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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第二章
20/122

2-5


『それでそのクエスト受けちゃったの!?』

「…………」

『NPCの自己判断による即席クエストの例はいくつかあるけど、魔族からの即席クエなんて初耳だよ。しかも黒いクエストウィンドウだって? ――イイ感じだ!』

「………………」

 妙に嬉しそうなアールに突っ込みたい事は色々あったが、まず一番気になる事を聞こう。


《フレンドチャット》

クゥ:

『なあ』

アール:

『ん? なに?』

クゥ:

『チャットなのに何でお前の声出てんだよ!』


「チャットなのに何でお前の声出てんだよ!」

 打ち込むと同時に言葉に出してしまった。

 俺はアールへとフレンドリストからチャットを開いた筈だ。そうしたら何かリストにあるアールの名前の横に音声チャットという表示が現れて、ウィンドウからアールの声が聞こえてくる。同時にチャットウィンドウに声と同じ文章が入力されていく。多分、音声入力みたいな感じなんだろう。

 向こうがペラペラ喋っているのとは逆に、俺はチマチマと空中投影されたキーボードを打つ。当然、会話のスピードがダンチだった。

『遠声の耳飾りって言うアイテムを装備すればボイスチャットが出来るようになるんだ。非売品でトレードも出来ないけど、誰でも手に入れられるよ』

 ああ、そう。だけど俺には特に必要ない。こいつはウザいけど。つうか、せめて一つあれば相互通信できるとか、両者が持ってないと音声チャット自体ができない仕様にすれば良かったのに。

『ミノルさんのギルドも今手に入れようと準備してるとこだね。ところで君、打つの遅いね』

 うるさいよ、一人だけ音声チャットのくせに。それにお前が速すぎるだけだ。

 しかし、ミノルさんのギルドか……。

『話ズレちゃったけど、どんなクエストなの? 報酬は?』

「………………」

 段々チャットするのが面倒且つ嫌になってきた。

「……しょうがねぇな。お前、代わりに説明してやれ」

 俺は隣で荷物の整理を手伝っていたアヤネに振り向くと、チャットウィンドウを摘んで空中で滑らせる。

 アヤネは自分のチャットウィンドウを開くと、俺のチャットウィンドウに重ねた。それで共有チャットとしてのパスが出来る。


《フレンドチャット》

アヤネ:

『クゥさんがクエストの準備で忙しいので、私が代わりに説明します』


『……女の子こき使って恥ずかしくないの?』

 無視する。音声なので間が読めてさらにウザい。

 アヤネがベッドの腰掛けて俺よりも速いスピードでキーボードを打つ。その間、俺はテーブルの上に並べた武器やらアイテムやらを整理し二つある収納ベルトに収めながら、目の前に拡大表示されたマップを眺める。

 俺達がいるのはスブロサの一室だ。広い部屋の中、天蓋付きのデカいベッドやら無駄に豪華なシャンデリアがあり、ピンクの壁紙からしていかがわしさ爆発だった。まぁ、店が店だからしょうがないが。

『そんな事でクエが作成されたの? NPCが作る即席クエストってどうも読み難いんだよね』

 チャットウィンドウから呆れたようなアールの声が聞こえる。

 即席クエストと言うのは、最初から用意されているクエストではなく、NPCが自己の判断により作成したクエストだ。

 最近ちょくちょく攻略掲示板にて報告されている即席クエストは名前の通り即席なのでクエストのクリア目標が単純で、報酬も普通に金の場合が多い。

 まぁ、さすがに魔族から、しかも黒いウィンドウで現れたのは初めてらしい。

『ちょっとそのクエストデータ送ってくれる?』

「面倒だな」

 フレンドリストからメール機能を呼び出し、空中に表示されたメールウィンドウへ、例の黒いクエストウィンドウを軽く押して引っ張りながら上に被せる。すると添付ファイルとして登録された。

 そして送信。

『ほんと、黒いね。ちょっと厨二臭いけど』

 送りつけてやった第一声がそんな感想だった。

『討伐クエ……というか暗殺クエじゃないか、これ。しかも、相手陣営の幹部』

 アマリアから依頼されたのは敵陣営の幹部討伐(というか暗殺)であった。

 その幹部が商会から対魅力、精神抵抗値上昇アイテム買い占めサキュバスに対抗しているらしく、アマリアらが傘下に治まっている組織は劣勢だ。

 さすがにたかが数人のNPCに囲まれた程度で仮にも魔族であるサキュバスはやられはしないが、最大の武器である<魅了>と幻覚魔法が通じないとなればその戦力は半減する。

 敵幹部はサキュバスに唯一対抗できるとして組織内の地位を高めようとしており、サキュバスの存在を仲間にも漏らしていない。ただし、商会からアイテムを買い占めた事からいずれバレるだろう。

 幸いにもスブロサの娼婦達が当のサキュバスだという事まではバレていない。

 アマリアは、敵幹部が調子づいてこちらに損害を与える事と他の敵にも自分達の存在がバレる事を危惧している。なのでその前に、その敵幹部を始末したいと思っている。

 自分らでやれよって感じだが、当然向こうはサキュバスから反撃を警戒している。そして何より、魔族では無く人の手によって始末された事で、サキュバスの存在をうやむやにしたいのだとか。

