表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第一章
15/122

1-10


「ふわぁ……」

 あー眠い。

 昨日、うっかり手首カットシーンを目撃したが為にユイにしつこく押し問答みたいな真似をされた後、何だか微妙に気になってあまり寝ていない。

 パラメータ上、寝てなくてもなんの影響もないが、精神的な問題なのかもっと医学的な問題なのか眠いという欲求と寝不足による集中力の低下は免れない。

 俺は、始まりの街にあるログイン地点、現実世界からこちらへの転送装置の傍で寝転がっている。すっかり誰も使用しなくなった為に、人気がなくていい。

 今、始まりの街の中心部にあるステージ付き大広場では開拓隊に参加したPL達が集まり、各地方開拓隊の代表がそれぞれで集めた情報を一つにしているところを、皆で見物しているところだ。そうして一つにした情報を再び参加したPL達に配り、更にはゲーム掲示板内にある攻略スレに張り出すらしい。

 俺は面倒だったからそれには不参加で、後に配れるマップ情報やらを待っているところだ。

「あー……」

 意味もなく声を出して、上半身を起こす。まだ陽は高いが、これから徐々に下がっていき沈むだろう。

「おーい」

 人が黄昏る真似をしていると、転送装置と街を繋ぐ舗装された歩道から手を振るローブの男がいた。アールだ。

 俺は立ち上がり、アールに向かって歩く。

「どうだった?」

「一癖二癖ありそうだった」

「ふーん」

 集まったPL達のことだろう。

 合流し、街に向かって並んで歩き出す。

 今回の情報をまとめる際に情報の独占が考えられた。俺にとってはどうでもいい話だが、誰でも思う危惧の一つだ。

 各開拓隊に最低一人いたプログラマーは得た情報を一つにまとめる方法に貢献すると共に、ダンジョンやレアアイテムを出すクエストやモンスターに関する情報の秘匿に関して各陣営が選出したプログラマーが同時に監督する事で対策していた。

 プログラマー達ならマッピングなど自動収得の情報を隠蔽、その逆として暴くことも出来るからだ。

 ぶっちゃけ形だけなので、どこまで情報の独占が行われたか分からない。ミノルさんらは、それはもうしょうがない事として割り切っていたらしいが。

「ちなみに僕らは包み隠さず。他の隊もそんな感じだったけど、必ずしもリーダーの思惑通り他のPLが動いてくれるわけじゃないからね。ただ、おっかないのがいて――」

「そのあたりの話は心底どうでもいいな。それよりデータ寄越せよ」

「はいはい」

 歩きながら、アールから三十枚近い洋紙皮を渡される。多っ。

「さすがに多すぎるだろ!」

「魔導書や指導書も含まれてるからだよ」

「ああ?」

 魔導書や指導書は使用すればスキルを覚えられるアイテムなのだが、決して安くはないそれをどうして俺に?

「書類作成スキルには、自分が覚えたスキルを他人に伝授する手段として魔導書や指導書を作れるんだ。ただ、アイテムを使用する本人の熟練度が足りてないと覚えないか、劣化スキルとして覚えるだけなんだよ」

 劣化スキルは聞いた事がある。同じ効果を得られるが、その効力が劣化しているスキルの事だ。本来必要な熟練度を満たすと正式なものに変化するらしい。

「それをなんで俺に?」

「君、しぶといけど弱いじゃん」

 弱いは事実だが余計だ。というか矛盾してね?

「パラメータ的には弱いね。だから僕の魔法使って、皆が覚えてるスキルを教えてあげようって話になったんだ。熟練度が平らだから、運が良ければ劣化スキルとして覚えられるでしょ?」

 少しでも手段増やした方が役立つだろうし――とアールは付け加える。

 そういう心遣いマジ勘弁。

「まあ、貰える物は貰っておくけどな。じゃあ、俺はこれで。ミノルさんらにはよろしく言っといてくれ」

 手間なのでアイテムボックスから洋紙皮を使用して拡張と更新を行いながら、俺は街の出口に向かって歩き出す。

「この後、開拓参加者を労うパーティがあるんだけど参加しないの?」

「しない」

「みんなと一緒に酔うフリができないタイプ?」

「面倒だからしないタイプ」

「なるほど。ああ、ちょっと待ってくれるかな?」

 立ち去ろうとした俺を再び呼び止め、アールがウィンドウを何やら簡単に操作し始める。

 すると、俺の目の前に小さなウィンドウが開いた。それはフレンド申請のウィンドウだった。

「えー」

「そんな嫌そうな顔しないでくれ。今回集まった有力PL全員に申請してるんだ。いわゆる名刺交換みたいなものだよ」

 嫌な名刺交換もあったものである。

「というか、有力PLって…………」

 節穴過ぎる。

「個人的に将来性があるかなって思うPLも含まれてる。君、世界中ウロウロするつもりなんでしょ? なら、何か貴重な情報やアイテムを手に入れる可能性だってある。コネ作りっていうのはそういう所から始まるものさ」

