一角に備え付けられたテーブルを手で示しながらクエストに参加するPLを紹介した。
そいつと目が合う。
「………………」
「あっ…………」
アールがそこにいた。
「お前かよこの野郎!」
ああ、くそ。一厘の可能性が出てきてしまった!
「わぁ!? なんだかよく分からないけど、とにかくごめん!?」
「お前よ、人の事吹聴すんなよ。いつからそんな情報屋紛いの事やってんだ」
宿の古びたテーブル席につき、俺はアールを詰る。
体を横向きにして足を組み、肩肘をテーブルの上に乗せて行儀の悪い座り方の俺に対してアールはちゃんと背筋を伸ばして座っている。が、こっちと話しながらも宙にいくつもウィンドウを表示させて、キーボードを叩く指は止まらない。
「人聞き悪いなぁ。確かに情報屋みたいな事もしてるけど、君のプライバシーを侵害するような事は言ってないさ」
それ以外なら言っているのか。
「ただ、前に人手不足に悩んでいるゴールドに、スキルが平らなPLの話をしただけだよ。当然名前は伏せたよ。でも、彼は君がそれだと判断したみたいだけどね」
ついさっき知り合ったばかりなのに何で分かるんだよ。
ちなみに、ゴールドと云うのはさっき俺を宿に引っ張ってきた男の事だ。
奴は俺とアールの反応を見ると――やはり知り合いだったか。積もる話もあるだろう。私は食事を頼んでくるからゆっくりしたまえ、などと言って宿の奥へと消えていった。
積もる話も何も、特に何も話すことなんて――
「クゥこそ、アヤネちゃんをミノルさん達に押しつけた後何やってたの? フレンド機能も拒否状態だし」
ああ…………あったな、積もってそうな話。
フレンド登録した相手にはチャットやメールだけでなく、相手の現在位置を知る機能もある。だが、その相手が拒否状態にしていれば現在位置を知られないようにできる。
「物見遊山」
「東の大鍾乳洞や南の火山地帯は観光で行くような場所じゃないよ。どっちも魔王の城に行くための最前線じゃないか」
なんでこいつそんな事知ってんだよ。俺のファンかストーカーか。気持ち悪い。
「誰かに荒らされる前に視ておこうと思って。ほら、あれだ。辺り一面の雪景色にいの一番に足跡残したいっていうか」
「それで一部崩落させてもねぇ。あれ、クゥの仕業だろ」
俺もそれについては言いたい事はあったが、何を言っても言い訳になるし終わった事なので止めた。
「そういえば、開拓隊で会う前にゴブリンの森が燃えたって話があったけど、あれもクゥ? あの森、眺めも良くて森林浴にうってつけだってなかなかの人気スポットだったのに」
「なんでもかんでも俺のせいにするなよ」
俺が火を付けた事には変わりないが。
ゴブリンの森はあれから木々が再び生えて元に戻った。正確に言うと、木々は戻ったけどフィールドマップは変化した。それで一部のPLがフィールドの変更に合わせて新クエでも出たのではないかと調査したらしいが、結局そんなものは無く、変化と言えばゴブリン達が火や毒に多少強くなっていたぐらいらしい。
「そういえば、エリザちゃんと会ったんだって?」
「誰それ?」
「ミノルさん、喜んでたよ。ギルドに戻ってきただけじゃなくて、心の整理がついたみたいで良かったって」
誰それとか惚けたのに無視かよ。というか、やっぱりあの機関車娘、<ユンクティオ>のメンバーだったか。
「今じゃ、アヤネちゃんと仲良くやってるみたいだよ。周りからはユニットデビューが望まれてるとか」
その周りの連中はアホだな。というかユニットデビューって……。
「アヤネはユンクティオに入ったのか」
「いや、ギルドには加入していない。誰かさんが鉄砲玉過ぎて、下手に探し回るよりはチャンスを待つ姿勢だね。その間、ミノルさんの所に身を寄せてるってとこ」
「………………」
「君ってどうしてそう人を避けるかな。奥手ってわけじゃないだろうに」
いちいちうるさい男だ。俺が小さく舌打ちした時、ゴールドがデカいピザを持って現れた。
「旧友を暖め直したところで、さて食事だ」
旧友がなんだって、ああ?
