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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第二章
22/122

2-7


 脱出路を抜けると、そこは墓場だった。

 まぁ、定番ではある。あるのだが、墓場を出た途端に見つかって追われるとはどういう事だ?

「待ちやがれ、怪しい奴め!」

「カミーユ様の件と何か関係あるかもしれん!」

「追え追えーーっ!!」

 どうやら、屋敷を燃やしたのがいけなかったようだ。大雨とは云え遠くからでも火事だと騒ぎになり、しかも焼けているのが幹部の屋敷。構成員のチンピラ共が健気にも雨の中外に出てみれば、墓場からレインコートを着てフードを深く被った男が出てきたのだから。

 怪しいと思わない方がどうかしている。声を掛けられた時にすぐ逃げ出したのも悪かった。

「帰りてー。どうしてムサい野郎どもと雨の中追いかけっこしなくちゃならんのか」

 だからと言って、このままスブロサに帰る訳にもいかない。

「いたぞ。こっちだ!」

「あーあーあー…………」

 先回りされた。

 左腰から棍を取り出し、道を塞ぐ二人組の男に攻撃を仕掛ける。相手も剣を持っているが、所詮はゴロツキだ。

 真っ正面から突っ込んで来た俺に対し、前にいた男はタイミングを合わせるようにして袈裟から振り下ろす構えを取る。

 だが、俺は走りながら棍で突きを放つ。腕を伸ばし、手の中で柄を滑らせる事でリーチを伸ばした一撃は先制に成功して男の顎を捉え怯ませる。

 右手で棍を引き戻しつつ男の懐に入り、左の手で腰から取り出した投げナイフを一閃する。

 投げナイフは投擲武器ではあるが、普通に小型武器:刀剣としても扱える。

 ナイフは顎を打ち抜かれて大きく露わになったNPCの首を切り、クリティカルとなって男を青い粒子と変える。

「て、てめぇ!」

 青い残滓越しに俺は男に向けて<スタンスロー>を使用、投げられたナイフは男の足に命中し、動きを一瞬止める。

 その間に引き戻した棍を大きく縦に回して二人目の頭上に振り下ろす。

 敵の体力バーがゼロとなって、青い粒子へとなって消えた。俺はそれだけを確認するとアイテムの回収を行わずに路地裏に身を飛び込ませる。間一髪で、声を聞いたゴロツキの仲間達が集まってくるところだった。

 基本、NPCは五つある国の騎士を除けばPLよりも弱い。だからと言って、さすがに数で来られたらヤバい。

 人一人が通り抜けられる程度の道を走ると、大通りの方から足音が聞こえてきた。

 音が近づく前に、その場で跳び、左右の壁を蹴ったり手で掴んで体を引き上げたりと急いで上に登る。雨のせいで滑るが、この高さなら問題なく屋根に登れた。

 が、顔を屋根の上に出した瞬間に<気配察知>が警告を鳴らす。

 俺はとっさに首を引っ込めると、その頭上を何かが通過した。確かめる前に屋根の縁を掴んでいた手を離して壁を蹴り、地面に急降下。着地するとすぐに屋上の方を見上げる。

 黒い影が落ちてきた。

「チィッ」

 地面を、水たまりの中を転がる事で避け、起き上がりと同時に腰の左右から短剣を抜き出す。

 黒い影は膝をついた状態で両刃の剣を地面に突き刺していた。

 俺の着地した瞬間を狙っていやがった。こいつ――

「ネームドか!?」

 敵が地面から剣を引き抜くと、間を入れずに切りかかってくる。それを二つの短剣を使って受け止める。

 フィールドやダンジョンを徘徊するMOBと比べ、街に住む人型NPCは弱い。だが、例外はいる。そういうのは特定のクエストでボスとして登場するもんなんだが……。

 俺をそのまま上から押し潰すつもりなのか、短剣によって受け止められている剣に更なる力を入れる男。そいつの横斜めに表示されている体力バーの上には<殺し屋 ???>なんて表示されている。アマリアやリムと同じだ。