「ふうん……。まあ、いいか」

 正直嫌だったが、しつこそうなので仕方なく登録を了承する。ああ、フレンドリストの一番上が男で埋まるとは。

「じゃあ、今度こそさよならだ」

「ああ……Good luck」

「………………」

 本場の発音を背に受け、俺は再び歩きだして街の門へと向かう。その時、小さな足音が遠くから聞こえてきた。

 歩きながら、顔を僅かに横に向け、視線を動かして後ろを見ると、アールと少女が何か会話しているのが見えた。

 そして、アールが少女に何か言いながらこっちを指さす。あの野郎。

 少女が俺へと振り返ったのを確認すると、俺は視線と顔の向きを正面に戻してそのままのペースで歩き続ける。

 後ろから、アヤネの軽い足音が追いかけて来た。




 ◆


 始まりの町、大広場においてお祭り騒ぎのような喧噪が満ちていた。

 実際、祭りも同然なのだろう。高度なAIを持つNPCである軽食屋や酒場の主人に頼んで外に設置したテーブルの上に食事や飲み物を運んで来てもらい、多くのPL達が運ばれたそれを飲み食いしながら雑談を交わしている。

「あら、これおいしいわ」

 口に入れた、焼いて一口サイズに切られた肉を食べてミサトは感心したように感想を漏らす。

 ゲーム内なので、あくまで脳がそう感じているだけなのだが、少し辛味のあるタレがたっぷりついた肉はまるで異国の料理のように知らなくも美味だった。

 真っ当に運営されてもこのリアルティは問題になったのではないか――と改めて思いながらミサトは宴会場となった広場を見回した。

 と、丁度こちらに向かって歩いてきていた少女と目があった。ワインの瓶を片手に軽く微笑むと少女はミサトの前まで来る。

 女にしては背が高く、長い黒髪を結い布で後ろに纏めている。何より目立ったのが鮮やかな染めが入った着物だ。

 周囲が西洋風に対して一人だけが和風の装いなのだ。その装備は街で普通に売られている物らしいが、その街の場所が問題だ。

 北西の方角に進むと東洋の色合いが強くなり、その入り口と言える街らしいが、西方開拓隊のあるギルドのみが到達できたという話をミサトはこのパーティが始まる直前に他のPLから聞いていた。

 つまり、ミサト達が北に行くだけで四苦八苦している中、今歩いてくる和服の彼女はそこまで進むことができた実力者だという事だ。

「はじめまして。北の開拓隊の人よね?」

 やはり声をかけられた。

「ええ、そう。ミサトよ。貴方は西側を担当したギルドの一つ、<鈴蘭の草原>のギルドマスターよね。それに、私はよく知らないんだけど世界チャンプなんだって?」

 ミサトの最後の言葉に、少女は困ったように微苦笑を浮かべた。

「私はタカネって言うの。名前からして日本人よね。どこから聞いたの、それ。日本にはあまり知られてないゲーム大会の筈だけど」

「うちのメンバーに熱心がゲーマーがいて、貴女を見たあと出発時に喋りまくってたのを今思い出したの」

「ああ、そうなの……」

 やはり苦笑を残し、タカネはグラスにワインを注いだ。

「……貴女、成人してるの?」

「どう見える?」

 やや挑発的な笑みを浮かべ、タカネはグラスを高く傾けワインで喉を鳴らした。行儀の悪い、ワイルドと言える飲み方であったが、飲む際に上げられた顎と喉の動く様子に言いようのない艶やかさのようなものがあった。

