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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第二章
23/122

2-8


 水の国、ジブリエル公国から東に行ったところにサダルという中規模な都市があり、そこを拠点としてミノルさんとミサトさんが作ったギルド<ユンクティオ>のメンバー達がいた。

 街中央の噴水広場の一角で固まるPL達の姿を見つけると、小走りだったアヤネが駆けだす。一団の中にはミサトさんを始め、開拓時に知り合ったPL達の姿があった。

「やあ、クゥ」

「久しぶり」

 アヤネとは逆に歩くスピードを変えなかった俺は噴水前のベンチに座るミノルさんと、先に到着していたらしいアールの姿を見つけた。

 向こう側で元開拓隊連中と話すアヤネに一度視線をくれてから俺はアールの左隣に座る。女子ばかりの向こうと違い、男三人ベンチに座っていると非常に暑苦しい。

「その腕、どうしたの?」

「切られた。それよりもユイが死んだって?」

「ああ」

 目を伏せ、ミノルさんが小さく頷く。

 今朝、アヤネがミサトさんからメールを受け、ユイの死亡が伝えられた。ほぼ同時にアールもそのメールを受け取ったらしい。俺は今の所アールとしかフレンド登録していなかったのでその後からアールからチャットがきた。

「ふうん」

 あの自傷癖のある女が死んだか。

 このゲーム内で死ねば現実世界でも同様に死ぬ。それが嘘か真かは実際のところ外の情報を受け取れない俺達には分からないことだが、誰もが口でなんと言おうとそれが本当だと思っている筈だ。頭で理解する以上に、戦いで受ける傷の痛みがそれを教えてくれるのだから。

 そして、その痛みを自ら得続けていた女が死んだ。

 俺はもう一度通夜のような雰囲気の集団を見る。声は聞こえない。ただ、ここからでも悲しみが包んでいる事が分かる。そして、一部のPLの目の奥には危うい光があった。

 沈痛な面持ちのミノルさんに振り向く。

「もしかして殺されたか?」

 アヤネが受け取ったメールには死んだとしか書いてなかった。

「……ああ。MPKだ」

 MPK? PKはプレイヤーキラーの意味だよな。ならMは?

「Monster Player Killer――の略だよ」

 初心者の俺の疑問に気付いたアールが説明した。

「基本、ゲームのモンスターは一定距離に近づくか敵対行動を起こしたPLを狙って、ある程度距離に差がつくまで追いかけてくる。それを利用して大量のモンスターを引き連れ、他のプレイヤーになすりつけて殺す事をMPKって言うんだ」

「それをやられたって事か」

「…………この街から少し離れた場所にある丘は稼ぎ場でね」

 と、ミノルさんが静かに経緯を説明し出した。

 昨日、サダル近くの稼ぎ場にて、ミノルさんとユイがギルド内でも熟練度の低いメンバーを連れて熟練度稼ぎを行っていたらしい。<ユンクティオ>以外にも他のギルドやパーティーがおり、丘の上を休憩所としてローテーションを組み、それぞれ代わる代わる再出現するモンスター相手に熟練度稼ぎを行っていた。

 日が赤くなり、そろそろ戻ろうという話になった時にそれは来たらしい。明らかに丘に現れるモンスターとは違う他エリアのモンスターが、それも大量に、四方から現れた。そしてその先頭にはローブで身体的特徴を隠したPLの姿があった。

 MPKと気付いた時には既に逃げ場がなく、ミノルさん達は仕方なく丘の上を陣取ってその場にいた他のPL達と協力してモンスター達と戦った。だが、モンスター達に紛れてMPKを行ったと思われるPLがモンスターに紛れて奇襲をかけてきた。