「く…………このっ」

 受け止めていた剣を、引き倒すように力を入れて横に流す。短剣の上を男の剣が横に勢いよく滑り落ちた。

 剣を振り下ろした故にこれで隙が出来た――かと思えば殺し屋は体を回転させて後ろ回し蹴りをしてきやがった。

「チッ」

 片膝を上げ、蹴りを黒鋼殻のすね当てでガードするが、攻撃の機会を逃したばかりか逆に反撃を許してしまった。

 殺し屋は体を前に向き直すと剣を寝かせて、構えてたたらを踏んで下がる俺に接近しつつ連続した突きを放ってきた。

 狭い裏路地の中、剣のような長物による攻撃は上下からの振り下ろしか突きしかない。そして、距離が保たれている限り短剣装備のこっちが反撃するチャンスは無かった。

「お、おい、ちょっと待――」

 当然止まる訳がなく、嵐のような連続突きが襲い続ける。

 短剣の二刀流で受け止め、捌いていくが、それでもいくつかが俺の体を貫き、激痛を残していく。

「つゥ……――ってェんだよ!」

 足下の水を蹴り上げ、殺し屋にかける。

 水は僅かながらも目隠しとなって男の剣を鈍らせる。

 その機を逃さず、俺は一気に距離を詰めて殺し屋の胴を両側から切る。

 ――硬い!?

 手応えが硬い。感触からしておそらく鎖帷子の類。レインコートと服の下にあるせいで分からなかった。体力バーの減りも当然低い。

「――スゥ」

 今まで黙っていた男の声、と言っても言葉ではなくそれは何か力を込める為の呼吸だ。

 殺し屋は寝かせた剣を大きく後ろに振り被っている。肩の向きからして横に振るつもりだ。しかし、こんな狭い場所で、と思いもしたが嫌な予感しかしない。

 追撃する手もあったが俺は地面を強く蹴り、大きく後ろに二階ほどの高さまで背面跳びして男から急いで離れる。

 直後、殺し屋の剣が路地の壁を破壊しながら先程俺が立っていた、跳躍した時に尾を引いた水が残っている空間を凪いだ。

「刀剣スキルか!」

 人型NPCはPLのスキルも使用できる。装備からしてあれは中型武器:刀剣のスキル。しかも、見覚えのない、つまりは俺が覚えてない程度には高い刀剣スキルの熟練度をあの殺し屋は持っている事になる。

 逃げれるか? いや、下手したら泳がされてスブロサの事がバレる。少なくとも相手の足を切断するなりして機動力を落とさなければならない。

 なら、勝てるか? …………無駄な思考だな。

 後ろ向きな考えは止めて、とりあえずこいつを殺すつもりでやろう。

 背面跳びで逆さまになった体勢のまま、両手に持った短剣を投げる。スキル使用後の硬直を狙ったのだが、一本は掠めてもう一本は剣で弾かれる。

 落下しながら、今度は投擲用ナイフを投げ続ける。どれもこれも弾かれ、しかも殺し屋はこちらに向かって走ってくる。あー、くそ。

 最初はまた着地地点を狙うかと思ったが、殺し屋は走りながらジャンプして空中にいる俺に肉薄する。

 剣は、肩の向きが上から攻撃する為のものであったが先程と同じく力を溜め込むように後ろに振り被られている。

「ヤバッ――」

 胸のベルトに触れて、登録してある盾を瞬時に取り出し前に掲げる。直後、強烈な衝撃が盾越しに手へ、腕、体全身に伝わり、俺の体は路地裏から吹っ飛ばされて地面が舗装された場所に叩きつけられる。

