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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第二章
17/122

2-2


「…………エロい夢見た」

 目覚めの第一声がこれとか如何に。

 夢に見るほど餓えていただろうか。いや、それを言ったら年がら年中餓えている事には変わりないのだが、アレはちょっと俺の好みと違っている。

 まあ、夢診断してみたところで知識も無いので無駄なんだが。

 俺は毛布をはねのけて宿のベッドから下り、着替える。

 軽装装備である布装備の上下は着たまま寝ている。手足に開拓隊で手に入れた黒鋼殻の篭手と靴。右袈裟に腰と二つの収納ベルトを巻く。そして枕の裏に置いておいた御守ナイフを腰のベルトのスロットに入れ直す。

 身支度を整え、癖となっているステータスウィンドウの確認を行う。体力、魔力、スタミナが減っていた。

 …………なんでや。

 宿など、ベッドの上で眠れば基本的に全回復する筈だ。それが回復どころかどのバーも半分になっていた。

 気づかぬうちに状態異常バッドステータスでも受けたのかと、基本ステータスを確認するがそんな表示はない。

「どういう事だ?」

 どのバーも、今では自然回復によって徐々に元に戻っている。

「宿が悪いのか?」

 いや、ここは昨日も使っている。その時はちゃんと回復していた筈だ。まあ、外で祭りかなんかしていたのか妙に騒がしくて中々眠れなかったが。

 と、なると…………。

 俺は部屋の窓に近づく。ガラスの向こうでは分厚く灰色の雲が空を覆っており、陽の光を遮っている。雨が降りそうだった。

「………………チッ」

 鍵が開きっぱなしだった窓の鍵を閉め直し、部屋を出る。

 酒場兼飲食店になっている一階へと下りて、憂鬱そうに窓の外を見ていた店主に朝飯を注文する。

 なんか俺の顔見るなり、幽霊でも目撃したかのような顔をしくさりやがった。

 他にも飯を食いにきたらしいNPCの姿も見られたが、一様にやや暗い。不幸な事や大きな問題が起きたというより、面倒だと言いたげな気だるそうな雰囲気だった。

「……お客さん、昨日山の方に行ったんだって?」

 飯を作っていた店主がカウンター越しに声をかけてきた。

「ああ。それが?」

「それじゃあ、白い竜を見てないかい?」

 白い竜……山の頂上で見たあいつか。

 昨日、崖を走り下りるみたいな真似をした原因と思われるあの白い竜は、山の頂上に居座るつもりなのかそこから動くことはなかった。

 正直ぶっ殺してやりたかったが、<能力解析>で名前しか分からなかったので逃げてきた。<能力解析>でろくに情報が表示されなかった場合は常にそうしている。

 店主に竜の事を伝えると――やっぱりか、などと言って深い溜息をついた。

「どういうことだ?」

 店の中の雰囲気と関係ありそうで、俺は完成した朝飯を受け取りながら事情を聞いてみた。

 あの竜は、年に一、二回あの山に居着いてしまうらしく、その間は周囲の天気がすこぶる悪いのだとか。

 竜が嵐を呼んでいるのか、それとも嵐あるところに竜が来るのか定かではないが、ともかくしばらくは天気の悪い日が続くらしい。

 そうこう話している間に、店の窓に雨粒が当たる音がした。その音は僅かな時間で量と勢いを増していく。

 そして一分もしないうちに外は豪雨となった。

 エノクオンラインに天候は存在する。晴れの日もあれば雨の日も。どっちでもない曇りだってある。だが、こんな大雨は初めてだ。

「こりゃあ、無理か」

 雨の中にいるとスタミナの消費が激しくなったり、足場が悪く滑りやすくなったりしてフィールドでの活動が大きく制限されてしまう。しかも山や川だと雨の影響でフィールドが変動する。

 仕方ないので、豪雨が止むまで町でダラダラするしかない。

「おかげでどこの店も商売上がったりだ。まあ、さすがに連中もしばらくは大人しくいるだろうから平和だがな」

「どういう意味だ、それ」

 連中とは、誰の事を指しているのか。

「…………いや、こっちの話だ。冒険者さんにはあまり関係ないことさ」

「それもそうだな」

 一秒でどうでもよくなった。

 ゲーム的には思わせぶり、というか宿系の店主はクエストの斡旋や仲介を兼任している事が多いので、どこの町行ってもそんな感じの事を言う。別にイベントとかクエストとかどうでもいいのでスルーしておこう。

 雨の音をBGM代わりにゆったりとした気分で(店内の雰囲気は暗いが)食事を終えたちょうどその時、二階からアヤネが下りてきた。

 いつも以上にゆっくりとした動きで、カウンター席にいる俺の隣に座る。

「お水を、ください?」

 何で疑問系? それに飯として水を注文する人間がいるだろうか。

 それでも店主は嫌な顔をせずに、水瓶からコップへ水を入れるとアヤネの前に置いた。

 珍しい事もある。アヤネは体格に反して、大食いではないが小食でもない。朝も昼も夜も、しっかり三食食べる。それが水一杯だけとわな。

 動きもなんだか緩慢だし、気になったのでアヤネを観察する。

 …………なんかこの娘っ子普段以上に赤いんだが?

