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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第二章
21/122

2-6


 雨、というのは嫌いではない。

 さすがに滝のようなのは勘弁して欲しいが、水に濡れるのは構わないし、常に降り続けるこの冷たい空気は好ましい。当然限度はあるが。

 俺はレインコートを羽織って民家の屋根の上、煉瓦造りの煙突の影に身を隠しながら大きな歩道を挟んだ向こうにある屋敷の様子を<暗視>で窺っている。

 アマリアからドーピングと死亡フラグを貰ってしまった俺はあれから早々に娼館を出て、例の幹部がいる屋敷へと出発した。

 行くとき、あからさまに娼館を見張っていた奴がいたのでついでに始末しといた。人型NPCだと、倒されると換金アイテムではなく普通にお金を落とすようだ。

 時刻は夜。雨雲が月の光も遮って周囲は完全に暗闇だ。光があるとすれば、まだ起きているNPCの家からのと屋敷からの灯りだ。

 屋敷は他の民家から離れて建てられ、高い柵の中には広い庭があり、常に二人一組で警備と思われる男達がレインコートを羽織って雨の中健気に巡回している。

 テラスなど、屋敷の二階にはさすがに誰もいないようだ。そこから侵入するのがいいだろう。

 観察して大雑把ながら進入経路を決めた俺は煙突の裏で収納ベルトから使い捨ての魔法媒体を取り出して、詠唱を開始する。

 アマリアから受けたドーピング分は当然と言うか、消費してしまうと自然回復できない。まぁ、屋敷に入ってしまえば魔法自体使う機会は少ないが。

 詠唱を終え、目標を決めて魔法を発動させる。

「エリアル」

 屋敷の柵を越えた辺りに小さな風の渦が発生する。夜の暗闇と豪雨、強く吹く風によって渦の存在は気づかれない。

 俺は更に魔法媒体を取り出して、別の魔法の詠唱を開始する。詠唱と共に、指先に水が集まり出す。

 詠唱が終了する頃には、握り拳ほどの水の塊が浮いていた。

 煙突の影から、庭にある木の太めの枝に目標を定めて指先に集めた水を向ける。

「……アクアショット」

 タイミングを見計らって魔法名を唱えると同時、水の塊が高速で発射されて木の枝を折った。

 水の塊はしばらく空中を直進していったが、しばらく進むと勢いを失って雨と共に庭の地面に落ちた。

 太めの枝だった為、強い風が吹き荒れる中でもほぼ真っ直ぐに庭に落ちてそこそこ大きな音を立てた。

 巡回していた二人組が気づき、枝の落ちた所に視線を向けた。そして、一人が槍を構えてそちらへと近づき、もう一人はそれをフォローする形に後ろからゆっくりとあとを追う。

 二人の意識が完全にむこうへ向いたのを見計らい、俺は静かに且つ素早く煙突の影から飛び出し屋根を思いっきり蹴って跳ぶ。

 俺の体が一気に歩道を越え、柵を越える。勢いが徐々に失われて、柵向こうの庭へと落ちる。だが、そこには先程放った魔法で作られた風の渦がある。

 その渦を踏むと、風の渦が内溜めた力を解放するように俺を持ち上げ、更に庭の奥、屋敷の屋根へと飛ばした。

 着地の瞬間に膝を曲げ、極力音を立てずに着地する。濡れた足場から大きくジャンプし、再び雨に濡れる屋根に着地したから、アマリアから貰ったスタミナが大きく消費された。

「…………飛びすぎだ」

 屋根の上まで行くとは思っていなかった。せいぜい二階のベランダ辺りだと。

 本来、足場というかジャンプ台を作るエリアルは俺の熟練度では修得できない魔法で、開拓隊終了時にアールから貰った魔術書で劣化魔法として覚えたものだ。

 だが、ゲーム開始時に自動で設定されるキャラクターの属性が空だったせいか、しばらくして頭に付いていた劣化が取れた。

 空属性は風と水の上位属性で、それのせいか均等に使っていた筈の魔法の内、風属性魔術と水属性魔術の熟練度の伸びが他二つと比べて高かったせいだろう。

 屋根の上から、下の様子を窺う。

 先程の二人は、風によって枝が折れたと判断したのか、リラックスした様子で巡回ルートに戻っていった。

「………………」

 なんだかVRゲームの潜入工作系アクションゲーやってる気分だ。タカネ達とプレイヤー大戦やると、かくれ鬼みたいな感じになって別ゲーと化すんだよな。あいつら、変態的な隠れ方と動きするし。