「ヅゥ!? ――くそっ、また背中から!」

 いずれ背骨か腰がやられるんじゃないかと不安になる。

 俺が地面に叩きつけられた場所は広場らしく、横に何の意味があるのかオベリスクみたいなモニュメントがある。ああ、よく見たら天辺に時計付いてるし。

「んで、奴は……」

 なんて探す余裕もなく、高速でこっちに接近していた。こっちが体を起こし終わる頃には、奴の剣は俺に届くだろう。

 クソッ、路地裏からここまでどの位距離があると思ってやがる。吹っ飛んだ距離もそうだが、奴の足の速さもバカバカしい。

 いっそ死んだ振りしてみるか? いや、意味ないだろうな。つうか、逃げようとしなくて正解だった。

 地面に背中を埋めたまま盾を左に持ち、右手を下ろす。

 殺し屋はすぐに接近して、倒れたままの俺に対して躊躇も無く剣を振り下ろしてきた。捕虜として捕らえる気が全然ないな。

 が、剣が振り落ちた瞬間を狙って右手で右腰のスロットに触れて槍を取り出し、手の動きだけで放つ。

 槍の穂先は殺し屋の、剣を持つ右手首に突き刺さる。

「ッシャァ!」

 自ら手首を槍に突き刺した形となった殺し屋の攻撃は槍自体が突っかえ棒となった事で止まる。

 俺は槍から手を離して地面につき、逆立ちするようにして男の顎を両足で踏み蹴る。

 槍を手首に突き指したまま殺し屋が後ろに下がる。

「ッ!」

 今度こそ起き上がり、片刃剣を抜きながら男に接近する。逃がさねえ。このまま一気に――

 と思った時、殺し屋はよろめきながら左手で腰の後ろに手を伸ばして短剣を引き抜いた。

 それは獣の牙のような形をした刃を持ち、刃の表面には紋様なものも刻印されている変わった短剣だった。

 殺し屋は短剣を強く握って、よろめきながらも構える。

「………………」

 フードから覗く男の顔半分、口元が笑うように歪んだ。

 ヤバいと思った瞬間、男が短剣を袈裟に振るう。同時、何かが雨を切り弾きながら飛来した。

 見えない刃が、俺を襲う。

「風の刃!?」

 カマイタチが短剣の軌道をなぞる形で複数発生したのだ。風とは思えない極悪な刃が足下の地面を容易く切り、顔と胸をガードした左の盾の耐久値が大きく減少し形が歪む。

 盾でカバー仕切れなかった腹と足が切られてダメージを負う。

 そして、右腕の感覚が消失した。

 疑問に思う前に、片刃剣を持っていた筈の右腕が宙に舞っていた。剣が水溜りの中に落ちる音も、雨の中はっきり聞こえた。

 ――――――――……。

「――!!」

 盾の表面でニヤケ面を覗かせた男を盾スキル<シールドアタック>でぶん殴る。耐久値が限界だった盾も砕けるが、ノックバック効果によって男の体が後ろに下がった。

 そのまま俺は一歩を強く踏み出して、格闘スキル<正拳突き>で殺し屋の顔面を殴る。

「――やってくれんじゃねえか!」

 完全に後ろへよろめく殺し屋の手首から槍を引き抜き、長い柄を腰や肩に引っかけ回して片手で操る。大型武器に分類される槍は片手で使えばマイナス補正として攻撃力が下がりスキルも使用できない。だが、使うだけなら片手でもできる。

 ノックバックの影響から体勢を整えた殺し屋が再び例の短剣を使おうと構えた。

「させるかッ!」

 槍を斜め上に伸ばす。そこには傷口から青い粒子を漏らして舞う俺の右腕がある。二の腕を槍の穂先で突き刺し、短剣に向けて振り下ろす。

 俺の右腕が短剣に刺さり、まさに身を挺して牙のような刃を隠した。

「何!?」

 初めて殺し屋が動揺したように言葉を漏らした。

 直後、右腕が中から切り刻まれて黒鋼殻の篭手を残してバラバラになって青い粒子へと消える。だが、腕が緩和材代わりとなって風の刃は俺には届かず、髪を揺らす程度の風が起きただけに終わった。

