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季節限定イベント「収穫祭」――秋の間にのみ特定の街で行われる限定イベントであり、その名の通り食材アイテムや素材となる花などの植物が手に入るイベントだ。
参加者にはレア素材を求めるPLの姿が多くあったが、同時に親子と思われる子連れの姿もあった。
ログアウトが出来ず、エノクオンラインに閉じこめられたPLの中には親子で参加してきた者達がいる。サービス開始時期が学生を狙った夏であり、稼働キャンペーン中の宿泊に未成年者の場合保護者同伴が義務づけられていた為に、ゲームに興味のない大人達も子供に付き合ってエノクオンラインの世界へログインしていたからだ。
収穫祭は言ってしまえば街中あるいはその外周に広がる畑や花園で食材や花を採るだけのイベント。しかし、万が一にモンスターと遭遇しても多くのPLがおり、すぐそばには警備兵のNPCが守る門がある。
エノクオンラインで生きていく為にはある程度の収入がなければ生きていけない。子連れの大人達や、攻略する気は無いが死にたくないと思うPL達にとってその季節限定イベントはありがたいものであった。
イベントは広い農場や花園のある街で行われ、戦闘もなく、賑やかながらも穏やかな空気に満ちていた。
ある都市の広場では祭りが行われ、多くの屋台が並び、空が暗くなってもその騒ぎが治まることはなく、NPCの楽器隊が歩きながら鳴らす音楽や、花を両手に舞う踊り子達のパレードが始まった時が最高潮に達する。
その雰囲気に呑まれ、あるいは自ら流されるように多くのPLが胸の奥の不安を忘れて祭を楽しむ。
事前にパレードなどのイベントが告知されていて比較的大きな都市であった事もあり、PLの数は数百に及ぶ。
パレードが佳境に入りつつあったその時、街を守る警備隊、続いて街内部を守る警邏隊のNPCに変化が生じる。
何やら互いに連絡を取り、慌てて街を囲む壁へと走っていく。
それに気づけたPLはパレードに集中していた事もあり、僅かであった。元々注意深いか何かの拍子にNPCを見て気づいたか。そしてレア食材を求めてついでに祭に参加した戦い慣れた一部の熟練パーティーだ。
「おい、なんか様子がおかしくないか?」
パーティー登録をしている仲間の肩を軽く叩き、一人のPLが走り去るNPCの背中に視線を送る。
「ああ」
一人が頷き、他の仲間も興味深そうにNPCを見る。そして、パーティーリーダーが頷きを見せると、PL達はNPCの後を追った。
着いた先はやはり街をモンスターから守る壁だ。NPCは内側に作られた階段を大慌てで昇り、後を追うPL達もそれに続く。
街を一望できる高さまで昇った時、壁の上に建つ見張り台から鐘を叩く音が聞こえた。そこだけでなく、他の見張り台からも同様の音が届く。
強く、狂ったかのように連打するNPC達。その甲斐あって鐘の音は町中に響く。
あれほど騒いでいたパレードが止まり、NPC達に祭とは違う種の騒然とした雰囲気が広がっていく。
鐘の意味はPLは知らない。だが、NPCの様子からしてただごとでは無かった。
そして、いち早く異変に気づいて壁の頂上に到着したパーティーはまず、街向こうにある森の異変に気づく。
森の中から多くの鳥が逃げるように飛び立ち、広い範囲で木々が揺れている。そして、葉の揺れる音に混じって獣の耳障りな声が重なりあって聞こえてきた。
「どけ、俺が見る!」
<暗視>、<鷹目>のスキルを持つPが身を乗り出すようにして森の奥を見つめる。
「――なッ!?」
森の奥、そこから来るものを知覚したPLが息を飲む。直後、森の暗闇から大量のモンスターが現れた。