「………………」

 ミサトはタカネを爪先から頭の天辺まで見ると、相手の年齢などどうでも良くなった。どちらにしろ、女として色々負けていた。

「そ、それで、何か用があってきたんじゃないの?」

 相手の一つの動作だけで敗北感を覚えながらも、気を取り直して軽い疑問を口にする。

「ああ、それはね。ちょっと筋違いだけど、お礼を言いたかったの」

「お礼?」

「ええ。他はギルドや前々からパーティーを組んでいたPL達で構成されて、ソロプレイヤーやゲーム経験の少ない初心者はあぶれてしまった。けど、北方開拓隊の代表や貴女がそのPL達をまとめ上げて、死者を出さすに今まで未開だった北を調べた。他の隊にいた私が言うのもなんだけど、貴女達のおかげで成功したようなものだから。ありがとう」

「別にそんな。ただ、年長者だったっていうだけの話で――」

 と、面と向かっての言葉に若干照れながら受け答えをしているとミサトを呼ぶ声が聞こえた。

 耐久値の減少を再現する小さな傷を無数につけた鎧を身につけ、黒い輝きを持つ片刃の大剣を背負ったミノルだ。

「駄目だ。さっきアールから聞いたんだが、やっぱりもう旅立ってしまったらしい。アールも少し顔を出して行ったし…………」

「我が道を行くというか、マイペースと言うか。まあ、しょうがないわね」

「ああ。……えっと、ところでこちらは?」

「タカネよ。今回の開拓調査で西を担当してたわ」

 ミノルの視線が自分に向いたのを確認すると、タカネの方から自己紹介し会釈する。

「ああ、あの」

 思いあたるようなミノルの言葉に聞いて、タカネが再び苦笑する。

「すまない。失礼だったな」

「いいのよ。ここに来てから慣れたわ。それよりも会えてよかった。貴方達がいたおかげで有益な情報をPL達に与えることができたようなものだし。一PLとしてお礼を言うわ」

「おかげだなんて……。みんなが互いに協力した結果だ」

「謙虚ね。実際、広範囲で未開だった北の地方を開拓したのよ? アレぐらい、とは言わないけどもっと誇ってもいいと思うわ」

 タカネが視線で示す先、広場の中心に多くのPL達と談笑する男がいた。

 戦士系のPLなのだろう。全身鎧に腰と背にそれぞれ中型剣と大きな盾を下げている。多くのPLが未だレア度の低い量産品、中にはレア物が一つだけなのに対してその装備全てが見たこともない物だった。

 鍛冶スキルによって作った一点物か、そうでなくともレア装備なのは確実だ。

 男の周囲にPLの多くもまた、レア装備と思われる物をいくつか装備していた。

「<オリンポス騎士団>のギルドマスター、か。現在のトップギルドで、今回の一斉開拓を企画した人でもあるな」

 三人が視線を向ける中、トップギルドのギルドマスターは周囲のPL達の言葉に横柄に頷いたり、談笑し合っている。余裕ありげな態度ではあったが同時に自分に酔っているようにも見えた。