 それにより、丘にいた何人かのPLが体力バーを減らし青い粒子となって消えていった。その中には、ユイもいた。

「同じギルドの子を庇って、背中から。その子の話によると、突然ローブを着たPLが現れたらしい」

 自傷癖のある奴が人を庇って死んだか。どうせなら庇いつつ生きてればいいものを。結局、他人に迷惑かけてんじゃねえか。

「その庇われた奴は?」

「宿で塞ぎ込んでる。ギルドの子を傍に置いたから、自棄は起こさないと思う」

 語り終えたミノルさんが小さく息を吐いた。

「情けないよ。何のためにギルドを作ったんだか。そういうスキルがあって、悪用する人間がい話は聞いていたのに」

「別にミノルさんの責任じゃないでしょ。単に力不足だっただけで」

「いや、それが責任に繋がるんだと――」

「それより、他の連中の姿が見えないけど、どうした? 特に男共」

 ミノルさんの言葉を無視して、広間にいない人間の行方を訪ねる。ギルド設立から参入した顔は知らないが、開拓隊にいた連中の一部の姿が見えない。

「うーん、話を変えるにしてはイマイチ。四十五点かな」

「うるせぇよ」

 アールを肘で小突く。

「さっき確認したけど、クウガは鍛冶場で一心不乱に剣打ってた」

 前にクウガが鍛冶スキルを取ったという話はアールから聞かされていた。なにやら、伝説の鍛冶職人になって親方と呼ばれたいらしい。

「トルジは他の男子と一緒に闘技場で勝ち抜きをやってたね」

 闘技場は大きい街だとたまにある施設だ。闘技場では死ぬことなくモンスターと戦える上、賞金もある。そこでの戦いは熟練度は上がらないものの、プレイヤースキル上昇と賞金目当てにPLが頻繁に出入りしている。

 なんというか、クウガといいトルジといい分かりやすかった。

「セナは君達とは入れ違いにPKの情報を集めに出発したよ」

 もっと分かりやすいのが女子でいた。あいつ、言動の割に感情的だ。

「いいのかよ。わざわざそんな手の込んだ事してまで人殺しするような奴らを探すなんて」

 姿を消す、もしくは気取られにくくするスキルは結構必要とする熟練度が高かった気がする。そんな奴と連んでPK行為に及ぶ奴らの実力は高いと容易に想像できた。

「止めても行っただろうし。だけど代わりに何か分かったらお互い情報を交換して、見つけたら行動を起こす前に絶対に合流するって約束を取り付けた」

 反発されるよりは協力して、か。トオルさんらしいやり方と言えた。

「見つけた後は?」

「各都市には警邏隊の牢屋がある。そこなら魔法もスキルも使えない」

「捕まえる気ですか? それとも仇討ち?」

 俺の問いにミノルさんは沈黙する。

 街の中では警邏隊や警備隊というNPCが街を守り、攻撃禁止エリアとしてPL同士は戦えない。

 だが、フィールドへ一歩出れば話は違う。自分の身は自分で守り、危機に対処しなければならない。同時に、犯罪者への扱いも自分で判断しなければならないのだ。

 既にPK経験のある俺が人にどうこう言えた義理でもないし案なんて浮かばない。万が一ユイを殺した連中が見つかったとしても、向こうで悲しい面持ちの女子達や別の何かに没頭して誤魔化している男子達を率いるミノルさんはどう処理つもりなのだろうか。

「正直言って分からない、かな。その時になってみないと。ただ、何もせずにはいられないのは確かだ」

「………………」

 この人、本当に気苦労が多そうだ。

「ミノルさん、あんまり思いつめると禿げるよ?」

 アールの一言に、ミコトさんが肩から力を抜いてしまい椅子から転げ落ちそうになっていた。

「お前よ、空気読めよ。じゅってーん」

「場を和ませようとしたんだよ。第一、変わらず同じ態度の君に言われたく――」

 と、アールが俺の肩越しの向こうに視線を止めた。

 俺も同じく、アールが見ている俺の背後、正確にはベンチ横の影に潜む物体へ視線をやる。いや、大分前からそこに何かがいるのは気付いていたが、嫌な予感がしたので放置していたのだ。