 振り下ろした槍を手の中で回して逆手に持ち直し穂先の反対側、石突近くの部分を持って左腕を上げ、殺し屋の顎を捉えて下からかち上げる。

「ガッ!?」

 悲鳴らしい呻きを上げて、また後ろに下がる。

 その引き下がる足の甲に向け、逆手に持った槍を突き刺し地面に縫いつける。

 槍から手を離し、背中のスロットに手を伸ばして登録した鉄槌を引き抜く。

 背中から鉄槌の槌部分を地面に引き吊り、途中で浮かして横に振り回す。

「右腕の仇ーーッ!」

 地面から水の尾を引く鉄槌が、殺し屋の腹にめり込んだ。

 鉄槌に付いていた水と降り注ぐ雨が衝撃で弾け、男は地面ごと足に刺さった槍で甲を裂いて真横に吹っ飛んだ。

「――ガハッ」

 殺し屋はモニュメントの側面にぶつかる事でようやく止まる。

 まだ敵は生きている。

 俺は槍を地面から引き抜き、走りながら先程右腕が切断された時に水溜りの中に沈んだ片刃剣の柄の先端を足の爪先で蹴る。

 微妙に角度を調整する事で刃先から持ち上がり、斜めに片刃剣が発射されて男の短剣に命中。男の手からあの厄介な短剣を弾き飛ばした。

「なっ――ま、待て!」

「あ゛あ? 待つかボケ!」

 殺し屋の、フードに隠れた顔面を渾身の力を込めて槍で貫く。

「あ、がっ、ぐ…………」

 後ろのモニュメントに亀裂が入るほど貫いて槍が深く入り込み、殺し屋の体が僅かに震えて青の光となって消えていく。

「…………フゥーー」

 冷たい雨が降り注ぐ中、戦いによる熱なのか吐く息が真冬の時のように白い。

 体力バーの残りが危険域に達していた。アマリアからのドーピングが無ければ死んでいただろう。

 急いでポーチから回復薬を取り出し、飲んで体力を回復させる。右腕を失った分、体力バーが短くなっている。再生薬は希少だ。開拓隊にいた時も数が少なかった。

 とりあえず現状での最大値まで回復させた時、向こうの通りから水たまりを弾いて走る音が重なって聞こえてきた。

 変わらずの大雨で視界は悪いが、俺を追いかけてきたチンピラ共に間違いなかった。しかも四方から集まっている。

「チッ」

 次から次へと。

 ザコとは言え、囲まれたらヤバい。しかも利き手の右腕が無い。やるしか選択肢が無いとは云え、クソ面倒だなァ。

 片刃剣を回収する為にしゃがむと、殺し屋が死んだ場所近くにあの風の刃を発生させる短剣が落ちていた。

 おおっ、イイ物見っけ。

「いたぞ! あいつだ!」

 続々と武器を持ったNPCが集まる中、短剣を拾う。

 持ち上げて視てみると、短剣についての説明がウィンドウで表示される。

 ザリクの短剣という物らしく、魔力を消費する事によって風の刃を発生させる事ができるようだ。

「ふぅん…………」

 手の中で短剣を回して使い勝手を確認する。

「おおおっ!」

 バシャバシャと音を立て、NPCが問答無用で襲いかかってきた。

 試しに風の刃を意識しながら短剣をそいつらに向けて軽く振る。すると、見えない刃によって武器を振り上げていたNPCが切り刻まれた。

 …………便利だ。

 結構魔力を消費するが、魔法と違って詠唱時間がないのがいい。

 これなら、片腕でも突破することが出来そうだ。

 と、レアっぽい武器手に入ってちょいテンションが持ち直した時、俺を取り囲むNPC達の後ろがいきなり吹っ飛んだ。

 後ろからの攻撃にNPCが慌て後ろを振り返ると同時、薄紫色の霧が周囲を包み始めた。

 そして、チンピラ達の様子がおかしくなる。

「……はぁ。テンション下がる」

 泡吹いたり白目向いて倒れるNPC達を見下ろしながら溜息が自然と出た。

「何しに来たんだよ」

「助けに来たのにそんな言い方はないんじゃないの?」

 幻覚魔法だと思われる霧の中、レインコートを着たリムが現れる。その他にも数人、スブロサで見たサキュバス達がいた。

「どうぞ」

 サキュバスの一人が右の篭手を回収していた。

「あー……ポーチに入れてくれ」

 そう言うと、サキュバスは黒鋼殻の篭手をポーチに押し付ける。すると篭手は吸い込まれるようにして明らかにサイズの合ってないポーチへと吸い込まれていった。

「幹部が殺されて、お抱えの殺し屋達も動いたらしいわ。来る前に逃げるわよ。雨の中じゃ幻覚も効果薄いし」

 やや緊迫したリムの様子から、結構ヤバい状況だという事が分かる。殺し屋達って言ったよな。あんなのが他にもいるのかよ。

 んで、そんな連中が俺を探してるからサキュバス達が助けに来たと。そして、霧の範囲の外には杖を構えたアヤネも、心配したような顔してそこにいた。

「なんつーか、ダサくね?」

 俺が。

「んん? …………ああ。男ってそういうの気にするわよね。なんでなの?」

「男だから」

「つまり諦めろって事ね」

 くだらん話をしてる間に霧の中、精神抵抗上昇のアイテムを装備していたのか一部のNPC達がこちらに向かってくる。

 ザリクの短剣の柄を横から口にくわえ、オベリスクに突き刺さっている槍の柄に腕を回して背中と挟む。そのまま力を込め、中から破壊しながら槍を一気に横に回してオベリスクから抜く。

 槍を背中のスロットに収め、水たまりの中に転がる片刃剣を蹴り上げて掴む。

「よし、帰るか」

 根本の半分が破壊された事でオリンポスが崩れ倒れ、NPC達の上に落ちた。

「無茶苦茶。ところで回復は必要?」

「要らん。さっき薬飲んだ」

 だいたい、サキュバス流の回復は色々とヤバイ。現に小さく舌打ちしてるからな、この女。

 宿屋の時のような不覚はもう取るつもりは無い。




 なんて誓ったのが昨夜だ。

「………………」

 またこのパターンか。馬鹿なのか俺は?