 マップウィンドウを開き、この屋敷の見取り図を表示させる。

 目標である幹部がいると思われるのは執務室か寝室。向かいの民家からだと遠くて確認できなかったので、ベランダに降りて探すしかない。

 二つとも隣同士で繋がっているので、その中心に向かって屋根の上を中腰で進む。

 屋敷内部の見取り図まであるなら自分らでやれよ、とアマリアに一度言ったのだが――あいつが何で私達の情報を他に伏せてるか知ってる? 手柄意外にも理由があってね。あいつイイ歳こいて色ボケしてんのよ、なんて返答された。ぶっちゃけ困るんですが。そんなゴミ処理頼まれても。

 ヴォルトという街は色欲の罪で穢れまくっている。マジ教育に悪い。

 最低限の知識としての性教育の範疇をとっくに超えているので、このクエストが終わったら早々に別の街に移った方がいいだろう。

 ここから更に西には大きな港町があるらしい。魔王軍の軍港と離れているため比較的平和なようなので観光にはピッタリだ。それに東の方には馬鹿広い鍾乳洞が見つかったとか。…………その前に、一度ミノルさん達の所に行く必要はあるが。

 まず、屋根から寝室のベランダに降りて、中の様子を伺う。幸いカーテンは開きっぱなしだった。

 だが、装飾過多な寝室には誰もいなかった。つうか、何この部屋。ケバい。趣味悪い。目チカチカする。

 きっと、この部屋の持ち主である幹部様は成金趣味の変態に違いない。

 目がなんか刺さりそうな感じがしたので、目を逸らして次に執務室側のベランダへと移動する。部屋は繋がっているのにベランダは別々だったので軽く飛び越える。

 着地の瞬間、水が跳ねて音を立てたが、雨の音によってかき消された。

「………………」

 少しの間その場でじっとし、周囲を改めて警戒する。どうやら気づかれてはいないようだ。

「さて、と」

 そっと、執務室の窓に近づいて中の様子を窺いつつ<聞き耳>も使う。

 執務室には三人の人影があり、屋敷の主の物と思われる執務机に一人が座り、その机の前に二人が立っていた。

 <聞き耳>スキルで聞こえる声からして、二人の方は執務机に座って書類仕事っぽい事している人物に何やら報告しているようだ。

 おそらく、二人の態度や状況からして書類仕事をしているのが幹部だ。

 んで、その幹部だが……女だった。しかも美人の部類に入る。

「………………」

 なんでや。敵幹部は色ボケした野郎じゃなかったのか? いや、確かに性別は一言も男だとは言ってなかった。でも、あの成金部屋だって、なあ? だいたい、幹部の名前はカミーユって名前らしいけど、カミーユって男の名前だろ。そうだよな。違うのか? 違うかもしれない。でも名前はともかくサキュバス独り占めしようとしてる色ボケなんだろ。そんな奴は大抵モテない肥満野郎と相場が決まってるじゃねえか。陵辱ゲーのモブ的に。それが美人さんってどういう事だよ。それとも実は女に間違えそうな美人で欠点は色ボケとかいうキャラクター設定なのか!?