「ちょっと触るぞ」

 断ってからアヤネの額や頬に触れてみる。

「………………」

「クゥさんの手、冷たい、です」

「いや、お前が熱すぎんだよ!」

 普通に風邪引いてるよ、こいつ。

 というか、ゲーム内で風邪引くか普通?


「すみません、クゥさん……」

「いいから病人は寝てろ。どうせ外は雨で出られないからな」

 アヤネをこいつが泊まっていた部屋に放り込み、店主に頼んで医者を呼び、診察が終わって医者が雨の中帰っていったのが先程。

 俺はアヤネの部屋で椅子に座って病人を看病? している。

「飯食って薬飲んだんなら、寝ろ。それが病人の仕事だ」

「は、はい……」

 こんな感じで寝かしつけつつ、俺は視線を僅かに横に向ける。そこにはチャットウィンドウが開かれており、フレンドチャットが行われている。相手はアールだ。

 ゲームについて謎な事があると、唯一フレンドリストに名が載っているこいつに聞いているのだ。


《フレンドチャット》

アール:

『白い竜かぁ。それに関する情報は無いな。特定時期にしか起きないクエストかな。でもヴォルトの長期クエと被るかな普通。攻略スレにも無いし、調べて情報を売れば小金は少し貯まるかな』

クゥ:

『どうでもいいからそんな事。で、病気ってここで有り得るのか?』

アール:

『あるよ。バッドステータスで病気』


 あるんかい。ていうか、病気とか一言で言われても何の病気だよ。色々あんだろうが。いや、普通に風邪なんだろう。万病の元とも言われてるし。


アール:

『パーティー登録してるなら表示されてるでしょ。基礎バー下の状態変化表示枠に』

クゥ:

『いや。そもそもパーティー登録してねえし』


 打ち込んで送信した後、しばらく返答が来なかった。


アール:

『ごめん。返信遅れた。パーティー登録してないの? 一度も?』


 何故だろう。ウィンドウの向こう側から馬鹿にするような視線を向けられている気がする。

 俺とアヤネはここ一ヶ月の旅で一度もパーティーを組んでいない。別にボスに挑むわけでもクエストを受けるわけでもなく、ただただエノクオンラインの世界を放浪しているだけだ。

 それに、アヤネの方が勝手についてきているようなものなのだから、それらの事を含めてパーティーを組む理由がない。

 他PLの情報は基本的に体力バーしか分からない。例え状態異常が起きていても他から知る術はないのだ。

 そこで俺はアヤネに対して<能力解析>を使用する。PLに対してそれはマナー違反と言われている行為だが、まあ知ったこっちゃない。

 結果、毒や麻痺を受けたのとは違うバッドステータスのアイコンが基礎ステータスの下にあった。


クゥ:

『何したら病気になんてなるんだ?』


 昨晩は普通…………たっだ筈だ。このゲーム、ちょっと厳しいのでベッドで寝ただけでは体力とか回復しても状態異常は解消されない。

 だとすると、寝る為に部屋の前で別れた後、何かあったと考えるべきか。…………もしかしてこいつ、ユイの同類で自傷もとい自服(自ら一服盛る事の略)したのでは――ないな。

 などと馬鹿な考えを起こすと同時に真面目な思考として、今朝の俺の状態がおかしかった事を思い出す。何か関係あるのかもと考えていると、先にアールから返事が来た。


アール:

『長時間極限状態、つまり長い時間体力やスタミナの残りが少ない状態にあったら病気になる事があるらしいよ』


 育成ゲームみたいだ。

 病気の効果としては僅かな動作でスタミナが減り、消費も大きくなるという。熱っぽいかどうかについては、個人差があるらしい。


アール:

『君、アヤネちゃんに無理させ過ぎたんじゃないの? 君の歩き方はリアルで未開の地を探索する冒険者のそれだし』

クゥ:

『無理も何も勝手について来てるんだよ。それより、とっとと治すにはどうすればいい?』

アール:

『医者に見せて、今ベッドで寝てるなら直に治るよ。現実の風邪と違ってそう何日も続くものじゃない。一応、特効薬があるけど貴重だから。誰も病気になる人がいないと言う意味で』


 風邪の特効薬とかノーベル賞確実な上に世界一の金持ちになれる。

 というか、アヤネが病気になったのなら先を歩いていた俺だって病気になってもおかしくないはずだ。


アール:

『君の場合もう慣れちゃってるでしょ。それに、病気だと気づかずそのまま自然回復で治ったんじゃないの?』


「………………」

 そういえば、前に何度か熱っぽかった事があった。だけどそれは、モンスターに追われて逃げまどっているせいだと思ってた。だいたい俺平熱高いし。


アール:

『せいぜい看病してあげる事だね。それじゃあ僕はこれで。そうそう、記録端末の事は頼んだよ』

クゥ:

『待て。最後に一つ聞きたいんだが』


 俺は今朝の体力バーなどが減っていた事をアールに説明し、心当たりがないか訪ねた。


アール:

『それって多分――』





「シケてんな、この店」

「流行に乗り遅れた人が何を言っているんですか」

 ヴェチュスター商会の店舗の中、カウンターに寄りかかって雑談しながら、空中に浮かぶウィンドウに表示された注文リストから商品をチェックしていく。

 カウンターには例によってヴェチュスター商会のロボ娘がいる。ああ、こいつ一度でいいからブッ壊したい。

「なんで置いてないんだよ。ニーズに応えるのが商売人だろうが」

「だから、ニーズに応えた結果、予想以上に売れて売れ切れてしまったんです。昨日の内にきていれば間にあったんですけどね」

「チッ、使えねえ。じゃあ、代わりになんか寄越せ」

「大雨の中来たと思ったらクレームの上強盗ですか。いいですか? お金が神様であってお客様は神の遣いでしかないんですよ。あんまり商会の評判落とすような事すれば出るとこ出ちゃいますよ?」

 脅してきたよこのロボ娘。

 俺はある装備を手に入れる為にわざわざ外が雨の中、宿からここまで来ていた。ちなみに臥せっているアヤネは店主と従業員の女に金を握らせて任せてきた。

 ――きたのだが、目的のブツは売り切れだった。

 エノクオンラインでは市場の流通がしっかりと存在しており、商品の売り切れもあれば値段の変動もある。それを利用して一部PLが儲けているようだが、そう簡単な事ではない。

 この世界には既にヴェチュスター商会を初めとしたNPC商人がいるのだ。高度なAIを持つNPCは場合によっては派手に荒稼ぎするPLを粛正する。あくどい商売が出来ないよう店の立ち入りを禁止したり、市場から追い出したり。目を付けられた商会と場合によっては、殺しはしないものの荒くれ者さえも送ってくる。マフィアかよ。

 まあ、基本的にNPCよりPLの方が強いので大抵は返り討ちにして逃げ出し、万が一捕まっても街の警邏隊に引き渡されてしばらく拘置所に監禁される。

「つうか、何で売り切れなんだよ」

「さあ。なんででしょうか」

「………………」

 何だかすっとぼけられてる気がする。ロボ娘ならばもうちょっと無表情にスルーできないのだろうか。

「……他の町行ったら売ってるか?」

「ちょっと遠くの町行かないと無理かもしれません。ここと周囲の町で軒並み売り切れているようです」

「ふぅん」

 その装備の効果とアールから聞いた話。その共通点は偶然ではない。しかし、近くの町まで売り切れるほどPLが買うだろうか。

「なあ、ちょっと聞きたいんだけど。この町に――」

 注文リストからトラップの材料を選択しつつ、世間話をする体で聞いてみる。

 いきなりロボ娘の動きが、名前通り人形のように不自然に停止した。

「………………」

「………………」

 一瞬の間が空いたかと思うとロボは、誰もいない店内を確認し、そして雨が滝のように降り続ける歩道も確認後、外からでは見えないカウンターの影に移動しながらこちらを手招きした。

「なんだよ」

 このゲームのNPCはどうなっているのか。

「いいから、こっちに」

 人目をは憚るような小さな声。

 しょうがないのでカウンターの裏側に回る。カウンターの裏はこうなってい――なんかデカいボウガンが、台を貫いて向こう側に攻撃できるよう設置してあった。他にも武器が色々と。コエーよ、この店。

「その情報、一体どこで手に入れたんですか?」

「その前に俺の質問に答えろよ、お前」

 小声で隠れて話す為に自然と顔をつき合わせる形になった。

「うっ、それはですね……」

 何だかあからさまに目が泳いでいる。

「…………チラッ」

 かと思うと、まだ注文途中だったショップの商品リストの方に視線が移動した。口で擬音言うなよ。

「………………」

 俺はウィンドウを手元に引き寄せて注文の数を増やすと、表示されている購入ボタンを押す。

「もう、しょうがないですねえ。そこまで言われたら話すしかないじゃないですか。お客様が常連だからですよ? 人の良い私が話したって言うのは秘密ですよ?」

「………………」


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