ハイエナと豹が混じったような、馬ほどに大きな四肢の魔獣だ。その背には、鎧を着てメイスを持ったゴブリン種が跨っている。
森から現れたのはそれだけでなく、大型のモンスターもが木々をなぎ倒しながらゴブリン達に続く。
次々と森の中から現れ、数が増え続けてまるで波のようにモンスター達が街へと押し寄せようとしていた。
NPCの兵士達が壁の上に立ち、弓によって矢を放ち始め、モンスター達を攻撃する。だが、数が足りず、威力も足らず、数匹のゴブリンと魔獣を射殺した程度の結果に終わる。
その場にいたPL達が各々の手段で遠距離攻撃を行い、NPCよりも大きな結果は得られたが、大群を前にしては焼け石に水のようなものだ。
そしてとうとう、壁の真下にまで魔獣に乗るゴブリン達が到着する。
壁を目の前にして魔獣がゴブリンを乗せたまま跳躍、壁に張りつき走ってきた勢いのまま壁を登りはじめた。途中で勢いが弱まり、魔獣は地面へと落下する。
だが、その背にいたゴブリンが魔獣を踏み台に更に跳躍、壁の高さを超え、壁の上へと着地した。その際に邪魔になるNPCを同時にメイスで粉砕する。
続々とゴブリンが壁の上に到着する中、異常を察知したPL達はそのまま戦いを始めるか、一般人のNPCと共に反対側に逃げるかに別れる。
前者は熟練したPL達であり、果敢にもゴブリン達に挑んでいく。ゴブリン・ソルジャーという未確認のモンスターではあったが、戦い慣れた彼らにとってさほど苦戦する相手ではなかった。
それでも、壁上のゴブリンの数が目に見えて減り始めた頃、壁が大きく揺れてその上にいたPLとNPCがたたらを踏む。
壁の外を見てみれば、大型モンスターであるトロールがその巨躯を使って門をぶち破ろうとしていた。
「誰かあのデカブツを殺せ!」
PLの一人が叫び、魔術師や射手であるPL達がトロールに狙いを変更させた。
しかし、攻撃する直前に巨大な影が彼らの視界を塞いだ。それが何なのか、確認をする前に白刃の煌めきがPLらを襲う。
大ダメージを受けて吹っ飛ばされる後衛組。彼らを助ける為に慌てて駆けつけたそれぞれのパーティーメンバー達はそれを目撃する。
白山羊の化け物がいた。ゴブリンよりも大きく、トロールよりは小さい。しかし、明らかに漂わせる雰囲気が他の何よりも重い。
白山羊の頭からは曲がりくねった角が伸び、下半身は山羊の胴体でありそこから伸びる四肢は太く、蹄が石畳を貫いている。上半身は人の物であるが全身が白い体毛と太い筋肉に守られており、その上には鎧による守りがあった。
そして何よりも目を引いたのが、両側に巨大な半円の刃が付いた戦斧だ。
白山羊が斧を振り被り、大きく横薙ぎに振るう。
長いリーチを持つ戦斧により、それだけで周囲にいたPLとNPCが斬り飛ばされて青い残滓へと消えていく。
「ボ、ボスモンスター!?」
範囲外にいて無事だったPLが震える声で叫ぶと同時、白山羊の背後から壁を登り続々とゴブリン達が現れ、門もまたトロールの体当たりを受けてぶち破られた。
「――メエ゛エ゛エエエェェエエエェーーッ」
白山羊が喉を震わし不愉快な奇声を上げる。同時、他のモンスター達がそれに応えるようにして雄叫びを上げて蹂躙を開始した。
悲鳴が、爆音が、建物の燃え崩れ落ちる音が街中の至る所から聞こえてくる。
ものの一時間も経たない内に街は火に包まれ、モンスターが破壊の限りを尽くす戦場と化していた。
逃げ遅れた町民達がモンスターの牙にかかって倒れていく中、三つの人影が広がる戦火から逃げるように燃える民家の間を駆け抜ける。
中年の男にまだ若い青年、そして男の手に引かれて走るまだ幼い少女だ。
後ろからは柄の短い鉄槌を振り回し追いかけてくるトロールの姿がある。巨体故に足幅があるものの元来素早い生き物でなく、鎧を付けていることもあってトロールの走りは三人よりも遅い。徐々に三人との距離が開いていく。