「…………ヘキサ。何やってるの?」

 アールが、ベンチの横に体育座りしていた女に声を掛けた。

「やれやれ、ようやく気づいてくれましたか。このまま放置されるんじゃないかとヒヤヒヤもんでした」

 大きな三角帽を被り、真っ黒なマントを羽織った女はそこから立ち上がってスカートの尻についた埃を叩くと、俺達の前に移動する。

「…………アール、このハロウィンの時期を間違えた頭の悪そうな女はお前の知り合いか?」

「否定したいけど、まあ、僕の知り合い。同じハッカーだよ」

 つまりアールの同類だな。脳内要注意リストに入れておこう。

「彼女はアールからの紹介でギルドに入ってもらったヘキサだ。彼女のおかげで色々助かってるよ。問題も起こすけど」

「さすがミノルさん。最後の一言を除いてナイスフォローです」

 グッ、とミノルさんに向けて頭の悪い女は無表情にサムズアップする。声も抑揚が無くて感情が読めない。

 セナと同タイプに見えるが、こっちはなんか電波系な感じがする。

「私、新参ですしユイさんともあんまり絡んでないので、ぶっちゃけ他の人達と悲しみの度合いが低くくて居場所が無かったんですよ」

「だからどうした。帰れ」

「こらこら……」

 俺の一言に、ミノルさんが苦笑いした。

「気持ちは分かるんですが、さすがに一晩経っているので落ち着いたかな? とか思ってたらまだお通夜状態ですし、男連中は汗流して発散中で乙女として近寄りたくないです。そしたらこんな所にむさ苦しくもドライな野郎達がいるじゃないですか。ぶっちゃけ混ぜてください。死んでしまいます。寂しくて」

「兎の真似がしたいなら月行ってこい」

「月なら去年行きましたね。正確には月の周りグルッと廻っただけですが」

「………………」

 さりげなく現実世界での裕福度を見せつけられた。

「アール、こいつ何とかしろよ。お前の知り合いだろ」

「ハッカーは腕が良ければ人格は問わないのさ」

「ニヒルに言ってもムカつくだけだからな。ミノルさん、なんとかしてください。あんたのギルドメンバーでしょう」

「えっと…………。そうだ、結果はどうだった?」

 むしろ話題を女に振りやがったよこの人。

「あまり有益なのは。分かった事と言えば、使用していたスキルとその手口ぐらいでしょうか」

 出てきた単語に、俺は右隣に座る二人に説明しろと視線を向ける。

「ヘキサには昨日から丘の所で情報を集めてもらってたんだ。アールと同じく、彼女も幾度かエノクオンラインのシステムにハッキングした事があって、普通じゃ分からない事も調べてくれるんだよ」

「フフン」

 偉そうに胸を反らすヘキサという名の女。

「…………こいつ男?」

「違います。胸見て遠回しに凄い失礼な事言いますね。呪いますよ?」

「ヘキサ、落ち着いて。それよりも判明した事を教えてくれ」

「はいはい。スキルは予想通り隠密スキルが使用されてますね。いきなり現れたという証言やモンスターに紛れた事から、それなりに熟練度が高いかと。それと――」

「………………」

 どうして分かるんだろうか。

「現実世界と遜色ないと言っても、やっぱりデータ上に存在する世界だからね。どうしても痕跡が残るんだよ。当然情報の劣化が激しいし、時間が立つと他の情報の下に追いやられてサルベージが難しくなるんだけど」

「いや、そんな説明されても分かんねえから」

 素人にも分かりやすいよう説明したつもりなのに、とアールがボヤくと、ミノルさんと話してたヘキサがこちらを向いた。

「残り香みたいなものです」

「ああ、なるほど」

「それで納得できるの!?」

「いや、レンジャー系スキルが伸びてるから五感が鋭くなって…………」

 現実世界だと俺の嗅覚は鼻づまりの病人並だ。

「実際、匂いが残ってました」

 ヘキサが空中に表示させていた非正規のウィンドウを三つコピーして俺達の前に差し出した。

「これは?」

 ミノルさんが首を傾げた。

 渡されたウィンドウには透明なビンに入った毒々しい液体が表示されている。

「誘魔香と呼ばれるキャンドルを作るための素材アイテムです。植物系モンスターがドロップするアイテムなんですけど、これの匂いにモンスターが引き付けられるんです」

「その誘魔香がMPKに使用されたという事か」

「いえ。正確にはその材料の原液がそのまま。一部素材アイテムは単独で使用できますから。ただ、誘魔香と違って匂いが濃いのか調整は利かずモンスターだって大量におびき寄せてしまいます」

「まあ、障害物の少ないフィールドで、MPKしようと大量のモンスターを集めようとすれば嫌でも目立つから、短時間で集める為の物だろうね。でも、一歩間違えれば自分が巻き込まれてしまう…………相当腕に自信があるのか」