「それではカミーユ様。我らはこれで」

「ああ」

「………………」

 軽くテンパっていた頭が事実を告げられ急激に冷えた。部下の男二人はカミーユらしき女に頭を下げて退室していく。

 まぁ、なんか納得できんけど相手が男であろうと女であろうとやる事は変わらない。突入準備をしつつ、部下達が部屋から離れるのに十分な時間を見計らう。

 カミーユという幹部の女は、部下が去ってしばらくすると書類の上を踊っていたペンの動きを止め、疲れたように溜息を吐く。おお色っぽい。

 そして、自分の手を顔近くまで持ち上げると指に填められた指輪を眺めた。

 あの指輪はヴェチュスター商会の商品リストで(売り切れだったけど)見た事がある。対魅了用の装飾アイテムだ。反対の手に同じく填められた四つの指輪は精神抵抗力増強の指輪だった。

 どうやら、本当に当の幹部様で間違いないっぽい。

 カミーユは先程の溜息とは違う熱い吐息をし、艶めかしく指輪を撫で始めた。そしてとある娼館の主の名を熱い声で呟いた。

「……………」

 どうやら、色ボケで間違いない。つうか、バレてんじゃん、アマリアさんよぉ。もしかしてそれを知りつつ俺に依頼した? カミーユと対面するのが嫌で?

 もうやだこの街。とっととクエスト達成して出よう。

 そう決心して、俺はすぐに行動に移す。

 腰から中型剣の片刃剣を取り出し構え、一気に窓を突き破る。

 大きな音と共に外からの風と雨が入り込み、室内を荒らす。

 突然の侵入者にカミーユは目を見開いて驚きの表情でこちらを見、慌てて立ち上がろうとする。だけど、俺の方が速い。

 部屋の中に飛び込んだ俺は剣を水平に持ったまま、距離を詰める。そのまま止まる事なく、執務机の上に跳び乗りながら、立とうとして中腰のカミーユを切りつける。

 小さな悲鳴を上げながらも、さすが街を二分する組織の幹部だけあって胸にダメージ再現の青い線を入れられながら机に立てかけてある剣に手を伸ばす。

 普通なら人は切られたら死ぬが、ここは現実世界ではない。それでも視界に映るカミーユの体力バーが大きく減っている。

 どうやら前線に出るタイプのNPCではないらしい。

「させねえよ」

 横に振った剣をそのまま勢いに任せつつ、何も持ってない手で収納ベルトから登録した投げナイフを引き抜き、<スタンスロー>を使用する。

「なっ!?」

 ナイフはカミーユの、剣に伸ばして手に刺さり、その動きを止めた。

 疑似麻痺。麻痺毒などとは違う武器使用による麻痺攻撃だ。多分、ツボをついたとかそんな感じ。

 麻痺毒と違って効果時間は極々短く痺れも当たった部位だけだが、当たれば成功し易く、近接戦闘に盛り込みやすい。ボスには利き難いらしいが。

 剣を掴み損ねた隙を突き、机の上で片手を付いて両足で蹴り飛ばす。後ろの本棚に勢い良くぶつかり、カミーユが床に倒れると同時に分厚い本が彼女の上に降り落ちる。

 俺は蹴りを放った体勢から机に下りて、剣を収めながら本に埋もれた彼女の前に立つ。

「う、くっ――ひっ!?」

 本の山から這い出たカミーユが俺を見上げて小さく悲鳴を上げた。

 ――ひっ、だってよ。失礼だと思うが、誰が見ても怖いわな。斧を振り上げる男が目の前にいるんだもん。

 袈裟に巻いた収納ベルトの内、背中の部分に登録したスロットから取り出した大型武器:斧の鉄斧を、俺は力強く振り下ろしてトドメを刺した。


 床に深く刺さった斧を引き抜いて背中に仕舞いながら、青い粒子となって消えたカミーユの周囲を見回す。即席イベントの目標のせいか、レアなアイテムなぞ落ちてなく、そこそこの金額と奴が填めていた指輪が八つあるだけだった。まあ、当然貰っておくが。

「ん?」

 アイテムを拾い集めると、指輪は八つではなく九つだった。対サキュバス指輪が八つに、そして知らない指輪が一つだ。

 九つ目の指輪は金細工で、ヘッドの部分には判子のように鳥の彫刻があった。指輪を注視すると同時に説明がウィンドウとして表示される。

 アイテム名は幹部の指輪――まんまかよ! しかもレア度は高そうだが何の効果も無いし。ふざけんなっつー話だ。

「カミーユ様! 凄い音がしましたけれど、何事ですか? カミーユ様!」

 さすがに窓割って斧を床に叩きつければ聞こえるか。警備か召使いか、男が外からドアをノックして声を荒げる。すぐに部屋に入ってこないのは主人に遠慮しているのか、もしくは普段から勝手に入るなと厳命されているからなのか。