だが、驚異が遠のくという安心からか、ただステータスのスタミナの限界なのか、少女が躓き掴んでいた手も離してしまい地面に倒れた。
男が手のすり抜けた感触で慌てて立ち止まり、後ろを振り向く。少女の後ろから変わらずトロールが追いかけてきており、走りながら少女へ向けて鉄槌を振り下ろそうとしていた。
直後、重量のある物体同士がぶつかり金属の重い音色が響き、燃える住宅の炎を揺らす。
中年の男性PLが大剣を両手で構え、トロールの攻撃を受け止めていた。彼の背後、少女が転んで膝をついた体勢のまま男の背中を見上げる。
男がトロールからの攻撃を受け止める中、異変に気づいた青年が引き返し、少女を抱き起こす。
その時、黒煙を上らせる民家の間から地面を揺らす程の振動を携えて他のトロール達が姿を現した。
トロールの鉄槌を受け止めていた男はその奥から来るモンスターの群れに表情をより険しくするとトロールを見据えたままコマンドを叫ぶ。
直後、男の全身から黄と黒の体毛が生え始めた。筋肉も肥大化し、大剣を持つ手の指から鋭い爪が伸びる。頬が裂けて先鋭化した犬歯を覗かせ、骨格を変える。
先程の男の姿は消え、トロールの鉄槌を受け止めるのは人型の虎だ。
エノクオンラインのキャラクター作成時に選べる先祖、獣人の血を持つPLだけが使用できる<獣化>だ。
ほぼ一瞬で姿形を変えて獣となった男は正に獣の雄叫びを上げ、獣化によって増加した筋力でトロールの鉄槌を力任せに弾く。そして返す刀で目の前のトロールを、その後ろに続くモンスターの群れへと突っ込んで行った。
虎人は凄まじい勢いで大剣を操りながら、青年に向け言葉を吐き出す。
叫ばれた言葉に青年は口を開こうとするが、向こう側からは更にモンスターが近づきつつあり、男はこちらを振り向こうともせず一心不乱に大剣を振り回す。
青年はそれが男の決意の現れだと悟ると、少女を両腕で抱き上げて立ち上がって走り出す。
二人の意図を察した少女は青年の腕の中で暴れながら大声で父を呼ぶ。しかし、抵抗も懇願も届く事は無く、少女は街の脱出口として唯一確保された門の方へと連れて行かれた。
《雑談スレ》
『収穫祭の襲撃事件、あれ結局どうなったんだ?』
『占領していたボスモンスターを倒した後、ハッカーが廃墟に行って調べたらしい。結果は報告スレに上がってる』
『一つの街に一定数以上のPLが集まればモンスターが襲撃に来る、か。罠過ぎるだろ』
『一部の街の仕様らしいけどな』
『それでも収穫祭にその仕様ってのは悪辣だ。一番被害が少なくて数十、多い所じゃ三百人のPLが犠牲になった』
『どうして今まで分からなかったんだ。ハッカーの連中は街にあるクエストやイベントを事前に調べられるんだろ?』
『何もかも分かるわけじゃない。それにハッキングも命がけなんだ』
『始まりの街は? あそこには確か引きこもったのが結構いた筈だよな』
『だから報告スレにだな』
『始まりの街には無い。でも、今回の不意打ち染みた事がまたあるかもしれないから、熟練度の低いPLは一カ所に固まらないようオリンポス騎士団が――』
◆
「金がない」
「身ぐるみ穿きますよっ?」
ロボ娘が笑顔且つハイテンションに恐ろしい事を元気良く口にした。このNPCならやりかねん。
「いや、さすがに今注文した分はあるから」
宙に表示されているウィンドウの購入ボタンを、きっとカウンター裏にでも仕込んでいる矢か槍が飛んで来ない内に押す。
「どうもお買い上げありがとうございましたァ!」
回復薬を購入した俺に、ヴェチュスター商会のロボ娘は笑顔で頭を下げ、さりげなくカウンターの裏に伸ばしていた手を引っ込めた。こいつ、マジでやろうとしていやがった。