 ぶっちゃけ、宿屋の主人の態度からして手遅れな気もするが、抗争が終わるまで保てばいいらしい。まあ、その辺はゲームなのだから深く考えないでおこう。

『これ、長期クエストにどう影響するんだろ。これもその一部? いや、やっぱ違うな。長期クエを元にした改変クエスト?』

 独り言のように呟いたアールに俺は、とにかく知らんとだけ言い放ち、アヤネがそれをそのまま打ち込んだ。

 詳しい事は知らないが、どうやらヴォルト限定の長期クエストが行われているらしい。

『うーん…………あれ? 見た目のインパクトに騙されたけどこれってもしかして……報酬も一部伏せられてるし…………」

 この暗さ――じゃなくて討伐クエストの報酬はまた換金アイテムである宝石だが、追加報酬もあった。ただ、その追加報酬の欄が「???」と伏せられている。

『終わったら分かるか。無事にクエ達成したら連絡して』

 と、アールとの接続が切れて、アヤネもウィンドウを閉じた。

「あいつ、頼むだけ頼んでいくよな」

「頼られてるって事じゃないですか?」

 好意的に受け取り過ぎだ。

「さて、と……」

 準備をあらかた終え、俺はマップを流し見ではなく、注意深く見る。

 壁の半分の大きさまで拡大したウィンドウには、ターゲットとなる幹部の邸宅の見取り図が表示されている。

「やっぱり、私も一緒に――」

「足手まといだからいらない」

「………………」

 落ち込まれた。

 もっと言葉を選んでも良かったが、アヤネみたいなタイプははっきり言ってやった方がいいのだ。

 雨の中ではスタミナの減りが早い。敵幹部を狙った奇襲はスピードが命なので、アヤネのような後方支援には少しキツい。

「調子はどうだい?」

 マップを見ていると、ドアが開いてアマリアがキセル片手に入ってくる。ノックぐらいしろよ。

「もうそろそろ行く」

「外は大雨だけど、本当に今夜行くつもりかい?」

 むしろ雨だからこそなんだが。それに、この大雨のおかげで抗争は中断状態だ。雨が止む前にクエストを終えてしまいたい。

「他に要る物があるなら、物によるけど用意させるよ」

「要らん」

 整理したアイテムをポーチの中に仕舞い、空中に表示させていた諸々のウィンドウを閉じる。

「俺が行ってる間――」

「わかってるよ。あんたが契約書に加えたように、あんたにもあの子にも変な事しないよ。元々する気もなかったしね」

 キセルから煙を吸うアマリアの口は笑ってはいなかったが、目が愉快そうに弓形になっている。

 最初、即席クエストが出現した時、俺はアマリアにこちらへ危害を加えない事を条件とし、クエストの説明文もその事が付け加えられた。

「じゃあ、行ってくる」

「ああ、ちょいと待ちな」

「なんだ――んんっ!?」

 キスをされた。それも頭にDが付くやつ。

 顔を両側から掴んで固定され、やや背伸びしたアマリアの顔が目の前にある。

「わ、わぁ…………」

 アヤネがアマリアの行為を見上げて、顔を両手で隠す。いや、お前、指の隙間からバッチリ見てるじゃねえか。

「………………」

 舌先が別の生き物のように俺の舌に絡みつき、唇が濡れ、口の隙間から卑猥な音が漏れて外の雨音がうるさい部屋の中でもよく聞こえる。

 サキュバスという種族特有なのか、ザラツいたアマリアの舌は俺の舌を刺激し、彼女の咥内から溢れる唾液は甘い味がした。

「ぷはっ」

 ようやくアマリアが口を離すと、銀色の細い糸が俺達の間に垂れ落ちた。

「…………何のつもりだ、おい」

「そう睨みなさんな。危害は加えてないだろう」

 口の周りについた唾液を長い舌で舐めとったアマリアは妖艶な笑みを浮かべる。そして指で俺の口についた唾液も拭う。

 エロい事もすんなって付け加えるべきだった。

「だからその手の物下ろしなって。本物の刃物で刺される趣味はないよ」

「………………」

 俺は黙ってアマリアの腹に添えていた短剣をベルトに戻す。

「今から戦いに赴く男へのおまじないさ」

 それ、死亡フラグ立てさせてるだろ。

 俺は半目でアマリアを睨みながら、視界の隅に表示されている基礎ステータスを再度意識する。

 体力、魔力、スタミナのバーが限界値を超えて伸びていた。これが逆に少しでも減っていたら刺していただろう。

「エナジードレインと言っても、精気のやり取りだからね。こういう使い方も出来るのさ」

「ああ、そう……」

 だからって不意打ちは止めてほしい。<気配察知>に何の反応も無かったから、さすがに少し慌てた。

 この部屋に案内される際に何人かのサキュバスは興味津々に隠れてこっちを見ていたが、そいつらと比べてアマリアは明らかにレベルが違っている。

 俺がリムからの<魅了>が利かなくなっていたのは最初の晩に受けた時の影響で精神抵抗値の熟練度が伸びまくったからだ。だから二回目の時は、最初の時僅かにかかっていたものの、その間も熟練度が伸びてすぐに正気に戻れた。

 しかし、そんな精神抵抗値が急増した俺でもおそらくアマリアが相手なら普通に利いてしまう可能性が高い。

「なに呆っとしてんだい? 続きでもやりたいのかい。それは戻ってきてからだよ」

 カラカラと笑いながら、キセルを指の上で回してアマリアが更に死亡フラグを助長させるような事を言ってきた。

 だから止めいと。こいつ、もしかして遠回しに俺の事殺しにきてね?

「わぁ…………」

「そんでお前はいつまで赤いままなんだよ。本当に茹でるぞ」

「ご、ごめんなさい!」


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