 アールが判明したPKの特徴を口に出しながら、ウィンドウを開いて入力していく。

「掲示板とか僕が見張ってるから、何か有力な情報を得たら教えるよ」

「ああ、お願いする」

「………………」

 今更だが、俺がここにいる意味はあるのだろうか? いや、ないよな。

 アヤネがまだ向こうにいるのを確認し、立ち上がる。

「どこ行くんだい?」

「ショップ。いい加減腕も治したいし、急いでこっちきたから武器も補充しないと」

「相変わらず通常武器が消耗品なんだ……」

「再生薬なら私持ってますよ。よければ差し上げます。物々交換で」

「ヘキサ、差し上げるの使い方が間違ってる」

 俺からしたらその方が気兼ねなくていいけどな。

「つっても、ろくな物ないぞ。換金アイテムか、あとは売り忘れた素材アイテムとか」

 アイテムボックスのリストを表示させてヘキサに向ける。

「素材アイテムで十分ですよ」

 ――私、錬金術と調合のスキル伸ばしてますし、とヘキサは言いながら俺が表示させたリストを確認。

「統一性ないですね。皆さんが言ったとおりです」

 ミノルさんに視線を向ける。普通に逸らされた。

「おおっ! レア素材があるじゃないですか。これくださいこれ!」

 そんなもんあったっけ?

「これですよ。淫魔の体液」

「………………」

 ああ、そんな物もあったな。つうか横二人、そんな目で俺を見るな。

「そういえばサキュバスからのクエストどうなったの?」

「クリアした」

 アールからの問いを簡潔に答える。あんまり詳細話したくなかった。まさか依頼主からのレア素材とは思うまい。

「これがあれば…………ぐへへっ」

 この女、ぐへへっ、とか言って笑ってんだけど。

「ごめん、クゥ。その取引待ってくれ」

「言われなくともこんな危なそうな奴に渡しませんよ。つうわけで、他のにしてくれ」

「ブーブー」

「いや、そんな感情なく言われても」

 と、どこか読めない女だがちゃんと再生薬は他の素材と交換してくれた。

「じゃあ、ちょっと店行ってくる。服も直さないといけないし」

 欠損した腕を生やしても上半身装備の破けた服は直らない。残念ながら装飾関係の生産スキルはそんなに高くないのでまだ自力で直せない。その手の修理屋に行かなければならない。

「道は分かるかい?」

「来る途中で見つけましたよ。じゃあ、行ってくるんでアヤネの事見てて下さい」

「ああ」

 ミノルさんからの返答を聞いた俺は三人に背を向け、広場から去る。背中越しから感じる気配から、彼らは何の疑問も持っていない。まあ、実際に店行って直してもらったり武器補充しないといけないけど。

 広場から出る直前、歩きながらミサトさんらと話すアヤメの背中をもう一度見、すぐに視線を前に戻す。

 この世界には現実世界と違い大規模な治安機構が無い。現実世界からエノクオンラインの様子が見れるのかは知らないが、通常の世界には常にあった社会の鎖が無く、目に見えないルールの重圧がない。

 だから羽目を外す。PKをやってる連中も、ゲームのスキルで超人紛いの事ができるようになって余計にハメを外す。意図的だとか関係無く、意識して或いは無意識の内に馬鹿をやる。

 俺もサキュバスとの事が無ければ悪癖が表に出るところだった。。

 ここらが潮時だろう。

「さぁて、と。次はどこ行くか……」




 ◆


「あ…………」

 ふと、アヤネはやや俯いていた顔を上げて広場を見回す。

 エノクオンラインという脱出を封じられた世界で出会った友人のユイ。その死を、それもPKによる殺害という報を知らされて再び開拓隊の皆と会った。

 そして、その経緯を聞き、虚脱感にも似た悲しみが自分の胸の内を満たしていた時にふと彼はどこへ行ったのだろうかと思った。同時に沸き上がったのは不安だ。予感が、彼女の胸をよぎる。

 広場、目の届く範囲に隻腕の彼はいない。先程まで座っていたベンチには代わりに知らない少女が座っている。通りの方から集団が開拓で見知った顔ぶれが数人疲れた様子で広場に向かってきているが、そこにも目的の人物の姿は無かった。

 ベンチに座っていたミノルがアヤネの様子に気づき、同時にその意図を察してベンチから立ち上がって周囲を見渡す。アールも気づき、フレンドリストを開く。

 二人の慌てた様子に隣にいたヘキサが首を傾げた。

 フレンドリストを見ていたアールがゆっくりとアヤネに振り向くと、目を伏せて首を横に振った。


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