俺のガン飛ばしを受けても気にした風もなく、ゴールドは食事をテーブルの上に並べる。その後、おそらく宿泊用の部屋が続いていると思われる廊下へと首だけで振り返る。
「モモーっ、君も一緒にどうだい?」
部屋にもう一人いるのだろうか。
しかし、返ってきたのはチャットによる文字だけのようだった。
肩を竦め、ゴールドは目の前に現れたチャットウィンドウを消す。
「他にも協力者がいるのかよ」
「この件には関係ないよ。色々あって、私が預かっているだけだ」
「………………」
妙な言い回しだったが、本当に今回の事とは関係なさそうなので追及しない事にした。
ゴールドは別の席から椅子だけを持って来て座る。向かい合って座る俺とアールの真ん中、上座の位置にさりげなく。意識してとかわざとらしいとかでは無く、ごく自然にだ。
こいつ、多少ベクトルは違うがレーヴェと同じで人の上に立って当たり前の、そういう側の人間のような気がする。
「そんで、成功率はどんくらいなんだ?」
とりあえず、飯をかっ食らいながらゴールドが提示したクエストの話でも聞こう。多分タダ飯なので遠慮しない。そうじゃなくても、食い逃げるつもりだ。
「おや、君は最初半信半疑どころか全く信じてなかったようだけど?」
「気が変わった」
というか、自分達が馬鹿な事をやろうとしている事は自覚しているみたいだな。
システムをハッキングしようとしたり、俺に情報収集用のプログラムを渡したりなど、エノクオンラインの内側から解析しようとしているハッカーであるアールがこの場にいる。ならばそれは有り、少なくとも可能か不可能か判別できない程度には芽があるという事だ。
俺はゴールドが切り分けたピザの一片を取りながらアールに視線を向ける。
「どういう形に収まるか分からないけど、可能だよ。あとは実行するところまできているのが証拠かな」
「じゃあ、本当にやるつもりか」
「そうとも」
ゴールドがピザのスライサーで窓の方を示す。ガラス窓の向こうにはこの港町を支配する領主が住むという、石造の城館が見えていた。
「私は、私の城を手に入れる」
クエストボードに張られたこいつの依頼とは、城奪りの手助けだった。
「そもそも、そんなもん奪ってどうする」
アンダーグラウンド系な街に住む魔族がPLに即席クエストを渡してきたりなどするゲームだ。そういう事ができてもおかしくないのかも知れないが、城を手に入れてどうするつもりなのか。
「城奪りとか、燃えないか?」
「………………」
「NPCから見たPLは冒険者だ。ゲームを攻略し世界から脱するにはそれで構わないのだろうが――私は人の上に立つのが好きだ」
話の脈略がまったく分からん。視線をアールに寄越すが、何も聞こえていないかのように黙々とピザを食べている。
「もう一度言うと、私は人の上に立つのが好きだ」
「あぁ、そう……」
「人を見下ろし見守るのが好きだ。多くの人間を従え、命令を下すのが好きだ。その地位の着くための過程も楽しくて大好きだ。下克上、大好物! 混沌時代サイコー! 虎視眈々と私の失脚を狙う相手の手を払い、逆に蹴落とされる姿が愉快で堪らない! つまりは、私は城が欲しいッ!! 都市経営、戦略シミュレーションで磨いた腕前を見せてあげよう!」
「………………」
馬鹿だ。クウガやトルジ達とは違う生粋の大馬鹿野郎がここにいた。
色々と大丈夫か? という視線をアールに再び投げつける。
「具体的にはどうするんだ? つうか、しつこいけど本当にできるのかよ」
「そんな心配しなくてもできるよ。その為の下準備は万全。欠けていたのは領主の首を速攻で取れる機動力。鍵とか罠の解除も必要だから、最低でもトレジャー系スキルに長けた中堅パーティーがいれば欲しかったんだけど」
と、アールが俺を見返す。
「君さ、鍵開けと罠解除の熟練度どのくらい? あと気配察知と隠密」
気配察知と罠解除はともかく、鍵開けと隠密が持っている前提で熟練度を聞いてくるとか、俺の事どう思っているんだこいつは。
面倒だったのでスキルウィンドウを表示状態で開いて、アールの所へ滑らせる。
「戦士系や魔術師系だけじゃ飽きたらず、スカウトなのかレンジャーなのかも分からなくなってきたね」
「文句言うのかデータ取るのかどっちかにしろ」
「口と手が別々に動くんだからしょうがない」
どっちか縫って使えなくしてやろうか。
「ゴールドさん、これでいけると思うんだけど」
と、コピーし終えたのかアールが俺のスキルウィンドウをゴールドに見せる。
「ふむ、これなら大丈夫だろう」
「どう考えても火力不足だと思うんだが?」
「領主はゴブリン程度の強さしかないから大丈夫だよ。問題は兵士だけど、囮は用意してあるし隠密スキルが使えるなら大丈夫」
下準備は万全と言うだけあって、ちゃんとその辺りは考えてあるらしい。
「てか、囮って?」
一人で館規模とは言え城に突っ込むのは非常に嫌なんだが。
「町人NPC」
「…………は?」
「だからNPC」
「いや、聞こえてたから」
俺からすればPL依頼のクエストだ。物によってはNPCが戦闘に参加する事だってある。しかしこれはクエストでもイベントでも何でもなく、PLが勝手に出来るんじゃね? とか言って息巻いているだけだ。
そんなものに果たしてNPCが、しかも一般人枠の町人NPCが協力するのだろうか。
「領主は民に圧政を敷いて金持ちだけに良い顔をするそれはそれは悪い権力者――っていう設定なんだよ」
その設定、ゲーム内で最初からの設定だよな。データ弄って捏造したとかそういうのじゃなくて。
「そういう訳だから、それほど気にする必要はないよ」
「君は領主の首にだけ集中してくれたまえ。私達も当然城に攻め込む。そして大将首さえ取れれば、あとはこっちでどうにでも出来る。それを踏まえ……改めて言うが、この依頼を受けてくれないかね?」
「………………」
ゴールドの評価通り確かに美味いシーフードピザを苦々しく噛みちぎって口の中に入れる。
「報酬は?」
普段なら無視するか、遠くに避難して傍観決めこむかだ。だが、金がなくて仕事を探していたのも事実。それに――
「クゥ、やってみたらいいんじゃないか? 元々一パーティー分の報酬を用意していたんだ。それが全て君一人の物になるんだよ」
「アールの言うとおり、その程度で金を出し惜しみする気は無い。何故なら金など直ぐに集められるのだから。ゴールドだけに!」
面白くないから。
「………………」
口の中でピザを噛み潰しながら、アールを見る。その顔は何が楽しいのかうっすらと笑みが浮かんでいた。
「……わかった」
仕方なく、俺は頷いた。