 隣の人型に盛り上がったシーツを見なかった事にしつつ俺はツインベッドから下りる。立ち上がった時視界に、タンスの上に金細工の指輪があり、その隣にはキセルが置いてあるのを見つけた。シチュ的に吸ってみる。

「――ゲホッ、オェ、ゴホゴホッ!」

 むせた。

「なにやってるのよ。それ、魔族用よ」

 後ろでアマリアが起き上がってきた。まだ眠いのか目尻が垂れ下がっている。

「毒なのか?」

 急いで基礎ステータスを確認する。

「そうじゃないけど、人が吸うものじゃないわ。だから私に寄越しなさい」

 変な効果を受けてない事に安堵しつつ、俺はアマリアにキセルを手渡す。彼女はゆっくりと大きく吸うと、煙を大量に吐き出した。なんか、この一服の為に生きてると言ってもおかしくない吸引っぷりだった。

 アマリアが後ろで目覚めの一服を楽しんでいる中、俺はベッドに座って防具を装備する。だが、右肩から先の袖が無く、その中身の右腕も無い。再生薬が無かったので細切れにされた右腕は欠損したままなのだ。

 とりあえず、後でヴェチュスター商会の店でも行って換金ついでに買おう。店でも売っている時と売っていない時があるが、そこは運頼みか。

 しっかし、利き腕が無いと色々不便だ。普段の癖で動かそうとして何の変化も起きず、直後に無い事を思い出す。

「癖にならないといいけど」

 続いてアイテムの在庫とステータスも確認を行う。

 昨夜、スブロサへ帰りついた俺はそのまま一泊した。外には幹部が殺されて躍起になったNPCがウロウロしていたからだ。一度この娼館にも来たが、娼婦達が体よく追い出した。

 昨夜の戦いで武器の耐久値が結構危ういところまで来ていたので買い換え時かもしれない。まあ、ザリクの短剣も手に入れて、熟練度も結構上が…………おい、なんかスキル増えてんだけど?

 スキルウィンドウに儀式魔術という見たこともないものが登録されており、それによって使用できる能力の説明が表示されていた。

「おいおい……」

 見に覚えがないものほど怖いものはなく、慌てて説明を表示させる。

「…………肉体改造された!?」

「なんでよ」

 アマリアから後頭部をキセルで軽く叩かれた。

「昨日のお礼だよ」

 いや、だからってこんなもん事前説明も無しに手に入ったらビビるだろ普通。

「私ら魔族の能力は本来人間には扱えないけど、儀式魔術でなら使えるからね」

「いつの間に……」

「昨日。いや、今日? とにかくここで」

「………………」

 それが肉体改造って言っているんだが。

 まあ、確かに回復アイテムの節約になりそうで便利そうだが……。

「って、おい、人のポーチに何入れやがったテメェ!?」

「はぁ? あっ、ごめんよ。多分、下敷きにしたせい」

「人のモンに座布団代わりにすんなよ! あー、ったく…………」

 確認を終えてウィンドウを閉じ、俺は立ち上がって部屋を出るためにドアに向かう。

「どこ行くんだい?」

「街を出る」

「外じゃまだあんたの事探し回ってるよ。あの雨の中顔は見られてなかったとしても冒険者は目立つ」

「関係ないな」

 顔はバレていないのならいつ街を出ても一緒だ。それに昨夜は精神的な疲れやチンピラ共が雨の中健気に俺を探し回っていたようだから泊まっただけで、元からあまり長居する気はない。

「ん?」

 ドアノブを回して扉を少し開けると、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。扉を完全に開いて廊下の奥を見ると、アヤネが青い顔をしてこちらに駆けてくるところだった。

 何かあったのかアヤネの様子は普通ではない。

「クゥさん! ユイさんが、ユイさんが!」

 走りながら泣き叫ぶように続けられた言葉は、いつか起こるだろうと想定し続けていた身近な者の死だった。


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