「確かに彼の提案のおかげで、人が集まるのかも怪しかった今回の開拓が成り立ったわけだけど、さすがにあれはちょっと気取り過ぎね」

 従来の電脳世界よりも遙かにリアルティ溢れるこの世界では、本来なら感じ取れない相手の雰囲気まで感じとる事ができた。

「ギルドと言えば、二人はギルドとか入らないの?」

「ギルドか……実は言うと、ギルドとかは未経験なんだよね」

「ゲーム自体、あんまりやらないから」

「じゃあ、いっそ作ってみたらどう? 内輪だけでギルド設立した私と違って、二人が作ったギルドは良いギルドになりそうだわ。まあ、当然一筋縄じゃいかないけど」

「ギルドか…………」

 やや満更でもなさそうに、ミノルは考え込んだその時、金属が広場の石畳を踏みしめる音が聞こえた。

「それは私も興味があるな」

 それが靴音と気付くと同時に声をかけられ、三人が振り向く。そこに金髪の男が立っていた。背後には数人のPLがまるでボディガードのように付き従っていた。

「レーヴェ…………」

 タカネの呟きにレーヴェと呼ばれた男は視線と笑みで応えながら、ミノルに近づく。

「君はたしか……」

「ああ。先の会談でも会った<イルミナート>のギルドマスターを務めているレーヴェだ」

 東西南北に分けた開拓隊、その北の代表がミノルならば<イルミナート>のギルドマスターは南側の代表だった。

「あの時はろくに会話する機会もなかったのでね。もう一度会話してみようと探してみれば、随分と面白い話をしている」

「盗み聞きなんて趣味悪いわよ」

「たまたま聞こえたのだよ。だが、結果的にそうなってしまったな。不快だったのなら謝ろう」

「いや、不快だなんて…………」

「ならば良かった」

 特に何かされたわけでもないと言うのに、ミノルは何だか目の前の男に気圧される感覚を覚えた。

 周囲にいた無関係のPL達も彼らに気づき、遠巻きに眺めながらも噂し合う。

 だが、レーヴェはそんな周りのどよめきを気にすることもなく話を続ける。

「さっきの続きだが、ギルドを作るという案、いいのではないか? リーダーシップを取れる事は今回ので証明された。あとは人手だが、君ならばすぐに集まるだろう」

「やけに押すわね」

 タカネが警戒したような視線を向ける。

「他意はない。ただ、ギルドは多い方がいい。特に、まともな人間が遊びではなく自衛目的の為に立てるためというのなら、そしてそのまま攻略組に参加してくれるのなら尚の事だ」

 男の、まるで見透かすような視線が向けられる。

「人は徒党を組み、ルールを作って社会という群れの中で生きる生物だ。だが、あぶれ者というのは必ず出てしまう。今回の開拓のようにな。そんなPL達を救済し、この過酷な世界で生き抜けるよう共に戦う。良き精神だと、私は思う」

「………………」

 タカネにギルドの話を振られた時、頭の片隅に朧気ながらとはいえ考えていた事を言い当てられ、ミノルは絶句した。

「どこまでそれができるか分からぬが、試してみる価値は十二分にある。むしろ君のような人間にしかできないだろう。私はそれを応援する」

「随分と高く評価してくれているようだね」

「むしろしない方がおかしいと思うが? 開拓隊はダンジョンの位置を把握しても探索はせずにマップを埋めることに集中し、危険性の高いボスとの交戦を極力避けてきた。だが、運の悪い時もある」

 言って、レーヴェがミノルに向け、正確にはミノルが背に担いでいる大剣を指差した。

「君達が遭遇したフィールドボス。データを見させてもらったが、四パーティーでも勝てるかどうか怪しく、死者が出てもおかしくなかった。それを、言ってしまえば寄せ集めのパーティーで死者を出すどころか勝利した。これを評価しない者がいるか?」

「それは……」

 言い淀んでいると、レーヴェの後ろから付き人のような男達の隙間を縫うようして近づく少女がいた。

「兄さん」

 全身黒ずくめの男達の中において対照的に白い少女がレーヴェの傍まで来ると小さく耳打ちする。

「失礼……」

 レーヴェはそうことわって少女の言葉に耳を傾ける。

「ふむ…………。すまない、用事が出来た。突然邪魔した上にいきなり打ち切る真似をして申し訳ないが、ここで私は失礼させてもらう。その剣、大切にしたまえ」

 最後に背中越しでそれだけ言い残し、レーヴェは踵を返し、男達を連れて立ち去り始める。

 だが、白い少女だけは途中で立ち止まって振り向き、タカネを赤い瞳で見る。

「彼はここに来ていないのですか?」

「来てるわよ。でも、いつものようにどっか行ったわ。なに? まだあの時の事根に持ってるの? あれはお互い様だと思うんだけど」

「いえ、別にそういうわけじゃありません」

「ふうん、そう。じゃあ、見つけたら教えてくれる? ギルド宛てにならメール送れるでしょ。殺す前に必ず送って」

「もうあんな事するつもりはありませんよ、お互い。でも、それについては分かりました。見つけ次第、<鈴蘭の草原>へメールをします」

 振り向きを戻し、白の少女は黒い一団の後を追った。

「はぁ……」

 前髪を掻き分け額を片手で押さえ、軽い溜息を吐いた。

「宣伝、されたわね」

 グラスに残ったワインを飲み干し、タカネが小さく呟く。周囲、今の様子を眺めていたPL達の視線が三人に集まっている。

「もしかして、彼は知り合い?」

「海外のゲーム大会でよく会うのよ。ああ見えてゲーム好きだから。ただ……っと、ごめん、私も行かなきゃ」

 少し離れた場所から、タカネに向かって手を振るPLの姿があった。

 姉妹だろうか。そのPLはタカネとよく似た顔立ちを持つ女性だった。

 タカネは女性に向けて手を振り返し、ワインの瓶をテーブルの上に残して向き直る。

 そして駆け出す直前に、ミノルとミサトにある忠告を行った。

「レーヴェには気をつけて。彼本人というか、その周囲に。彼、エノクオンラインを作った会社の次期社長よ」


 ◆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