年老いた婆さんが座っているタバコ屋みたいに建物のくり貫かれた壁がそのまま店のカウンターとなっている場所で、俺は残り少ない資金で回復アイテムを補充する。もう短い付き合いではないのだから安くしてくれるかもと思ったのが間違いだった。
「どうしてそんなにお金に困ってるんですか。前は羽振りが良かったのに」
サキュバスから貰った宝石をまだ持っていた時の事を言っているのだろうが、そんな物旅の間に使いきってしまった。
普段からクエストを受けていないので、俺の収入源はモンスタードロップの換金アイテムだ。だが、さすがにそれだけだと、一カ所に止まっているならまだしもエノクオンラインをウロチョロしている俺にしたら換金アイテムだけじゃ足りなくなってきている。
「仕事でもしたらどうですか?」
「えー」
依頼主と会って話してパシらされるだけじゃないか。
「でも、お金がないんでしょ? 商会では金無しはお客様として扱いませんから」
世知辛い。
仕方ないので、クエストを探す事にする。働き口を探しに行く俺の後ろからロボ娘が――次はお金をちゃんと持って来て下さいねー、と余計な事を言ってきた。
さすがに注目を集め、注がれる視線を無視しつつ歩道を進む。
「潮くせー」
今いる街は港町だ。ジブリエル公国の北にあった軍港と違って魔王軍と海を挟んでないので比較的平和で、通常の港同然の機能を果たしている。
物資の流れが絶えず起きているせいで自然と人が集まり、街の海側は混雑とした造りになっている。そして逆に、陸側のところには城か砦か、俺は建築物や歴史的背景とか詳しくないのでどちらか分からないが、とにかく領主が住むというデカい建造物があった。
街の中央に位置するここからでも届く潮の匂いを嗅ぎながら、警邏隊の詰め所前にある仕事斡旋所に行く。
クエストは宿のオヤジやイベント用キャラクター、何かしらの条件をクリアする事でショップの店員から受けられる(ロボ娘から一度も依頼が来た事はない)。
と、まあ様々な方法があるわけだが、基本的にクエストは斡旋所で受けるものだ。
斡旋所と言っても詰め所の隣にデカい町内掲示板みたいな感じであるだけで、PL達が勝手にそう呼んでいるだけだったりする。
ちなみに世界設定では、警邏隊で対処し切れない町民の悩みや困った事を冒険者(PL)に代わりにやってもらおうという事らしい。
「あー、面倒そうなのばっかり」
港街だけあって、何々の魚が欲しいだとか船の護衛をしてくれとか、中には釣り勝負と云うのまであった。
釣りスキルは持ってるがそんなに伸びてない。船の護衛だと数日の間自由に身動きが取れないようなので却下。すぐに出来て今日中にもクリア出来るクエもあるにはあったが報酬が微妙だった。
「ロクなもんねぇな」
一応、隣のクエストボートも見てみる。
隣は最初から用意されている基本クエストでは無く、PLがPLに依頼する為のスペースだ。例えば生産職のPLが欲しい材料があるのに戦闘系熟練度が低くて取りに行けないなど、様々な理由によって他のPLに代わりを頼むのだ。
「あー…………」
やっぱり素材収集ばっかりだ。それか協力討伐。こう、一人で出来るものとかないだろうか。
と、現状省みず贅沢に悩んでいると、掲示板の一部に青い粒子が集まり、新たな依頼書が張り出された。
「えーっと…………――は?」
新しく張り出された依頼書の内容を読んで、俺は間抜けな声を上げた。直後、いきなり肩を掴まれる。
振り向くと、男が笑顔で立っていた。キラリ、と効果音がつきそうな感じで白い歯を見せる満面の笑みを浮かべる男は俺の肩を掴む手とは逆の手で、掲示板に先ほど張られた馬鹿げた内容のクエストを指さした。
「見たね?」
「………………」
俺は直感した。こいつは詐欺師か何かの類だと。