 この様子だと、外の庭にも人が集まっていそうだ。

 アイテムを回収し終えた俺はドアの鍵を閉めながら――

「物が落ちただけだから心配しなくていいぞ」

 と、別段声色も変えずに答えてみた。

「ああ、そうで――って、明らかに声が違う!」

 男は驚きの声を上げてドアノブをガチャガチャと回し始めた。俺はお前のノリの良さに驚きだよ。

 ガチャガチャからドンドンという音と共に廊下を走って来る複数の足音を聞きながら、俺はアイテムボックスからトラバサミを三つ取り出して床に設置。ついでに瓶に入った油も取り出して執務室に撒く。

 次に隣の寝室に移動。扉は開けっ放しにしておいて、マップウィンドウを開く。

「えーっと、これか?」

 執務室のドアが激しく強打されメキメキという木材の悲鳴を聞きながら、寝室の隅へ。

 そこには何か白い布が被せられており、布を掴んで引きずり下ろすとそれは化粧台だった。

「ついでに……」

 後ろからドアが割れる音がしつつも、俺は化粧台の引き出しを開けていく。やっぱり指輪やらネックレスがたんまりとあった。

 俺が無造作に装飾(換金)アイテムをアイテムボックスに詰め込む。なんだか、暗殺というより強盗だ。

 詰め終わると同時、とうとうドアがぶち破られる音がして複数の男達が怒鳴り声と共に部屋の中に入ってきた。直後、

「ぎゃあああっ!?」

 トラバサミに引っかかって悲鳴を上げていた。

「せめて一つは避けろよ」

 三つとも引っかかり、一番最初に飛び込んできた丁度三人の身動きが取れなくなっている。後続の男達は先頭が罠にかかった事で、足を止めてビビっていた。

「この臭い…………まさかっ!?」

 部屋にばらまいた油の臭いに気づいたらしい。

「勇んで入ってきて罠にかかった挙げ句に丸焼けとはね」

 寝室からマッチを擦る。

「や、止めろ! お前まで燃えるぞ!」

「かもしれないな。ところで、早くそれ取らなくていいのか?」

 俺の指摘に、トラバサミに足を取られた男達は慌てて取り外しにかかった。トラップ用のアイテムであるトラバサミは相手の動きを止めるのに有効だが、元々長くは保たない。

 慌てふためく男達を見物しながら、俺は火の付いたマッチを執務室へ放り投げる。

 ヒッ――という本日二度目の息を飲む声が聞こえ、マッチが床に落ちる。瞬間、一気に炎が部屋中に燃え広がった。

 ぎゃー、とか、わーっ、とか悲鳴を上げて寸前にトラバサミからの束縛を逃れた男達が慌てて廊下へと飛び込んでいく。愉快なNPC達だった。

 熱気が寝室まで押し寄せてくる。燃え盛る炎がこっちに来るのも時間の問題だろう。

 俺は表示させたままの見取り図を見ながら、再び化粧台に近づく。

「これで無かったらどうしよ」

 なんて思いながら化粧台を横に押し倒し、その下の床を露わにする。化粧台の足の跡が残る床はよく見てみると切れ目が四角に入っていた。

 短剣の先を線の所に差し込み、テコの原理で持ち上げる。予想以上に軽く、床の一部が簡単に外せた。

「定番って言えば定番なんだけどな」

 床の下は長い縦穴になっており、石で補強された壁には太い頑丈そうな梯子が下まで伸びていた。

 隠し通路もとい隠し坑だ。アマリアから貰った屋敷の見取り図にはここの事もばっちり描かれていた。どうやって調べたのかあの女は……。

 火の手が迫る前に、俺はロープを伝って屋敷から脱出した。


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